第34話 悪い予感
お待たせしました!
よろしくお願いします!
五月になり、学校にも慣れ始めた。
授業も今のところは問題なく、月末頃に行われる中間テストもこのままなら危なげは無い。部活動においても、宿題をしたり本を読んだりするだけで楽しく過ごしている。
ただ、問題があるとすれば……思ったほど友達が居ない点だろうか。前の席の大輝や野田君なんかとは話すものの、女子との接点があまり無いのだ。
席順的にも隣に座る女子が居ない。そう、全ては席順が悪いのだ。
そんな事を思っていた俺に、朗報が舞い込んで来たのは本日最後の授業であるLHRの時間の事だった。
「五月に入ったので、皆さんお待ちかねの……席替えをしたいと思います!!」
一気に教室が騒がしくなるも、坂本先生の呼び掛ける声で徐々に静かになっていった。
坂本先生が黒板用の大きめな定規を使って、縦六横六の三六マスを作り、プラスで窓側の二列の一番後ろに二席分を付け足した。
計三八席分あるそのマス目の一個一個に番号を書いていき、それで準備は整った。
「では、クジ引きで決めるけど……相田くんと日野さんでじゃんけんをして貰えるかな?」
一番端で一番前の席に座る二人のじゃんけんの結果、日野さんが勝利して女子側からクジを引いていく事になった。中央の列である俺達にはさほど影響も無いじゃんけんで、前の席の大貴とどの席が良いかを話していた。
大貴は窓際の一番後ろが良いらしい。いかにも青春の席って感じがする一番後ろの窓際は、きっと他の人も狙っているだろう。
俺は別に、そこじゃなくても良いと思っている。むしろその席だと、より友達が出来なくて困る未来しかない。
二人だけ飛び出している席だから、隣や前の人とは話すだろうけど、相性の悪い相手なら……それはもう次の席替えまで諦めるしかない訳で……中々に厳しいことになりかねない。
「はい、次は山野君。引いてね」
いつの間にか順番が回って来ていた。女子は全員が引き終わって、歓喜の声や悲哀の声が聞こえている。
宇野宮さんをチラッと見てみると、ちょうど俺の方を向いていた。その顔は……絶望に打ちひしがれた様な表情だった。
「山野君?」
「あ、はい。――ッ!? なっ……三八……だと……」
「マジかよ、交換してくれ!」
窓際の一番後ろを引いてしまった。運は悪くないと思っていたが、今は少しやらかした感が否めない。
でも、視力を材料にして前の席に行くのも惜しい……大貴が良い席なら交換しても良かったのだが、見せて来た番号は教室の真ん中辺りの位置。何とも言えなかった。
先生が歩き回って配り終え、教壇に戻ると移動の合図が掛かった。
自分の使っている机を持って、移動していく。入学式の日にそれぞれの身長に合わせてある机だから、面倒だけど運ぶしかない。まぁ……今の席から左に移動するだけなのだが。
「の、野田君!」
「あ、よろしくね山野君」
ススス……と隣に移動して来た野田君。話せる人が来てくれて安心した。今や情報収集能力で、男子から一目を置かれている彼は何かと頼りになる男だ。
前と右前は女子生徒がやって来た。そして気になる宇野宮さんの位置を確認して……俺はとても憐れんだ。
(先生の前か……御愁傷様)
勉強を苦手とする宇野宮さんからすると、だいぶ嫌な席になった事だろう。でも中間テストを考えると、本人の意思を気にしなければ良い席となったとも言える。
どうせ休み時間や昼休みになればやって来る宇野宮さんだ。席はこれくらい離れてて、ちょうど良い気もする。
「山野君は、宇野宮さんの隣の席になると思ってたけどね」
「どういう意味かは深く聞かない事にして……そろそろ宇野宮さんも友達をちゃんと作った方が良いと思うし、これで良かったと俺は思うけどね」
「それはどうかなぁ? 宇野宮さんが山野君以外の誰かと話してる姿はあんまり見てないよ?」
最近は……うん。主に、宇野宮さんが思い付いたラブコメの設定をただひたすら聞かされていた。
小説の長さがどれほどになるのかは分からないが、今はひたすら設定を練りに練っているらしい。
魔族だった前世を持つ少年が、魔王であった女の子と出会うストーリー。それが主軸らしく、あれこれと思い付いた事をメモしては、休み時間の度に話してくれている。
一度、「それ、ラブコメよりファンタジー寄りの話じゃない?」と言った俺に対して返って来た言葉は、「フィクションのラブコメなんてファンタジーでしょ!」だった。
たしかに多種多様な髪型や髪の色をした女の子が出てくる……が、それは暗黙の了解みたいなものだろう。もちろん、登場人物を黒髪や茶髪までで揃えている話もあるけれど。
とりあえず宇野宮さんの基準では、魔法は出さないからセーフらしい。
まぁ、面白ければ何でも良いのは間違いない。それに……書くのは宇野宮さんだから、それ以上は特に何も言わなかった。
「だ、大丈夫だよ……これから徐々に増えていくはずだから」
「そうかなぁ? あ……ほら、めちゃくちゃ山野君に助けを求める視線を送ってるみたいだよ?」
たしかにそんな視線を送っているが……おそらく、俺が一番良い席を取った事に対しての嫉妬と、自分が一番嫌な席という怒りが多分に含まれているのだろう。
「はい皆さん、そろそろ静かに……明日からゴールデンウィークなので、課題とか先に配っちゃいますよ」
二つ目の朗報。五月の連休と言えば、お待ちかねのゴールデンウィーク。今年は都合の良い事に、水木金そして土日の計五日間の休みがある。
その分……課題となるプリントが今から沢山配られてくる訳だが、やろうと思えば一日二日で終わらすことも可能だろう。そうすれば、後はゆっくりと休日を満喫するだけだ。
もしかしたら部活があるかもしれない。それは、今日の部活の時にでも聞くつもりだ。
特に家族で旅行に行く予定がある訳でもないし、どっちでも問題はない。
「そう言えば野田君って卓球部だったよね? 連休中も部活はあるの?」
「あ、うん。午前中にね。文芸部は……あるの?」
「うーん……まだ聞いてないんだよねぇ」
「そっか。休みの日くらいは休ませて欲しいけど……まぁ、卓球は嫌いじゃないし良いんだけどね」
国数英社理の五教科それぞれのプリントが配られてくる。テストに向けてという意味もあるのだろうが、この中でいったい何人が自力で真面目に解くのか……。部活の仲間と分担してやる人達も居るだろうし、友達同士で集まってお喋りしながら解く人達も居るだろうな。
――とても羨ましい……もう、なんか、すっごい羨ましい!!
