第33話 チュートリアルの終わり
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「――という事で、夏海と夏乃は科学部との兼部で文芸部に入ってるの。普段は居ないのにたまにこうして……ね」
席に着いた俺と宇野宮さんに、ブロッサム先輩は分かりやすく説明してくれたと思う。思う……と言うのは、説明を聞いた俺がまだ完全には理解していないからだ。
(ちょっと、ゆっくり纏めてみようか……)
少し元気なサイドテール(右)が、姉の花蔆夏海先輩。
少し落ち着きのあるサイドテール(左)が、妹の花蔆夏乃先輩。
双子先輩とブロッサム先輩は従姉妹らしく、昔からよく知っているらしい。
父親の影響で早くから科学分野に興味を持った双子先輩は、その才能を開花させた結果――とんでもない方向へと成長してしまったみたいだ。
それが……俺と宇野宮さんもやられたイタズラである。
実験と称して、新しく開発した物を誰かに試してはその効果を記録していく。
それが、どうやら双子先輩の今のブームになっているらしく……おそらく、一番実験台にされていたのであろうブロッサム先輩が嘆きながら教えてくれた。
人数さえ揃えば、双子先輩をさっさと文芸部から追い出すという野望を持っているらしいブロッサム先輩。
だが、どうやら自他共に認めるコミュニケーション能力の低さから、まともに勧誘も出来ず、未だに双子先輩を追い出せない状況みたいだ。その上、『二人分の名前』という生殺与奪権とも言える力を双子先輩が持っており、甘んじて実験台になっているという悲しいエピソードも聞いた。
双子先輩は本当にイタズラで済む程度しかやらないと言うのが、唯一の救いと言っても良いかもしれない。
「本気だしたら、大変な事になるからな!」
「あれは……悲しい出来事だった」
――と言うのが、割り込んできた双子先輩の談。過去に何があったのかは、怖くて聞けなかった。
夏海先輩も夏乃先輩も、理系分野の成績はぶっちぎりで優秀。姉海先輩は特に化学、妹乃先輩は物理が得意らしい。これも本人談であるが、ブロッサム先輩は「余計にタチが悪い」と言っていた。
悪魔の双子――宇野宮さんなら『悪魔の双子』とでも名付けそうなその異名が、実際に付けられている双子先輩の通り名らしい。
双子先輩の同級生のみならず、三年生にも知れ渡っているらしい。決して良い意味で存在が広がっている訳ではないのに、得意気な顔をしている。
意外と、双子先輩は宇野宮さんと似ている部分があるのかもしれない。
「なんとなく……はい。分かりました」
「ふふふ……残念ながら、科学を司る者とは相容れぬ。それに科学使いなのに悪魔語るとか! 私に失礼じゃない?」
(やはり宇野宮さん的にはそうなるか……王道の対立だもんな。後半部分を小声で言ったのは、宇野宮さんなりの配慮なのだろうか?)
バリバリに文明の利器を使っている宇野宮に、今更ツッコミを入れても仕方ないし、ここは黙っておく。
それよりも問題になりそうな事がひとつあっな。メモを取り終えたらしき双子先輩が、俺と宇野宮さんを観察している事だ。
実験では被験者から話を聞くのも当然だろうし、ブロッサム先輩との会話が一段落した今から、きっと尋問されるのだろう。
ようやく話を自分の中で整理し終えて、実は双子先輩が実は滅茶苦茶危ない人達と理解したところだ。
だから今、実はすぐにも離脱したいのだが……双子先輩は獲物は逃がさないという眼をしていた。それに、宇野宮さんも帰る気は無さそうだ。
この部の良心であるブロッサム先輩にも迷惑を掛ける気になれず、俺は先の展開を予想して溜め息を吐いた。
◇◇◇
「後輩~! おいおい~、後輩後輩~!!」
「二人も入部するなんて、春姉さん。どんな手品を?」
正面から見られたり、背後や横に立たれてジロジロと見られている。心地は良くない。それに、お姉さんの方だろうけど、肩を揺さぶってくるのを止めて欲しい。
「おい後輩君達、私が夏海だぞ」
「後輩ちゃん達。私が夏乃ですよ」
「山野です……山野近江」
「我が名は終末を呼ぶ理!! 双子の悪童先輩、どうぞ良しなに」
「宇野宮さんは、宇野宮麻央さんです」
先輩がポカンとする前に、一応の補足だけしておく。この挨拶のくだり……もしかして、新しく出会う人に必ずしないといけないのだろうか。
双子先輩は特に気にしている様子は無い……それが救いだ。
「なぁなぁ、新薬の効果はどうだったんだ?」
「あなた達の感想も一応は聞いておきたいのです」
ノンストップで新入部員の俺達に会話をしてくる二人を見て、ブロッサム先輩は頭を抱えている。ただ、止めてはくれないみたいだ。
双子先輩の質問に対して、出来るだけ自分の感じたままをそのまま伝えた。俺の回答に二人して同じ動きで頷いているが、何を納得しているのかまではさすがに分からなかった。
「まるで精神攻撃を受けている感覚だったわね。耐性の付与される指輪を装着していなかったのが失敗だったわね」
「な、なにー!? そんなものがあるのか? いつ! どこで! 発表された研究だッ!?」
「私の記憶にもそんな代物が発表された覚えは……いや、姉さん。もしかしたらアノ国のアノ実験が継続されていたとすれば……」
(う、宇野宮さんの……中二病が……あらぬ方向へ進もうとしてないか?)
