第27話 興味をもってあげようよ、宇野宮さん
お待たせしました!
よろしくお願いします!
学校を出てからも、特に何かを話すという訳でもなく、ただ二人で歩いていた。
「誰かが……ついて来ているわね……」
宇野宮さんが独り言――意味深だが、いつもとなんら変わらない事――を途中で呟いた以外は、お互いに口を開く事は無かった。
聞きたい事はあるけど、突っ込んだら負けという気がして、宇野宮さんに対して何も聞かなかった。
無言のまま駅について、そのまま電車に乗る。当然の様に、宇野宮さんは隣に居る。
(本当について来る気か……?)
宇野宮さんが本来乗る電車は、今乗り込んだ電車ではなく反対側へと行く電車だ。
改札を抜けて……いや、学校を出た時点で薄々は感じていたが、どうやら俺の行く場所へついて来るらしい。
昼過ぎに終わった学校で、帰れる事に対してみんなが浮かれ気分なのは分かる。俺も少しテンションは高めだ。
だから、珈琲店で一人優雅にティータイムでもと思っていたのに……今から疲れる予感で既に精神が疲労し始めていた。
何より、無駄話が無いのが逆に不気味だった。
いつもの宇野宮さんなら押し寄せる波の如く喋る筈なのだが、今はとても大人しい。
いつもこうならば……と、思うほどに静かであった。
日曜日の午後。やや混雑している電車に俺と宇野宮さんは座れずに、ドア付近に立っていた。
少し高い位置にあるつり革に、宇野宮さんも伸ばせば手は届く筈なのだが……疲れるからなのか、隣に居る俺の服を掴んでいた。
ようやく電車は動き出して、宇野宮さん側へとやや傾いた。
一駅越えて、二駅目。言わなくて良いのかも知れないが「ここです」と言ってから電車を降りて行った。
「ちょっと待ちなさいっ!!」
後ろから聞こえて来たそんな声に、周囲の人も含め数人が振り返った。
月見川さんが居る――それ以外に異常は見当たらず、不審者が現れたとかじゃなくてホッとした俺は、前を向いて改札へ行こうと一歩踏み出して、止まった。
「……えっ! なんでっ!?」
そして、再度振り返ってそう言った。そこには異常しか無かった。
宇野宮さんが言った『誰かついて来ている』発言は、どうやら嘘じゃ無かったっぽいな。
「……ぅえっ!?」
「行くわよ、近江君! 逃げなきゃ」
俺の服を引っ張りながら走り出す宇野宮さんを追う様に、俺も走り出した。
この駅で降りた人はそう多い訳ではなく、間をすり抜ける様にして改札を出ていった。常識人の月見川さんは流石と言うか……改札を抜けるまでは走らずに、抜けてからダッシュしてきた。
「ひぃ……ひぃ……」
「息切れするの早くない!?」
「麻央ー! 女誑しー! 待ちなさーい!!」
すんごい悪口。風評被害も甚だしい……というか、地元を歩けなくなるから今すぐ止めて欲しいのだが。
土地勘の無い宇野宮さんの後をついて行くというか、むしろ追い越して手を引っ張って走り出す。
「もう……無理。近江、君。わた……私を置いて……行って……」
「バカ野郎!! 無理でも走るんだ! 諦めんなよっ!!」
息を切らし、大量の汗を流す宇野宮さんを励ますが、どんどん走る力は失われていき……ついに立ち止まってしまった。
「ちょっと……何で逃げんのよ」
「最もな疑問だけど、その、ハァハァ……一旦待って」
運動能力の高い月見川さんは、余裕そうに見える。だが、俺や宇野宮さんは時々嗚咽するくらい一気に疲れていた。
汗も流れる。最悪な気分だ……根本的な事を言うと月見川さんが居たのが原因。つまり、月見川さんのせいで疲れているという訳で……。
「月見川さんの……せいですね……」
「はぁ!? 急に走り出したのはそっちでしょ?」
「月見川さん……が、居たのが……悪いので」
「それでも、走らなくて良いじゃない!」
「月……名前が言いづらいっ!!」
