第51話 暇をどう潰そうか……
お待たせしました!
よろしくお願いします!(´ω`)
「ここがこうで……でも、麻央はこうしてるからこうなって……」
「フシャーー」
机を使わせているから、デジタル絵ではなくアナログ絵で絵の練習をしている。
無地のノートに、目の前のペットボトルを描いたり頭の中に思い浮かべた物を描き出したり。
月見川さんが教え、麻央さんがいっぱいいっぱいになってる声を聞きながら鉛筆を動かしていた。
「我が矛となり、我が盾となれ。むしろ、盾メインで! 出でよ、召喚――近江君!!」
「ほら、ちゃんと集中して。英語は最初に躓くとずっと躓くわよ」
それはおそらくだが、中学生の頃にもっと言ってあげた方が良かったと思う。
勉強から離脱していた麻央さんが悪いのだけど、それを意図的に甘やかしてしまった月見川さんはなかなか悪い。
英語は中学で基礎の基礎。高校で基礎を学ぶ。時間は掛かるかもしれないが、中学の内容から始めた方が一年後二年後が大きく変わっていくかもしれない。
「頑張って麻央さん。それが終わればお昼ですよ」
「ママ様の手料理ね! ふふふ、やったろうじゃないの!!」
「麻央、じゃあ次は……」
「フシャーー!!」
「なんでよッ!?」
母さんのお昼ご飯ができたという声が聞こえるまで、麻央さんの復習は続いた。
「さ、下へ降りましょうか」
「次は近江に任せるわね。教科は何でも良いわ」
「えぇー、まだやるのぉー? もうバッチリなんだけどぉ」
麻央さんの意見は即却下され、この後の時間も勉強に費やして貰う事に決定した。というか、その為に連れて来たのだからな。
「あら、いい香りね」
リビングに着く手前で、もう昼ご飯の匂いが鼻の奥まで届く。
この香りは……『パスタ』だな。
「ごめんね~、簡単な物で」
「いえ、とても美味しそうな香りでお腹ペコペコです」
「なっ……ママ様! 私もお腹ペコペコよ!」
テーブルには――ペペロンチーノ、ナポリタン、カルボナーラの三種類のパスタが大きめの皿に乗っている。
見た感じだと取り分けて楽しむスタイルに見えるが、ただ味の好みが分からないからこの形にしたのかもしれない。
普段から友達なんて連れて来ない息子が、恥を掻かない様にとの配慮……母さんには感謝だな。
「ほらほら、座って。みんな、飲み物は何が良い? お茶しか無いけどね」
「お茶で良いよ」
「はい、それでお願いします」
「魔界ティーはあるかしら?」
麻央さんは少食で三種類を少しずつ食べ、月見川さんはカルボナーラをやや多めに食べ、最後に残った分を含めて俺が一番多く食べることになった。
それを終始母さんは楽しそうに見ていて……少しくらいは安心させてあげられただろうか。それなら、良いんだけどね。
そして――……昼飯を食べ終えた俺達は再び勉強へと戻った。
帰宅までの時間を休憩を挟みながら、麻央さんのテスト復習を何とか一通り終わらせる事が出来たのだった。
麻央さんはもう……なんだか冥界からお迎えが来ているような顔をしているけど。
「あぱー……」
「じゃあ近江、そろそろ帰るわ」
「あ、はい。玄関まで見送りますよ」
フラフラな麻央さんと、合法的に腕を組めて嬉しそうな月見川さんだ。
(送り狼という言葉を女子相手に思い浮かべる時が来るとは……)
家の方向は同じらしいし、無事に連れて帰ってくれるとは思うが……かなり心配だ。
「あ……明日と明後日は用事があるから、秘密会議はお休み……」
「お~う~み~っ!! まさか、休日まで麻央を連れ回しているの?」
連れ回されている側だが、ここはただ首を降って否定しておくだけにした。話が長引きそうな予感がする。
ともあれ、土日は麻央さんが予定あるみたいだから本当の休日になる。麻央さんを基準に予定を立てている自分に気付いて少しだけ……なんか凹んだ。
「すみません……早急に予定を立てたいので帰ってください」
「急に冷たくない!? ……まぁ、帰るけど。じゃ、お邪魔したわね」
「魔界バイバイ」
(何にでも魔界を付ければ他と一線を画すると思ってるのか……たしかにそうかもな。普通とヤバイという線引きで)
麻央さんが居なければ休日にする事も無い無趣味な男と思われない為にも、二人を見送った俺は自分の部屋に戻って、自分のやりたい事を探し始めた。
◇◇◇
「クソ兄貴、起きろー」
――翌日。
特にしたい事も見付からないまま、宿題を早々に終らせて寝た訳だが、休日の朝に妹様が起こしにくるとは珍しい。
部屋の扉をドンドンと叩き、半ば強制的に睡眠から目覚めさせられる乱暴さは置いておくとして……何の用だろうか?
「はいはい、起きましたけど?」
「今日、私の友達来るからさー、部屋から出るとしてもタイミング考えてよね? 良い? 頼むぞー?」
「了解。だが、万が一の時はスマンな。運命からは逃れられない訳……」
――ドンッ!
