第6話 夕日を背景に
よろしくお願いします!
運動部と言っても、外で行う競技と体育館で行う競技がある。
ただ、外で活動している部活を見に行く予定は無い。入る事は無いと断言出来るからだ。
イメージだが、室内スポーツよりも沢山走らされる気がするからだ。それは本当……一番のご遠慮ポイントである。
「――という事で、体育館と武道場へと向かおうと思うけど」
「外から見るだけにしましょう? 気付かれても遁走が楽だわ」
宇野宮さんを引っ張って目立たない場所まで移動して、俺達は作戦会議を開いていた。
そして、宇野宮さんにしては珍しくちゃんとした作戦である。
正直に言うと、全部活動に体験入部をして、誰よりも目立とうとするのではないかと予想していた。
逃げる事を視野に入れている時点で既に怖いのだが、宇野宮さんが何かをやらかしたその時こそ、俺も彼女から逃避するつもりである。
会議の結果、俺達はまず体育館へと向かうことになった。
体育館まではすぐ到着するものの、俺は暇潰しがてらに宇野宮さんへ質問を投げ掛けた。
「宇野宮さんって、スポーツしてたの?」
「ほほぉ……。我が神秘ノ記録に触れると言うか」
「あ、もう大丈夫」
「やや、やってないわ! 何も! 運動はね!」
最初からそう言ってくれれば楽なのに……そうは思うが、それが宇野宮さんだと今は割り切っていくしかない。
面倒臭さはあるものの、そういう返しが来ると思いながらこちらも心の準備をしないと、対応が追い付かなくなる。
誰が読むのかは分からないが、宇野宮取説の作成も視野に入れて動くべきか、悩むところだ。
「俺も部活はしてなかったなぁ~」
「同朋の体躯に歴戦の傷はなし……だが、暗き闇の波動をこの眼は逃さないわ……(近江君は細めだし、運動とか出来なそうだものね!)」
言い訳に聞こえるかもしれないが、別に出来ない訳じゃない。
部活をしている生徒と比較して、筋力や持久力はやや劣っているかもしれないが、身体能力はそれほど悪くないと自負している。
欠点を挙げるとするならば……疲れるのは避けようとする精神的な弱さくらいだろうか。
スポーツには向いてない精神性をしているという自覚はある。
「走るとすぐ汗を掻くし、運動したくないだけだよ?」
「それはいずれ分かること……虚勢を張ると後で恥ずかしいわよ?」
俺に対して後で恥ずかしいとか言うが、宇野宮さんは現在進行形でずっと恥ずかしい人というのを、そろそろ自覚して欲しい。
恥ずかしいの基準も人それぞれだし、本人は絶対にそう思っていないだろうから手の打ちようがないけれど。
「宇野宮さんだって、運動部とかじゃ無かったんですよね? 実は運動音痴だったりして……なーんて!」
「…………違うもん」
二人の間に流れた微妙な空気で、俺は察した。察したから、口を閉ざした。
今現在の宇野宮さんの情報を纏めると、『英語苦手』『運動音痴地』『羞恥心の欠如』この三つくらいだろうか。
褒める部分があるにはあるのだが『鋼の精神』くらいしか思い浮かばなかったから、何も言わない選択をする。
「ほ、ほら! 体育館が見えてきましたよ? 情報収集すんですよね?」
「そうね……そうよ! 近江君、早く忍び寄って覗きましょう?」
「言い方よ……」
声のボリュームを下げて「覗こう」だなんて言うと、少しイヤラシイ感じに聞こえてくる。
人気の部活が練習を始めているのか、俺達以外にも見学している人はそこそこ居た。
そこに紛れておけば、変に目立つ事は無いだろうと思ったが、普通にしてても宇野宮さんは目立つのだ。
まず、黒く伸びる艶やかな髪に目を奪われ、次に眼帯に視線が行き、最後に体型の良さに釘付けとなるだろう。
そこまでなら、ただ可愛い子が居るという状況で済む。まだ、プラス査定なのだ。
……なのだが、よく見てしまうともう駄目で、すぐにメッキが剥がれ堕ちていく。