段差部分に座って、完全に尽き果てている宇野宮さんの代わりに話してはいるものの、俺もまだキツい。
『つきみがわ』の五文字すら言うのが面倒だ。たしか……月見川さんの下の名前は『秋羽』だったはず。三文字か。
「秋羽さん……どうして……居るの?」
「ちょ!! 呼んで良いとは言ったけど、どのタイミングで切り替えてるの? 空気読みなさいよっ!」
「今だけ許して……」
「はぁ……まぁ、良いわ。私が居るのはアレよ、近江が麻央を連れ去っている様に見えたから追い掛けてきただけよ?」
当然でしょ? 普通でしょ? とでも言いたげな顔で、あっけらかんとストーカーしてましたと言い放った。
後をツケられていた事に俺は、全く気付けなかった。とんでもなく恐ろしいスキルを所持している様なので……とりあえず警戒心を強めておいた。
宇野宮さんの事になると視野が狭まるというのは理解していたが、予想を遥かに越える変態なのにはただ単純に驚いている。
「よし……とりあえず誤解も解けただろうし、近江はもう帰って良いよ」
「あんたが帰りなさいよ! この、ストーカー川!」
「なっ!? 麻央、まさか近江と何処かに行くつもりじゃないでしょうね?」
「ふぅ……ふぅ……あんたのせいで疲れたから、喫茶店に行く予定に変更よ。近江君、案内よろしく。ついでに言うと……私は動けないから、その、助けて」
息も絶え絶えで、死にかけの様相をしている宇野宮さんが頑張って月見川さんを撃退しようとしている。
ただ、悲しい事に迫力らしきものは一切無いのだが。
ここまで避けられて、何故驚いた顔が出来るのか。月見川さんの生態についても気になる所だが、たしかに今は宇野宮さんの介護の方が優先だろうか。
椅子に座らせて何か飲ませないと、可哀想になってきたし。
「鞄は持ってあげますから、歩けますか?」
「あ、歩くから……歩幅合わせてね? 誰かのせいで疲れたから」
「うっ……」
「ゆっくり行きましょう。誰かのせいで疲れましたし」
「ぐぐっ……」
チクチクと幼稚な仕返しをしながら、場所を喫茶店へと移した。
都合良く空いていた店内のテーブル席へ案内してもらい、宇野宮さんを座らせた。
「暇なんですか?」
「別にー」
ようやく普通に話せるぐらいに回復したところで、一緒に来た月見川さんに聞いてみるも、返って来た答えはシンプルで素っ気ないものだった。
「宇野宮さん、何飲みますか?」
「カカオ」
「ココアですね。月見川さんはどうします?」
「私は……えっと、アイスカフェオレ」
「じゃあ、俺はケーキセットにでもするか」
「「ちょっと待って?」」
おぉ、珍しく息がピッタリだ。だが、二人の顔は気まずさと嬉しさみたいな反対の顔をしていたが。
「えっと、何か?」
「一人だけケーキってズルくない?」
「あぁ、そういう……。言わないからてっきり要らないのかと」
「近江君……私は、カカオケーキを……」
「チョコレートケーキですね」
「私はチーズケーキで」
「はいはい……じゃあカウンターで注文して来ますね」
俺は一人で席を立って、店の入り口近くにあるレジで注文をした。この店は先に注文と会計をするよくあるタイプで、とりあえずは三人分の料金を俺が纏めて払っておいた。
席に戻り、宇野宮さんの横に座る。反対側に座る月見川さんから睨まれるが、何だかそれにはもう慣れてきた気がする。
「…………」
「…………」
「…………(会話がない!!)」
気まずさだけが、場を支配していた。
宇野宮さんはうつ伏せているし、月見川さんはスマホを取り出して操作している。
俺は手持ちぶさたで店内を見渡していたが、それもすぐに飽きた。
「あの……宿泊学習の時の一組の雰囲気はどうでしたか?」
三人共通の話題を考えると、直近だと宿泊学習の件しか思い付かなかった。かと言って、それについての宇野宮さんの様子はだいたい知っているし、必然と月見川さんに話を振る事になった。
