第52話 良きライバル?
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うっすらと聞こえてくる話し声で、妹様とお友達が隣の部屋へと入っていくのを確認した俺は、追加の飲み物を取りにリビングへ静かに向かった。
母さんは既に出掛けていて、机の上には妹様と俺の分の昼飯代が千円ずつ置いてある。
「昼……どうすっかな?」
「ちょ、ちょっと! 部屋に居てって言ったでしょ!?」
後ろから掛けられた声に、ビクッとして冷蔵庫へ伸ばした手が止まった。
振り返ると、私服や髪型をバッチリ決めた妹様が腕を組んで立って凄んでいる。
家での普段の感じがバレてしまうのを恐れてか、声自体は小さめだ。
「いや、ちょっと飲み物のお代わりに……」
「早く戻って静かにしててよ? というか、遊びに行ってきたら?」
「いや、今日は麻央さんも予定あるらしいし……」
「麻央、さん? ……ふーん。男友達とか居ない訳?」
パッと思い付いた奴は数人いる。連絡先も知ってはいるのだが……急に誘うのは勇気がいるというか、自分がちゃんと事前に約束をして欲しいタイプだから誘うのを躊躇ってしまう。
「ま、まぁ……それより、妹様はお昼どうするの?」
「昼飯? うーん……たぶん、ファミレスにでも行くけど?」
「そか。母さんがお昼代置いていってくれたから、ほら二千円」
置き手紙とか無く置かれていた二千円。
普通に考えれば、兄妹で千円ずつという意図で母さんも置いていったと分かる。
でも、その全額を妹様に渡した。母さんの金だから偉そうな事は言えないけれど、たまにはクソ兄貴ぶってみるのも悪くはないだろう。
「これ……え、でも……」
「俺はカップ麺あるから大丈夫だ。今まで俺のせいで呼べなかったんだから、友達と楽しんできな」
「クソ兄貴……」
少しはお兄ちゃん子であるパイナップル子を見習って欲しいと思うが、あれは義妹だからなせる距離感。
うちは実妹――優しくしたって急に呼び方がクソ兄貴からグレードアップする事はないのだろう。
「俺はカフェオレ作ったら静かに戻るな」
「……三つ。私と友達の分も作って」
「はいはい、妹様の仰せのままに」
自分のカフェオレと、それよりも牛乳の配分を多くしたカフェラテに近い物を二つ作り、既にお菓子が乗っているお盆に乗せてあげた。
「あんがと。カフェオレ作りは唯一の特技だもんな」
「俺の唯一が地味すぎるだろ……あと、そっちのはカフェラテな」
妹様の毒は日常茶飯事で、傷付く事はほとんど無い。
プルプルとお盆を慎重に持って、先に戻って行く妹様。友達に扉を開けてもらい部屋に入ったのを確認して、俺も再び静かに動いて部屋へと戻った。
「さて、続きをやりますかね」
ギャルゲーにおいて――。
始める前のパッケージの絵で攻略順を決める人、一通り出会いを経てから決める人、金髪キャラやおバカキャラ等のキャラクターで決める人など……いろいろタイプは居ると思うが、俺は最初に登場した攻略キャラから攻略していくと決めている。
だから最近だと、高確率で妹キャラを引く事が多い。起こしに来るからだ。
始まり方次第にもよるが、大抵の場合……一番最初に出会うキャラがメイン中のメインだったりする。だから、俺はそのやり方で攻略をすると決めている。
(うぅ……パイナップル子。お前はいつ両手のパイナップルを手放すんだ……)
絶賛義妹のパイナップル子を攻略中の俺。自分ルールを変えてしまおうかと真剣に悩む、休日のお昼前である。
(少し、休憩を挟むか……)
ゲーム機をベットに置き、机の上に置いたカフェオレを一口。
悠々自適と言えば聞こえが良いが、ただやる事が無いだけである。これはもう妹様の言うとおり、出掛けた方が有意義かもしれない。
「ふぅ……どうすっかな」
公園にでも気分転換にスケッチしに行くか、家で大人しくデジタル絵を描くか。
麻央さんの事だから、人物だけじゃなく背景まで描けと要求しそうな事を考えると、外に行った方が良いかもしれない。
ただ、ちょっと面倒という気持ちが無い訳でもなく、まるでギャルゲーの二択を選ぶ時の様に悩んでしまう。
「公園でボッチか家でボッチか……」
どっちかの選択だといきなりバッドエンドなんてのもあり得るが、ノーマルやハッピーな事が起こる可能性とてゼロじゃない。
(ここは思い切って、行きますか! 外に!!)
そう決めてからの行動は一直線で、スケッチブックと筆箱を手提げ鞄に入れ、外向きの服にサッと着替える。
もちろん、妹様への連絡も欠かさず――『外に行ってくる』とチャットを飛ばしておいた。なんか数秒で既読が付いたから、きっと大丈夫だろう。
「飲み物と……サンドイッチは途中で買うとして、あとは……スマホも財布もオッケーか。よし、行くか!」
残っていたカフェオレを一気に飲み干し、まずはコップを置きに足音を立てない様に静かにリビングへ移動して、そそくさと玄関から外へ移動した。
玄関の鍵もゆっくりと……ここまでしたところで、ようやく制限を解除された解放感に包まれた。無敵とまでは言わないが手枷足枷が無くなった気分だ。
外は特に日差しが強い訳でもなくが、特に雲が多い訳でもない……一言で表すなら『良い天気』。そんな感じの晴れ模様である。
「どこの公園に行こうかね?」
小さい公園、大きい公園、遊具の多い公園……少し足を延ばせば幾つか候補地は見付かる。
気分的にはリフレッシュも兼ねているし、どうせならなるべく人が居ない方が好都合だ。
(となると……最低限の遊具しかない小さての公園がベストかな?)