中身でマイナス査定への急降下は待ったなし、という結果で終わる。マイナスで終わってしまうのだ。
だがまぁ……今回はそんな宇野宮さんと一緒に来たが、来ただけだ。
俺の目的は、また別にある。
「ふーむ、美人美人は……っと」
「どれどれ、なるほど! ……ここでは私達を倒すために小賢しくも心身を鍛えているのね。ふふ……無駄なことを」
今、体育館で活動しているのは男子バスケ部、男女卓球部、女子バレー部の三つだ。
他にもプリントによれば、バドミントンや女子バスケ部とかもあるはずなのだが……今日は残念な事に、コートが割り当てられる日ではないのだろう。
男子バスケ部の方は、女子マネをチラッと見て『マネージャーはやっぱり可愛いな』と普通の感想を思い浮かべて、見学終了となった。
マネージャーとは、その部のエースと付き合うか、全く別の人と付き合ってるもんだからな。そこに何の期待もしていない。
という事で、期待を向けるのは卓球部の女子と女子バレー部である。
「ふむ、なるほどなるほど」
「流石は『終末の手記者』ね……。彼は今、いったい何を観察しているというのかしら……」
戦々恐々とした雰囲気を出して貰っているのに、本当に申し訳ないと思う。
俺が見ていたのは当然、女子部員の揺れる二つの山脈だ。
うん……俺、女子バレー部って中々に良いと思っている。
体育館の中を覗いている新入生男子の、およそ八割くらいは女子バレー部を見ている気がする。
その中でも特に、同朋達はあの人を見ているのだろう。
バレー部の練習しているコートの中で中心的な存在っぽくて、一際美人な先輩を。
「宇野宮さん、あの女バレに居る一本結びで、綺麗系の先輩が怪しいと思うんだ。ちょっと、あの辺に居る男子に名前だけでも聞いてきて貰える?」
「どれ……なるほど。たしかに、怪しいわね。聖女の力を持っていたら相当に厄介……私達に気付いて無いという事は、今はまだ覚醒していないのかしら? それとも……あえて気付いてて!?」
「あ、早く聞いてきてもらえる?」
「今、良いとこだったでしょ!? まったくもう……聞いてくるわよ!」
卓球部の方は、今居る場所から一番遠くに居るからまた後に回そう。
今はバレー部に集中していけと、俺の中のナニかが囁いている。
三宅君の言っていた美人の先輩とはあの人だろうか?
別人の可能性も否定は出来ないが、あの人は美人でさぞモテるに違いない。
「聞いて来たわよ!」
「ありがとう。フットワークが軽いね、宇野宮さんは」
「ふふん! 当然よ」
悦に浸らないで早く情報を渡して欲しいのだが、報酬としてもう少しだけ褒め言葉でヨイショしておいた。
こうした情報集めの際に、またパシ――頼らせて貰うかもしれないし。
「それでね、あの先輩は三年の保利御影さんと言うらしいわ。周りの人からは『聖女』と呼ばれていたわね……。やはり、油断は出来ないわよ。近江君も気を付けてね」
(保利さんだからホーリーか。アダ名まで可愛いとか、凄い人だな)
宇野宮さんからの情報を、脳内にメモっていく。
三年生という事は、あまり関わる事もなく終わるのだろう。
という事は、せめて今だけでも目に焼き付けておかないと、もったいない。
俺はしばらく体育館の中を見ている風を装って、保利先輩を目に焼き付けた。
とりあえず、今日はこれだけでも十分な成果があったと言えるだろう。
「ありがとう宇野宮さん。次は武道場……でも、武道場って主に剣道部だったよね? この学校に柔道部は無いみたいだし。うん、やっぱり弓道部でも見に行って今日はおしまいにしようかな」
剣道部こそ勇者が隠れていると宇野宮さんの主張があったが、『剣道と剣術は違う……』と意味ありげに伝えると、ハッとした表情を浮かべて納得してくれた。
爆弾みたいな感じだが、慣れれば扱いやすくて助かる。
