第36話 休日①
お待たせしました!
よろしくお願いします!
ピンポーンと鳴るインターホンに反応して玄関まで出向き、扉を開ける。今日はゴールデンウィークの初日。駅まで迎えに行くと言ったのだが、一人で平気という彼女を俺は待っていた。
「ごきげんよう近江君。今日は良い天気ね、闇の力が弱まる日中は得意ではないのだけど、それでもやはり良い天気と言えるわね」
「うん、そうだね。いらっしゃい宇野宮さん……その格好で来たの?」
俺が待っていたのはまぁ、当然というか……宇野宮さんだ。
昨日の夜にメールで明日からの予定を話し合い、その結果、初日である今日は数週間振りに俺の家に来る流れとなった。課題を終わらせるという予定だ。
それは良いとしても……驚いたのは宇野宮さんの格好だった。
黒の……ゴシックドレスというやつだろうか? フリフリの服を着ていた。ヘッドドレス的なのもバッチリ付けている。髪型も拘ってあって、いつもはただのロングヘアーだが今日はツインテールだった。
おそらく宇野宮さんは電車で来たはずで、それはつまり、かなり人目に晒されたという事だ。相変わらず凄いメンタルの強さである。
「そりゃ、休日まで学校の制服は着ないでしょ?」
「そこじゃないんだけどなぁ~」
似合う似合わないで言うと、それはもうめちゃくちゃ似合っていた。普通の人ならゴシックドレスという服に着られてしまうだろうけど、宇野宮さんはちゃんと着こなしている。
いつもは浮いている眼帯ですら、今日に限って言えばむしろ無いとおかしいレベルに思えた。
「とりあえず、どうぞ」
「お邪魔するわね!」
「飲み物持っていくんで、先に部屋に行っておいてください」
昨日の夜に慌てて買いに行った、大きいサイズの飲み物を冷蔵庫から取り出す。コップをお盆に乗せ、ついでにお菓子も用意して部屋まで運ぶ。
今日は妹様が居ない。運動部は休みでも部活があるらしく、いつも通りに学校へと登校して行った。そして両親も居ない。……休みだからとお出掛けしてしまった。
変に意識しない様にしているのだが、家の静けさがもう危ない。一応、宇野宮さんにも誰も居ない事は伝えているのだが……どういう訳か家で構わないと来てしまった。
「宇野宮さん、ちょっと開けてくださ~い」
「ちょ、ちょっと待って!」
(おっ……さては勝手に荒らしてるな?)
数秒待つならまだ分かるが、十秒以上は待たされていた。
だが、甘い。甘過ぎる宇野宮さんだ。来ると分かっていて危険物を部屋に置いておく訳はないのだ。いや、そんなものは無いけれど。
「はいはい、開け……ふっ、我が魔力の波動に感応せしトビラよ――」
「あ、早く開けて貰えます?」
「わ、分かったわよ。まったく! 遊び心が乏しいんだから!」
遊び心の前に、親切心を身に付けて欲しいところだ。
部屋の中に入って、部屋の中を見渡す。荒らされていただろう部分を探してみたが、綺麗に戻されているのかパッと見じゃ分からなかった。
宇野宮さんの持ってきていたモノトーン柄と言うのだろうか、白黒のバックはベッドの上に無造作に放られてあった。
「宇野宮さん、ちゃぶ台と机だとどっちが良いですか?」
「ん、私はちゃぶ台で大丈夫よ! 分からない所は教えてね?」
「えぇ、それはもちろんですよ。じゃあさっそく、始めましょうか」
ちゃぶ台も昨日の内に運んでおいたものだ。リビングの広い机でやっても良かったのだが、両親が帰って来たら少し恥ずかしいという俺のワガママで自室にさせてもらった。
俺はいつも通りに自分の机に向かって、課題を広げた。宇野宮さんはベッドを背凭れに、ちゃぶ台で自分を挟むくらいお腹に近付けて臨戦態勢に入っていた。
「はい! 分かりません!」
開始、五分でのギブアップであった……。
◇◇◇
スカートから伸びる足。細部まで白黒である宇野宮さんのハイソックスも当然白黒だ。
右足と左足が忙しなく動き、集中力がもう底を尽きたのだと顔を見なくても分かった。
時計を確認すると正午を少し回っていた。教えたりなんやりしている内に、すでに始めてから二時間以上は経過していたみたいだ。
「うぬぬぬ……ぐぁぁぁ~」
「お疲れですねぇ……」
「何よ何よ! 涼しい顔しちゃってさぁー。て言うか眼鏡はどうしたのよ!」
「家ではしない派なんですよ。そろそろお昼時ですけど、どこかに食べにでも行きますか?」
「賛成!! やっぱり、一度リフレッシュしないとね! も~やってられないって話よっ!」
空になったコップを持ち上げて、台に叩き付けるかと思いきや……直前にスッと勢いをゼロにして机に戻した。
まるで仕事に終われる社会人ばりに机を叩いて訴えかけているが、課題の進捗はあまり良くない。ダメ社員だな……。
「近くにファミレスか、ファストフード店か……駅まで行けばいろいろありますけど?」
「即断即決よ! とりあえず駅前まで行きましょう?」
「くくく、母さんから昼飯代として千円ほどあるからこれを足しに何か食おう」
「買って帰るのもアリじゃない?」
外に出掛ける準備を整えながら、どうするか話していく。話せば話すほど即断即決が嘘になっていくけど。
俺は財布をポケットに入れ、眼鏡を掛けるだけ。宇野宮さんは鞄から財布だけ取り出して、身嗜みを整え始めた。
フリフリの調節やヘッドドレスの位置調整。ツインテールを手櫛で整えて……めちゃくちゃ全身を整えていた。五分くらいは整えていた気がする。
「うん! オッケーよ!」
「……そうですかい」
準備完了した宇野宮さんを連れて、家から出た。
玄関のドアにちゃんと鍵を掛けたのを確認して、車が来ない事を良いことに、道路の真ん中に立ってキョロキョロしている。
屋内の宇野宮さんではなく屋外の宇野宮さんを一本引いて見ると……いろいろ強烈だと気が付いた。
(言い方は悪いけど……アレと歩いて駅に行くのか? 都会という都会でもないこの街の駅に?)
