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第41話 休日⑥



お待たせしました!

よろしくお願いします!



 


 逃げる様に、俺と宇野宮さんは宇野宮家から飛び出していた。

 宇野宮さんが必要な物を持って来てくれていたから、わざわざ部屋に戻る必要が無かったのは助かった。その隙を与えていたら、どうなっていたか分かったもんじゃない。


「近江君、どこ行くの?」

「うーん……土地勘無いから、宇野宮さんにお任せしても良い?」

「オッケーよ! 予定とは違うけどね……」

「その、ちょいちょい聞く予定って何なんです?」


 予定が決まっているのは不安にならなくて済むし、良いことだと思うのだがな……不安ですよね、やっぱり。

 家の前の道路を駅から歩いて来た方とは逆へ進んで行きながら、宇野宮さんに予定とは何の事なのかを聞いてみた。


「昨日の内にいろいろと考えておいたのよ。近江君が来るんだから、無駄に出来ないでしょ?」

「そ、そうだったんですか? ありがとうございます……じゃあ、外に出ちゃったのは悪かったですね」

「ううん! こんなに良い天気……まぁ、日中はあまり得意では無いのだけどね。それでも外に出て正解だと思うわ」

「……荷物、持ちますよ」


 肩掛け鞄を宇野宮さんから受け取り、日の照らす坂道を上っていく。

 予定を狂わせてしまった事に関して、宇野宮さんは特に怒っていないみたいだ。それどころか、機嫌はとても良さそうだ。本当は日中とか大好きなんじゃないかと、疑ってしまう程に。

 坂を上ったその先、青々とした木々が増えて更にその先。どうやらそこに公園があるみたいだ。


「風が……」

「フッ、私を呼んでいるわね!!」


 ――などと、意味不明な事を叫びながら一目散に公園へと走って行った。ただ、ゴシックドレスで走りにくそうなのが後ろ姿で分かってしまう。


「近江君! 珍しく邪なる小悪魔達(小学生)が居ないわよ~!」

「意味分かりませんけど、走ると危ないですよー」


 言ったそばから走り出す宇野宮さん。公園に入ってしまうと、その姿はもう目で追えなくなってしまう。


「はぁ……元気じゃんね」


 宇野宮さんの真似をする訳じゃないが、俺も走って公園の中に入っていく。

 丁度良い木陰とベンチ。砂場や遊具もちゃんとあり、遊ぶにも休憩するにも便利な公園だ。野球やサッカーは無理だろうが、ドッジボールくらいならやるのも可能な広さだ。

 そんな中で、宇野宮さんはというと――さっそく木陰へと入り、日向と日陰を線引きしていた。

 意味はよく分からないけど、風で揺れる木葉のせいで、境界線は曖昧になっていた。木陰の位置が変わる度にガタガタの線を沢山引く事になっていた。


「そもそも、線なんて引いてどうするんですか?」

「ふっふっふ、闇と光……その線引きは必要でしょう? 覆うか照らすか……そういう事なのよ」

「ふむ、深いですね。じゃあ、俺は座って作業に入りますので」

「ラジャーよ。芸術を爆発させて。型にハマらない、自分を出すのよ~」


 最後だけ、ほんのちょっと良い事を言われた気がする。

 木陰のベンチまで移動して、早速スケッチブックと鉛筆を取り出して公園の景色を白いページに描いていく。

 遠近間や影、正確な描写……意識しないといけない場所はいろいろある。自分の技術がまだまだなのも分かっている。それでも、今はただ描くしか無い。そうしないと、始まらないからだ。


「私が天使達を滅ぼすのは義務じゃない……これは、私の責任!!」


「ちっ……まだまだ数は減らないみたいね」

 

「な、なんで……アンタがそっち側に!? ウソ……でしょ?」



 シンプルにうるさい……そして、動き回るから邪魔でもある。

 もうちょっと右にズレて欲しいと思えば、すかさず左へ動いてしまう宇野宮さんだ。俺の思考を読んでるかの様に逆へ動いてくれる。

 一人芝居なのか、小説の為にやっているのか、ただの日課なのかも微妙な所だが……まぁ、見てる分には飽きないから何も言っていない。飽きたら演目のチェンジを要求するけど。


