第24話 為せば成る!
お待たせしました!
よろしくお願いします!
クラス毎に朝食の乗ったプレートを受け取りに行き、提出するプリントも先生に渡して、俺達は揃って「いただきます」をした。
朝食らしい朝食だ……と感じる朝食を食べ終えてから、八時前に朝のホームルームとなった。
今日の予定を先生が話すだけの、簡単なホームルーム。午前中はこれから勉強タイムだが、なんと午後は、体育館でスポーツの時間になるらしい。
体育館でするスポーツなら、おそらくバスケかバレーだろう。もしかすると、ドッジボールという可能性もある……体育館で行う団体スポーツはそれくらいだろうしな。
「スポーツ……ふふっ、ふふ、ふ……」
「運動苦手だもんね」
「侮らないで、勉強もよ」
「自己申告、お疲れ様です」
隣で、嫌がった表情を浮かべて乾いた笑い声をあげる宇野宮さん。
強がってみせた発言も、その中身は褒められたものじゃない。
授業ではなく、配られたプリントを解いていくだけの時間になるらしいが、宇野宮さんが寝ないか心配である。
「では、各自部屋に戻って勉強道具を持って、八時二十分までには別館の教室へ移動する様に」
入口に近い場所に座っていた一組からぞろぞろと食堂を出ていく。
宇野宮さんもトボトボと足取りが重そうだが、部屋へと戻って行った。それに次いで、俺もいつの間にか隣に居た野田くんと共に部屋へと戻って行った。
◇◇
「はい、じゃあそこまで! プリントは後ろの人から前に回してください」
八時三十分からスタートした勉強の時間も、これで最後だ。
五十分のペンの音しか許されない静寂な時間と、十分の休憩時間を繰り返して、ようやく昼休みに突入した。
この後は昼飯、そして着替えてから体育館集合となる。
迷うこともなく部屋へと戻り、鞄を置いたらすぐに体操服へと着替えた。
今更だが、先生達の作った予定表の時間の間隔が中々にシビアだ。あと、五分で食堂に集合する時間となっている。
ただまぁ、食堂もこう利用していたら移動から着席まで慣れてくるし、自分の座る席も決まっていくからスムーズだ。
何とか間に合った部屋のみんなも、各々の席へと座っていく。
「し、死ぬ……これはそう、魔力を消費仕切ったあの感覚に近い何かがある……ガクッ」
「そんなに疲れる事はしてないでしょうに……喋れる元気があるならまだまだイケるでしょ」
女子が遅れてくるのは、詳しい理由は分からないけど、そういうものだと認識している。例に漏れず少し遅れてやって来た宇野宮さんは、横に座るやいなや、テーブルに突っ伏した。
午前中の教室での席は出席番号順に座らされ、宇野宮さんとは離れた席だった。
それに、自分のプリントを終わらせる事に一生懸命で、正直に言うと……あまり気にしてもいなかった。
分からない箇所は教科書を見ても良いと言う事だったし、プリントの方は大丈夫だっただろうとは思う……思うのだが、グッタリしている宇野宮さんを見ると、どうもギリギリ駄目だった可能性もありそうだ。
先生からは特になくすぐに昼食の時間が始まり、お喋りしながら束の間の休息を各自で楽しんでいた。
昨日今日で、だいぶ仲良くなれたんじゃないかと、そう思う。
他のクラスと仲良くしている人は、まだそこまで見掛けないが……それもきっと、時間の問題だろう。
部活が始まれば、そこからの繋がりなんかもあるだろうし。文芸部は今のところ……俺と宇野宮さんだけしか居ない可能性があるけれど……。
「あれ、もう……お腹いっぱい?」
「え……えぇ、そうね。とても美味しいけど、今ちょっと食欲が……あまり無い。あっ、近江君……向こうに未確認飛行物体よ?」
お疲れの宇野宮さんは、昼食を少し残していた。
そして嘘を述べながら、残った自分の皿と、食べ終えた俺の皿を、堂々と交換していた。
せめて然り気無く交換するのなら、まだ可愛げもあっただろう。それなのに、引っ掛けにもなってない引っ掛けをしてまで、それがさも当然の如くやられると……何故だか不思議と、何の声も出せなかった。
まぁ、隣で「はひゅ、はひゅー」と満腹そうな声を出されると「仕方ないか……」みたいに、つい甘やかしてしまう……。
「この後、運動ですけど大丈夫ですか?」
「ナーセバナールよ!」
「為せば成る……ですよね。変な所で伸ばすから、海外の地名みたいになってますよ」
そんな地名があるかは知らない、たぶん無いだろう。
語感でも気に入ったのか、宇野宮さんが「ナーセバナール、ナーセバナール」と連呼し始めた。
目を閉じ、祈りのポーズをして小さく――「ナーセバ、ナール」
目を開き、右腕を前に突き出して――「ナーセ、バナール」
俺の肩に手を置いて――「ナー? セバナール」
試しては首を捻り、どうやら納得がいくものが得られるまで、いろんな『ナーセバナール』を模索するみたいだ。
(誰がセバナールだ……)
そうは思ったけど、この件に関われば長くなりそうだし、相手にしたら負けという気持ちがあって宇野宮さんを無視する事にした。
檻から出た獣の様に、勉強という枷から解き放たれた宇野宮さんは手が付けられない。
落ち着かせる方法があるとすれば――単純に落ち着くまで待つか、月見川さんを犠牲にすること。彼女に、宇野宮さんが出しているナニかしらの感情の矛先を向かせれば、きっと落ち着くだろう。
