第50話 組んず解れつ
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「近江ちゃん、お客様よ」
「あ、うん。いらっしゃい、月見川さん」
「えぇ。では、お邪魔させていただきますね」
電車一本分遅れて来た月見川さん。一回しか来ていないのに道順を覚えていた記憶力は流石だ。
そして母さんにも好印象な丁寧な言葉、声、雰囲気……俺の学校生活が普通だと母さんも安心するだろう。
(月見川さん、ありがとう。そして……麻央さんは少し見習って欲しいかな)
今もきっと、防御フォルムで待機しているだろう麻央さんに思いを馳せてみるが……無理そうだと早々に諦めた。
「近江ちゃん、それと……月見川さん?」
「月見川秋羽です。秋羽と呼んでくださって大丈夫ですよ」
「そう……秋羽ちゃんね。お昼はうちで食べていく? 簡単な物しか作れないけど」
「それは……」
横目で俺に確認を取ってくる。
今日は午前中に終わって、まだお昼前だ。麻央さんには確認を取ってないが、今からテストの復習をすると考えれば長時間この家に居て貰う事になる。
外食という手もあるが、わざわざ呼んでおいてお金を使わせるのも申し訳ないし……ここは、食べていって貰うのが正解だろう。
月見川さんに向け、頷きをひとつ。それだけで月見川さんなら分かってくれるはずだ。
「では、お呼ばれさせていただきますね!」
「あらあら……これは少し頑張って作らなきゃかしらね」
「じゃ、じゃあ……お昼になったら呼んで。上でテストの復習してるから」
「はい。……本当に勉強だけよね?」
(おっ? 何を軽く爆弾をセットしてくれてるのだろうか、この母さんは……無視するのも変な空気になるじゃないか……)
勉強とゲームくらいだと告げて、月見川さんを連れてすぐに部屋へと向かった。
母さんは心配なのだろうが、あまり首を突っ込んで欲しくはない思春期の部分だ。あと、シンプルに気まずくなるのを分かって欲しい。
月見川さんはニコニコしているが、その笑顔が俺にとってはどうも怖く映る。
「あの、月見川さん?」
「なぁにぃ~?」
「……そ、その。もう既に麻央さんが勉強をしたくないモードに入っている事だけは、先に伝えておきますね?」
「マタ、マオッテイッタ」
「ひぃぃッ!?」
(怖い。怖過ぎる……昼間のホラーなんで怖くないと思っていたが、普通に怖い。早く部屋に戻らないと……)
麻央さんさえ居れば、月見川さんの恐ろしさもいくらかは抑えられるだろう。
表面上のガチギレから、表面上はオコくらいに。ただ、裏では今までと変わらずにキレていると思うと……この人の麻央さんへの気持ちが本気過ぎて、逆にもう、何も言えなくなってくるな。
「麻央さん、入りますよ~」
「ふっふっふ。入りたくば呪文を唱えるが……良い!!」
「いや、自分の部屋くらい普通に入りますよ」
「くっ、小癪な……まだ私にテストの復習をさせようと言うのか! でも、その手には乗らないんだらからね!!」
部屋を出た時から少し体勢は変わっていて、もう普通にベッドで横になっている麻央さんだ。
その怠惰っぷりに怒っているのか、そもそも俺の部屋に麻央さんが居る事を責めているのかは知らないが……月見川さんが俺の腰肉を千切る勢いで引っ張っている。
「イタタタタタタタタタ――ッッ!?」
「ん? 近江君、いったいどうした……」
「麻~央~? テスト散々だったらしいわね?」
「なっ!? なんでアンタがっ……近江君、どういう事!?」
スッと俺を押し退けて部屋に入る月見川さん。そのタイミングで千切るのは止めてくれたが、めちゃくちゃ痛い。
麻央さんは月見川さんの登場に驚き、起き上がった。サプライズは成功という感じだな。
「ほら、俺だけだと麻央さん勉強しなそうでしたから……呼びました」
「ふふ。チェックメイト……ということ、かしらね」
そう言った麻央さんは、ゆっくり――こちら側が走馬灯を見ているのかと錯覚する程ゆっくり、ベッドに寝直していった。
俺だけだと強引に揺り起こす事も出来なかっただろう。
ただ、その為に呼んだと言ってもいい月見川さんが今は居る。そんな逃げを許す彼女では無い。
「月見川先生……よろしくお願い致します」
「何よそのキャラ……。でも……先生、ね。悪くない気分だわ」
麻央さんのすぐ隣に立った月見川さん。その手腕を是非見せて頂こうか。
「…………ゴクリ」
(……あれ? ベッドの横に立ったまま動かないぞ? あと、生唾飲み込まなかった?)
