第25話 そういう事
お待たせしました!
よろしくお願いします!
◇◇
「ヘイヘイ! パスパス!!」
「そっち、空いてるぞ!」
「お~、ほぉ~」
ついに始まったバスケのトーナメント戦。
予想通りに代表入りしなかった俺は、コート全体が見える体育館の壁際上部に設置されている、狭いギャラリーへと足を運んでいた。
下から見ている生徒も多くいるが、ここぞとばかりに上に来た生徒も多く、少し窮屈になっていた。隣の人と肩が触れ合うくらいに……。
「おぉ! 下々の者共も、中々に我を楽しませてくれる……」
先程から、人一倍試合の展開を楽しんでいるのは間違いなく宇野宮さんだろう。
何故、女子のバレーの方の試合を観てないのかは疑問である。たぶん、男子だけではなく女子もそう思っているに違いない。
こういう時の個人プレーは、一般的な女子の間で御法度的なイメージがあるだけに、それで良いのかと心配になる。
宇野宮さんは普通じゃないとしても、陰で『男に媚を売っている』だとか噂でもされたら、過ごしづらくなるだろうに……。
「宇野宮さん? さっきも言ったけど、女子の試合を観戦しなくても良いの?」
「じゃあ、一緒に行く?」
「それは……紅一点ならぬ黒一点は目立ち過ぎるし?」
「つまり、そういう事よ」
「なるほ……ん? いや、違くない!? 絶対違うよねぇ!?」
危うく『そういう事』という、何ともフワッとした言葉に本質までもが流されそうになった。
宇野宮さんが言った事――それつまり、自分で自分が目立っていると言ったも同様なのだ。
だと言うのに、勢いと表情、それに俺が先に言った否定に被せる事で否定を強調した事で、危うく騙される所だった。
これは、妙に自信あり気に話す宇野宮さんの、気を付けなければいけないポイントの一つである。
まぁ、便利なお茶の濁しワードはともかく。
宇野宮さんに関して頼みの綱である月見川さんなのだが、彼女自身の弱点である男子が多いこの場所には近寄って来れず、戦力外となっている。
戦力外と言っても、俺や宇野宮さんと違ってトーナメントに出ている側の人だから、本当に戦力外なのはどちらかと言うと俺等である。
(……自力でどうにかするしか無いよなぁ~これ)
女の子連れで試合観戦する事で既に、他の男子からの視線が痛い。この状況をどうにかしたいのだが、その良い方法が思い付かない。
言葉でどうこうしようとすれば、さっきみたいに受け流されるだろう。かと言って強引に連れていくのもどうだろうか……と尻込みしてしまう。
ただ、なるべく早く解決しなければいけない状況でもあるのは確かなのだ。
(隣とはまだ少しスペースあるよね? 何故こうも肩が密着するんだろうか……)
窮屈とはいえ、身動きひとつ出来ない程ではない。むしろ、女子である宇野宮さんに気を使ってだと思うが、その隣に居る男子は特に間隔を開けてくれている。
なのに、ずっと肩が密着しているのだ。つまり、宇野宮さんに女子の方に行って貰いたい本当の理由は……ざっくり言うと、そういう事なのだ。
自分の顔が熱いのは、会場の熱気のせいだと思う……思いたい。
背後で背中合わせとはまた違う、隣で顔が見えてしまうこの立ち位置。それが、どうもむず痒くてソワソワとして、落ち着かなかった。
時間をカウントしていた機械から、一際大きな試合終了の音が鳴り、我ら三組の勝ちという結果でこの試合は終わりを告げた。
ただ、優勝するのはバスケ経験者らしき人物が三人は居る一組だろう……というのが、大方の予想である。それは、試合をしてる本人達の方がよく分かっている事かもしれないな。
「……宇野宮さん。男子の中で女子一人って大丈夫なの?」
「全然平気よ」
「そう……なんだ」
自分が女の子慣れしていないから、宇野宮さんもそうだろうと勝手に心の中で決め付けていた。
それが平気と言われて、驚いたのが少しと宇野宮さんらしいと思ったのが少しと……何故か凹んだのが大半だった。
どこでも自分らしく在るのが宇野宮さんだし、相手が男子だろうと女子だろうと違いはないのだろう。
だから、俺は……まだ自分のイメージを重ねて宇野宮さんを知った気でいる事に凄く凹んだ。
まだまだ知らない事ばかりなのに、想像なんて越えていく人なのに、過去の自分と同じだろうという安易なレッテルを貼っていたことに……申し訳なさが出てくる。
「勘違いしないでよ?」
「――え? な、何を?」
何か勘違いしていたのか、反射的に言葉を返してから考えた。
自分では正解に辿り着くことも出来ずに、結局は宇野宮さんの言葉を待ったのだが……中々、その言葉が口から出てこない。
口が開いては、すぐに閉じる。それを数回繰り返して、ようやく出た言葉はとてもか細く、小さく、吐息の様にすぐ消えてしまいそうな声だった。ただ、俺にはハッキリと聞こえていた。
「近江君が、居るから……よ?」――――と。