――移動して、弓道部を見に来たら宇野宮さんが案の定「この中に選ばれし勇者のパーティーメンバーが!?」などと言い出した。
予想通り過ぎる反応に、何故か少しホッとしている俺がいた……。
「でも、これは止まってる獲物を狙う練習……高速戦闘においては実用的じゃないから、勇者の仲間は居ないだろうな」
と、少しだけ弓道部の皆さんに失礼な物言いをしたけれど、これまた宇野宮さんは納得してくれた。
それに、理由は分からないけど少し嬉しそうだ。
「まだ見てない部活もあるけど……どうだった? 運動部は?」
「うーん……私って後衛だし、基本的に動かなくて良いのよね」
「そうですかい……」
きっと、自分は魔法職や回復職……それか指揮官タイプだと言いたいのだろう。
確かに前衛職って感じはしない。ポーズだけはどこに出しても恥ずかしい程に一人前なのだが。
とりあえず見て回った結果、俺や宇野宮さんの様なタイプには運動部は肌に合わないという事で本日は終了した。
「ま、収穫はあったしオッケーかな?」
「明日は文化部……ね? 運動部より怪しい組織が蔓延っているに違いないわ」
運動部に活発そうな美人の先輩達を何人か発見出来た。
文化部はまた違ったタイプ……大人しかったり、個性的な美人が多そうだし、楽しみではある。
目の保養の為にも、今日見れなかった部活の先輩についても情報を集めていきたい所だな。
「迷惑は掛けないように……えっ、明日は別々の調査だよね?」
「えぇ、敵組織に私達がペアだと気付かれると不都合が生じるかもしれないもの。一緒に行動はするけど、他人のフリよ」
「それ、別々じゃなくない……?」
俺はもっと静かに調査を進めたいと思っている。
別に年上が好きとかじゃない。
ただ『美人で性格の良い先輩に憧れる』という普通の男子高校生でありたいと思っているだけだ。
たしかに、そんな先輩とお近づきになれたら最高だろう。求めていた青春が、九分九厘叶ったようなものだ。
でも……そんな可能性はないというのも分かっている。諦めていると言ってもいいかもしれない。
普通に考えれば、可愛い子を他の男子が放っておくはずがない。
イケイケグループにしろ、真面目グループにしろ、オタクグループにしろ……結局の所、男子は可愛い女子に関心があり過ぎて困るくらいなのだから。
アニメを観てきた俺は自然の摂理として理解している――高校生において付き合う条件としてあるのは『顔』そして『コミュニケーション』と『性格』だという事を。
社会人になれば、圧倒的に『金』となるらしいが……それはとりあえず省いておく。
そう考えると――俺の隣に居る人物はどうだろうか?
まず、顔は良い。モテる条件の優先度一位は問題ない。
性格はまだ把握しきれてないから分からないけど、きっと良い。
だが、コミュニケーション能力が圧倒的に……ヤバい。
体型は良いが、思想は中二病で、会話も中二病。
それに加え、外見的な部分でのコミュニケーションも危険である。
立ち姿は斜に構えるか背中を合わせたがる。トドメとして、小物に眼帯というキマリっぷりだ。
「そろそろ、黄昏に世界が飲み込まれて行きそうね……。ともに連なる馬車が待つ場所へ往かん……(駅まで一緒に帰りましょ?)」
「そうだね……今更だけど、宇野宮さんってトータルでヤバい人だよね?」
「お、近江君!? 急に酷いよ!?」
うっかり口を滑らせてしまったが、いくら中二病に支配されている宇野宮さんでも、慌てたり傷付いたりする反応はあるらしい。
本当は、この慌てている姿こそが『本当』なのでは無いかと、なんとなく予想している。
それを隠す為に、普段は落ち着いた声色で冷静なクール系を装っているのだと考えると、少しだけ可愛く見えてくるのだから、心って不思議なものだ。
