第47話 麻央さん、騙されてますよ
お待たせしました!
よろしくお願いします!
テストまで残り一週間となった。
クラス内の状況は半々に分かれている様子で、コツコツと頑張ろうとしている人達と、まだ余裕を見せている人達。
中間テストだから範囲はそれほど広くは無いが、楽観視し過ぎるのは危ないだろう。
運動部に多く見られる傾向ではあるけど――テスト三日前までは部活があるらしく、それは可哀想とも思うが――そこから本気を出せば間に合うと思っているらしい。
一夜漬けで出来てしまう人も確かに存在はするけど、今後を考えると諸刃の剣的な考えだから、あまり個人的には好きではない。
何故、そんな事を考えているかと言えば……それはもちろん麻央さんが「三日前から本気を出す」と勉強から逃げ出そうとしているからだ。
「駄目ですよ。赤点取ったら補習ですし、部活に来れませんからね?」
「テスト範囲見たでしょ? この範囲なら大丈夫よ! ……たぶん」
「……分かりました。では、今日の勉強はここまでとしましょう」
「え? 良いの?」
「……(ニッコリ)」
赤点を回避出来らのならそれで良いし、取れなくても困るのは麻央さん。
応援されるのは、いつだって頑張ってる奴なのだ。
つまり、俺も自分の勉強に集中して打倒月見川さんにシフトチェンジしていこうか。
「え? え? 良いの?」
「良いですよ。気持ちがノらないなら集中も続かないでしょうし」
「うん……うん……やっぱ勉強するわ! 笑顔が怖いから!」
部室での一幕。
今日はブロッサム先輩が居ないから二人っきりだ。
麻央さんが遊びたくなる気持ちも分からなくはないけど、せめて自分だけはちゃんと勉強をしないと。
中学の同級生が一番少ない学校を選ぶ時に、少し離れた部活も学力も普通な学校を選んだのだ。進学校レベルとまでは言わなくとも、自分で出来るところまでは自分でやるつもりだ。
(そういえば、中学の頃も特に関わりが無かった人ではあるけど……)
一人だけ同じ中学校出身の生徒が居たはずだが、あまり印象は無い。というか、ほとんどの生徒と関わっていなかったから……知られてはいても、知らない人がほとんどだった。
「そういえば麻央さん、同じ中学だった人って月見川さん以外にも居るんですか?」
「アイツ以外にも何人か居たと思うけど……関わりは無いわね!」
「お互いに……いや、まだ一年の五月ですもんね」
「そうよ、ここから勢力を拡大させてこの学校を征服させないとね」
関わりが無い。普通に聞けばボッチで可哀想と思う場面ではあるけど、何故かちょっとだけホッとした。
「それじゃあ、さっそく作戦会議をしましょう!」
「いや、しませんよ? 勉強です」
「えぇーっ!!」
「えー、じゃないですよ。話を振ったのは俺ですが」
お喋りもそこそこに、きっちりと勉強して、その日の部活動は終わった。
――そして翌日。
今日も授業が全て終わり、部室へとやって来たのだが……問題がひとつ起こっていた。
「おぉ~、待ってたぞ後輩達よ!」
「後輩ちゃん達、待ちましたよ?」
双子の悪童先輩達が俺達を待っていたと、言ったのだ。
たしかにそれも問題ではあるのだが、それ以前に部室に居る事が問題である。職員室から鍵を借りてきたのは……俺達なのだから。
「どうして居るんですか?」
「何だとぉーっ!? 私達も部員だぞっ!」
「生意気な後輩ちゃんですね」
姉の夏海先輩と妹の夏乃先輩。
この二人はいたずらっ子として有名らしいく、その上理系分野に特化した人達らしい。だから、部室に侵入する事くらいお茶の子サイサイなのだろう。
別に問題は無いのだが、出会いの変なクスリの実験体にされた事で先に先輩達が居ると、どうしても身構えてしまう。
「す、すいません。そういう意味ではなくてですね……その、何故、今日は珍しく居られるのかと!」
「ふっふー、そういう事か! 愚問だな!」
「愚かな問い掛けですね。私達が来たという事は――」
「「新しい実験薬が完成したのだ(のよ)!」」
……うん。先輩ですけど、今すぐに帰ってくださいな。
◇◇
姉海先輩がポケットから雑に取り出した小瓶の説明を、妹乃先輩がし始めた。
話を聞けば聞くほど胡散臭さというものが増していく。
やれ、頭が良くなる。やれ、集中力が増す。やれ、痩せるなど……。
絶対に良くない薬の謳い文句なのだが、テスト前に頭が良くなると言われては、食い付いてしまう人も居る――麻央さんだ。
「本当に痩せ……頭が良くなるんですかっ!?」
「もちろんだ! 脳を元気にするDHAをマシマシで使っているのだからな!」
「……ごくり。科学的な物を信用している訳ではないけど、ごくり」
麻央さんを心配する両親の気持ちが分かった気がする。
良いとも悪いとも言えないが、常にに騙される側の人間なのだろう……いたずらっ子の先輩達とはかなり相性が悪いとみえる。
