第30話 察する妹様
お待たせしました!
よろしくお願いします!(´ω`)
「ふーん? 思ったより普通の部屋ね?」
「おぉ……そ、そうかな? ありがとう、月見川さん」
「なんで感動してるのよ……」
部屋が普通。それが何を意味するのかと言えば、分かる人にしか分からない。
だから月見川さんに返す言葉は持たないが、ただ自分の中ではちょっとした感動があった。
部屋は基本的に、というか当然だが全てが俺専用で一人用の物ばかりだ。小さいテーブルも無ければクッションだって無い。
床の掃除はちゃんとしているが、木質系のフローリングに座らせるのもどうかと思った俺は、ベッドに座って良いと提案した。
「私は椅子。麻央はベッド、近江が床で良いんじゃない?」
「せめてベッドに腰掛けるくらい許してくれません!?」
――だが、俺の勉強机に自分の鞄を置いて、既に椅子に座っている月見川さんにそう返された。
一瞬でポジション取りをし終えるその状況判断能力は、やはり凄い。ただ、ここが男子の部屋というのが月見川さん的にはやはり気になるのだろう……落ち着いている風に見せようとする努力が感じ取れた。
「ふぅん? 上手く擬態させているみたいね?」
「宇野宮さん……? あまりキョロキョロ見渡されると恥ずかしいからヤメて欲しいんだけど?」
「ふっ……見えたッ!! ちょっとエッチな本はその棚の後ね!!」
「本当にヤメてッッ!? ――いや、持ってないけど本当に荒らさないで!! おとなしく座ってて!!」
本棚へ向けて一歩を踏み出した宇野宮さんを、全力で止める。
分かる。人の家に来たら――特に男子の家に来たらアレな本を探したく気持ちはよく分かるが……見付けても良いことはない。
男子だけの状況なら、ひとつの話題として盛り上がれるかもしれない。だが今は、部屋が地獄になるという結末しかやって来ない。
(月見川さんの目の質が変わる気配がする!! 蔑まれて喜ぶ性癖は俺には……ゴクリ)
月見川さんが普通の女子だからか、それとも学年でもトップクラスの可愛さだからなのかは分からないが、思ったほど嫌じゃないと感じている俺がいた。
別に自分にそういう趣味がある訳では無いのだが……月見川さんに睨まれると怖いけど、冷めた視線は、心にグッと来るものがある。
宇野宮さんに蔑まれるても「同レベルなのに?」という気持ちが先に出てくる。けど、月見川さんはやはり上だから同じ女子でも違った捉え方になるのだろう。
(いや、冷静に分析してもキモいだけだったな。一旦、落ち着こう)
開き掛かった秘密の扉をゆっくりと閉めて、俺は月見川さんに弁明を試みた。
俺の部屋にはそんなおぞましい物は無いと伝えてみたのだが……どうやら宇野宮さんのせいで入ってしまった先入観が強く残ってしまっているみたいで、何を言っても訝しげに俺と部屋を見ていた。
「……で、何するの?」
「何、するんですか?」
「今こそ魔界への扉を開く刻」
「とりあえず、妹さんを待ちましょうか」
月見川さんから俺へと繋がれたバトンだが、どうやら俺のパス相手が間違っていたらしく、バトンを奪った月見川さんが無難に纏めていた。
たしかに妹様が来てくれた方が、今は円滑にこの場が動くだろう。
俺はスマホで妹様にメッセージを幾つか飛ばして、早く帰って来て欲しい旨を伝えた。
――そして十数分ぐらいが経過して、妹様が帰って来た。
宇野宮さんが漫画に手を伸ばし、月見川さんが参考書をパラ読みし始めていた、この何とも言えない空気を打破してくれる存在の帰還に、内心ではホッとしていた。
もっと客人を楽しませるのが接待側としての役割なのだろうが、まだ俺には難易度が高かったみたいだ。
「お兄ちゃん、入るよ~?」
コンコンと部屋をノックした妹様が、白い袋を手に戻って来た。
その声にいち早く反応したのは月見川さんで、何故か立ち上がっている。
「ありがとう」
「ううん、せっかくお兄ちゃんのお友達が来てくれたんだもん。……でも、和菓子で良かったの」
「あぁ、うん。ケーキは食べてきたからね」
――ピクッと妹様の眉が動いた。
妹様に送ったメッセージのひとつは、ケーキを買いに行くと言っていたオーダーの変更である。さすがに連続してケーキは女子と言えどキツいだろうと思って、和菓子へと変えて貰ったのだ。
俺達がケーキを……いや、俺がケーキを食べていた事に関してズルいとでも思ったのだろう。ニコやかな表情を浮かべていても、伝わるものがあった。
「お兄ちゃん、お茶も用意してないじゃん!? 駄目だよ!」
「そ~……れもそうだな。うん。ちょっとお茶を注いで来ますけど……荒らさないでくださ――」
「任せて!!」
「食い気味に!? 絶対信用できないやつだっ!」
「なら、近江と麻央で飲み物を持ってくれば良いんじゃない? 私はそんな事しないし」
(なるほど。たしかにそれなら安心……いや、罠だコレ!!)
