第53話 充実した感じ
お待たせしました!
よろしくお願いします!
絵を描いているとあっという間に時間が過ぎていく。
朝に食べたトーストが消化し終えたのか、腹が栄養を求めて声を荒げている。スマホで時間を確認すると、いつの間にか一時を回っていた。
「お兄さん、お腹ペコペコ?」
「うん、時間的にもそろそろね。サンドイッチならあるけど……食べる?」
「大丈夫。おにぎり作ってきた」
そう言うと、女の子は鞄からラップで包んだおにぎりを取り出した。
俺もコンビニ袋からサンドイッチを取り出して、二人で休憩を取り始めた。
ピクニック気分にも浸れない訳ではないが、場所が近所の公園だとどうしても新鮮味というものが無い。
街を見下ろせる高台や、浜辺や渓流の様な場所ならもっと楽しいのだろうけど、残念ながら現実を見るしかない。ここはパッとしない公園なのだ。
(俺がもっと上手く絵を描けたら……ここを森の中や滝のある場所にしてあげられるかもしれないのにな)
そんな事を考えながら、ハムレタスサンドを口に運ぶ。
食べなれたハムと食べなれたレタスの食感には、一種の安心感の様なものを感じる。こういった慣れは悪くない。
刺激的な事ばかりを追い求める人を否定するつもりは無いが、こうして無難で普通で慣れた物というのも良いものだと思える。
「今日は風が強くない」
「そうだね。物が飛ばされなくて安心だね」
「この前、砂が飛んで来て大変だった」
「あらら……ジャリジャリはヤダよね」
「…………。お兄さん、私を幼稚園児と思ってない?」
「いや、ゴメン! 年下の子とどう話して良いのか分からなくて、つい!!」
しっかりしている子なのは重々承知している。
だが、どう見ても小学生であり、そのせいで自分が思うよりも口調がだいぶ柔らかくなってしまう。
「私はもう五年生」
「えっ!?」
「どういう『え』? ……大丈夫。分かる。今のは失礼な『え』」
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
正直、背丈だけで考えて小二か……良くて小三くらいかと思っていた。
そして残念な事に、小学生に対して『若く見える』なんて文句は褒め言葉にならない。
俺だって少しでも大人っぽく見られたいのに、中学生なんて言われたら軽く凹むかもしれない。まぁ、少し前までは中学生だったけれど。
男子の俺でもそうなのだ、女の子なら特に大人っぽく見られたい筈だ。今更ながら、やってしまった感が凄い。
ここから上手くフォロー出来るだろうか……、
「いや、しっかりしてるから六年生かなって!」
「本当? ホントーに、六年生に見える?」
「見える! 見える!」
「なんだ……なら、私の早とちり。お兄さん、ごめんね」
――フォロー出来ました。
(めちゃくちゃ簡単に言いくるめられた……これはこれで罪悪感が生まれるな……)
簡単に騙される素質を秘めてるこの子の将来が、少しだけ不安になってきた。
優しい子だから、冗談は言い合えるけど騙したりはしない良いお友達に囲まれてくれれば俺も安心だが……。まぁ、一人で強く生きるというスタイルもある。
とりあえず、この子の将来の為にもその第一歩として俺が謝っておこうか。
「まぁ、その……何て言うの? ごめん。嘘です……小三くらいに思ってました」
「……やっぱり。どうして嘘吐くの? 嘘は良くない」
「嘘というか……優しい嘘? というか、お世辞? みたいな?」
「大人はすぐ自分に都合良く物事を言う……」
(仰る通りです。申し訳ございませんでした……)
何度か普通に謝ったら許してくれた。
やはり女の子を怒らせてしまった時は、最初から謝るのが最短ルートなのだろう。小学生相手に、社会勉強をさせて貰った。
「絵に集中するから、お兄さん静かにして」
「あ、はーい……」
おにぎりを食べ終えると、またすぐに絵に取り掛かる女の子。その姿を見習って、俺もサンドイッチを口に詰め込んでお茶で流した後に、絵に取り掛かった。
そんなゆったりとした時間は夕方まで続いた――。
「――じゃあね、お兄さん。そろそろ帰らなきゃ」
「あ、うん。気を付けて帰るんだよ」
「お兄さんもね」
そう言って、ライバルの絵描き女の子は椅子から立ち上がって帰って行った。日が沈む前に帰らせようと思っていたが、自分でちゃんと遊びたい心を自制出来るちゃんとした子だった。
送って行くべきかとも思ったけど、初めて会った奴が家の近くまで来るというのは怖いだろうと、やめておいた。
「そうだ! 妹様に連絡しないと……」