「うーん……ちょっとネットでコツを調べるか」


 スマホを取り出してポチポチ……本当に便利な時代で助かる。

 困ったら動画とかを視てみるのもいいだろうし、初心者に優しい世界だ。


「ふむふむ……なるほど、分からん!」


 たまたま見付けた誰かが絵を完成させるまでのメイキング動画。速すぎと何をどうしてるのかの意味不明さから、すぐに別の動画へと切り替えた。

 影でどう平面的から立体的に見せるか……俺の今の課題を簡単に言えばこれである。明暗での物の立体。ひたすらデッサンしていくしか無いのは分かっている……。


「オリジナルのイラストが描ける様になるまで……長いなぁ~」

「近江君、進捗はどうかしら?」

「駄目ですね。ネタとかじゃなく、リアルガチで!!」

「見せて見せ……えっ!? ブランコうまっ!!」

「いや、これちょっと大きく描きすぎた気もするんで小さくしないと全体が~……って感じなんでよね、今」


 宇野宮さんは褒めてくれたが、このまま描いていくと視界の右の方――最後に描く場所がぎゅうぎゅうになりかねない。

 最初から、描くための鉛筆とサイズ感を測るための鉛筆の二本を用意しておくべきだった。まぁ、多少のズレは……なんて考えは甘かったみたいだ。

 一旦白紙に戻そうと、宇野宮さんが持ってきてくれた筆箱から消しゴムを取り出した。


「え、なんで?」

「なんで……って、何が?」

「消しちゃうの? それはしない方が良いと思うんだけど」

「えー……っと、それはつまり、どういう意味でございますかね?」

「いや、別に深い意味は無いのよ? ただ、勿体無いなって。漫画だって、一巻と最新巻で画力が違ってたりするでしょ? せっかくなら納得いかなくても残しておいた方が良と思って」


 宇野宮さんの例えは、分からなくも無い。

 つまりは成長している過程を残して、どこが上手くなったのかを分かりやすくした方が良いと言うのだろう。

 一人だったら……下手な絵は残したく無いと、描いては消して、描いては消してを繰り返していただろう。

 中二病の時とは違い、普通の事を言ってるのに意図を拾えなかったな……逆に。


「そういう事なら、うん。このまま描いてみるよ」

「それが良いわ! 疲れたから、私も隣で見張っていてあげる!!」

「そりゃどう……も?」


 距離にして十三センチ。右側に座った宇野宮さんとの距離だ。

 右利きの俺からすると、手を動かすのにも当たりそうで気を使うこの距離はちょっとだけ描きづらい感じだ。


「ち、近くないです?」

「ち、ちちちち……近くないわよ!! これくらい、普通に決まってるでしょ!」

「え、あ、そう……なんですか。普通なら……まぁ、普通なら」


 隣に座る時の位置。適切な距離感は、その日その時その場その状況で変わっていくのかもしれない。

 今なら、この距離。宇野宮さんの言う普通が普通かなんて分からないが、自分が答えを持たない時は何も言わないに限る。


(チラチラと気になるが……居ないものとして、頑張って描いていきますかね)


 筆箱からもう一本鉛筆を取り出して、景色の続きを描き始めた。



 ◇◇◇



「……よし。とりあえず完成だな」


 どれくらい時間が経過しただろうか。

 途中、宇野宮さんがコンビニにサンドイッチを買いに走ってくれて、それを食したのは覚えている。

 昼前に公園に着いて、お昼を食べて、まだ空は明るいけど夕暮れが迫って来ている感じもする時間。優しい風と木漏れ日の心地よさが集中力を高めてくれたのもあって、時間を忘れてスケッチに没頭する事ができた。

 退屈だったのだろう……悪いことをしたとは思わないけど、隣で目を(つむ)っている宇野宮さんを見ると不思議と罪悪感が湧いてくる。


「宇野宮さん。宇野宮さん。起きてますか~?」

「…………。ハッ!? あれ、私の魔剣ジャスパーダムは?」

「えっと、とりあえず描き終わりましたけど?」

「コホン。そう、終わったのね。じゃあ、その……どうするの?」


 それを聞きたいから起こしたのだが、どうやら宇野宮さんも考えてはいなかったみたいだ。

 今日はもう絵も描けたし、満足と言えば満足だ。宇野宮さんから借りた液タブ……あれを取りに宇野宮家へ戻らないといけないのが憂鬱(ゆううつ)に思うが、行かない訳にもいかない。

