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第39話 休日④



お待たせしました!

よろしくお願いします!



 


「お邪魔します……」


 靴を脱いで揃えて並べる――宇野宮さんのお母さんが二度頷く。

 雑に靴を脱いで、そのまま行こうとする宇野宮さん靴も揃えて並べる――これまた宇野宮さんのお母さんが二度頷いた。

 何やら査定されている感じがして、落ち着かない。


「私の部屋は二階だから、ついて来て」

「麻央、手洗いくらいしなさいね?」

「……近江君、こっちよ」


 部屋の方ではなく、進路を変更して洗面所の方に連れて行かれた。


「ママは怒ると怖いから、近江君も注意するのよ」

「宇野宮さんにも、怖いものってあるんだね?」

「ち、違うわよ!? 怖いって言っても……そういう怖いじゃなくてね! こう……とにかく違うの! 私が恐れるものなどこの世に在るわけ無いでしょ!!」


 俺の余計な一言で少しだけわちゃわちゃしたが、手洗いを済ませた。


「……で、どうするの?」

「部屋に行くけど……」


 まぁ、そういう流れになるのだろう。普通なら。

 ただ、手を洗い終えた俺達の目の前……というか、洗面所の入り口に千恵さんが待ち構えて居た。

 触れずには通れないくらいに存在感を表している、だが、触れれば部屋への道は遠退くと理解出来た。

 ここでは客である俺に出来るのは宇野宮さんについて行く事だけだから聞いてみたのだが、宇野宮さんの予定には無いイベントだったのか、戸惑っている雰囲気が感じられる。


「むふふ」

「意味深な笑い方ですね……」

「近江君、ウェルカムドリンクの時間よ」

「ちょっと! そんな予定無いんだけど!」


 指をビシッと千恵さんの方に指して、いつも通りの強きな感じで攻めている。

 だが、この家では宇野宮さんの扱いはどうやら『テキトー』らしい。華麗にスルーされていた。


()居間(・・)に叔父さんも居ま(・・)すから……プフッ」


 自らの駄洒落に自らで笑ってしまっている……。そこまで面白くは無いのに……何でも笑っちゃうタイプの人なのかな。


「お父さんは別に良くない?」

「いや、宇野宮さん。『ザ、思春期の娘』って感じを出してるところ悪いけど、挨拶はしておいた方が良くない?」

「そう? まぁ、近江君が良いなら良いけど……お父さんはちょっと堅いわよ?」

「……やっばり、また次の機会にでもしておこうかな」


 一瞬、堅いと聞いて、和服で(いか)つい風貌なのを想像してしまった。

 そしてその想像が、俺の踏み出そうとした足を、心をその場に繋ぎ止めた。普通に考えて、怖いのとか……嫌じゃない?


「近江君~、もう待ってるから遅くなる方が……じゃない?」

「そもそも回避手段なんか無かったかぁ~……」


 ハッキリと言わないところがより怖く感じる。相手に想像させる事で、怖さを自分で自分に植え付けてしまう……という千恵さんの会話術。

 でも、実際にこれ以上待たせても良いことは無いというのも本当の事だろう。行くしかないけど、なんだろうか……この、レールに乗せられて動かされている感じは。

 朗らかな千恵さん。愉快なお母さんに、堅いらしいお父さん。そして、隣で何も考えていなそうな中二病な宇野宮さん――誰に属すかで、全てが決定付けられると俺の勘が言っている。


「そうだ、近江君って珈琲で大丈夫だった?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「オッケー。じゃ、こっちについて来て」