友達も帰る頃か、もう帰ったか、もう少し遊んでいくのかを確認する為にチャットを飛ばす。
既読が付いたか確認する前に、とりあえず家に向かって歩いておこうと、俺も椅子から立ち上がり、帰路についた。
「あっ……」
「おっ……と。すみません」
公園を出てすぐの曲がり角で、女の子とぶつかりそうになったのをギリギリで踏みとどまる。
現代っ子らしく、俺も目の前に居る女の子も手にはスマホを持っていた。
どちらかが悪いというよりは、どっちも悪い状況だが……何故か、女の子は落ち着かない様子で周囲をキョロキョロとし始めた。
ぶつかっては無い筈だが、何かを落としたのかもしれない。俺も周囲の地面をチラッとみたが、何か落ちているという事は無かった。
「あ、あの……こ、こちらこそ不注意で……。もしかして公園でお絵描きしてた方ですか? たしか、妹さんと」
「え?」
急に質問をしてきた女の子の顔を見ると、またキョロキョロと視線を彷徨わせ始めた。
もしかすると、何かを探している訳では無くて目を合わせるのが苦手な子なのかもしれない。
「あ、いえ……すみません……なんか、馴れ馴れしく……すみません、すみません」
「あぁ、いや……そんなに謝らなくて大丈夫ですよ? たしかに公園でお絵描きしてましたけど、あの子は別に妹じゃなくて……たまたま会った子? みたいな感じです」
あまり人通りは多くないとはいえ、全く人が通らない訳でもない。誰かに見られてる事もあるとは思っていたが、見ていた人と会うとは思わなかった。
それに……同じ年齢か年下っぽいちょっとオドオドしてる女の子を相手にも、対応がダメダメな自分が少し情けない。
「そ、そうだったんですね……仲良く見えたので……すみません」
「仲良く見えてたなら、通報とかされずに済んで良かったですー……なんて」
精一杯の自虐でさえも、とくに笑いが起きず華麗に流された。
気まずさに拍車が掛かる一方だし、そろそろ退散すべき頃合いだろう。
「お、お絵描きは好きなんですか?」
「あ、まぁ……最近し始めたのでハッキリとしませんが、嫌いじゃないみたいです」
「あ、あ……ぅぅ……」
「あ、すみません! すぐ視線を逸らしますね!」
まさか、視線を合わせることじゃなくて、視線を逸らせることに集中する日が来るとは考えた事が無かった。
世間の価値観とはズレていた時代もあった俺だが、人と目を合わすことはそう苦手ではない。
相手の情報は目を見れば全て解ると信じて、相手の目をガッツリ見ていた時期もあったくらいだ。
決してそんな事は無かったのだが、目を合わせても何とも無い人も居れば、極端に恥ずかしくて縮こまるタイプの人も居るとその時の経験で知った。
これは妹様から聞いた妹様の友達の話らしいが、相手が『怒りの感情を持っている』『変な奴と思っている』……と目を合わせられると感じてしまい、どんどん苦手な気持ちが悪化するらしい。
あと、シンプルに女子は視線に敏感だという事も妹様から聞いた。
「す、すみません……」
「大丈夫、苦手な事くらい誰にでもあるよ。俺も沢山あるし」
「よく、その……私が目を合わせるの苦手って気が付きましたね?」
「目を見れば分かる!!」
今のジョークの様な決めに言った言葉も、華麗に流されていった。チラッとだが本当に視線を合わせにいったのが良くなかったのかもしれない……。
(よし、スベったしそろそろ撤退するか)
「じゃあ……まぁ、そういう事で……」
「あっ……はい。長々とお引き留めしてすみませんでした……なんか、近しいモノを感じてつい……」
「……陰キャラってこと?」
「はうっ!? 人に言われるとツラいですね……」
「大丈夫、一人じゃない」
どちらかと言えば俺も大人しい系統だと思う。系統別にしたら、麻央さんのせいで別ジャンルで一括りにされそうだが、自称では大人しい系のつもりだ。
視線を合わせられないタイプの同じ陰キャラの女の子の肩をポンッと叩いて、そのまま俺は歩いて行った。
少しだけキザったらしい感じになってしまったが、そう会う事も無いだろうし平気だろう。
再び歩き出してから少し、未来からチャットが届いた。どうやらこのまま寄り道をせずに帰っても、問題は無さそうだった。
今日は良い気分転換にもなったし、良きライバルも見付かったし、近しいキャラの子とも出会ったし……家でダラダラしているよりは充実した休日になった。
(さっさと家に帰って、終わりに向かう休日を満喫すべくゲームの続きでもしようかね!)
◇◇◇
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