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第26話 忍び寄る宇野宮さん


お待たせしました!

よろしくお願いします!




 


 ――宿泊学習の最終日。

 今日は昼前に帰る予定になっている。午前中は勉強の時間となっていたのだが、それがたった今、終わりとなった。


「みんな、部屋に戻ったら荷物を持って体育館に集合してくださいね。施設長さんから別れの挨拶があって、バスに移動になるのでトイレは先に行っておく様にしてください」


 先生が言い終わって、俺達は動き出した。一人で先に戻る人も居るが、大抵は誰かと一緒にだ。

 それを考えると、今回でだいぶ生徒間の距離が縮まったのではないかと思う。俺も一部の男子と仲良くなれたし、結果的には良かった。


「お、近江君……ちょっとま……」

「何でそんなに精神力が削られてるんですかね……」

「そもそも、勉強って本当に必要なの? 絶対に要らないわよね?」

「勉強嫌いな人からしか出ない発言ですよ、それ。とりあえず、早く戻りましょうか」


 グダグタと勉強に対する不満が止まらない宇野宮さんを連れて、俺も戻っていく。

 不意に宇野宮さんが発言する「……背後に誰か居るわね」や「私、この戦いが終わったら母さんのアップルパイを食べに実家に戻るの……」というのにも、ちゃんと乗っかりながら。

 ――仕方なくとかではない。もうただの慣れ、という話だが。


「じゃあ、宇野宮さん。また後で」

「うむ。では……さらばだッ!!」


 部屋の近くで一旦別れる。仰々(ぎょうぎょう)しい別れの挨拶も、きっとアニメ脳がそうさせるのだろう。

 ただ、またすぐ会うから言うだけ恥ずかしい……と思いはしないのだろうな、宇野宮さんは。その精神(メンタル)だけは尊敬する。精神だけは、な。


 自分の使っていた部屋に戻ると、みんな出発の準備は終わっているのか、何もしていなかった。いや、正確には野田君を囲っているのだが、まだ何もしていない。


「お、来たか近江。野田が情報を掴んだらしいぞ」


 大輝の言葉に、野田君って凄いのかヤバイのか判断が難しくなった。

 情報を集める早さは凄いと言って良いのだろうけど、方法がもしかしたら何か違法的な……と考えるとヤバイが勝つ。

 そんな中で、俺が帰って来るのを待っていたかのタイミングで野田君が口を開いた。


「あ、えー……付き合ったという件は、本当らしい」

「マジかよ!」

「はぁー……えぇ? いや、はぁ……」

「誰!? 結局、誰と誰の話なんだ?」


 反応はまちまちだが、みんな一様にテンションが下がっていた。

 だが、野田君が「ただ……」と言ったところでまた静かになる。


「同じ中学から進学した二人がくっついただけらしい。五中の人みたいだね。そのくらいしか調べられなかったけど……」

「よし! じゃあ、そろそろ体育館に移動するか」

「だな。はぁ、心配して損したぜ」


(急に!? みんな的に、同じ中学ならセーフなのだろうか……)


 テンションの切り替えに驚いたが、変に落ち込んでるよりは良いかもしれない。

 みんなが鞄を持って部屋から出るのに遅れない様に、俺も準備を急いで済ませて後をついて行く。ただ、二日間寝させて貰った部屋を最後に振り返ってもう一度見た。少しだけ感謝の気持ちが沸いて出た。


「帰りのバスで何かする?」

「何かって?」

「何かは……何かだろ」


 帰りのバス。きっとまた宇野宮さんが来るだろうと、予想が付く。

 だから前もって、自販機でお茶を買ってから体育館へと向かった。


 ◇◇


「えー、では皆さん。またこの施設を利用する機会があれば、その時はよろしくお願いします」


 施設長の話が終わって、全員での『ありがとうございました』を言うと、施設長は体育館から出て行き、代わりに先生が前に出た。そのままホームルームに入るらしい。

 特に言うことは無いのか、主に伝えられたのは、明日は普通に登校という事だけだった。


「では、一組から移動をしてください」


 移動が始まり、俺達はバスに乗り込んだ。

 帰りは最初から好きな席へ座って良いという事になっていた。

 それはつまり、最後尾の俺は余りの席に座るしかない訳で、余っている席は誰かの隣しかない訳で……自然とその形が作られたのか、クラスメイトが意識してかは分からないが、彼女の隣は空いていた。

