第43話 生態について少し教えようか
すいません、少し遅れました!
忘れちゃった方は、前回をチラッと見返してくだせぇ
よろしくお願いします!
「良い匂いだなぁ〜」
リビングに入ってすぐ、餃子の香りが鼻腔の奥の奥……脳をもくすぐり、食欲を唆ってくる。
匂いからしてもう美味しい……。千恵さんの料理の腕前に期待が高まっていく。
「ほらほら、近江君は叔父さんの前にでも座って。すぐ運んで来るから」
そう言いながら、千恵さんはキッチンの方へ向かって行く。
言われた通りに、俺が宇野宮さんのお父さんの正面に座り、宇野宮さんはお母さんの正面に……つまりは、外へ遊びに行く前と同じ感じで座った。
外が薄暗くなる時間まで、他の家にお邪魔させて貰った記憶は無い。
だからだろうか、昼間は昼間で緊張するのだが……この時間帯にもなると、また別の変な緊張が出てくる。
特に夜――家は家族だけのプライベート空間となる。おやすみモードになっていると言って良いかもしれない。
緊張とは名ばかりの……本当は、そこに踏み入れているという『罪悪感』なのかもしれない。
一応、プライベートな時間の大切さは理解しているつもりな俺だ。
「はいはい、お待たせしました。今日は麻央の恋び……コホン。お友達である近江君の好物である、餃子を作りましたぁ~……はい、拍手!」
パチパチパチ……とみんなで拍手をする。一人一皿、大きめの丸いお皿に丸く盛り付けられている餃子達。
最後に自分の分を運んで来た千恵さんを待って、宇野宮家プラス俺の晩御飯タイムが始まった。
「いただきます……――ッッ!? ナニこれ、美味ッ!!」
噛んだ瞬間にパリッとする皮の食感。そして、中から溢れる肉汁。
具がたっぷりと詰まっているから一個一個の満足感がかなり高い。なのに、ちょっとだけ効いたニンニクのアシストで、次へ次へと箸が進んでしまう。
はっきり言って、店の餃子よりも圧倒的に好きな味だった。
「千恵さん! これ、凄く美味しいですっ!!」
「そう? お口に合って良かった良かった!」
餃子を口に運び、ご飯を頬張る。まだ二十歳になってないから飲めないのだが、きっとビールとかがあれば、最高の限界値が更新されることだろう。
「……私だって」
「ん? 宇野宮さん、何か言いました?」
「いや、私は何も言ってないが……」
「私も何も言ってないわよぉ?」
(しまった!! ここ、宇野宮さんしかいねぇじゃん!? 千恵さんの苗字が何かは知らないけど!!)
思わぬ落とし穴に嵌まった感覚だった。
俺が問うた宇野宮さんに至っても、きょとんとした顔をしている。
「えっと、お父様とお母様ではなくてですね……」
「お、お義父様!?」
「まぁ、お義母様!」
「いや、そういう意味じゃ無いですケド!!」
何故か妙に嬉しそうというか、前のめりになって反応してきたご両親。
普通ならむしろ「娘はやらん!!」「君にお義父さんと……」みたいな、テンプレの文言があってもいい気がする。というか……あってくれよと思った。
「コソコソ……(ねぇ、ちょっと。ご両親の名前、聞いてなかったんだけど)」
「コショコショ……(パパが勇馬で、ママが千咲よ)」
宇野宮さん(麻央)から宇野宮さん(勇馬)、宇野宮さん(千咲)さんの名前を教えて貰う。ただ、どう呼ぶのかはまだ定まってはいない。
無難に勇馬さん、千咲さんにするのか、パパさん、ママさんと呼んでみるか……。
こう呼んで欲しいと言って貰えるのが一番ラクなのだが、それだと「好きに呼んで」と返されるリスクも付いてくる。
そして、宇野宮千咲という声優さんは聞いたことなくて、お仕事の時ら芸名を使っているんだと気付いてしまった……。
「じゃあ、私は千恵お姉さんになる訳だね?」
「ハハッ」
「愛想笑い!? 近江君、もう餃子作ってあげないよ!?」
「――すいません、千恵お姉様。それだけは勘弁を……」
餃子を人質? にするとは極めて悪い行為だと思う。
当然、すぐに屈する訳だが……やらかした気がする。今の反応は悪手だった。ついうっかり、気を付けていたのにも関わらず千恵さんに弱味を見せてしまった。
「コ、コホン。それで、えーっと……勇馬さんと千咲さんの事は何とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
これ以上千恵さんにからかわれまいと、話題の矛先を戻した。
「そうだねぇ……」
勇馬さんはアゴに手を持っていき、目を閉じながら悩み始めた。探偵さながらの格好に、隣に座る千咲さんはちょっと笑っていた。
「何でも良いんだけど……そうだ! 麻央パパなんてどうだい?」
頭上に電球が見そうなテンションで閃いた感じになっている勇馬さんだが、そのアイデアは……どうだろうか?