俺達から顔を背ける様に横向きで寝ている麻央さんの横に、ポーっと立っている月見川さん。
このまま見ていて良いのか、それとも何か行動を起こすべきか。
考えて……俺は静観を選んだ。今は月見川さんのターン……付き合いの長さは一番だろうし。
「ドキドキ……」
「――は?」
感情が、たまに口から出るという微妙に残念な特徴がある月見川さん。前はたしか「ガーン」とか言っていたと思う。
それが出ていた。しかもドキドキ。
それでも静観してみた。すると――。
「――えっ?」
今の声は俺からではない。麻央さんからだ。
その理由は、嘘かと思う月見川さんの行動による驚きだろう。
「なな、何でアンタが布団に入ってくるのよ!?」
「私だって、男のベッドに入るなんて嫌に決まってるでしょ!! でも、麻央の気持ちを理解する所から始めないと勉強も出来ないじゃない?」
(いや、その理屈は何かおかしい気がする――)
月見川さんを押し出そうとする麻央さんと、それに負けじと応戦する月見川さん。
俺のベッドの上で女子高生が組んず解れつ争っている光景は、直視しても良いのか悩ましいものがある。
布団が邪魔して、手足がバタついている様子は分かるものの詳細の部分が結局はよく分からない感じだ。
とても惜しい……そう、とても惜しい状態。だがしかし、よく考えればこれは、ギリギリ直視して良い案件だろう。もう少しだけ見ていよう。
「ちょ、早く出なさいよ! ここは私の『聖域』。アンタみたいな奴が軽々しく入れないの!」
「また、麻央は変なこと言って……まったく! もう! 麻央が起きてちゃんと勉強するのなら、私も起きるけど……仕方ないからもう少し寝てても良いわよ!」
言葉の節々に感情を隠しきれていない月見川さんだ。
正直、対麻央さん用の兵器としてはガッカリだが、この状況を作った事に関しては表彰したいと思っている。
(母さん……勉強以外の事をし始めたのは俺以外の二人だったよ……)
健全に争う二人の様子を脳内フォルダに保存して、時を見計らって仲裁に入る事にした。もう少し先になるだろうけど。
◇◇
「さて、そろそろテストの復習しましょうか」
「はぁはぁ……ちょっと、休憩を……」
「ふぅ……。駄目よ、麻央。復習はバッチリやって貰うからね」
運動部との差が如実に出ているが、どうにかこうにか麻央さんを俺の勉強机に座らせるとこまでは成功した。
片や息切れ、片やツヤツヤではあるけども……。
「麻央さん、ジュース飲みますか?」
「お、お願いするわ」
「月見川さんも飲みますか? お茶ですけど」
「あら、気が利くわね」
買ってきておいたジュースを麻央さんへ手渡し、月見川さんには普通のお茶を手渡した。
「近江、麻央はどの教科が駄目だったの?」
「そですね……数学と理科は先輩のお陰もあって大丈夫だったんですけど、英語が特にですね」
月見川さんが勝手に麻央さんの鞄からクリアファイルを出し……この三日間で行われたテストの問題集を机に広げていった。
耳打ちで麻央さんの予想点数を伝えると、月見川さんは意外な反応を見せた。
「麻央! 点数上がってるじゃない!」
「マジですか……」
「刻が経ち、神々の封印が弱くなったのよ……くくっ」
「うーん……お馬鹿な麻央も可愛いんだけど、高校は留年もあるし……」
「月見川さん?」
「そうよね。心を鬼にしてギリギリセーフの頭脳にはなってもらわないと!」
(月見川さん……もしかして中学時代甘やかしてたから、こうなったのか?)
おそらく。おそらくだが……麻央さんだけなら勉強はしない。
でも、麻央さんと俺ならギリ勉強する。麻央さんと月見川さんでは勉強しない可能性がある。
これはつまり、麻央さんの勉強には最低付き添いが二人居るということになる。何でだよとは思うけど。
「とりあえず、テスト復習は月見川さんに任せて大丈夫ですか? 点数は俺よりも良いでしょうから」
「そう? あのくらいなら近江でも問題は無かったんじゃない?」
「まぁ……じゃあ、教科で交代しますか? 一科目でも時間は掛かるでしょうし」
「そうね。本当は二人っきりで良いんだけど、近江の家だし一回くらいは譲ってあげても良いわよ?」
麻央さんに勉強を教えるのが、一番のご褒美みたいな感覚ではやってない。
お腹を壊さない様に、ジュースをチビチビ飲んでいる麻央さん。そろそろ暇してそうだから勉強を始めようか。
まぁ、最初は月見川さんに任せるんだけど。
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