 明日からもお互い、寂しい事に予定は無いみたいだし、今夜あたり宇野宮さんから予定が届くはずだ。とりわけする事も無いのならば、今日もうは解散でも良いだろう。


「何も無いのなら、今日は解散でも大丈夫ですよ?」

「うん、そう……よね。やること無いならそうなるわよ……ね」

「……えっと? 何かあるんですか?」

「ちょっと待って!! え~っと、え~~っと……」


 そこまで振り絞ってやっと出た事をやっても楽しいとは思えないのだが、余計な事は言わずに待ってみる事にした。

 だが、いくら考えても良い案は出ないみたいで、ただ唸っている少女が居るだけになっていた。


「ちょっと、近江君は反対を向いてて!」

「何でですか?」

「い! い! か! ら!」

「あ、はい……」


 言われた通りに宇野宮さんの居る側とは反対の方向を向くと、背中越しに宇野宮さんが誰かに電話を掛けているのが分かった。

 普通は耳を塞がせるか、自分が離れるかするのが一般的だと思うがそこは宇野宮さん。とても斬新だった。

 小さいが拾える声。どうやら千恵さんに電話をして、この後の予定をどうすれば良いか相談しているみたいだった。夜ご飯がどうのこうのと聞こえてくる……。


「ふふん! 近江君、予定が決まったわよ!」

「お呼ばれしませんよ」

「ま、まだ何も言ってないのに……近江君、もしかしてテレパサー(※テレパシーの使い手の意)だったの!?」

「……ソウダヨ」


 ツッコムのも面倒で……というか、どこから指摘すれば良いのか考えるのも面倒になっていた。

 思考は今、どうやって夕飯の席にお呼ばれしないかだけに集中していた。


「あ、なんか分からないけど今から千恵さんが迎えに来てくれるって! 近くの公園だし、私達も子供じゃないのに……変な千恵さんよね」


(不可避イベントだったかー。本当に千恵さん。マジ千恵さん。先読み能力が厄介過ぎなんだよなぁ……)


 それから笑顔で迎えに来た千恵さんに、おとなしく連行される俺だった。

 宇野宮さんが先行して歩いている隙に、母さんへ「夜ご飯は要らない」と短く連絡をしていた……いや、させられていた。もちろん、千恵さんにだ。


「せっかく今日は近江君の好きな餃子を作るつもりなんだから~、もっと~嬉しそうに~して~欲しいなぁー」

「わざとらしく言葉を伸ばさないでくださいよ。何で餃子が好きなのが漏れてるのも今は聞きませんし、逃げませんから」

「うふふ、もちろん麻央よ!」

「でしょうね!!」


 でも、餃子と聞いた瞬間――イヤイヤとしていた気持ちが全て吹き飛んだ。餃子と面倒臭さ、天秤に掛けるまでも無く餃子を選ぶ。

 だが今は、好きな料理のひとつというレベルで認知させておかないといけない。

 そんな弱味を握られでもしたら、今後も何かあれば餃子で釣られる事になるだろう。主に……千恵さんに。


「ほら、外まで餃子の焦げる香りが来てるでしょう?」

「まだ作って無いのでは……え、焦げ?」

「叔母様が久しぶりに作ってみるとは言ってたわね……」

「えぇ!? それ、ちょ……ヤバく無いですか!?」

「もちよん、嘘よ」

「嘘かよ!! あ、タメ口すみません。でも、嘘かよ!!」


 相手するのが微妙に面倒臭くなり始めた頃、ようやく宇野宮家に到着した。

 餃子を食べに……といあ雰囲気は出さない。宇野宮家の皆様に、お邪魔させて頂いた事についての感謝を伝えるために家まで戻って来た――そういう雰囲気を醸し出していく。

 いかにも、自分は帰るつもりだったけど誘われたから仕方なく……という雰囲気で宇野宮さんのご両親の前に現れ、その流れで餃子を食べるだけ食べる。そして帰ってしまおう。

 シミュレーション通りなら問題は何も無く、完璧なはずだ。


(だが、予定通りに行かないのは分かってる……それでも、餃子さえ食べられれば問題は何も無い。そのスタンスでいこうかね)


「ただいま~」


 元気な宇野宮さんの声に続いて、小さく「お邪魔します」と言って家の中へと入っていく。

 今回は呪文を唱えないんだ……とか、そういうのは細かく言わない事にする。

 毎回そんな事をしていくと、宇野宮さんの場合……キリがないからな。あと、戻ってでもやり直して時間を無駄に浪費するだけなのが視えてるからな。





誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)



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