第38話 休日③
お待たせしました!
よろしくお願いします!٩(๑'﹏')و
――翌日。ゴールデンウィークの二日目の朝も快晴だった。
夜に宇野宮さんと予定を話し合って、とりあえず指定された駅までやって来た。
最寄りの駅から、学校で降りる駅をも通過して更に三駅。駅前には建物がいくつも建ち並び、かなり栄えてるみたいだ。少なくとも俺の住んでいる所よりは。
待ち合わせの時間は朝の十時。到着した今は九時五五分――シミュレーションした通りに着いたけど、宇野宮さんの姿はどこにも見えない。
「おーい」
チラッと横を見ると、知らない人が知らない人と合流しただけだった。違う人だったからすぐに顔を正面に戻す。
「おーい」
チラッと先程とは反対方向を見ると、知ってる宇野宮さんが昨日とはまた違うゴシックドレスの装いで手を振っていた。違わないけど、周囲の人が見てるからとりあえず顔を正面に戻した。
「近江くん!」
ただ、数秒の現実逃避にしかならなかったのだが……。
「や、やぁ! 宇野宮さん。きょ、今日も素敵な服だね」
「そ、そうかなぁ! そうかなぁ~! えへへ、ありがとう」
女の子と遊ぶならまず、褒めろ。
それは、昔に妹様が教えてくれた事だ。まさか実践する日が来るとは妹様でも思っては居なかったに違いない。
「それで……ここに呼び出された訳をまだ聞いていないんですけど?」
「言ってなかったかしら? 今日は遊ぶのよ、私の家で」
「あぁ、なるほど……って、えええええ――ッ!?」
驚きのあまり、街往く人に見られるのもお構い無しに、叫んでいた。
謎の倒置法で知らされた今日の予定。
昨日の話では、ただ遊ぶという目的と、待ち合わせの場所だけしか聞いていない。宇野宮さんのドッキリは、ドッキリ過ぎた……悪い意味で。
「い、家なの?」
「そうよ? だって、外だとどうしてもお金とか使っちゃいがちでしょ?」
「そうだけど……いいの?」
「ん? 別に問題は無いわよ!」
朗らかにそう言ってのけるが、男子が女子の家に訪ねる難しさを宇野宮さんは分かってないらしい。
かく言う俺も、困った結果として家に招待したのだが……あれは月見川さんも居たからという大きな理由がある。
今から宇野宮さんのお宅に伺って、ご両親なんかと会ったりしたら何て言われるだろう。
『ほぅ……よく、ここまで辿り着けたものだな』
『あらあら……でも、ここまでよ?』
『くっ……』
中二病のご両親を想像して、すぐに頭を振った。
宇野宮さんのご両親だからと言って、中二病とは限らない。けど、もしも……という可能性も捨てきれない訳で。宇野宮さんが宇野宮さんだからな。
「今日は珍しくパパとママも居るわよ!」
(問題アリなんだよなぁ~……)
一番気まずいという事に気付いてないし、きっと気付かないだろう。ここまで来て帰るという選択肢は無いけれど、足がなんだか重たく感じた。
「じゃ、ついて来て! 案内するから」
歩き出す宇野宮さんの後ろを遅れない様について行く。
次第に高いビルなんかは減っていき、住宅街らしき場所に入って行った。そこを更に通り抜け、住宅街の中でも大きい敷地エリアへと足を踏み入れて行く。
(もしかして、宇野宮さんの家ってお金持ちなんだろうか?)
途中でいろんな話をしていた筈なのだが、周りの家を見ながら返していた為にあまり覚えていない。
高級住宅街に入ってからというもの、自分の場違い感に帰りたい気持ちが徐々に強くなっていた。
「はい、到着。ここよっ!!」
駅からだいぶ歩いて来て辿り着いたのは、白い外壁の庭付き一軒家。家の回りは柵や木で囲われた二階建てで、駐車場完備というお高そうな家だった。
こんなお宅に手ぶらで来てしまった状況に、思わず回れ右をしたくなってきた。
だが、そんな俺の気持ちなど知る筈もない宇野宮さんは、軽い足取りで家へと入って行く。
「んー……」
そのまま宇野宮さんについて行くか、ご両親が家にいるのならインターホンを押すべきか迷うとこりだ。
ついて行っていきなりご対面で良いのか、それとも外でお邪魔する事を伝えてから入れて貰うべきか……相手によって答えが変わるタイプの問題だ。そもそも答えなんて考えても分からないのだが。
「どうしたの?」
「いや、ほら……当たって砕けるタイプじゃないから悩むんだよね、こういう時」
「なんの話?」
「えっと――」
「あら、おかえり麻央」
俺が家を囲う柵の外、宇野宮さんは既に少し入った内側に居て……その声が聞こえたのも内側――宇野宮さんよりも家に近い場所から。
宇野宮さんよりも背が高く、歳も上だが、見た目が親というよりは姉って感じの人だ。
その人が宇野宮さんの横まで来て、そして、目が合った。少しだけ身体が硬直する。手にじんわりと汗が浮き出てくる。
これでも初対面の人とはあまり上手には話せないタイプの人間だ。何を言えば良いかがすんなりとは出ずに『考えて』しまう。
「千恵さん! あっ……くくく、我が家に巣食う者よ。今日は……」
「あら、あらあら! あなたが近江君ね? 近江君でしょ?」
「あ、はい……。は、初めまして。山野近江です」
ペコリとお辞儀をして顔をあげると、物凄く凝視されていた。観察されているのか、それとも見定められているのか……。