双子先輩は二人でブツブツと何かを話し出した。聞こえはするけど、言っている内容は全く分からない。俺なんかとは『次元』の違う話をしている。
宇野宮さんもある意味『次元』が違うのだが、そっちの方がまだ理解できる。双子先輩はレベルという意味での次元だから……可能性的には頑張り次第で理解できるのかもしれないが、今ですら途方も無い差を感じる。
「夏乃、さっそく研究にいこう! 薬の成分でどうにか『笑い薬』の効果に対抗できないか調べるぞ!」
「はい姉さん。では、後輩ちゃん達、春姉さん。また後日に遊びに来ますので」
自分達で作った毒みたいな薬品の、その効果を打ち消す薬品を作るために双子先輩は文芸部の部室から出て行った。
新しい物は得てして、鼬ごっこの末に生まれるものだが……あの双子先輩は、きっと独自の進化を遂げるであろうと思った。
宇野宮さんの発想力と双子先輩の技術力。実は意外と合う組み合わせなのかもしれない。後処理はきっと俺かブロッサム先輩になるから、上手く歯車が噛み合わなければ良いのにと願うけど。
「まぁ、だいたいは分かったと思うんだけど……あの子達の事は特に気にしないで。ここでは好きな事をしてくれて良いから」
「ふふん! 近江君、放課後は何しようかしらね?」
「ブロッサム先輩、文化祭に向けて~とかは無いんですか?」
「あるにはあるけど……個人で短編や長編の物語を書いて物販してただけだから、もし二人がやりたいなら十月の文化祭に向けて活動しても良いよ?」
なるほど、ユルい。とてつもなくほんわかしている部活だ。
個人的にはとても良い部活に入ったと思う。特に活動しなくても良いのなら、毎日放課後に部室で宿題をしたり本を読んだりすれば有意義かどうかは置いておくとしても、それなりの青春にはなるだろう。
――と、言うのが個人的な意見。個人的なのだ。
今、文化祭という単語を聞いてしまった宇野宮さんが、やる気を出している。あれこれと、何をしようか既に模索し始めていた。
巻き込まれる事は既に決定事項だ。何かをするのが嫌という訳ではないから、きっと俺は流れに乗っかり、流れで手伝うのだろう。
「ここはひとつ……我が前世の記憶を物語に記し、世に出すというのも一興か」
「ってことは、俺は翻訳家になれば良いのかな?」
「どど、どういうこと!? 原文で問題ないでしょ! 原文ママで!」
きっとかなり問題がある。まず、開始数行で読むのを諦める人が続出するだろう。主に、文体的な……言葉遣い的な問題で。
きっと、物語というよりは自叙伝みたいになってしまうだろう。
文化祭での出展ならそれでも問題は無いのかもしれないけど、出来ればちゃんとした物語調にして、文芸部として残せる物にしておきたい。
「宇野宮さん。宇野宮さんの記録が常人に耐えられるとは思わない方が良いかもよ。強すぎると、触れるだけでいろんなものを壊してしまうものだからね」
「な、なるほど……たしかに一理あるわね。いえ、十理くらいあるわ! 常人レベルに落とした物語にしなければ耐えられない……くく、か弱き者共ね」
宇野宮さんの強すぎる『中二病』は、触れるだけで『精神的に』壊れる可能性があるからな、普通の人は。
最近は、宇野宮さんを言いくるめるコツを覚えた俺だ。ブロッサム先輩がチョロい宇野宮さんと俺を交互に見て、笑っていた。
「だから……そうだ! 普通のラブコメとかどう? 最近、ラノベも人気でしょ?」
「ラ、ラブコメ……ファンタジーの方が書きやすそうなんだけど?」
「いや、だからこそじゃない? あえて、苦手な分野で上を目指してみるってのも酔狂と思うけど」
「苦手じゃないわ! むしろ得意分野なんですけど!?」
「ホントに?」
「う、疑ってるの? まさか、世界の全てを手中に収めた私を疑ってるの?」
本当は、ファンタジーでも良いのかもしれない。けど、たぶんきっと、俺も宇野宮さんも過去に書いているのだ。オリジナリティーに溢れる作品を。
これはある種の優しさと言っても良い。
黒歴史に近い作品をもう一度量産するよりは、全く関わりの無い分野に行った方が書く側も読む側も多少マシになるのでは……という優しさ。
ラブコメをチョイスしたのは……まぁ、最近読んでるからというだけだ。宇野宮さんが書けるかどうかは、知らない。だからちょっと、煽ってみようか。
「書けるの? ラブ&コメディーだよ?」
「書けるもん!」
「恋愛物だよ? 難しいかもよ?」
「い、イチャイチャさせておけば良いんでしょ! 簡単よ」
「じゃあ、題材は決まりで良い?」
「やってやろうじゃない!」
はい。これで文化祭に向けてのやる事は決定である。
書くのは宇野宮さんだ、明日からの放課後は静かに活動してくれるだろう。ラブコメは読むかゲームだけで現実とは無縁な俺は、特にする事はないだろう……完璧だ。
何か聞かれても、歳上でモテてるだろうブロッサム先輩を盾にすれば問題は無い。
「ふふっ。仲が良いのね二人は」
「そう……ですかね?」
「くくく、簡単な言葉で表せる程の関係じゃ……」
「あ、宇野宮さんの言う事はあまり深く考えないでください」
「ちょっと! それは酷いんじゃない!?」
部活動の初日――双子先輩との出会いや今後の活動内容を決めた事が八割程度で、残りはただ話をしていたら下校の時間がやってきた。
鍵を返しに行くというブロッサム先輩について行き、職員室の鍵置き場を教えて貰った。その後は校門まで一緒に帰り、ブロッサム先輩とはそこで別れた。
宇野宮さんと一緒に帰りながら、俺は今日の事を振り返って思った。ようやく全てのチュートリアルが終わり、高校生活の本番が始まったな……と。
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