「男子は知らないけど、女子はまぁ……仲良いんじゃない?」
「へぇー」
「……近江が話を振ってきたのに、その反応はどうなの?」
「す、すいません。会話はそう得意じゃないもので」
「ふーん。そう言えば……誰だったかな? 三組に格好良い男子が居た、って話題を夜に出した子が居たわね」
ほぅ、三組に。やはり女子側でも夜はそういう話題になったのか。
俺らの部屋もそれなりに盛り上がったし、いろんな女子の名前は出たが……逆に、自分達の名前が女子の話題に挙がっているとかは考えなかった。
もし、仮にだが……どこかの女子が俺の名前を挙げてくれていたとするなら……それは男子としてはとても嬉しく事だし、なんならちょっとドキドキする。
「ふむ。どこの部屋でもそういう話題が上がるのですね。月見川さんは聞き手に回っていたのでしょうか? 然らば、その詳細だけでも教えていただけたら嬉しく想うのですが……」
「急に饒舌だし!?」
「おっと……つい。すいません」
「まぁ、三組って事しか覚えてないわね。興味も無かったし」
「そ、そうですか……」
「えぇ……そんなに凹む事?」
俺の名前では無かったかもしれない。その可能性は十分にあるのは理解している。
だが、万が一にも俺だったら? という期待があったのに、返って来た言葉は「覚えていない」だ。少し残念な気持ちになるのも仕方ないだろう。
上げたモノを落としたら、そりゃ凹みますよって。期待値というかなりの高さまで上がってしまえば、落とされた時の凹み具合も相当ですよって……話です。
「お待たせしました。カフェオレとチーズケーキのお客様」
「はい、私です」
「ココアとチョコレートケーキのお客様」
「あ、こっちに」
宇野宮さんを起こして、ココアとチョコレートケーキを配膳してあげる。自分のアイスコーヒーとモンブランも並べて、俺達は各々で食べ始めた。
疲れきった体に、冷たいコーヒーと甘いモンブランが染みていく。
「宇野宮さん、そろそろ回復しました?」
「あーん……」
「ちょっ!? 麻央、何で近江に食べさせようとしてるの! ふ、不潔よ……って! あんたも何普通に食べようとしてんのよっ!!」
「え? いや、反射的に?」
差し出されたチョコレートケーキが目の前にあるのに、月見川さんがやいのやいの止めに来ている。
「これは、荷物を持ってくれた褒美……味わうと良い」
「では、一口……おぉ! イケますねチョコレートケーキ」
「麻央……な、何で近江ばっかり!!」
「褒美と言ったであろう……あんたは、今のところ余計な事しかしてないから!!」
「ガーン……」
月見川さんがガーンと言うタイプだった事に、こっちがガーンって気分だ。でも、どこかの誰かには需要があるかもしれないな。
見た目は良くて頭も良い……才色兼備なのに「ガーン」と言っちゃうタイプという、ね? 無いか、無いな。
「まぁ、元気だしなよ月見川さん。宇野宮さんも間違った事を言っている訳じゃないし」
「うぐっ……。それはつまり、近江も私を役立たずと思っているという訳ね?」
「あ、いや、その……違うよ? ただ、これから役に立てば宇野宮さんの評価も変わるって話です」
「本当に?」
「えぇ、月見川さんは優秀ですから。すぐにでも宇野宮さんが頼りにしだしますよ」
――とは、言ってみたものの。当の宇野宮さんがこちらの会話に全く興味を示していない事からも、俺が言った事が本当か嘘かは分かったもんじゃない。
(もう少しくらい幼馴染に興味を持ってあげようよ、宇野宮さん……)
月見川さんはすっかり信じ込んだのか、少しだけ表情に笑顔が戻っていた。
そこからしばらく、ケーキを食べ終わるまでは宇野宮さんも月見川さんも、静かなままだった。
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