第29話 いらっしゃい山野家へ
お待たせしました!
よろしくお願いします!
息巻いて走り出した割には、すぐに立ち止まる宇野宮さん。曲がり角の度に振り返っては、俺となんだかんだでついて来ている月見川さんを待っている。
その姿はとても微笑ましいものの様に思えるが、残念な事に、隣からの威圧のせいで……そんなお気楽な事を考えている余裕は無かった。
「宇野宮さーん。次は右ですけど、もう着くんで待っててください」
これで素直に待つのなら、それは宇野宮さんの偽物である。待たずに走り出した理由は『右』『すぐ近く』の単語をヒントに、表札を探しにでも行ったのだろう。
本当にもう家の近くまで来ている。探しだすのに時間はそう掛からないだろう……だから、俺も走り出した。勝手にインターホンを押される前に止めなければ……と、そう思って。
(決して圧力に耐えきれなくなった訳じゃない……そう。うん、睨まれるし、二人きりだとめっちゃ怖いんだけど)
律儀に、走り出せば追い掛けて来る月見川さんを連れて、俺達も曲がり角を右へと進む。
すると、予想通りも予想通りに……我が家のインターホンを今にも押そうとしている宇野宮さんの姿があった。
「宇野宮さん! ……押さなくて良いですからね?」
「もしや……いや、やはりと言うべきなのかしらね。魔界へと通ずるスイッチなのでしょう? ――えいっ」
何やら可愛らしい声と共に「ピンポーン」とベルが鳴る。
カメラ付きのインターホンなら、その場で宇野宮さんを突き飛ばして何でもない風を装えるのだが……残念な事に家のインターホンにはその機能は付いていない。
まぁ、連れて来ている時点で隠す意味もないのだが、家に入るタイミングくらいは俺に決めさせて欲しかった。心の準備的に。
「どちらさ……あれ? 近江ちゃん?」
「あ、うん……ただいま?」
ドアが開く寸前で宇野宮さんに追い付いたのだが……そのタイミングで、心配性でドアスコープを必ず覗く母さんが姿を現した。やや驚いた表情を浮かべながら、ドアから顔をヒョコっと出している。
宇野宮さんしか見えておらず、一瞬目を離した隙に俺が現れたタイミングだったのなら……そりゃ驚くかもしれない。
呼んだから出て来るのは当然なんだけど、なんか気恥ずかしくなってきた。
(凄い見てる。母さんが宇野宮さん……そして月見川さんを凄い見てる。幻とでも思ってるのかもしれない)
宇野宮さんと月見川さんをご招待したのには、暇を持て余していたという理由だけではなく、ちょっとした個人的な理由も含んでいる。
「お、お友達……なの?」
「あ……うん。宿泊学習で仲良くなって? 今日早めに帰って来れたから? 遊びに?」
「そ、そうなのね。さ、入って入って! 未来ちゃん、大変よ~」
玄関先に取り残された俺達に流れる空気は、気まずいものだった。
宇野宮さんと月見川さんの視線が突き刺さってくる。
「なんか、凄い歓迎されてない?」
「ふ、普通じゃない?」
「いや、まるで初めて友達を連れて来たぐらいよテンションで歓迎されてると思うんだけど?」
「ギ、ギクゥ!? 母さんが大袈裟なだけたよ、やだなぁ~月見川さん。ははは」
危うく月見川さんにバレそうだったが、危機は回避できたみたいだ。
そう……二人を招待した俺の目論みとはつまり『友達を呼んで母さんを安心させてあげよう作戦』である。
中学時代なら「友など要らぬ……弱くなるだけだから、な」とでも言って誤魔化せていたが、今はその手も使えない。安心させたいなら、ちゃんと友達を召喚する必要があったのだ。
「お義母様は、いったいどちらのご出身で? 何族の方なのかしら……それによって礼儀も変わってくるのだけど」
「うん、普通の人だよ」
「でも、私の姿形を見ても驚きが無かったみたいだけど?」
「まぁ……うん。それは、うん。うん……とりあえずどうぞ、入ってください」
先導して玄関のドアを開けて、二人を家に招き入れる。
意外にも宇野宮さんもちゃんと靴を揃えていた。
「これ、近江の小さい頃?」
「そだけど……たぶん、五歳くらいの写真かな?」
家に入ってすぐの玄関にある下駄箱の上には、家族の写真が幾つか立て掛けられてある。
月見川さんはそれを見ているだけで問題は特に無いのだが、宇野宮さんよ方が、周囲をキョロキョロとして落ち着きがない。
「おーい、クソ兄……き」
「ん?」
二階へ繋がる階段の上から声と、一瞬だけチラッとジャージ姿が見えた気がしたのだが、すぐに初めから何も無かったかの様に消えていた。
「あれ? 今……声がしなかった?」
「いやぁ~、どうだろう? 何もー聞こえなかった様なー?」
「我が耳は数百キロ先で落ちた金属の音をも拾う……たしかに何者かの声が聞こえた、と思う」
二人の言う通り……声はした。
その内容はおそらく「おーい、クソ兄貴。帰ってきたならアイス買ってきて」とかだろう。その内容からも、先程母さんに呼ばれた妹様だと予想がつく。
そして、一瞬にして消えた理由もなんとなく察せる。
(妹様もある意味大変だな……)
――二階でバタバタと足音が聞こえている。
忙しなく動いている様子がそれだけで分かる。上で何が起きているのかを理解出来るのは、おそらく俺ぐらいなものだろう。
それがしばらく続いて、ピタッと聞こえなくなった。
そして……バリバリの外用の装いで整えた妹様が、階段を蝶のように優雅に降りて来た。表情を作り、外側だけを完璧にして。
「お兄ちゃんお帰り! そちらの方は?」
(なん……だとッ!? 相変わらず『差』が凄い。これはもしや……天変地異の前触れか?)
