第42話 休日⑦
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「おかえりなさい」
そう言いながら、リビングから宇野宮さんのお母さんがサングラス姿でまた現れた。
変な家族だとは思うけど、慣れれば……まぁ別に、いつまでも気になるものでもないな。そういうものだと受け入れてしまえば早いし楽だ。
「手洗い……ですよね?」
「うふふ。近江君は偉いわねぇ~」
同じ日に二度同じ過ちは繰り返さないと自負している俺。流れる様に洗面所へと行き、手洗いとうがいを済ませた。
千恵さんとお母さんはリビングに戻り、宇野宮さんは俺と同じ様に手洗いうがいをしている。
スマホを確認してみると、母さんに送ったメールの返事が来ていた。確認してみれば……『ちゃんとお礼を言うのよ』と『あまり遅くならない様に』という内容だった。
(さて、この待機時間をどうするか……だな)
晩御飯の時間までどうやって時間を潰せば良いのか……人様の家で勝手は出来ないし、するつもりは毛頭ない。
結局は宇野宮さんに付き添うしか選択肢は無い。けれど、それがベストな行動でもある気がしている。
「で、ここからどうするんです?」
「うーん……部屋に戻るか、リビングに行くかじゃない?」
宇野宮さんと部屋に戻るか、宇野宮さんのご両親の居るリビングに行くか。
(宇野宮さんの二人っきりだとまた襲われかねないし、ご両親が居るとからかわれるのが確定する……ヤバい状況だな!!)
「なんか今、物凄く失礼な事を考えてない?」
「前門の虎後門の狼……進むも地獄退くも地獄……」
「やっぱり考えてる!?」
今どころか、今日この家に来た時から失礼な事は考えていた。
そしてそれは、仕方の無い事。だって、実際にヤバいから。まともなのはお父さんだけだし……。
「くっ……宇野宮さん。やはり二択を迫られても三択目を閃く発想力って大事だとは思わない?」
「ま、まぁ……そうね。それが?」
「俺にはその発想力が――――無い!! こんなに危機迫る状況なのに、何にも、まったく、これっぽっちも、閃かないんだっ!!」
悲しいこの気持ちを、ただ宇野宮さんに伝えた。
漫画やアニメでお馴染みの、ピンチで逆転の一手が思い付く……そんな奇跡は起こらなかった。
自然な流れでリビングから宇野宮さんのお母さんを追い出して、常識人の宇野宮さんのお父さんと二人になる方法が思い浮かばない。
「そ、そうなの……? よく分からないけど、大変ね?」
「同情するなら!! 襲わないと約束して!」
「お、おお襲うって何よッ!? ああ、あれはスケッチブックを取ろうとしただけでしょ!? 勘違いしないでよね!?」
「おぉ~、ツンデレだ。まぁ、ツンデレが出たところで冗談はそこそこにしておこう」
「わ、我を焦らせるとは……ツンデレついでに包丁でグサッとやってしまおうかしら……」
それ、ツンデレか!? むしろ、ヤンデレじゃなかろうか……。
というか、デレの欠片もないしただの逆恨みだ。
「ご飯が完成するまで宇野宮さんの部屋に居て良いですか?」
「まぁ……それでいいけど」
「よし、俺の部屋を荒らした仕返し……三倍返しだ!」
「絶対にヤメテェーーッ!?」
まぁ、男子が女子の部屋を漁ってしまえば通報ものだ。
知り合いの間柄だとしても、その辺はまだまだ男側が不利なこの世界である。
(でも、慌てる姿をされると追い討ちを掛けたくなるのが男心というもので……)
「おやおや宇野宮さん? まさか、知られるとマズイ物でも隠してるのでは?」
「か、かか隠して無いわよ!? そんなの在る訳無いでしょ!?」
「……探して良い?」
「ダ、ダメェェェェ!! 訴訟も辞さない、訴訟も辞さない!」
軽いパニックになりながらも、めちゃくちゃ怖い事を言ってくる。
まぁ、本当にやる訳も無く……そもそも女の子の部屋を漁るなんて、許可があっても躊躇うだろう。
だからやる訳は無いのだが、ちょっと面白い宇野宮さんが見れたからポカポカと叩かれている今の状況をも良しとする。
(仮に漁って、普通の女子が使いそうな化粧品とか、普通の女子が読みそうな雑誌が出てきても反応に困るしな)
普通の物……というのはある種、宇野宮さんにとって禁句だろう。
つまり、部屋のタンスやクローゼットの奥の段ボールは、パンドラの箱みたいに開けてはいけない代物。
勝手に期待して勝手にガッカリするなんて、相手には失礼な行為だ。そんな事をされた時の気持ちは……俺も分からなくは無い。
だからこのあたりで、ちょっと冗談にしてからかう程度で止めておくのが正解だ。引き返せる一歩手前を見極める空気を読むチカラの重要性だ。
「何にもしないですから、とりあえず部屋に戻って落ち着きません? そんなに怪しむのでしたら……隣にくっついておくとかどうですか? ……なぁ~んちゃっ――」
「それよ! 即採用レベルの案だわ!! 近江君も中々の発想力があるじゃない!」
調子乗った人間の末路とは……いつだって相応しい結末を迎える事になるらしい。
は、恥ずかしい事になるぞぉぉぉぉ!!