(そういうのをやめろという事なんだろうな……)
大きめの一撃を扉に叩き付けて、妹様の足音は遠くなっていった。
妹様も俺のせいで友達とか呼べなかった……そもそも兄の存在を隠していたみたいだし、今日は部屋で大人しくしておこうか。
「っ……ふぁぁ~~」
大きな欠伸をして、ベッドから抜け出す。
時計を見ると、朝の七時三十分。休日だしまだ寝てられるけど、目はバッチリ冴えてしまった。
(朝食があるかは分からないけど、とりあえず下に降りるか)
半袖にゴム紐が弛み始めた短パン姿のまま、部屋を後にする。
「おはよー……あれ? 父さんは」
「おはよう近江ちゃん。お父さんはお友達と釣りに出掛けたわ」
世の父親は休日だとゴロゴロして邪険に扱われる事が多いと思うが、我が家の父さんは違う。
頻繁に友人との付き合いで遊びに出掛け、家に居る事は少ない。
休日は家族サービスとかしないで、好きな事をしてくれて良いと俺も妹様も思っている。そんな年頃にはなった訳だ。
母さんもたまにママ友とお茶会的なのに出掛けているから、各自好きな時間を過ごしている。みんなが好きな時間を過ごしているし、晩御飯とかの家族で集まる時間もあるし、家族仲は良い方だと思っている。
「パンなら、すぐに焼けるけど……?」
「一枚お願い」
テーブルには既にジャムがあるところを見るに、妹様と母さんは既に食べ終えた感じだろうか。
冷蔵庫からペットボトルのブラックコーヒーと牛乳を取り出して、カフェオレを作ってパンがトースターで焼き上がるのを待った。
「近江ちゃんは予定ないの?」
「あると言えば嘘になる」
「お母さんもこの後出掛けるから……お昼はお金渡すから好きに食べておいてね」
「あいあいさー」
焼き上がったパンにイチゴジャムを塗りたくり、朝のニュース番組を流すように観ながら食べる。
「未来のお友達が十時くらいには来るそうよ」
「十時か……部屋に居ないと怒られるな。分かったよ」
パン一枚なんて、ほんの数分で食べ終わる。まだ残っているカフェオレを手に、さっさと部屋へ戻る事にした。
まだ何をするか決まってないけど、今日は土曜日。逆に考えて、何もしなくたって良いかもしれない。
「久し振りにゲームでもするかな。えっと~……あった『私立トロピカル学園』! 買ったけど後回しにしてたんだよなぁ……」
私立トロピカル学園――女の子と出会い、仲良くなり、そして結ばれる物語。簡単に言えばギャルゲーだ。
何が熱帯風なのかは分からないが……パッケージの裏には留学生っぽい子が数人居て、修学旅行は南国に行くらしい事は分かった。
それだけで、タイトルにトロピカルと付ける勇気は凄い。
PC版もあるらしいが、俺が買ったのはあくまでも全年齢版の健全なやつだ。
「さてさて、始めますか……」
カセットを挿し、ゲームを起動させる。
良い感じのオープニングが流れ、スタートボタンを押す。そして、主人公の名前は『南国 太郎』というデフォルトのまま進んでいった。
太郎『ふっ……今日も亜熱帯みたいな日差しが眩しいな』
(なんだこの主人公!! 朝起きて亜熱帯とか言うキャラとか感情移入できねーぞ……)
??『お兄ちゃん! 朝ですよ! 起きてください!』
(なるほど。この主人公には妹が居るのか……実妹か義妹か……大事なところだな)
太郎『もう起きてるよパイナップル子』
(何その名前!? 南国を無理矢理入れてきたぞ!!)
パイナップル子『きょうの朝食はフルーツの盛り合わせよ! 早く降りてきてね』
(なんか、妹が両手にパイナップル持ってるゥゥゥゥゥゥゥぅぅぅっ!?)
『俺の妹パイナップル子は気立ても良く家事炊事も完璧な自慢の妹だ。俺達には血縁関係は無い。だが……どの兄妹にも負けないくらい、仲良しだ』
(始まりからこのキャラの強さか……さすが安売りされていただけあるな……。根気よくやってやろうじゃないか!)
ストーリーを読んで、たまに出てくる分岐点の選択をしてまた読んでいく。
私立トロピカル学園に通い、幼馴染みの伊藤アボカド。クラス委員長の藤山グァバ。お姉さんキャラの二階堂ライチ……それ以外にも魅力的だがクセしかない名前のキャラが沢山出てきた。
ギャルゲーは以外と分岐ルートに入ってからが長い。
キャラクターのビジュアルは申し分なく可愛いのだが……どのキャラも自分の名前に入ってるフルーツを片時も離さず手に持っているという、キャラ立ちを優先させた結果の悪の所業だった。
だが……あっと言うまに三時間が経過していた。
それに気付けたのは、家のチャイムが鳴って妹様の来客がお越しになったからである。
意外と面白いのが微妙に悔しい……『私立トロピカル学園』やるじゃないか。
◇◇◇
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