可愛く見えるのはきっと、黄昏時の不思議で綺麗な風景が、宇野宮さんの雰囲気にあまりにもピッタリだから……三割増しくらいでそう感じたのかもしれない。
朝よりも夜。朝焼けより夕焼けが似合うのが宇野宮さんである。
女子が可愛く見えると言われる雪景色よりも、格好よく見える夕景色がピッタリだ。
「ちょっと、あの夕日を背景にポーズ取ってみて?」
「お安いご用よ……背景に不足は無いわね! ――はいっ!!」
――――パシャ。
俺のスマホの画面には、フラッシュ機能を使わなかったが為に黒っぽくなってしまった宇野宮さんが写っていた。
……右足の爪先を立たせ斜に構え、左手をカメラの方に伸ばして、右手は眼帯の着けてない右目に添えたポーズ。
完璧にキメた宇野宮さんがバッチリと、カメラで撮れていた。
「ちょ、ちょっと!? 撮影の許可は魔界管理局を通して貰わないと困るわよ!?」
「でも、ほら……黒っぽくなったのが逆に格好いいし、夕日も綺麗じゃない? 勝手に撮ったのは悪かったけど……」
勝手に写真を撮るのは駄目だったかもしれない。
せっかくの良い写真だけど、宇野宮さんが嫌がるのなら消さないといけない。
――なんて、本心では全くしていない反省を、一応はしておく。
だって、この写真……見れば宇野宮さんは絶対に喜ぶだろうから。
「な……なにこれ! けっこう良い感じじゃない!?」
「でしょ? 格好いいし、宇野宮さんなら気に入ると思った」
宇野宮さんの心を掴む写真だ。
撮られた事は嫌だったかもしれない。
でも、それを許してくれる程の写真が撮れたのだ。本人も満足してるみたいだし、結果オーライというやつだ。
「この写真! 私にも頂戴!」
あぁ、そうだな。待ち受けとかにも良さそうだし、宇野宮さんにもあげ……あげるにはどうすれば良いんだ?
いや、分かってる。連絡先を教えて貰えば良いだけだ。
でも……分からない。連絡先ってなんて聞けば良いんだろうか。
直球か、それとも変化球か。悲しいことに、女子に連絡先を聞くのが初めてだから「教えて」の一言が喉で止まってしまう。
宇野宮さんが切り出してくれるのを待つか……いや、それだと待っているしかなかった今までの俺と、なんら変わらない。
(変われ! 今こそ少しでもいいから変われ、俺!)
変な緊張を抑える為に、自分を鼓舞する。
ちゃんと伝わる様に、頭の中で台詞を考えていく。
何回か頭の中で、ミュレーションをする。
息を吸って、吐いて。もう一度吸って、考えた言葉を、喉元で止まっていた言葉を口に出した。
「あ……う、宇野宮さん? じゃあ……その、あの、連絡先……を、その、交換? 的なの、しと……かない?」
(うわぁぁぁ!! は、はっずぅぅぅぅぅぅ!!)
口から言葉を出しきった後に、羞恥心で体が熱を帯びていく。
顔は熱いし、台詞もつっかえたし、完全に失敗に終わった。
唯一自分を褒めてあげるとすれば、面と向かって言った事の一点だけだろうか。
宇野宮さんの反応を待つ、この微妙な時間がとても怖い。
急に言ったから驚いているのか、宇野宮さんも固まってしまっている様子だ。
口が少し開いては閉じるを繰り返している。
「……お、近江君の連絡先……を、教えてくだ、さい」
「な、なんで敬語?」
「う、うううるさいわね! うれ……驚いたからよ!」
俺達はどこかぎこちないまま、スマホを取り出して連絡先やアプリの交換を行った。
――入学してから早2日目にして、俺のスマホに初めて女子の連絡先が記録された。
女子の連絡先を知ってる人って、毎回こんなに緊張してるのだろうか?
だとすると、嫉妬より少し尊敬の方がが強くなった。
相手が宇野宮さんでも緊張するって……俺、この先大丈夫なのだろうか?
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)