普段、俺の事を『クソ兄貴』とか呼んでいる妹様が、嘘でも『お兄ちゃん』なんて言うと、背筋がゾワッとする。
今日は休日。妹様が家に居るという事はおそらく、ジャージ姿で髪をボサボサにしたまま、ずっとベッドの上でゴロゴロと怠けていたに違いない。
さっき、一瞬だけチラッと見えて消えた理由がまさにソレなのだろう。
俺の帰宅と母さんの呼び掛けで一応は顔を出そうとした時、普段ならジャージのままでも良いのだ。
だが、今日は普通じゃなかった。特別というか、異常と言っても良い日だ。
まさか俺が家に人を連れて来るという、誰にも予想の出来ない不測の事態を起こすとは欠片も思っていなかっただろう。流石の妹様も。
だから、油断しきった感じで普通に出て来てしまった。
それで……階段まで来たは良いが、正体がバレる寸前のところで、玄関先の異変に気付いた。空気感か気配かは分からないが、感じ取れる何かがあったのだろう。
それを瞬時に察知して、着替える為にも慌てて自室へと引き返して行った……おそらく、そんな流れだろう。
あの瞬発力は世界を狙える……今にして思えば、そんな気さえしてくるな。
「た、ただいま。こちら、友達の宇野宮さんと、月見川さん」
眼帯が宇野宮さん。少し青っぽい瞳が月見川さんと、妹様に教える。
宇野宮さんのタイミングで顔が少し強張ったのに気付いてしまったが、そこはまぁ……見なかった事にしておいた。
「そうなんですね! ようこそ我が家へ、ゆっくりしていってくださいね」
なんと言うか、対応は驚くほど完璧だった。兄を立てる理想の妹像そのもの――と言っても良いだろう。
成績は優秀、運動能力も高く、おまけに近所でも可愛いと評判の妹様。
ただ、ちょっと他人の目が無くなると自堕落が過ぎるが、そんなものは豊かな才能の前では無意味に等しい。特に演技力は群を抜いて優秀な妹様は、ただ隠せば良いだけなのだから。
「か、可愛い……!!」
「いえいえ、そんな私なんて! 月見川さんや宇野宮さんの方が大人っぽくて羨ましいですよ~」
「ふっ……」
単純に可愛いもの好きな月見川さんは、出会った瞬間にノックアウトされてしまったっぽい。
宇野宮さんも褒められるのが嬉しいのか、口元がニヤケていた。
妹様の裏の顔を知っている俺としては、後で『友達相手に良い顔をしてあげた』事に関しての代価を支払うことになるのだろうと、もう既にビクビクし始めていた。
「近江ちゃん、どうしましょ……良いお菓子が無いんだけど。お煎餅しか無いんだけど……」
「あっ、それなら私がケーキでも買ってくるよ!」
「そ、そう? じゃあ、未来ちゃんお願いしてもいい?」
「うん! お兄ちゃん、部屋で待っててね。すぐに買ってくるから」
冷や汗が流れた。妹が自ら買い物に行くという選択肢が存在するのかという驚きから流れる汗だ。
母さんの落ち着きが無くなるのは想定内ではあったものの……妹様の対応が神過ぎて、なんだか怖くなってきた。
「未来ちゃん……か」
「人の妹の名前をしみじみと呼ぶの、やめて貰っていいですかね?」
月見川さんの視線が妹様から離れない。母さんからお金を受け取って今まさに家を出ようとする妹様を、ジッと見ていた。
「お義母様、貴女からとてつもないオーラを感じるわ……」
「ほぅ……その瞳は飾りでは無いようね。その瞳……? ま、まさか貴女は!!」
こちらはこちらで、とても面倒臭く――次回へ続きそうな台詞の終わりがやけに気になるのだが――割り込めば心が抉られそうな予感がして、触れることはしなかった。
普段はノホホンとしている母さんが、どんなノリにも対応してしまう様になったのは俺のせいだ。だから今、とても恥ずかしくてどうする事も出来ないのであった。
「部屋は上なんで……二人共、来て下さい」
「ちょっと、妹さんについて聞いても良い? 近江の良い所なんて、未来ちゃんのお兄ちゃんって事だけじゃない?」
「お義母様、ではまた後で……アデュー」
とても失礼な月見川さんと、いつの間にか母さんと話が楽しそうな宇野宮さんを引き連れて部屋へと向かう。
ようやく肩の力を抜いて、一息つけそうだ。まだ、妹様の件は保留状態ではあるけども……。
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