第37話 休日②
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「あれ、玄関が開いてる?」
「はっ!? ま、まさか……」
「あ、未来の靴があるな。帰って来たのか」
宇野宮さんが話を広げる前にさっさと終わらせて、家に入る。
「ふぅ……ただいま~」
「暗黒世界から、お邪魔するわよ!」
少し大きめの声を出して、部屋に居るのかリビングに居るのか分からない妹様に呼び掛けた。宇野宮さんの前で『妹様』と呼んで兄妹ヒエラルキーを知られるのは恥ずかしいが、だからと言って前みたいに『未来』と呼び捨てにする状況でもない。
いつもなら当然の事として返事などしない妹様だが、今日は宇野宮さんがいる。声はちゃんと届いたのだろうな――二階にある妹様の部屋の方からドタバタと慌てる様な音が聞こえてきた。
「じゃあ、手洗いして部屋に戻りましょうか。課題を終わらせないとですし」
「えー……もう、そんな気分じゃないんですけどー」
「誰の為にリフレッシュしに行ったと思ってるんですか」
「誰の為に……そう、私達はいつだってそれを探し求め……ちょっと! 近江君! まだ途中なんだから、最後まで聞いてよっ!!」
宇野宮さんの茶番に構っていたら日が暮れてしまう。さっさと終わらせて、お互いにやるべき事をやるのが有効的な時間の使い方というものだろう。
昨日の夜から課題を進めておけば、俺みたいにもうそろそろ終わるだろうに……残念な宇野宮さんは、残念な事に、少しも手をつけていなかった。
勉強が嫌いなのは、まぁ……重々承知した。
だが、そもそも勉強は好きとか嫌いとかでやるものじゃないという事を、どうにか早い内に教えなければ、この先も苦労するだろう。宇野宮さんも、勉強を教える俺も。
「ふむ……どうにか神話とかに向ける興味を少しでも勉強の方に誘導……」
「――なっ!? 何やら物騒な事を考えているわね、近江君!」
「物騒も何も、俺が考えているのは……(今後の)宇野宮さんの(勉強の)事ばかりですよ……」
「え……わ、私の、こと?」
「他に誰が居るってんです? とりあえず、課題を終わらせますよ」
「か、課題を終わらせて……どどどうする気!?」
終わらせてか……。宇野宮さんの頑張りにもよるけど、時間によっては帰る。余裕があれば遊ぶの二択だろう。
遊ぶとは言っても、二人で出来る事なんてゲームとかしか思い浮かばない。追い勉強をさせても良いのだが、その場合、宇野宮さんは飛んでいくかの如く帰るだろう。
「娯楽とかですかね?」
「遊戯!? それって普通の!? それとも……ゴクリ」
何故か後退りをする宇野宮さんに対し、俺は反射的に一歩前進した。逃げられると追い掛けたくなる衝動は、生き物の中でも動物に多くみられる習性。
――ススス。
――ススス。
(いや、こんな事をしてる場合じゃないんだけどな。なんか、獣を見る目を向けられたままというのも……な?)
洗面所の近くまで来ていたのに、気付けば玄関の方まで摺り足で移動していた。
「何……してるの? お兄ちゃん?」
「うェえぁッ!?」
背筋がゾッとして、変な声が口から盛れ出てしまった。
普段はクソ兄貴と、汚い言葉と低めの声で呼んでくる妹様が、まるで猫なで声の様な声を出す違和感にゾッとする。そう来るだろうとは分かっていても、慣れないものは慣れないらしい。
「あぁ、いも……未来、ただいま」
「おかえり。それと……えっと、何だっけ……わーる、ワール……」
「ふっ……そう、我こそは終末を呼ぶ理!」
「あ、それそれ! いらっしゃいワールドエンドさん。それで……何してるんですか?」
「ちょっと今わ近江君がケダモノだから距離を取ってるのよ」
「ウぇッ!? いや、急に何の話!?」
思考の読めない宇野宮さん……それは良いと思っていたが、妹様の前で変な事を言わないで欲しかった。
今まさにその妹様から冷たく、蔑む様な視線を送られている。それ自体は割りとありがちな話だけど、いつもより厳しめな視線だった。
俺くらいにもなると妹様の視線だけで、その内面が読めてしまう。『このクズ兄貴、海の藻屑にでもなりやがれ』と言っている。
「ワールドエンドさん。危険なので早くこっちに」
「あ、でも先に手を洗わないと」
「私の部屋に除菌シートあるのでそれ使ってください」
「はぁ……まぁ、良いけどさ。未来、程々で返してくれ。宇野宮さんも課題終わらせるつもりで来てるんだから」
「あ、あれ? ケダモノの流れ……は?」
そんなの宇野宮さんの冗談に決まっているというのに、我が妹様ながら騙されるとは。よく考えればすぐに分かる話だろうに。
その、女の子を守ろうとする行動は良いと思うが、もう少しくらい兄を信じても良いのでは? と思ったね。
「未来? 俺だぞ?」
「そ、そうだよね……お兄ちゃんだもんね?」
「あぁ、俺だ」
「お兄ちゃんだもんね! ワールドエンドさん、早く課題終わらせた方が良いんじゃないですか?」
取り合った手を話して、そう言い放つ妹様。そんな姿に宇野宮さんは裏切られたとでも言いたげな表情を浮かべていた。
