第46話 良かった良かった
お待たせしました!
よろしくお願いします!
午後の授業が全て終わり、掃除、HRも終わって放課後となった。
「山野君はこれから部活?」
「そだよ。野田君もでしょ?」
すぐに教室を出て行く人やゆっくりしてる人が居る中で、俺も野田君もどちらかと言えばゆっくりしている側だった。
俺は麻央さんの準備待ちだが、野田君も誰かを待っているのだろうか?
「――よし。思いきって聞くけどさ、山野君と宇野――」
「近江君~。待たせたわね、早く部室に行くわよ!!」
「あ、うん。ごめん野田君、お呼ばれしたから行ってくるね」
「う、うん! いや、良いよ!! 全然良いよ……てか、良かったよっ!!」
何の事かはよく分からなかったが、良いと言っていたからきっと、良いのだろう。
俺は鞄を肩に掛けて、教室の出入口付近でポーズを取っている麻央さんの元へと急いだ。
「ん?」
背後から……教室に残っているクラスメイトから「良かった」みたいなニュアンスの声が聞こえた気がして、振り返ってみた……のだが、気のせいだったかもしれない。
誰かがこっちを見て話しているという風景は、そこには無かった。
「どうしたの?」
「いや、何かさ……今日のクラスの雰囲気って、ちょっとおかしくなかった?」
「そう? いつも通りじゃなかったかしら」
「まぁ……コホン。ま、麻央さんはそうだろうけど」
麻央さんは廊下に足が出ていて、俺はまだ教室に足が残っていて。
あまりデカい声は出せなかった……というかむしろ、その部分だけは小さくて、麻央さんにしか聞こえなかっただろうけど、それでも教室で名前を呼ぶというミッションは、達成できた気がする。
「え? なんて?」
「さ、早く部室に行きましょう宇野宮さん」
わざとらしく言ってきた麻央さんに対し、俺もわざとらしく言い返した。
渋い顔をする宇野宮さんを置いてきぼりにする感じで追い越して、部室へと向かって進んで行った。
◇◇
「あら、二人とも……タイミングが一緒ね」
文芸部の部室の前で、今まさに鍵を開けようとしているブロッサム先輩が居て、こちらに気付いてくれた。
俺と麻央さんは軽い会釈を返して、そのまま一緒に部室へと入って行く。
「ブロッサム先輩、今日の予定は?」
「私は課題を終わらせて、読書の予定だけど……二人はどうするの?」
「俺も課題を終わらせてから、絵の練習ですね」
部活の内容は基本的に自由。双子先輩の様に参加も自由だ。
だが、居心地の良さから俺と麻央さんは今のところ毎回参加している。
「くっくっく……我は深層心理へと赴き、答えを導く旅に出ようぞ」
「ちゃんと課題はやってからですよ?」
「山野君、今のはツッコミのタイミングなんじゃ?」
「え?」
「あ、あれ? 私がおかしいの? 私が理解出来てないだけ!?」
麻央さんの言った言葉をそのまま思い出して、そのまま再生させて、ようやくおかしい事に気付いた。
最近はより毒され過ぎているのか、脳内変換がスムーズ過ぎて元の発している言葉を流していた。
「いや、すいません……慣れって怖いですよね。ははは」
「近江君? 私、何か変な事を口走ってしまったかしら?」
「うん。小説を書くなら、深層心理よりも空想世界の方が良いのでは? って、ブロッサム先輩が教えてくれたんだよ」
「そうね……流石はブロッサム先輩、というところね」
「言ってないよ!! 山野君!? 宇野宮さん!? 私、そんなこと言ってないよ!!」
……違うらしい。では、何を言いたかったのか疑問になってしまう。
ブロッサム先輩も普通そうに見えて実は……意外と物事を人とは違うベクトルから見る人なのかもしれない。
「まぁまぁ、そんな事より近江君。ちゃんとお菓子は持ってきたの?」
「まぁ、一応?」
麻央さん曰く――部活くらいお菓子を食べながらでも良いじゃない!!