まんまと月見川さんの策略に嵌まりそうになったが、妹様の存在を思い出した。
あまりの然り気無さと、気遣い調の言葉からコロッと騙されそうになったが、月見川さんは妹様と同じ空間で、ただ二人っきりになりたいだけなのだろう。めちゃくちゃ魔の手が伸びている。
危ない事は何もない……と思いたいのだが、今の妹様は清楚系である。強気に嫌とは言えない筈で、ペタペタと月見川さんに触られても過剰なスキンシップと受け止めて我慢するしか出来ない。
(いや、待て待て……流石の月見川さんも、初対面の女の子にベタベタはしないか? そこはもう少し信用してあげるべきか?)
月見川さんの視線は妹様に注がれている……はっきり言って、どっちに転ぶか分からない状態である。ちゃんと距離感を保つのか、いきなりグッと縮めるのか。
それはもう妹様次第という事にもなってくるが、妹様が新しい扉を開いてしまうのは困る。兄としては真っ当に育って欲しい思いがある訳で……既に『クソ兄貴』とか言ってしまっているが、それはまだ可愛げの範疇だからセーフだ。
「川渡り問題みたいだな……」
「お兄ちゃん、それって……なに?」
「あぁ……いや、何でもない。未来はここに居て二人とちょっと話しておいてくれ。俺が飲み物を取って来るよ」
誰かが一緒ならセーフ、誰かが居ないとアウトみたいな状況。
俺が居ないと宇野宮さんは部屋を荒し(予想)、俺か宇野宮さんが居ないと月見川さんは妹様を襲い(予想)、妹様と宇野宮さんが居ないと俺が殴られる(予想)。
月見川さんは月見川さんと宇野宮さんはお客様だからお茶を注ぎに行かせる事は出来ない。
――となると、ここは妹様に二人の相手をして貰う間に急いで戻って来るのが正解だろう。
(ま! 見られて困る物は押し入れの隅にあるダンボールの一番下だから大丈夫なんだけどね!)
俺は部屋を出て、飲み物を取りに向かった。
◇◇◇
「それで、お二人はお兄ちゃんとどういう関係で?」
「同朋にして盟友……」
「知り合いの知り合いね。そんな事より、未来ちゃんは何年生なの?」
なるほ……ど? 兄貴は友達と言っていたけど、どうやら違うのは確からしい。
一人は……完全に類は友を呼ぶ状態にある人。もう一人は、美人だから兄貴と仲良くなる理由が分からないタイプ。
イタい兄貴じゃなくなったから、宇野宮さんという人とは距離を置いて貰いたいけど……三人の関係性を把握出来るまでは不用意な行動は慎むべきなのかもしれない。
でも……もし、奇跡的に本当に友達なのだとしたら、面倒だけど私は、良い妹を演じ続けなければいけない。兄貴の為にも、自分の為にも。
「今、中三ですよ! 受験の年なんで大変なんですよねー」
「くくく……懐古懐古。懐かしき……そして忌まわしき記憶ね」
やはり、この人は兄貴と同類か。言ってる意味がまるで分からない。急に『解雇』とか言われてもピンと来ないし。
おそらくだけど……この宇野宮さんという人は、兄貴同様に友達が居ないのだろう。それで、会話が通じる兄貴にシンパシーを感じて行動している……みたいな事なのだろう。
――なるほど、どんどん見えてきた気がする。
「えっと……月見川さんはどうして今の高校を? 月見川さんは頭良さそうなのに」
「え、えぇ……まぁ、いろいろと理由はあるけどね? その、偏差値の高い高校も選べたけど? それだけで決めて良いものじゃないし?」
チラチラと宇野宮さんの方を見ながら、ちょっとだけしどろもどろになっていた。
うーん……もしやとは思うけど、この人はスキンシップが多い系の女子……なのだろうか。
私の友達の中にも居るには居るけど、そこに友達以上の感情は無いと思う。まして、自分の学歴を犠牲にしてまで特定の女子の進む学校に進学する人なんてのは、かなり稀だろう。
(もしかして、お兄ちゃんの知り合いに普通の人は居ない……?)
まさか、ボッチを拗らせ過ぎて知り合いすら変人しか居ないとは……流石に予想してなかった。
高校に入って、まともになって、ようやく普通の兄妹としてやっていけると思った矢先に……。
これは、もう仕方ない。兄貴が変な人達のせいで変な色に染まってしまう前に――もっとパシリにして、妹を優先させる普通の兄貴にしなければ。
「ごめん未来~、ドア開けてくれ~」
「まったく、お兄ちゃんは仕方ないなぁ」
よしよし。これも、貸しの一つにカウントしておきますかね。
◇◇◇
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