俺もファミレスとかで駄弁りながら、誰かと一緒にプリントを終わらせていきたいという憧れに近い気持ちは持っている。
だが、結局は一人でやった方が効率が良いとも思っている。
誰かに誘って欲しい気持ちと、一人で効率よく終わらせたい気持ちが鬩ぎ合っていた。
「はい、じゃあ……休み明けに回収するからね。忘れたら担当の先生に怒られる上に評価にも響きますから、ちゃんとやってくる様に! ……っと、そろそろ終わりね。帰りのホームルームは特に話す事も無いから、そのまま放課後で」
坂本先生はそう言うと、チャイムが鳴るまで椅子に座って何かを書いていた。生徒側をチラチラと見ている様子から、新しくなった席順をメモしているんだと察した。
そして、チャイムが鳴り響く。
号令を掛けて放課後に突入すると、真っ先に来るだろうと思っていた人が真っ先にやって来た。
「ズ、ズルしたでしょ!」
「とんだ言い掛かりですね……あ、野田君。また来週」
「うん。また来週に……宇野宮さんも」
「えぇ、福音に包まれて!(良い休日を!)」
野田君が去り、その席にそのまま宇野宮さんが座った。
ズルとは、おそらく席替えの事だろう。だが、それは運。宇野宮さんは運が悪く、俺はちょっと良かった……それだけの話だ。
だが、宇野宮さんにそれを言った所で納得をしないだろう。何かそれっぽい事を言わないと満足もしてくれない。
「『人事を尽くして天命を待つ』だよ? 宇野宮さん?」
「私が何もしてないみたいじゃない!」
「そりゃあ……部活に関する事は頑張っているけど、勉強ももう少し頑張りなさいというお告げなんじゃないの?」
「忌まわしき天界の奴等め……ぐぬぬ。近江君は部活を頑張って無いので、何か罰的なのを落としてください」
「何その軽い気持ちでする重めの呪い方……。ほら、でも、俺だって読書してるじゃん?」
文芸部の部室では、主に読書か宿題をやっている。毎日出る課題を終わらせた後に、お茶を飲みながらお菓子を摘まみ、時間が残れば本を読んでいる。
ブロッサム先輩もほぼ同じだ。双子先輩は、たまに遊びに来ては変な事をして帰っていく。双子先輩が居る日だけはかなり疲れるし、変な事に巻き込まれるのだが……それはそれで退屈にならなくて良い。
それを考えると、たしかに部活らしい部活をしているのは宇野宮さんかもしれない。毎日、メモした事を文芸部にあるパソコンで文字を打っては纏めている。
まだ話自体は書き出してないものの、設定はだいぶ固まってきたというのが本人の談だ。
「ふふんっ! でも私、良いことを閃いたの! 画期的過ぎて、自分で自分が恐ろしいくらいね」
(嫌な予感しかしない……)
自分調べだが――良い予感も悪い予感も、結局は『流れ』だ。
良い流れを感じ取った時に良い予感を感じるし、悪い流れを感じ取った時に悪い予感を感じる。
でも、どうしてか人は悪い予感の方が当たりやすい。
それは、悪い予感というものは良い予感に比べ、不意の出来事によって急に訪れる事が多いからだ。
今さっきまでの流れも、ただの何でもない状態だったのに宇野宮さんの「良いことを閃いた」という一言によって悪い流れへと変わってしまった。
本当に良いことかもしれない。それならそれで良い。
でも、今はまったく良い予感がしないのだ。人柄とか、たぶん……そのせいもあるとは思う。それを除いても、俺の第六感が悪い予感だと伝えてくる。
(聞いて……みるか。本当に良い事だという可能性に期待して)
俺は流れを断ち切るという思いを込めて、頭を二度左右に振った。そして、宇野宮さんから飛び出す言葉を静かに待った。
「それはねぇ……むふふっ。私が文を書いて! 近江君がイラストを描く! ――という事よ!!」
ドヤ顔で、これ以上のアイディアなんて無いと言わんばかりの自信に満ちた声で、何故か必要のないポージングを取りながら、宇野宮さんはそう言った。
――ほら、やはり悪い予感というものは当たるんだな。
◇◇◇
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