 だが、野田君の横も空いている。これは、試されてるのか……。


「山野君? 早く座りなさい?」

「あ、はい」


 俺は座った――宇野宮さんの横に。表情を変えずに、スマートに。


「ンフー、ふふふ」

「な、なに? 気持ち悪い笑い方して」

「き、きも!? 失礼よっ!」


 他のクラスメイトは特にこちらを気にしてはいないだろうが、反対側に一人で座る野田君は、こちらを見て笑っていた。

 何だか弱味を握られた感じがして、落ち着かない。野田君みたいな人は、やはり敵に回すと厄介だな。


「はい、お茶。お茶飲んで落ち着きな」

「う……ん。き、気が利くわね! ングッ、ングッ……ぷはぁ! はい、ありがとう」

「あー……え? いや、返さなくて良いけど?」

「ん? でも、これ近江君のでしょ?」


 ま、眩しい。真っ直ぐな瞳がとても眩しい。

 間接が云々(うんぬん)……そう思った俺の心が汚れているかの様に感じる。いや、でも思春期だし。おかしいのは俺じゃないはずだ。

 嫌じゃない、ただ気になっただけだ。そう……嫌じゃ、ない……けど、つまり、そうだ。俺は嫌なのだ。自分が気にしているのに、宇野宮さんが(すま)まし顔で特に気にしてない様子なのが。


「宇野宮さんが口を付けたお茶、飲ませていただきますね」

「なっ……!! やっぱり、返して!」

「はっはっは。ちょっとした意地悪ですよ、返します」


 宇野宮さんがお茶を奪うかの様に俺から受け取って、腕の中へと隠した。

 宇野宮さんへ、男子の怖さを知らせるという啓蒙(けいもう)活動もそこそこに、バスが出発し始めたら静かに外の景色を楽しんだ。

 ただ、窓側に宇野宮さんが居るから、他の人から見たら勘違いされそうな光景だ。俺が宇野宮さんを見詰める形になってしまっている訳だし。

 何も期待していないのに、何かを期待されてるとでも思ったのか、小さくポーズを変えてはアピールをしてくる。


(じゃ、邪魔だ……チラチラと目が合うから景色が、景色がぁ……)


 それなら景色を見なければ良いという話だけど、暇なのだ。やはり、移動は暇なのだ。

 宇野宮さんと話すのもアリだが、絶対に酔うに決まっている。かと言って、寝る程でもない。だから景色だ。


「うん、綺麗だ」

「えっ!? やっぱり、このポーズが良いの!?」

「いや、海の話」

「……そう。むぅ……私はちょっと、寝るわ」


 窓の方に体を向けている宇野宮さんだが、窓に映る宇野宮さんと目が合う。

 慌てる様に目を閉じたのを見て、あまり窓の方を向いていたら落ち着かないと思って、前を向いて俺も目を閉じた。

 行きよりも何故か遅く感じた帰りのバスだったが、時間的には行きと変わらず目的地である学校に辿り着いた。

 宇野宮さんを揺り起こすと「フニャフニャ」言いながらも眠りから目覚めた。


「ほら、着きましたよ」

「うぅ……ん? もう?」

「後は帰るだけですから頑張ってくださいっ! 行きますよ!」

「仕方ないわね」


 何が仕方ないのかを問いただす時間も無駄だと知っている俺は、みんなが降りていったバスから宇野宮さんを引っ張り出す感じで、連れ出した。


「セバス、迎えを呼んで」

「かしこまりました……って、まだ寝惚けてるんですか!?」

「でも、お決まりでしょ?」

「はいはい。アニメ脳乙です。ほら、自分の荷物も持って! 月見川さんに言い付けますよ」

「モブ川はお呼びじゃないわ!」


 ついにモブと化した月見川さんだが、そんな事は気にする場合でもなく……とか言ったら本当にモブ川さんになりそうだが、今は集合に遅れる訳にもいかない。やや急ぎめに集団に加わっていった。


「では、ここで解散になりますが! 寄り道などせず真っ直ぐ帰る様に! では解散してください!!」


 拡声器を使った先生が、たった一言簡単に告げて、長いようで短かった宿泊学習のオリエンテーションは終わりとなった。

 各々、同じクラスや他のクラスの友達と集まって帰って行く。


 ――俺はまだ、その場に立ち尽くしていた。

 誰かを待っている訳ではないが、一番に帰るのもどうかと思って。もしかしたら、誰かが一緒に帰ろうと誘ってくれるかと思っていたが……野田君も大輝も挨拶はしてくれたが、先に帰って行った。


 ポツポツと帰って行く後ろ姿の数も少なくなってきた頃に、俺も諦めて帰る事にした。

 地面に置いていた鞄を肩に掛け直して、歩き出す。太陽がまだ傾く前に帰れるなんて、よくよく考えればレアな体験かもしれない。

 まぁ、日曜日だし学校には俺達以外の学生は居ないんだがな。


「どこか寄っていくかね」


 先生に言われた「寄り道せずに」という言葉は、覚えているが学校を離れた瞬間に無効になると思っている。

 なら、善は急げだ。学校最寄りの駅周辺だとこの辺りに住む同級生に会う可能性があるし、少し離れた大きめの駅だとそれはそれで人が多い。そう考えて、おそらく利用している人は少ないはずである二つ先の、自宅最寄りの駅まで戻る事に決めた。


「さて、帰るか」

聖域(サンクチュアリ)へ!!」

「……よし! 帰るか!」


 何も見ていない、何も聞こえない風を装って、帰る勢いから仕切り直して俺は歩き出した。

 後ろから誰かがついて来ている気配があるが、気にせず駅へと向かった。


(うん。もう、隣を歩いてますね!)





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