宇野宮さんは午後の陽気な太陽に手をかざして、眩しそうに目を細めている。かなり酔ってるとみえる。……このまま行くとなると最悪じゃん?
「宇野宮さん。ここは宅配サービスを利用するというのはどうでしょう?」
「何を言ってるの? リフレッシュなんだから、早く行きましょう?」
「かぁー、マジかー……あの、宇野宮さん? もしかしてだけど日傘とか持ってないよね?」
「あっ! 玄関の所に置きっぱなしだった! ありがとう近江君!!」
家に取りに帰ろうとする宇野宮さんだが、玄関は施錠されているし、開けるには俺が持つ鍵が必要だ。
当然、そんな事はさせない俺だ。鍵はズボンのポケットの奥に押し込んでおく。
「宇野宮さん。早く行きますよ」
「でも、でも、日傘を……」
「置いていきますよー?」
「ま、ちょ、待ってよ近江君! ちょ……待ちなさーい!!」
未練がましく家を振り返りながらも、走って追い付いて来た。そのまま宇野宮さんと駅の方へと歩いていく。
今日は良い天気だし、ウォーキング日和としてもベストな感じだ。
車道側を俺が歩くという紳士的な行動を然り気無くしているが、そんなもの宇野宮さんの格好の前では気に止める人は誰ひとり居ないだろう。視線が全て宇野宮さんへと誘導され、俺はその付き人にしか見えてないかもしれない。それほどに強烈なインパクトで存在感が強い。
「ねぇねぇ、何食べる? 何食べる?」
「宇野宮さんは何が食べたい気分ですか?」
「うーん……近江君は何が良い?」
「そうですねぇ……宇野宮さんは何が良いですか?」
「私が聞いてるの!」
ここで高い物を言われても所持金的に厳しい。だが、そんな情けない部分を見せたくもないし。
個人的にはファミレスが好きだし、安いし、居心地は良いから選びたい所ではあるけど……女の子側の意見を尊重してこそ、という気持ちがある。そういうものが大切なんだと、ネットの世界のみんなが俺に知識を与えてくれているしな。
宇野宮さんにモテるとかモテないとかじゃなくて、女の子には優しくしろと妹様にも叩き込まれている。
「うーん。食べ物は女の子側に合わせておくのが無難でしょ? それに、今は宇野宮さんの好きな物を教えて欲しい……かな?」
「そ、そそそそこまで言うなら仕方ないわね! 仕方ないわ。仕方ないから、私が選んであげる! 仕方ないからね!」
「ありがとう」
「どういたしましてよ!」
そろそろ駅に着きそうだ。やはり、通行人は珍しい格好の宇野宮さんをすれ違い様や遠くから見ている。
何かのイベントがあったのかと思っている人が、見ている人の中には居るかもしれない。俺だって宇野宮さんを知らなかったらそう思うだろうし。今も、もしかして私服が全てゴスロリなのではないかと疑っている。だとしたらもう、逆に何も言うことは無い。一貫しているならそれはもう強さでもあるから。
「その服、暑くはないんですか?」
「流石に夏は半袖よ? でも基本的に体温が低めなのよね、私」
「他の色とかもあるんです?」
「ブッブーよ近江君! 女性に質問ばっかはブッブーなんだから」
「あ、ごめん。どうしても気になっちゃって」
「気にッ!? ふーん? よ。ふーん」
どういう表情なのかよく分からないが、別に怒ってる訳ではなさそうだし気にしないで大丈夫かな。
「あ、ほら……もうお店がちらほらありますけど、どうします?」
「そうね。魔界の運命に従ってみようかしら?」
おもむろに、落ちていた一枚の木の葉を手に取った宇野宮さんはそれを宙に浮かべた。木の葉は風に乗って、俺達の進むべき道を示す……ことは無く、地にそのまま落ちた。無風かつ重力で当然の成り行きで、だ。
居たたまれない空気。だが、宇野宮さんと居るとこんな空気は幾度となく味わう事になる。今のだって数多くある内のひとつに過ぎないのだ。
宇野宮さんが運に任せる……運の無い宇野宮さんには酷な話だが、現実は残酷である。
「は、葉の先があのファミレスをさして……いる……わ」
「ほ、本当ですね! これが運命なんですねー!」
「えぇ……そうよ」
普通のファミレスで、普通に食事をした俺達は、普通に家に戻った。普通じゃなかったのは、宇野宮さんの格好だけだったな。
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