きっと月見川さんは泣いて喜ぶだろうが、俺にとっては厄介事が増える未来でしかない。だから俺は、放置を選んだ。
触らぬ宇野宮さんに、巻き添え無し――きっと、そういうこと。
俺は体育館への移動が許可されてすぐに、部屋に忘れてきた体育館シューズを取りに戻った。
運動は苦手じゃない。走る事が嫌いなだけで、運動神経は普通だと自負している。
他の運動部達に比べ、活躍はできないかもしれないが迷惑だけは掛けない……そんなスタンスで行こうと、今の内に心構えを決めておいた。
◇◇◇
体育館へと移動した俺は、先生の指示に従って他の男子と共に準備をしていた。
「野田くんバスケは?」
「あんまり……近江君は?」
「中学校の授業でやったことある……っていうレベル」
先に先生から教えて貰った情報では、男子はバスケットボール、女子はバレーボールと予想通りのスポーツだった。
でも、盛り上がる計画として、途中から各クラス五人一組の二チームを選出してトーナメント大会が行われるらしい。
クラス的に九人は出られないが、俺や野田君みたいにそこまでバスケに慣れてる人は多くないだろうし、結局は、片方のチームに戦力を固めるという作戦にどのクラスもなるだろう。
とりあえず……楽しむだけの時間は楽しんで、後は応援に回ればそれで良いっぽいな。
(宇野宮さん……運動苦手なのに目立ちたがりだからなぁ。迷惑掛けないか心配だ……)
女子もゾロゾロと体育館へとやって来ていた。
特に目立っていたという訳ではないが、率先して準備に取り掛かる月見川さんはやはり、流石だと思った。
「これは情報収集が捗りそう」
「どこを見てそう言ってるのかは分からないけど、野田君? 女子をガン見するのはどうかと思うよ?」
「だ、大丈夫……上手くやるから!」
(――上手くやるって何!?)
準備を放って、どこかへ走って行く野田君の背中を見つめる事しかできなかった。
でも、彼には今後お世話になる事を考えれば……やはり俺に止める事はできない。どんな情報を持ってきてくれるのか……そこには期待している。
「まぁ、ほぼ準備は終わってるけど……」
「排球――それは、ドMのスポー……ングッ!?」
「やめッ!! あっぶね……宇野宮さん、本当に気を付けて? 今、世界中の特定の人達を敵に回す所だったよ!?」
「ムグムグッ――!!」
中々の反射速度だったと、自分を褒めたい。
背後に立って、背中を合わせるまではもう気にしないのだが……発言が危なかった。ギリギリアウトかもしれないが、言い切ってないという部分にセーフ感があるはずだ。
しかしこう……後ろから宇野宮さんの口を押さえる格好は、何とも犯罪臭が凄いんじゃないだろうか?
「――プハッ! きゅ、急に……驚くでしょ!?」
「ゴメンゴメン、思わず。でも、危なかったんだよ? そこは感謝して!」
「え、あ、ありがとう? ……って、何にっ!?」
手を離して降参のポーズを取る。
プンスカ怒る宇野宮さんだが、やはり事の重大さを分かっていないとみえる。
宇野宮さん一人が怒られるのなら別に構わないのだが、一緒に居る時の発言は、俺まで同じ思想だと周囲には認識されるだろう。それは、非情に良くない。
「私のファーストが近江君の手に……」
「いや、ノーカンじゃない!? 赤裸々に話してるとこ悪いけど、ノーカンでしょ!?」
「――はっ! べ、別に初めてじゃないし? 子供の頃はママによくしていたし?」
「それは……ん? それも、ノーカンじゃない?」
「じゃあ何よ! お、近江君はどうなの? そこんとこどうなの!?」
そこんとこ……と言われてもな。
ほっぺに口付けとかも、記憶にある限りはした事がない。ないもんなぁ……ないんだよなぁ。
された事なら五歳六歳ぐらいの子供の頃に、妹様からされた事があった筈だが……今じゃ考えられないくらい純粋無垢だった妹様から。
小学生の頃は、女子とも話すことは多かったが……付き合うとか一回も無かったし。
「いやぁ、誰かと付き合うとかも無かった……言わせないでよ、恥ずかしい」
「大丈夫よ、私もだから!」
「お、おう……」
それってつまり、中二病だとモテないという事になるんじゃないですかね? やはり卒業しておいたのが、正解だったな……。
そこで集合の声が掛かり、俺と宇野宮さんも先生の元へと歩き出した。
力強い宇野宮さんの同意、あれはいったい何だったのか少し気になる。特に意味は無いのかもしれないが、少し食い込み気味の反応に何かあるのではないだろうかと、理由があるのではないかと考えてしまった。
だが、その理由を聞く前に、俺達はそれぞれ自分の場所へと並ぶ時間となってしまった。
後で聞こうとする時には、きっと、何を言おうと思っていたのか忘れてしまっているだろうな。
「男子は体育館の奥でバスケ。女子は手前のコートでバレーをします。その前に準備体操をするので……全体、開け!」
それでも覚えてたら後で聞いてみようかな……なんてと思っていると、先生の声から、午後の授業というか、オリエンテーションが始まった。
(夕飯を美味しくいただく為にもボチボチ頑張りますか!)
一人でそんな意気込みをしながら、ほぼ等間隔で前や横との距離を開けていった。
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