「麻央さん、絶対にやめた方が良いですよ。嘘くさいですし」
「ふーん……うぷぷ。分かったわ! 近江君、私の方が頭良くなるのが怖いんでしょ!」
「いや……別にそんなことは思ってないですけど……」
「ツイン先輩、私にその薬を飲ませてください!」
まだ、どっちが夏海先輩でどっちが夏乃先輩かを覚えていないっぽい麻央さんである。
(たしかに似ているけど、話し方とかで……いや、たしかにこれは双子の常套手段。いつか俺も騙されそうだな……)
怪しく笑っている双子先輩達が、小瓶を麻央さんに手渡した。
もう、誰がどうみたって罠でしかないのだが、麻央さんは気付いてないのか気にしていないのか……迷わずに小瓶の中身を飲み干した。
「ふふ、ふふふ……」
「姉さん、記録の準備を」
「記録とか言っちゃってるし……先輩、コレって本当はどんな効果があるんですか?」
「まぁ、そのまま見てな後輩君!」
夏海先輩が麻央さんへと近付いて、耳元で何かを囁いている。
麻央さんはどこか遠くを見ているみたいに、目の焦点が合っていない。……本当に大丈夫なのだろうか。
「後輩ちゃん、この薬は暗示に掛かりやすくなる薬なのよ。だから、『あなたは勉強が好き』と囁き続ければその気になるの」
「な、なるほど? では夏乃先輩……今、夏海先輩はそう囁いているんですよね?」
「…………」
「夏乃先輩!? いや、ちょ、何してんすか!!」
「……実験に、犠牲はつきもの……なのよ後輩ちゃん」
目を逸らす夏乃先輩から視線を麻央さんに戻すと、夏海先輩が麻央さんから今まさに離れたところだった。
「夏海先輩!! いったい何を……何て言ったんですか!?」
「後輩君、ちょっと見ていたまえ! ……はい、お手!!」
「わんっ!」
一瞬、空気が凍り付いた。
いや、凍えていたのは俺だけだろう。
夏乃先輩は、いつの間にか手に持っていたストップウォッチで時間を計っている。
夏海先輩は、麻央さんの頭を撫でたり、お手をさせたりしている。
(犬だ……麻央さんが犬にされている!!)
完璧に暗示に掛かっている(?)麻央さんは、返事のすべてを「わんっ!」になっているし、頭を撫でられて目を細めていた。
「とりあえず実験は良好だな! 後輩君、きみにも貸してあげよう」
「いや、いいです……怖いんで……」
「なにーぃ! ほら、あそこに居るのがお前のご主人様だぞ! ごーごー!」
麻央さんにそう指示を出した夏海先輩。
普通ならそんな指示を聞く麻央さんではないが、今は麻央(犬)さんだ……ゴーと言われれば、当然走る。何故か四足歩行ではなく、二足歩行で。
「いや、これ、普通に麻央さんが突進してくるだけなのではーーッッ!?」
「わんっ! わんっ!」
「危なっ!? 狩人の目をしちゃってるんですが!」
「おい、後輩君! 飼い主が自分のペットから逃げるとは何事だ!」
「人! 見た目が完全に人ですから、あんまりペットとか言わないであげてくださ……ぎゃッ!!」
「わんっ!」
麻央さんにタックルに似た突進で、思いっきり床に押し倒された。
普通に机の角とか脚がスレスレの所にあって危ない。
「わんっ!」
「す、ステイ!」
「ガブッ……」
「あっ、噛まれた! 先輩、噛まれましたよ!! た、助けて……」
麻央さんの額を押さえてどうにか距離を保つが、獣の勢いの感じが凄い。
運動音痴である麻央さんらしからぬアグレッシブさがあった。
「この薬の効果って……ど、どれくらいっすか!」
「五分くらいじゃないか? たぶん、もう少しだぞ」
「わんっ! わんっ!」
「ばっ、ヨダレ! ステイ麻央さんステイ! ……口開けると、ヨダレがぁぁぁ!!」
犬化した麻央さんがおとなしくなるまで、そう時間は掛からなかった。
だが、俺の顔はベットリだし麻央さんは動かずにグッタリしている。
ホクホク顔をしているのは双子先輩だけという、最悪の展開を迎えてしまっていた。
「ちなみにですよ、後輩ちゃん。犬であることをおかしいと感じていなかっただけで、効果が切れたら普通に自分の失態……コホン。さっきまでの出来事をちゃんと覚えているのです」
「どうりで麻央さんが動いてくれずに顔を埋めてきてるんですね? はい、最悪です!」
丁寧に説明してくれる……し続けてくれる夏乃先輩。その落ち着き具合から、俺もとい麻央さんな羞恥心の増幅が半端じゃない。
夏海先輩は、ペンの走らせる音が聞こえてくるからレポートだろう。横たわっている今の状態からは足しか見えないけれど。
「麻央さん、お互いに忘れましょう……」
何も返さずにビクともしない麻央さん。精神ダメージが回復するには、もう少し時間が掛かるらしい。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)