第4話 山野、真名を与えられる
よろしくお願いします!
「はい、それじゃあ~席に着いて! 今からクラスの係り決めをしますよ」
チャイムが鳴り、坂本先生が教室へ入っていきなりそんな事を言った。
係り決め……おそらく、クラスの委員長を決めたり、各教科の担当を決めるのだろうな。
先生が黒板に係りの種類を書き出している間、クラスメイト達は近くの席の人と話ながら悩み始めた。
「なぁ、山野……お前はどうするよ?」
「うーん……クラス委員以外なら、別に何でも良いけど。三宅君は?」
普通の会話に内心ウキウキしつつ、それが表情に出ない様に頑張りながら話していた。
これだ、これぞ思い描いた理想の学校生活である。
俺が求めていたクラスメイトとの会話。決して「サンクチュアリ!」では無いのだ。
「俺は……立候補がいなければ体育委員かなぁ」
「おぉ……。でも、たまに委員会とかあるみたいだけど?」
「ま、たまになら良いかなってな」
図書委員や保健委員、体育委員の様な係りになった人は、昼休みか放課後かは知らないが集まりがあるらしい。
それ以外にも授業や行事毎、何かにつけて駆り出される役目がある。なりたくは……ないかなぁ。
基本的に男女一名ずつらしい。
通知表とか先生からの心象を重視するなら、やっておいた方が得なのは分かるんだけど。
まぁ、そういうのはやる気のある人がやれば良いと思っている。
俺は数学係りみたいな、特に何もしなさそうな係りになれれば……浮きもしないだろうし、ベストって感じだ。
「じゃあ、みんな! とりあえずやってみたい係りに手を上げてね。人数が決まってるから多かったら……そうね、じゃんけんかしら? 最初にクラス委員を二人決めて、そしたら後の進行は任せようかな」
委員長と副委員長。クラスの代表になるという事は、学校行事の度に先生とクラスメイト達の間に挟まれ、仕事を押し付けられるポジションだ。
だがその分、内申点は一番良いだろうポジションだ。
「クラス委員になりたい人、居るかな?」
「あー、男子でやりたい奴がいないなら俺……やろうかな?」
「はーい! 私も!」
「フッ。狭き世界とはいえ、世界を統べるのは私の役割……ね」
爽やかなイケメン男子、活発そうな女子に続き、ただの眼帯少女が手を上げた。
誰とはあえて言わないが、一人が手を下げてくれれば争うことなんて無く、平和にスムーズに進行するだろう。誰とは言わないが。
「お、思ったよりやる気のある生徒達で先生は嬉しいけど……クラスの代表はけっこう大変だったりしますよ?」
困ってる……先生が困った上に遠回しで誰かの手を自主的に下げて貰おうとしている。
直接生徒に辞めてと言えないのが、先生のツラい所かもしれない。
もちろん俺も、関わりたくないから何も言わない。
「民を導くは、救世主としての……役目(頑張ります!)」
「えぇっと……どういう?」
だが、残念な事に彼女が一番やる気をみせている。
それが伝わっているかは知らないけど、いや……おそらく一つも伝わっていないと思うけど。
クラスの代表が宇野宮さんか……ヤバイな。不安しかない。このクラスの印象が地に堕ちてしまう可能性が高い。
「なぁ、山野……今のってどういう意味?」
「たぶんきっとだけど、俺は全然分からないけど……おそらくだが『頑張ります』って言ってる」
「なんで……だ?」
それは俺にも分からん。分からないけど何となくそう言っているだろう。
雰囲気で伝わらなかったら、もう駄目だ。会話はできない。
彼女や、少し前の俺みたいな種族は、雰囲気で話して雰囲気で返事をしているのだからな。
「じゃあ、じゃんけんで……」
「我が、闇の力を知ると良い!! 魔界じゃんけん! じゃんけん――――」
その時、このクラスの宇野宮さんを除く,生徒先生を含めた全員が同じ気持ちになっていたと思う。
それは――『魔界じゃんけんて何……』とシンプルに『負けろ』である。
彼女の、卑怯とも言える急なじゃんけんの始まりにも残りの二人は遅れずについていき……。
「闇の拳!! な、なん……だと!?」
パーが二人と、グーが一人。
皆の願いが天に届いたのか、勝負は一発で決まった。
この展開に、クラス全員がホッとしていた。
「はい、二人に決定ね! 委員長と副委員長はどっちがやる? 斎藤君? 佐藤さん?」
「えっと、僕は副で良いですよ?」
「私も~、別に副で良いかなぁ?」
「くっくっく。ならば、二人が副でこの私が……」
宇野宮さんの言葉を遮るように、先生が斎藤君を委員長に選び、とりあえずクラス委員は決まった。
爽やかそうなイケメンが委員長の斎藤君。活発そうな女子が副委員長の佐藤さん。覚えておかないとな。
次は、各委員を決めて、最後にそれ以外の係りを決める流れとなるらしい。
司会進行がスムーズに行くのは良いことである。これがもし、宇野宮さんだと考えると……大変な事になっていただろう。
「じゃあ、とりあえず数学係りの一人は山野君で決まって……あと一枠あるけど委員じゃんけんに負けた人になるかな?」
「そうなりそうね。じゃあ、次に進みましょうか!」
斎藤委員長の采配により、先に決まりそうな人気度低めの係りを優先させて、高めの係りは後回しとなった。
自分の係りさえ決めてしまえば、後の事はどうでも良いのだが……ここはひとつ、宇野宮さんの様子でも見てみようと思う。
クラス委員長になれなかった宇野宮さんの進む先について。
「じゃあ、希望する人数が多い所はじゃんけんになるけど……負けても後に引きずらない様にしていこう。じゃあ、まずは美化委員から!」
数人が挙手し、その中には宇野宮さんの姿もあった。
「闇の炎で消し炭してさしあげましょう……」
そんな呟きに、誰も反応を見せないままじゃんけんが始まり、宇野宮さんは闇の鋏を出して普通に負けていた。
二回くらいならそういう事もあるだろうと、誰しもが思ったと思う。俺も思った。
――だが、彼女は人の想像を越えていく存在だった。
俺の予想を宇野宮さんは華麗に裏切り、挙手しては負け、挙手しては負けを繰り返していった。
それはもう見事な負けっぷりで、憐れんだ誰かが係りを譲ってくれそうになるレベルでもあった。
ただ、その親切を「それは運命の導きに背くわ……」とあっさりと断った時は、少しだけ格好良いと思ってしまった。
まぁ……そう言っていた宇野宮さんだが、負けた悔しさからか、少し体が震えていたが……。
「えっと……宇野宮さんは、残念だったね。山野君と数学係りをお願いします。先生! とりあえず決まりました」
「はい、ありがとう。二人とも席に戻って良いわよ」
(……はい? ちょ、えっ!? 闇の力、イタズラが過ぎるぞ!!)