 洗面所を出て、千恵さんの後をついて行く。廊下のフローリングも壁も綺麗だ。汚さない様にだけ、気を付けた方が良さそうだ。

 案内されたリビング。入って左側にはキッチンや、食事とかもするだろうテーブル席があって、反対側にはソファーやテレビが置いてある。

 広めなリビングを、ついつい見渡してしまう。壁際に置かれた棚には、昔の家族写真なんかも飾られてあった。

 つくづく理想的な家だ、という感想が浮かんでいた。


 だが、あまり浮かれた気分ではいられない。目の前にあるテーブル席には宇野宮さんのお母さんが居て、私服姿のお父さんも居るのだから。

 見た目に関して言えば、想像していたよりも大きくないし、厳つくなくて助かった。

 それでも、身長はそこそこ高く眉間にシワを寄せながら目を閉じている姿は……たしかに、宇野宮さんの言うとおり堅そうだ。


「じゃ、麻央も近江君も座って。すぐに飲み物を出すから」

「あ、ありがとうございます」

「よいこらしょっと!」


 俺が千恵さんにお礼を言った、その一瞬の隙でやられていた。おそらく一番の安全席だろう、宇野宮さんのお母さんの正面の席が取られていた。

 残るのはお父さんの正面……まだ、目を閉じている。


「では、失礼します……(チラッ)」

「うふふ」

「……(チラッ)」

「ん?」


 どうやらこの状況における、助けは無いらしい。

 お父さんがなぜ目を閉じているのか、一言も話さないのか、その説明を誰もしてくれない。

 かと言って、俺から話し掛ける事もしないけど。とりあえず、千恵さんからのドリンクを待ってからになるだろうか。


(帰れるのなら、今すぐにでも帰りたいぜ……。この家族でまともに話が通じそうな人が、実のところ居ない気がするし……)


 千恵さんはまともに見せ掛けて、実は一番容赦が無い感じがする。会話に慣れすぎてて、相手に深読みさせるのも、追い詰めるのも得意なタイプだと予想が出来る。アニメとかでは、関わっちゃ駄目なタイプだ。

 お母さんも、ほんわかしているけど実はヤバイタイプだと思っている。自分の都合を優先させて、笑いたい時には娘ですら利用する隠れドSな気がするし。サングラスだし。アニメとかでは、関わっちゃ駄目なタイプだな。

 宇野宮さんは、言わずもがなだ。今更遅いけど、本来なら関わっちゃ駄目なタイプだ。


(本格的に逃げ場が無いな……このお父さんも怖い人だったらどうしよう……)


 勝手にだが、この沈黙の時間が俺の不安を(ふく)らませていく。


「キミは……」

「――ッ!? は、はい!!」


 見た目は宇野宮さんのお父さんだけあって、かなり整っている。これまで沈黙をしていた宇野宮さんのお父さんが目を開き、話し掛けてきた。


「麻央の友達なのかな?」

「同朋よ。同盟者でも可」

「――あ、はい。友達ですね」


 宇野宮さんの意見を誰も取り入れ無いから、一瞬だけ迷ったが、ここはちゃんとしておこうと無視させて貰った。

 そしてどうやら、俺の判断は正しかったらしい。


「そうかそうか! 麻央が同朋を連れてくると言ったからもしかして……と思ったけど、そうか。ちょっと近江君、ソファーの方で男同士、話をしようじゃないか!」

「え、あ、はぁ……」


 言われるがままに、ソファーへと移動する。

 声色や表情からは、既に堅苦しい印象は薄れ始めていた。思ったよりもフランクというか、話が通じそうな予感までする。


「近江君。言ってしまうが、キミが来るまで麻央を男の子にした様な奴が来ると思っていたんだよ」

「あー、なるほど。宇野宮さんが同朋と言えばそうかもしれませんね。俺……僕も言ってしまうと『卒業』した側なので、まったく違うとは言えない部分もあるんですよ」


 宇野宮さんが堅いと言っていたのを真に受けた俺が間違っていた――今更ながらそう思う。

 この家で堅いというのは、むしろ、一般的な家庭で言う所の普通という事になる。俺が属すべき人は、この人だった。

 もし、中二病のままでここに来ていたとすれば……追い出されていた可能性までもあるのだろうな。


「なるほどね。それで麻央が懐く訳だ。ここだけの話……この宇野宮家の女性陣に、まともな人は居ないのだよ。私は妻も娘も当然愛しているし、千恵にも助けられているが……な?」

「振り回されている景色が脳裏に浮かびました……宇野宮さんだけでも大変だと言うのに、一家の大黒柱となるとより大変そうですね」

「分かるかい!? 分かってくれるかい!? あぁ、良かった。キミが……いや、近江君が話の通じる子で。いつでも家に来てくれて構わないからね。いや、むしろ私が家に居る時は来て欲しい!」

「……負担、押し付けようとしてません?」


 俺の最後の一言は聞こえなかったのか、聞かなかった事にしたのか……きっと後者だろう。宇野宮さんのお父さんは話は終わったとばかりに、ソファーから立ち上がって、テーブル席へと戻ろうとしていた。

