第22話 宇野宮さんは少食(あと、辛いのは苦手)
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「はぐっハぐっハグッ――!!」
「う、宇野宮さん? そんな一気に食べて大丈夫なの?」
「はいひょうぶよ! ハグッ……んッ!?」
「あーほら、言わんこっちゃない。はい、お水」
「んぐっ……んっ……ぷはぁ! ありがとう、近江君。辛さが喉に絡み付いて、危うく吹き出すところだったわ」
宇野宮さんが我慢してまで食べるのを急いだのは、きっと月見川さんの存在があるからだろう。
月見川さんが戻らないのなら、早く食べて自分が戻れば良い……おそらく、そういう考えで。
たしかに、目の前に座るだけで、特に何かを伝えに来た訳でも無さそうな月見川さんは、存在感だけが前に出て、異様な雰囲気を醸し出していた。
本人がどういうつもりかは分からないが、とりあえず俺と宇野宮さんは居心地の悪さを感じている。
(たぶん……俺の監視か、単純に宇野宮さんを見に来ただけだろう。きっと後者だろうな。これが変態ってやつか)
とは言え――美味しいカレーは、急かされて食べるものじゃないだろう。
頑張っているけど食べ終わりそうにもない宇野宮さんと、まだ話し出しそうにない月見川さんを見て、俺は宇野宮さんの為にも、月見川さんに問い掛ける事にした。
「何か用事があるのでは?」
「別に無いよ? ただ、友達二人が居たから来ただけだもん。普通の事でしょ?」
「普通……」
それ以上、返せる言葉が見付からなくて口を閉ざした。
何も用事が無くたって一緒に居る。友達だから普通。そんな言葉を羅列されてしまえば、もうお手上げだ。
「宇野宮さん、とりあえずカレーはもっとゆっくり食べなって。辛いんでしょ?」
「辛いぃ……!! でも、コイツが目の前に居ると、なんか、怒られそうで嫌なのぉー!」
「分かる」
「お う み?」
「ハハハ、嫌だなぁ~冗談ですよ……」
ほら、やっぱりすぐに怒る。宇野宮さんの言い分は間違ってないという事が証明されたな。
「ひぃ……ひぃ……」
「量はそう多くないと思うけど、食べきれる?」
男子であれば、二杯くらい食べれる人も居るだろう量。女子は食べている人がまだまだ居るが、男子の八割程度はもう食べ終わっている。
食堂を出ないといけない時間は決まっているのだが……それまでに宇野宮さんが食べ終わるかは、ギリギリといった感じだろうか。
女子の中でも圧倒的に食べるのが遅いんじゃないだろうかと、そう思った。
「近江、知らないの? 麻央は少食なの。いつもお昼はサンドイッチを食べてるぐらいじゃない?」
「あー……そういえばそうかも」
俺が自分の席でお弁当をモグモグしている時、宇野宮さんはそんな俺の背後で椅子の背凭れに腰かけて、サンドイッチをモグモグしている。
二個か三個くらいを、ウサギの様に小さく小さく食べているから、食べ終わるのが俺とほぼ変わらない。時間を合わせてくれていると深読みしていたが……本当に深読みだったらしい。
「あまり食べない人を見てるとさ、余計なお世話って分かってるんだけど、少し不安になるのよね……特に麻央は細いし」
「本当に余計なお世話ね……自分の駄肉を減らす事を頑張った方が有意義じゃない?」
「私は麻央と違ってちゃんと体型も気にしてるしっ! 麻央こそ、どことは言わないけど脂肪を増やした方が良いんじゃないの?」
「べ、別に胸は……これから育つし? 焦ってないし? ちょっと大きいからって威張らないでよねっ!!」
仲が良いのか悪いのか。たぶん、それぞれで返ってくる答えは違うのだろう。
基本的に高スペックな月見川さんが、言い争いになれば勝つのだろうが、勝てば勝つほど宇野宮さんには嫌われていく。でも、会えばどうしても言い争いになるというジレンマ。
宇野宮さんも本気で嫌ってる訳じゃないけど、勉強や運動、胸で勝てないからなるべく会いたく無い相手なのだろう。
第三者的に見てる分には面白いのだが、それが、いざ巻き込まれるとなると些か面倒臭さが際立つ。
「近江君も言ってやって! 胸と顔しか特徴の無いコイツに、贅肉オバケって」
「近江、どうせ胸は大きい方が良いんでしょ? 本当に変態ね。でも今は私の味方しなさい? するでしょ?」
例えば――というか、実際にこんな感じで巻き込まれたのだが、返答にも困るし、片方に味方する訳にもいかないし。かと言って、返事しないのが一番責められる回答だ。
そんな事をすれば、この先、『ヘタレ』の烙印を押されてしまうだろう。
こんな時の解決法なんて、そう多くない。玉砕覚悟で二人の味方に付くか、この場を解散させて個別に話を聞いてやんわりとした返事をしておくか。それくらいだ。
こういう時に、決して一人の味方をしてはいけない。誰かの味方をする時は、ずっと味方になると覚悟を決めた時だけだ。
(ふっ……恋愛シミュレーションの経験が役に立つとは、侮れないな)
中学の時に、何となくプレイした所謂ギャルゲー。