そういう訳で、二人でお菓子を持ち寄ろうという話が、いつものちょっとしたメールのやり取りの中であったのだ。
俺が用意したのは『マーベラスチョコ』『アポロン』『チョコットベビー』。世に言うところの、三種の神菓というやつだ。
安さと食べる時の『勿体無くない感』が、個人的には好きだったりする。
「流石は近江君……中々のチョイスね」
「そういう麻央さんは?」
「私は『プルポン』様に支配されてるから、お手軽に食べれて味も美味しいとなれば、ここのシリーズね!」
「なるほど。流石は麻央さん……と言ったところですかね」
さっそく持ち寄ったお菓子を開けて、部活を始めることにした。
ブロッサム先輩にもお裾分けしながらも、まずは課題を終わらせていく。
「そう言えば……」
しばらくシャーペンの走る音が鳴っていた部室で、何かを思い出したかの様にブロッサム先輩が呟いた。
「どうしたんですか?」
「いや、気のせいかとも思ったんだけどね? 宇野宮さんは山野君の事を近江君って呼ぶじゃない? でも、山野君って宇野宮さんの事を下の名前で呼んでたっけ?」
「あー……なんて説明すれば良いんでしょうか」
「えっ、えっ……まさかっ!?」
残念だが、ブロッサム先輩が今きっと想像しているやつでは無い。
むしろ、俺達よりも異性から支持がありそうなブロッサム先輩の話を聞いてみたい程だ。
「えぇ……そのまさかよっ!!」
「……ブロッサム先輩、今の麻央さんのは気にしないでください。きっと『チャンスがあれば言いたい台詞』の中のひとつですから」
なんて説明すれば早いかを考えてみるも、先輩が分かるような一言で『コレ!!』という台詞が思い付かなかった。
「まぁ……その、レベルアップと言いますか……仲良くなったら、苗字呼びは嫌らしくて」
「そうなの?」
「えぇ、そういう……はっ!! 簡単に言えばそういう『呪い』を受けてまして!」
一気にポカンとしてしまったブロッサム先輩である。
やはり麻央さんの説明は、きっと何かが足りない……それかむしろ、余計なものが多すぎるのだろう。
「そうなの。まぁ、仲良い事は良いことだもんね」
「流石は先輩……大人の対応ですね」
「ふっ……そうやって人は丸くなっていくのね」
せっかくフォローしてくれたのに、という意味を込めて麻央さんに軽めのチョップを与えておく。
雑談もそこそこに、また課題を再開させて、その後の個人での作業もぼちぼち進めていく。
集中すれば時間が過ぎるのはあっという間の様で、気が付けば下校時刻となっていた。
「――じゃあ、鍵は閉めておくから」
「あ、はい。ありがとうございます」
「あ、そうそう。今月末はテスト期間でしょ? 一応、部室は使えるから勉強する場所に迷ったら来ても良いよ」
「テスト……ふふっ、ふふふ……ね」
部室が使えるのはありがたいと、素直に思った。
よく噂には聞く、ファミレスでの勉強会とか絶対に無理そうだし、一人で家でやろうとすれば誘惑に負けるだろうし。
だから、学校の何処かで出来るのがベストだと思っていた。
教室だと、もしかすると他のクラスメイトがお喋りしながら勉強するかもしれないと懸念していた。――エンジョイ勢とガチ勢は、それぞれに見合う場所でプレイした方が衝突が少なくて良い。
もちろん、エンジョイ勢がガチでやる時もあるだろうし、その逆もしかり。
つまり、部室ならガッツリ勉強も出来るし疲れたら他の事も出来るというベストスポットになるのだ。
打倒という程では無いが、月見川さんを目指す勢いでこの先も勉強は頑張っていきたいし。
「麻央さん。そろそろ現実に帰って来てくださいね。では、ブロッサム先輩、また明日です」
「うん、またね。宇野宮さんもね」
「……刹那のその先で(……また明日です)」
まだテストまで時間はあるというのに、既にフラフラな麻央さんを駅まで送って、俺も真っ直ぐ家へと帰って行った。
せめて赤点は回避させてあげたいけれど、結局は本人のやる気次第だ。ひたすら何かを頑張ってくれ、麻央さん。
◇◇◇
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