◇◇◇
宇野宮さんの部屋。
二人並んでベッドに腰かけて、ただ時間が経過していくのを待つだけ。少しの身動ぎにも宇野宮さんは反応して警戒するため、動くことも儘ならない。
ただ……今の俺の心が数える一分間が、実際には五十秒ちょっとしかないらしい。数えて時計を見た時に、自分がかなり大袈裟に緊張しているのを知った。
だからつまり――恥ずかしさで、一分間が長く感じる。
「さっきの台詞は冗談でして、何も漁りませんから……この距離に居なくても大丈夫ですよ?」
「千恵さんが男は照れ隠しで冗談を言う生き物って言ってたわ。つまり……本当はトレジャーハンティング精神が疼いているんでしょ? でも、恥ずかしいからダメ!! だから、私が近江君を抑止しなきゃ」
ちょくちょく言い回しや言葉選びが中二病チック。宇野宮さんはこんな状況であっても、意外と冷静なのだろうか?
公園ベンチに座って居た時よりも近い距離。静かな部屋で二人っきり。
そして、年頃の男女――これは俺じゃなきゃ勘違いしてしまう状況では無いだろうか?
相手が宇野宮さんであれ、並みの精神力の男子なら抑えきれない衝動が爆発しそうなシチュエーションの筈だ。
女の子と二人っきりで部屋で寛ぐなんて、ギャルゲーならありきたりなイベントで、ちょっとした息抜きポイントだと思っていたが……今日で認識を改めないといけない。
これは――メインのイベントってくらいドキドキしちゃう!!
そして、こっちがこんなにシチュエーションにドキドキしているのに、相手がそれを分かってない風の鈍感さ……物申したくなっちゃう!!
(なんか今日から、よりゲームを深く楽しめる気がするな……)
やはり何事も経験しないと分からない。
特に、中二病を患ってる子でも女の子って良い匂いがする事とか。
「何か分からないけど、邪念を感じるわ……」
「いや、俺の方を見られても……。むしろ、まだまだ無垢な存在と言っていい人間だよ!」
「えっ!? ……そ、そんな事カミングアウトされても……ぅぅ……困ると言うか……」
「なんか、斜め上の誤解をされてる気がするんだけどっ!? 思春期なの? いきなり思春期なの!?」
何故かいまのやり取りで、耳まで紅くした宇野宮さんに拳ひとつ分の距離を取られた。
無邪気で無垢で、純情ハートでピュアな宇野宮さんだと思っていたが……誰しも来る思春期の波には逆らえなかったという訳か。
ただ、なんとなくだが……宇野宮さんの思春期の背後には千恵さんの姿がある――そんな気がしてならない。
たしかにピュア過ぎて、すぐに騙されそうな危うさのある宇野宮さん。千恵さんの心配も理解できる。
「宇野宮さんってもしかして……耐性ない? ソッチ系の話に」
「そ、そっち系というかあっち系というかどっち系の話の事を言っているのかしらぁ!? 全然ありますけどぉ? むしろありすぎて困っているくらいですしぃ?」
「ちょっと、ネットの検索履歴とか調べて良い?」
「絶ッ 対ッ 駄ッ 目ッ!」
目がマジだ……。
おそろく『中学生の男子が思い付く限りの言葉を検索する』というあの現象に似たことが、宇野宮さんのパソコンでも起きているのかもしれない。
そして、思った以上に怖くなって引き返しているから、耐性どころか、逆にどんどん弱くなっていっているのかもしれない。
この問題は下手に触れるよりも、不安だが千恵さんに任せる方がまだ良いかもしれない。
(より警戒されたけど……距離が出来てちょっとは落ち着けるな……)
それでも、餃子が出来たと千恵さんが来てくれるまで、俺と宇野宮さんの間には妙な緊張感が存在していた。
餃子だけは美味しくいただいて、そして流れる様に帰ろう。そう決意しながら、宇野宮さんの部屋を出てリビングへと向かった。
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