否定もしづらければ、肯定もしづらい。
「あらアナタ……うふふ」
「叔父さんは優しいねぇ」
俺がどう返答しようか迷っていると、千咲さんと、千恵さんが先に勇馬さんへと声を掛けた。
言っている意味はよく分からない。優しいとは……どういう事だろうか? 勇馬さんのドヤ顔がちょっとだけ強くなったから、何か意図するところがあるのだろうけど察せてない。
「ハッ……パ、パパ!?」
まさかの隣に座る宇野宮さんまでもが……気付いたらしい。
は行だけで、閃きと驚きとちょっとした怒りを表現している宇野宮さん。
これで気付いてないのは俺だけになってしまった……。なんだか遊ばれている気がしてならない。
「あー、はいはい。そういうことですな」
「近江君、分かったのかな?」
「……すいません。さっぱりです」
お手上げだ 餃子を食べる めちゃうまい。
心の入っていない一句を詠んだ所で、本当にお手上げにして……勇馬さんへとその意を聞いてみる事にした。
「何故、麻央パパという呼び方に?」
「その前に。近江君、何故キミは麻央を『宇野宮さん』と呼ぶのかな?」
「それは……宇野宮さんは宇野宮さんですし?」
「そうか……。麻央の顔を見てごらん?」
勇馬さんに言われた通り、顔を横に向ける。
するとそこには、何とも言えない顔をした宇野宮さんが居た。
「そういう事なんだ、近江君。ちょっとそのまま麻央の顔を見ておいて欲しい」
「はぁ……」
何とも言えない微妙な顔をしている宇野宮さん。
「宇野宮さん」
「(――ズーン)」
勇馬さんがそう言うと変わらず微妙な顔のままだ。
「麻央」
「(――パァァァ!!)」
表情が一変し、ヒマワリの様に明るい顔になった。
「宇野宮さん」
「(――ズーン)」
「麻央」
「(――パァァァ!!)」
繰り返す。何回か繰り返す。動物の芸の様に言われた名前の呼ばれ方によって、顔の表情をコロコロと変えていく。
「え? 仕込んでます? 何か仕込んでます?」
「それがね、近江君。麻央はこれでナチュラルなんだ」
「ですが……学校で宇野宮さんと呼ばれてもあんな表情にはなりませんよ?」
「だろうね。そこがポイントというか、ミソになる部分なんだよね。近江君も試しにやってみてくれる?」
「はぁ……。えっと……じゃあ、宇野宮さん?」
いつも通りというか、今まで通りに普通に呼んだ。……呼んだつもりなのだが、その表情に変化が表れた。
「うぬぬぅ……」
「えぇ……」
ついでに声も出ていた。それに釣られる様に、俺も困惑の声が漏れ出てしまう。
「それじゃあ、次は……えっと。麻央、さん?」
「は、はいっ!」
元気な返事をされたとて……。でも、確かに反応が違うのは理解できた。
試しにやってみて、そして、結果は分かったが何がどうなっているのかはサッパリだ。
「ふむ……何か違う反応じゃない? 千恵、どう思う?」
「んー、家族以外、且つ異性だからってのもあるんじゃない?」
「ふふ。千恵もまだまだね」
「えー、叔母様~?」
「越えた壁は一つじゃなく、二つって事じゃない? つまり、近江君は今も成長し続けているのよ!」
何だこの会話。もう一度言おう……何だこの会話!?