そう言った宇野宮さんは、静かに俺とは反対側へ顔を向けた。言われた側の俺も……なんか、自然と宇野宮さんとは反対側を向いていた。
ただ、何かを言わないといけない。そんな感覚はあった。
それなのに俺の頭の中は、言わなくてもいいような事ばかりが浮かんでしまう。
だから、うん。これは仕方ないのだろう――恥ずかしさとかも加わって、聞こえなかったフリをしてしまった事は。……だって男の子だし。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
「い、言わない! 聞こえなかったならそれで良いからっ! 別に何でもないからっ!!」
自分で言っておいてなんだが、照れ隠しに意地悪をしたくなるとは……我ながら子供っぽいと、そう思った。
少し意地悪が過ぎたせいか、午後のオリエンテーションが終わるまで宇野宮さんは、顔を合わせてくれることも、喋ってくれることさえも無くなってしまった。
ただ、それでも最後まで一緒にバスケを観てたのは、宇野宮さんも引くに引けなかったからだろうな。
◇◇
食堂にて、男子も女子もトーナメントで優勝した一組の明るい雰囲気は当然だが、他のクラスが落ち込んだ雰囲気かと言えば、そうでもない。
みんな割り切って、負けた事よりも楽しかった事だけを話し合っている。
そんな中で、宇野宮さんはまだ俺が意地悪したことを根に持っているみたいだった。話してくれる様にはなったのだが……まだどこか、プンスカしているみたいだった。
「トマト!!」
「はいはい、食べてあげますよ」
「ナスの漬物!!」
「はいはい、それも貰いますよ」
晩御飯に出た苦手な野菜を、全部渡してくる。高校生だから好き嫌いなく……と言いたいが、俺も嫌いな食べ物はあるだけに何とも言えなかった。
だから変わりに、別の事を言っておくことにした。
「宇野宮さん、今日はメールするから」
「……ふんっ!」
そっぽを向かれてしまったが、食べれる所だけ厳選した晩御飯をすぐに食べ始める宇野宮さんだった。
俺も遅れない様に食べ始めたのだが、やはり食の細い宇野宮さんは食べるのが遅く、あっという間に追い越していた。
他の人もぞろぞろと部屋へ戻りだして、俺も立ち上がった。
「先に戻ってるから、連絡くださいね」
「モガモガ……!!(分かったわ)」
宇野宮さんに一声掛けて、何と言っているか分からないけど返事らしきものを聞いてから、今日の分のプリントを取って部屋へと戻って行った。
明日の午前中は勉強、昼頃に帰ることを考えるともう終わりという寂しさがある。何だかんだで仲良くなれた人も多いし、良いイベントだったとそう思う。
「あ、近江。今日も麻央を連れ出すなんて、良い度胸じゃない?」
「ははっ……」
仲良くどころか、敵対関係になった人も一名居るが……まぁ、それも含めて良かったという事にしておきましょうかね。
俺は逃げる様に自分の部屋へと走った。
そして――深夜になろうとする頃。
宇野宮さんからのメールも十時くらいにパタッと止まり、寝落ちしたのだろうと思ってから二時間。
俺達男子は、まだ起きていた。明日の起床時間を考えると、そろそろ寝なければキツいだろうに、誰もまだ寝ていなかった。
月明かりを頼りに、俺達は声を潜めて話し合いをしていた。議題は……『隣のクラスで既にカップルが出来た』という事についてだ。
その情報を持ってきたのは野田君で、かれこれ長いこと話し合っていた。
全会一致で『ガセネタ』という結論は出ているのだが、もし仮に……という話になり、その方法を話しているのだ。
「でもやっぱり、入学から一週間少しじゃ無理だろ?」
「そうは思う。だが、元々同じ中学と考えれば……」
「だとしたら、それはノーカンという事で良いのでは?」
「それが違うとすれば、の話じゃなかった? 山野と宇野宮の事を忘れてはいけない」
「あぁ、その件のせいでここまで議論が長引いているんだからな」
という事で、眠たいのだが先に一人で寝るわけにもいかず、発言はしないが話し合いには混ざっていた。
どうも、俺と宇野宮さんの距離が近すぎるという案件が、ガセネタと思いたい心を揺さぶっているらしい。どうしようも無いのだが、何か発言しようものなら槍玉に挙げられるだろうし、俺はひたすら沈黙を保っていた。
「あ、明日……本当の所を探ってくるよ。相手の女子も含めて」
「おぉ……任せたぞ野田」
「その一言を待っていた。頼むぜ」
俺も野田君のその一言を待っていた。これでようやく、寝れるからな。
みんな、自分の事よりも他の人の恋愛事情に興味深々過ぎて、何だか本末転倒的な事になっているのではないだろうか。
そんな事を思いながら、目を閉じて、夢の中へと旅立った。
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