急にドライになった妹様は、何事も無かったかの様に階段を上って、自分の部屋へとお帰りになられた。
「『ザ・妹』が急に冷たくなったわ」
「まぁ、そういう奴ですし。はい、もういい加減やりますよ! ノンストップで課題を終わらせましょう」
「トホホ……スキップとか早送り機能が無いなんて、現世はツラいわね」
アニメ脳……乙。口には出さなかったが、心の中で宇野宮さんにそう告げて、洗面所経由で部屋へと戻って来た。
お昼前と同じくベッドを背凭れにして、蓋をするかの様にちゃぶ台をお腹にくっ付け、背筋を伸ばす状態で宇野宮さんを固定した。
「泣き言は聞きませんからね」
「トイレ行きたいんだけど?」
「嘘おっしゃい!!」
「……それは、漏らされる覚悟があると捉えて良いのね? 近江君?」
圧力を掛けてくる宇野宮さんに……俺は屈した。シンプルに部屋を汚されたく無いのと、誰も救われない悲しい未来を避ける為に。
「戻ってきたらホントに終わるまでは無しなんで……」
「分かってるわ。でも今は、聖域へ……」
戻って来た宇野宮さんは、とても清々しい顔をしていた。
だからと言って、課題の進むペースが速くなる事は残念ながらなかった。それでも、順調には進んでいった。
「ふぅ……」
「お疲れ様です。なんとか、初日に終わりましたね」
宇野宮さんがシャーペンを置いたのは、日が傾き夕焼けに空が染まっている時間だ。
「凄いわ近江君! 休みの一日目に終わらせたのなんて初めてかもしれない!!」
「どうです? 残りの休みに憂いが無いというのは」
「ふふん! ラクショーって感じね。本当は最初からラクショーだったのだけれど……ね!」
少し楽しげに、終わった事を喜んでいた。
これをキッカケに今後も早め早めに終わらせる事を覚えてくれれば良いのだが、それはゆっくりで良いのかもしれない。
まずは、宇野宮さん自身が『やれば出来る!』というのを味わいさえすれば、後は時間の問題だろうしな。
「でも、今日はもう遊ぶ時間は無さそうですね」
「そうね。でも、明日からはずっと遊べるじゃない?」
「そうですね……ぇ?」
言葉の綾というやつだろうか?
ずっと遊ぶが、残り4日間の全てで遊ぶという意味に聞こえてしまった。
(流石に宇野宮さんもそんなに暇じゃないよな……よな?)
聞こうか聞くまいか迷って、藪をつついて暇な宇野宮さんが出れば予定が確定しそうだったから俺は口を閉ざした。
「暇よ」
「えっ……」
「ひ ま な の よ」
だが、そんな俺の心境なんて気にもしないこの世界。どうやら『終末を呼ぶ理』である宇野宮さんの味方をしているらしい。
断れる程に忙しいなら良かった。だが、俺も正直に言うなれば暇だ。誘われなければ、一日中部屋でゴロゴロしているくらいには暇だ。
遊ぶ友達なんて……それこそ宇野宮さんしか居ないし。
「分かりました。なら、それはまた後でメールで話しましょう?」
「えぇ、そうね! それが良いと思うのよ」
第三者からみたら、俺が宇野宮さんの相手をしている風に映ると思う。だがその実、宇野宮さんが暇な俺を誘ってくれているという見方も可能だろう。
きっと……いや、確実に宇野宮さんの中ではそうなってるだろうし。
誘われた側である俺が、本当なら下手に出ないといけない――俺だって多少なりそう思ってはいる。
だからこそ……というのは少し可笑しい話なのかもしれないが、俺が「やれやれ……」みたいな感じを精一杯演出しているのは、立場を出来るだけ横並びにしたいからだ。
いつかは俺から遊びに誘えたら良いけど……照れをまだまだ捨てきれていない。だからきっと、まだまだ先の話になりそうだ。
(意外と照れ屋だから仕方ないよな……自分で言うのもアレだけど)
「じゃあ、駅まで送って行きますから今日は解散という事で」
「ちょっと待って、片付けちゃうから」
宇野宮さんの片付けを待って、一緒に駅まで歩いて行った。
人通りの多い時間、宇野宮さんは当然の様に視線が集まっているし、隣に居る俺も見られているのだろう。気のせいと思いたいが違うだろう。……ただ、ちょっと慣れた。
「じゃあ、また後で」
「闇が覆う世界の片隅で舞踊曲を……(夜にメールするからね!)」
宇野宮さんと手を振って別れてから、真っ直ぐ家へと帰った。
すると何故かいきなり、自分の部屋から顔だけ出して出迎えてくれた妹様からお言葉を頂戴した。その言われた一言とは――「そっちなの?」だ。
その言葉の意味を聞き返す前に、妹様はドアを閉めてしまった。自分で考えてもよく分からない。この謎というか言葉の意味は……迷宮入りとなってしまった。
ただ――何かを諦める様な表情をしていた妹様である。
妹様も思春期だから難しい年頃なのだと、強引に自分の中で結論を出しておいた。
ただ立ち尽くしていても妹様が出てくる訳でも無い。俺もさっさと自分の部屋へと戻ることにした。
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