ロクな恋愛どころか、恋愛自体をしていない俺に取っては知識の全てはそこから得た物だ。
あの時の主人公はたしか……そう。二人の味方をして上手くいっていた。……やるっきゃないな。コツは、共感する事だけだ。
「宇野宮さん、たしかに月見川さんは顔もスタイルも良いけど、きっと見えない努力をしている筈だから……オバケより怖いけど、贅肉とか言っちゃ駄目だと思うよ」
まずは宇野宮さんへ、あくまで月見川さんフォローをするけど味方じゃないと、アピールしておく。
そして、次は月見川さんに向けて言葉を重ねる。
「――そして、月見川さんも。男がみんな巨乳好きかと思うのは偏見だからね? 男は巨乳も貧乳もだいたい好きだから」
月見川さんへは、男を苦手としている理由を勝手に解釈して、伝えてみた。
たしかに、胸は大きい方が目立つ分、視線が引き寄せられてしまう。でも、大きい胸が好きだから月見川さんを見ているというのは偏見だ。胸は見てしまうもの……と少しだけ訂正しなければな。
「裏切りものォ! ハグッ、ハグッ……ぅ、辛いよぉ」
「近江……ハァ……変態も変態、大変態とは……」
何故か宇野宮さんは俺を見限ってカレーを食べ始め、月見川さんは害虫を見るかの様な目で俺を見ている。
――やはり、ゲームの主人公は特殊なスキルの持ち主だったらしい。
俺は席を立って、失敗による居たたまれない空気を抜け出したくてプリントを貰って食堂から静かに出て行った。
そして、部屋への帰り道の途中にある自販機で、普段は格好付ける時にしか飲まないブラックコーヒーを無意識の内に買ってしまっていた。
◇◇◇
「遅かったな近江、もうみんな書き終わりそうだぞ」
「あ、ほんと? 俺も急がないとなぁ……」
「早くしろよ! こっからがお楽しみなんだからな」
楽しみ、とは?
みんなの会話に耳を傾けながら、下敷きを取り出して、プリントに今日の反省文的なのを書き始める。
「ほーい、じゃあ作戦会議を始めまーす」
パチパチと俺を除くみんなから拍手が鳴る。
「今日はみんな、クラスの女子と話せたと思う。人気の女子は、そりゃあもう、競争率が凄い事になるだろう」
「もしかすると、既に良い雰囲気になってる奴とか居るかも知れないよな?」
「あぁ、でも……早い者勝ちという考え方だし、仕方ない。だからせめて、ここに居るメンバーだけでもお互いの狙う相手を知っておこうってな」
なるほど……そういう作戦会議か。
というかみんなはもう好きな女子とか居るのだろうか?
俺にはまだ、そこまでの余裕が無い。クラスの人を覚えるのですら精一杯なのに、他に四クラスもあるのだから。
全員と仲良くなれるとは思っていないけど、可能な限り仲良くなれたら、それは素敵な事だろうし。目指していきたい所だ。
「被ったら……どうする?」
「それは仕方ない事だと思う。競争率が高い子はどうしても……な? 聞いて変えるのも良し、変えないも良し。この段階だからこそ、出来ることだと思うしな」
「なーる」
なーる……まだ一目惚れや気になる程度の感情は持っていても、ガチというのは、月見川さんみたいな高校以前から知り合いみたいなパターンしかおそらく無いだろうな。
変えるなら早い内に、それも考え方のひとつかもしれない。俺も考え方はよく変えるしな。
プリントに今日の事。『男子とは仲良くなれたが、女子とはあまり話せなかった』と、書こうと思えばそれで済ませられる文を伸ばしに伸ばして書き、だいぶ余白を残して最後の句点を付けた。
そして、俺も輪に加わろうと近くに寄ってみたのだが……。
「近江は大丈夫だよな?」
「お、おう?」
「逆に宇野宮を狙ってる人ー?」
誰かが言った発言に、手を上げる人は居なかった。
それをどう感じたかと言えば……まぁ、当然だよな。とだけ。
中学時代を思い出せば『出る杭は打たれる』というのは本当なのだと思った。調子に乗ってしまったが故に、大変な事になった子もたしか居た筈だ。
ただ……『尖り過ぎた杭は放置される』というのが悲しい事に経験談。きっとというか絶対、宇野宮さんもこの部類に入ってしまっているのだろうな。
「じゃ、近江は安全だな。他の奴のサポート、頼むぞ」
「サポートって……いや、まぁ良いけどさ」
お喋りに夢中になっていたらいつの間にか、就寝の時間になっていた。
先生が部屋を訪ねては、電気を消していく。だが、そこは高校生……朝は六時三〇分起床となっていても、寝ろと言われた九時に寝るなんて奴は滅多に居ない。
当然のように、全員が起きていた。暗い部屋で、小さい声で、恋バナをしばらく続けていった。
一人、また一人と声がしなくなって……そして誰も話さなくなった事を確認して、俺も静かに寝に入った。
(なんか……忘れてるモヤモヤ感があるけど、大丈夫だよな、きっと)
――翌朝、宇野宮さんから届いていたメールで全てを悟った俺であった。
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