この結果に異議を唱える理由はあるけれど、する勇気が無い。
数学係りという、特に忙しくも無ければ人気のある係りでも無いのに、宇野宮さんとペアになるというのは何かしらの『力』の様なものを感じる。
委員長と副委員長が席に戻り、先生が教壇に戻った。
宇野宮さんから視線が届いているのを察知した俺は、三宅君で遮る。
ここで視線を合わせようものなら、ジェスチャーゲーム並みの通じない合図が送られてくるのが予想できたからだ。
今日はこの時間が終われば、後は掃除とホームルームだけで帰れると、先生から話があり……今からチャイムが鳴るまでの時間を、騒がしくさえしなければ自由にしてても良いと伝えられた。
そんな事を言えば、真っ先に動くのが宇野宮さんという女の子だ。
「近江君、ごきげんよう」
「おっ、割りと普通の挨拶。まぁ、背後に立って背中合わせのポーズにする理由は分かんないけど」
「それが……私と貴方、でしょ?」
「『格好いいから』みたいな理由だと思ってたけど、本当に分かんない理由だった……」
真っ先に動き出した宇野宮さんを注目するクラスメイトはいたが、移動先を確認したらすぐに視線を戻していた。
納得したのか、興味を無くしたのかは分からないが、もっと彼女と積極的に関わってくれる、(都合の)良い人は居ないものかと、今度は俺がクラス中を見渡した。
「……駄目か」
「ん? どうしたの? さては……人の器で昔みたいなチカラを使おうとしたけど、思うように操れなかったのね?」
(くっ……ピンポイント過ぎるが、経験があるだけに宇野宮さんの言葉を理解してしまうのが今はツラい)
宇野宮さんが口を閉じて会話が止まったタイミングで、俺はかなり強引に話題を変える事にした。
隣と前の席に座る三宅君までもが他の所へ行ってしまい、宇野宮さんと二人にされたから仕方なく。
「なんで、あんなに立候補したんですか?」
純粋な疑問。
三宅君みたいに希望通りの係りになれた人も居れば、図書委員になりたくてもなれなかった人だって居る。
だいたいの人はそこで諦めて、テキトーに余った係りに流れていくだろう。
他の委員になろうとは、あまり思わないのが普通だと思った。
「別に、ただ何となくよ?」
「そんな理由で決まってたら、負けた人が可哀想じゃない?」
「ふっ……それも運命の導きよ。まぁ、結果として『邪眼の魔王』である近江君とペアになれたのだから良しとするけど」
「ほー……ん?」
(おっと、待てよ~、今、聞き捨てならない名詞が出てきたな)
『邪眼の魔王』っていうのが、俺なのか……?
昼休みに俺のは考えなくて良いと言ったのに、宇野宮さんったら……やってくれた。
仮に。仮にだが、名付けるのなら……せめてもっと格好いい路線で捻って欲しかった。
今のやつだと、日本に何百人かは居そうだしな。
宇野宮さんの真名が『終末を呼ぶ理』というらしいし……せめてこのレベルじゃないと、恥ずかしくて世紀末を歩けない。
「宇野宮さん、センスが無いのでチェンジで」
「えぇ!? せっかく考えたのに……! じゃあ……『勝利は我が手に』とか?」
「手作り!! さっきのヤツとどっこいどっこいかなぁ。俺に合ってるかも微妙だし」
宇野宮さんが悩み出してからは、背後でブツブツと単語が聞こえてくるものの、比較的に静かになった。
――それからしばらく。
俺も読書に耽っており、そろそろチャイムが鳴るというタイミングで、宇野宮さんが閃いてしまったみたいだ。
「近江君! あなたの真名は――『終末の手記者』よ! ふふっ……どう!? 良いのが思い付いたと思わない?」
「わーるどうぉーかー……ですか?」
「そう! し、仕方ないから私の真名から一部抜粋してあげたのよ」
一部抜粋と言えば聞こえは良いかもしれないが、手抜きとも言えるのではないだろうか。
宇野宮さんが『終末を呼ぶ理』俺が『終末の手記者』。
つまり……勝手な解釈を加えるなら、宇野宮さんの行動を他の人に分かり易く通訳しろって事になりませんかね……それ。
でもまぁ、他ののよりは格好いいし、何より宇野宮さんがキメ顔してる。
だからもう……これで良いかと俺も思ってしまった。
『終末の手記者』という真名。
俺が昔使っていた『不可視の雷』よりは、格好いいかもな。
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