「うんうん。私も自己紹介しないとね――麻央からすると従姉に当たる、千恵よ。千恵さん、とでも呼んでね」
「わ、分かりました」
宇野宮さんの従姉らしい千恵さん。朗らかな人というのが第一印象だ。
宇野宮さんの言動からも、二人の仲が良いのは感じ取れる。大学生……とかだろうか? 近くの大学に通う為に間借りしているという感じだろうか。
(まぁ、でもまだ踏み込む領域の話じゃないか……)
「ささ、入って! いやぁ~、まさか麻央が男の子を連れて来る日が来るとはねぇ……」
「そそ、そういうんじゃ無いんだけどぉ!?」
「そうだ! 叔父さん叔母さんに知らせなきゃ!! 近江君、頑張って! わたし的には合格よ」
「あははー……」
余計な事は言わない様にして、無難に過ごして生還しよう。その気持ちだけを持って、迎え入れて貰った宇野宮家へと足を踏み入れた。
今の内に思考を、まとも半分ゲーム脳半分に切り替えておこう。これである程度のイベントにも対応できるはずだ……たぶん。
◇◇◇
「待って近江君! 玄関のドアを開ける前に封印を解かなきゃ」
「なるほど」
「『現世と常世を繋ぐ結界よ、我が魔力に応じて導きたまえ』……よし。じゃあ、近江君の番よ」
どうやら一人ずつやらないと入れないパターンらしい。融通の利かない結界だ。
だが、郷に入れば郷に従え――俺も宇野宮さんを真似して、指を無駄に絡ませながら、同じ台詞を唱える。
「ふぅ……集中しろ、近江。今だけは無になれ近江。ふ――ッッ!! 現世と常世を繋ぐ結界よ、我が魔力に応じて導きたまえ!!」
(は、はずゥーー!! MP的なのが吸い取られた気分になるわこれ! 精神ポイント的な意味で!)
「近江君、今日は調子が良いみたいね!」
そしてこの一言である。
こっちは恥ずかしさやらなんやらを我慢して同じ行動を取ったというのに……。宇野宮さんから見ると、どうやら俺は楽しんでる感じに見えてるのかもしれない。
俺が学校ではそういう事を我慢しているのだと、だからいつもは調子が悪いのだと、そう思っているのかもしれない。
今日は俺がゲストの筈なのに……何故かホスト側に立って宇野宮さんをもてなしている感じがしている。良いんだけどさ、それはそれでも別に。
「それで……これで開いたの?」
「予定では、ママが裏で聞いてるからそろそろ開けてくれる筈よ? ……何故かこれをやる時はいつも時間が掛かるんだけど」
「何その予定って!! と言うか聞いてるの!? 赤っ恥じゃん!」
耳を近付けなくとも、ドアの奥から笑い声が聞こえて来た。おそらくだが……いつも時間が掛かるのは、娘だからといって笑わずにはいられないからだろう。我慢に時間が掛かっているに違いない。
それなのに今日は、同行人である俺もやってしまったのだ。
そりゃ、笑うだろうさ。見えなくても、知らない人がドアの奥で指をわちゃわちゃさせてると想像してしまうと。そして、呪文が聞こえてしまうと。
軽く言って、最悪だな。顔から火が出そうだ。
(居るなら絶対にしなかったのに! 居るなら絶対にしなかったのにっ!! しかも予定って……何か企んでいるよな、きっと……)
心ではその恥ずかしさを叫んでいるが、表情には出ない様にキリッとした顔をしてみる。だが、今すぐ走って帰りたいという気持ちは心に残ったままだ。
そして、笑い声に疑問を浮かべない宇野宮さんとその声が止まるのを待った。
計れば一分も掛かってはいないとは思うが、その待ち時間は、待ち時間史上一番長く感じた待ち時間であった。
ガチャ――。鍵の外れる音がした。
呪文通りに解錠され、ドアがゆっくりと開いていった。
そこに立っていた女性。宇野宮さんのお母さんの姿を見て、俺は驚いた。反対に、宇野宮さんのお母さんは俺を見て笑っていた。
「家で……サングラス?」
元の顔が小さめなのか、大きいサングラスで素顔のほとんどが分からない。
「ママは声のお仕事をしてるから……と言うのは建前で、組織に狙われているからよ? 近江君、これは機密だからね!」
「宇野宮さんのお母さんって声優さん……なのね」
「た、建前よ!」
「いや、うん。世の中には知らない方が良い事もあるしね。聞かなかった事にしておく」
それならサングラスの理由も納得である。今はアニメを観る人も多いし、ネットに情報が出やすい時代。
有名な方なら、自分でプライバシーを守っていかないといけないのだろう。例え、こんな小さい部分からでも。
宇野宮さんがポロっと余計な事を言わなければ、俺はただの『家でサングラスをするタイプの金持ち』という印象しか持たなかったのだがな……。
「話の分かる子なのね。麻央が友達を――」
「同朋よ。同盟者でも可」
「友達を連れて来ると言った時にはどんな子かと思ったけど……ふふっ。さ、入って入って! ゆっくりしていってね、近江君」
華麗にスルーされた宇野宮さん。それよりも……だ。ちゃんと自己紹介したのはさっきの千恵さんだけなのに、もう既に俺の名前が広まってる気がしてなんだか落ち着かない。
家に入るまででこれである。不思議でも何でも無しに、この家でゆっくり出来る気がまったくしなかった。
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