 俺も同じ様に戻ったのだが、数分前とは違い、めちゃくちゃ笑顔で目の前に座っていた。


「あらアナタ? ずいぶんと近江君が気に入ったのね?」

「そうだな。麻央、近江君ならいつでも連れて来ていいからな?」

「ん~? 変なパパね。まぁ、そう言うなら近江君を連れて来るけど!」

「はいはい、珈琲出来ましたよー。叔母様と麻央がカフェオレで、叔父様と近江君がブラックね」


 これは……どっちだろうか。

 気に入られたのを良しとすべきか、それとも、関わりが深まりそうなのを危険視すべきなのか。

 近江君と呼ばれ過ぎて、何となく馴染んで来た感というのがあるけど、まだお邪魔させて貰ってから十数分くらいしか経ってない。

 それに、宇野宮さんと千恵さんは良いとして、ご両親を何と呼べば良いかも決まってない。暫定的に『お父さん』『お母さん』と、勝手に思ってはいるけど。


「――それで~?」

「えっと、それで……とは?」


 自分の分の珈琲も用意して座った千恵さんに、そう聞かれたが、意味がよく分からずに問い返した。


「いやいや、麻央とどうやって仲良くなったのかよ。一ヶ月で友達を連れて来るなんて、最短じゃない?」

「そうなんですか?」

「そうそう。中学の時だって、家に来たのは秋羽ちゃんぐらいじゃない?」

「ちょ、ちょっと! そんな話はどうでも良いでしょ!!」


 宇野宮さん……中学の時から既に友達が居なかったのか。それに、秋羽とはおそらく彼女の事だろう。


「もしかして……月見川秋羽さんですか?」

「あら、秋羽ちゃんを知ってるの?」

「えぇ、まぁ……クラスは違いますけど同じ学校ですし」

「じゃあ、話は早いわねぇ。この子、家に秋羽ちゃんしか連れて来ないから、心配してたのよ」

「私が連れて来たんじゃないんだけど……」


 月見川さんをそれほど知らなければ、友達の少ない宇野宮さんと友達になろうとしている……と、聞こえる。だが、あの月見川さんだ。今回の場合、宇野宮さんの強がりでも何でもなく、本当に呼んでないのについて来てそうな気がする。しかも、仲良しの雰囲気を纏って。

 本人には若干嫌われているのだが、月見川さんは宇野宮さんのこと好きだからな。


「とてもコメントしづらいですけど、その……とてもコメントがしづらいですけど」

「どういう意味!? 近江君、それってどういう意味!?」

「麻央も近江君も、どうして二回言うの? 流行ってるの?」


 宇野宮さんの友達の少なさについて、俺が言える事はあまり無い。俺も話す人こそ居るが、宇野宮さんに誇れる程じゃない。

 宇野宮さんに多少……ほんの少し、いや、かなりだけど、友達作りを邪魔されている感じがしない訳でもない。

 ご両親の前で娘さん、学校で友達少ないですよ……なんて言えないよな。


「でも、良かったわねアナタ。私達の代わりに近江君が居れば安泰じゃない?」

「そうだな。私もきみも、帰りが遅いからなぁ。千恵も就職したら離れるだろうし……うん!」

「えっ? えっ?」

「「ようこそ、近江君。宇野宮家に!!」」


(なんか、嬉しくねぇんですけど……)


 声を揃え、にこやかに迎え入れてくれる。だが、その目は「娘の相手は任せたぞ」としか言っていなかった。

 千恵さんは冷静に珈琲を飲んでいる。宇野宮さんは、何やら不服そうな顔をしていた。


「さっきから、おかしいと思ってたけど。やっぱり、みんな誤解してたわね……近江君が私の世話をしているんじゃなくて! 私が近江君の世話をしてあげてるんだからね!!」


 そんな事あっただろうか……という意味を込めて、白目を剥いて宇野宮さんを見る。何故か、宇野宮さんも同じ事を返してきた。


「あらあら……ちなみにだけど近江君? お料理や掃除や洗濯は出来ますか?」

「えっ、あぁ……そうですね。主婦の方の足元にも及びませんけど、スマホ世代なのでなんとか」

「そぉ~なのね。アナタ、凄い子が来てくれたわよ」

「あぁ……ホントに」


 遠い目をするお父さん。お母さんのポワポワした雰囲気。俺はすぐに察して、お父さんに目配せをした。


「……(大変ですね)」

「……(千恵が居なかったら、な)」


 そんなやり取りをした気がした。


「さて、近江君! もうそろそろ部屋に引きこもるわよ!」

「あらあら、引きこもって何をするのかしらね。アナタ」

「近江君。それは、本当に覚悟を決めて貰うことに……」

「いや、何もしませんよッ!? 御宅の娘さんのピュアさを忘れないでくださいよ!?」


 察していないのは宇野宮さんだけ。だからこの件は、ここで終わりにしておいた。

 そういえば今日は何をするのか聞いてないな……部屋。中二病患者の部屋。つまり魔窟(ダンジョン)

 俺は無事に帰れるだろうか……。






誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)

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