「すいません……ついていけないのですが……」
「おっと。すまないね近江君。娘の成長が嬉しくて……じゃあ、麻央の生態について少し教えようか」
どうやらこの家族の中でも、宇野宮さんは別の生き物らしい。
――勇馬さん曰く、俺の評価が一段階上がったらしい。
――勇馬さん曰く、宇野宮さんの評価は『他人、知人、友達、親友、特別、家族』の六段階に別れているらしい。
――勇馬さん曰く、友達より上の段階になると、何故か苗字で呼ばれるのを嫌になるらしい。
「まぁ、それを詳しく知れたのは秋羽ちゃんのお陰なんだけどね」
「なるほど? あの、友達から親友に変わる瞬間というか、切っ掛けって何ですか?」
「さぁねぇ? でも、家に招待する時点で友達ではあったと思ったからね。切っ掛けはむしろ近江君の方に心当たりとかあるんじゃないかな?」
「無いです! 無いですけど……えっ? 今ってこれ、どういう状況です?」
美味しい餃子も少なくなって、夕食タイムも終盤になってきた。
ちょっと冷静に考えてみると、宇野宮さんの中で俺の評価が上がったという話。なのだが……俺と宇野宮さんを除く三人が『親友』と『特別』のどちらなのかについて今話し合っている。
まだ親友と言う千恵さん勇馬さん派と、特別だと言う千咲さんの対立だ。
「ねぇ、宇野宮さん」
「うぬぬぅ……」
「おい、マジかよ。もしかして毎回こんな顔をされる事になるのか……?」
「私だってしたくてしてるんじゃないの! 勝手になっちゃうの!」
「そうなんだ……えっと、じゃあ、麻央さん」
「は、はいっ!」
……どうにか方法を考えないといけないみたいだ。
◇◇
晩御飯も終わり、無駄な戦いも終わった頃。そろそろお家からお邪魔されて貰おうと思っている。
ただ、切り出せずにすでに三十分は経ってしまっていた。でも、そろそろ帰らないと遅くなると連絡はしてても心配されるだろう。たぶんだが。
「麻央さん」
「な、なによ!」
俺だって恥ずかしい。それでも……宇野宮さんと呼んで凹まれるのなら、いっそ名前を呼ぶことを選んだ。
何回か呼んでいく内に、俺も慣れてきたし、麻央さんも慣れてきたみたいだ。
「液タブの使い心地を試したいからさ……そろそろおいとましようかな~と」
「……まだ大丈夫じゃない?」
「いや、ほら、でも……そろそろじゃない?」
「そう……。近江君、あのあの、明日だけど……」
「また連絡ちょうだい。宿題は終わって暇だしね」
「うん! ――パパ、近江君がもう帰るって」
歓談を止めてしまって悪いけど、どこかでぶった切るならなるべく早い方が良い。話を切り出してくれた麻央さんにそっと感謝ししておいた。
「そうかい。じゃあ、もう暗いから駅まで送っていくよ」
「あ、ありがとうございます?」
「私もついて行くわ!」
「どうも?」
家に残る千咲さんと千恵さんには改めてお礼を言って、家を出た。
外はすっかり暗く、風が冷たい。でも、心地好い。
「近江君、こっちこっち」
「うわぁ……これまた高そうな」
車庫にあった高そうな車に、ちょっと臆してしまう。
勇馬さんが運転席に乗り込み、麻央さんはすぐ酔うから助手席が特等席になっているらしい。俺も後ろの席に乗り込んだ。
「それで、近江君の最寄り駅ってどこだい?」
「えっ、良いんですか!? てっきり、ここから最寄りの駅に送ってもらうだけかと」
「せっかく夜のドライブだし、近くの駅までなんて寂しいだろう?」
「はい! はいはーい! 私が近江君家に近い駅知ってるからカーナビの設定してあげる」
まぁ、せっかくだから電車代を浮かさせて貰おうかな。
「じゃあ、出発しようか。娘、息子」
「いや、息子と呼ばれる筋合いは……って、普通は逆じゃないっすか!?」
静かなエンジン音。ただ、車内まで静かだとは限らない。
車内は勇馬さんの先導する会話で、賑やかで楽しい雰囲気になっている。
「よーし、ここぞとばかり遠回りしちゃうぞ」
「コンビニとか寄って行きましょ!」
「えぇ……」
本当にドライブにでも行くかの様に、夜の住宅街に優しい車が目的地へと向けて走り始めた。
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