近くも無ければ遠くもない、たまにおじさんが項垂れているそんな公園。
子供の頃によく遊び場としては使っていたが、今となっては利用する事も無くなった懐かしの公園に、向かうことにした。
でもその前に……まずはコンビニだな。
◇◇◇
公園の、ちょうど木陰に入っていたベンチに座る。
鞄からはスケッチブックと鉛筆を二本、コンビニ袋からはペットボトルのお茶を取り出して、準備に取り掛かる。
一番暑い時間帯というのもあるのだろうけど、運良く子連れの親子も小学生も居なくて一人っきりだ。
「滑り台から描いていくかな……丸みと角と立体の練習になりそうだしな」
定規とかコンパスとかを使えば、綺麗な線を描くことは出来るけど、あえてやらない。
そういうアイテムが無くとも、なるべく綺麗な丸や線を描く練習の為に。
「無機物は良い……動かないしな」
一本の鉛筆は描く用で、もう一本は先端の芯を使ってサイズ感を測る用に。
「ふんふんふふん。あ、ズレた……」
真っ直ぐから逸れた分を消ゴムで優しく消して、描き直す。
「私のとくとーせき」
「え?」
横を見ると、帽子を被った女の子が俺と同じメーカーのスケッチブックを抱えて立っていた。
大人しそうな小学生くらいの女の子。事案……誘拐……警察……ロリコン……一瞬にしていろんな危険ワードが頭を駆け巡る。
「あぁ、ゴメン。すぐどっか行くね」
「お兄さんも絵描くの?」
「あ、うん。練習をね?」
やはりこの子も絵の練習をしに来たのだろうか?
特等席と言っていたし、もしかしたら休日はここで練習しているのかもしれない。
「そうなんだ。じゃあね」
「お、おぉ……ぅ?」
(まさかの突き放し!? 一瞬でも一緒にお絵描きとか考えた俺がヤバい奴だったな……)
「嘘。しょうがないから、座って良いよ」
「あ、ありがとうございます?」
許可を頂いて座り直すと、女の子も俺の道具を立て掛けてベンチに座った。
ベンチは二つあるが、背凭れのあるベンチは今座っているベンチだけで、正直に言うともう片方に移動するのは嫌だった。
長時間座っておくなら、やはり背凭れが無いとキツいからな。
「あの、昼間とはいえ一人で絵を描くのって危なくないの?」
単純な疑問として、人通りの少ない公園に女の子が一人って……大丈夫なんだろうか?
ここらでそんな危険人物が出没するという情報を聞いた事はないが、何が起こるか分かったもんじゃない。
「危ない?」
「ほら、誘拐とか? 危ない人とかに会ったり?」
「ここの地域は小学生が一人で遊ぶ事も出来ないくらいなの?」
「いや……そんな事は無いと思うけど……」
「お兄さんが危ない人?」
「いや、お兄さんは危なく無いよ! 普通の高校生ね! 普通の!!」
疑う視線を両手で遮りながら必死の弁明をする。すればするほど怪しい奴みたいだが、やらざるを得なかった。
「じゃあ、今日はより安心だね」
「あ、うん……今度から気を付けなね」
「大丈夫。防犯ブザーは常備してる」
ピンク色の防犯ブザーを見せてくれるが、自分に突き付けられているみたいで落ち着かない。
でも、防犯意識の高い子で……そこは少しだけ安心した。
「そ、そう……なら安心だね」
「あと、遠くに移動すると私のスマホからお母さんのスマホに位置情報が届く。だから、お兄さんが誘拐犯でも平気」
「いや、種明かしされたから俺が誘拐犯だったら大丈夫じゃないよ?」
「はっ……うっかりした」
今や小学生でもスマホを使う時代。それに合わせて防犯対策も進んでいるらしい。
スマホを持つようになって、昔よりもしっかりした小学生は増えているのかもしれない。今隣に座るこの子も今はちょっと失敗したみたいだけど、基本はしっかりしていそうだし。
「気を付けなね……。それで、きみも絵を描きに来たんでしょ? お互い頑張ろう」
「うん。最近、お絵描きし始めたの」
俺と似た感じだ。
何を切っ掛けに絵を描き始めたかは知らないけど、最近始めたという点では同期って感じだな。
(もしかしたら、良いライバルになるかもな。歳下の女の子だけど)
お話もそこそこに、お互いスケッチブックを開いて絵を描き出した。
足をパタパタさせて描いてる姿はとても楽しそうで、なんだか俺まで楽しくなってくる。
集中出来るか不安な部分もあったのだが、誰かと一緒に描くというのも……案外悪くないかもしれないな。
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