第21話 高等テクニック
お待たせしました!
よろしくお願いします!
食堂に着くと、昼と同様にクラス毎に座るように指示された。
俺達よりも先に来ている人達もチラホラ見えて、五組に関して言えば、全員が集まっていた。
時間にゆとりを持って動く人が多いのか、もしかしたら、隣の部屋に声を掛けてから来たという可能性もあるな。
逆に三組に関して言えば、十分前に来た俺達男子が一番だ。
「晩御飯は何だろうな?」
「たしか……先輩はカレーって言ってたな。だからきっと、カレーだと思うぜ?」
(カレーは嫌いじゃない)
辛さの好みはあるとしても、カレー自体を嫌いという人にはまだ出会った事が無い。
カレーと言ってもいろいろな種類があるのだが、こういう時はオーソドックスな普通のカレーが出るのだろう。
カレーランキングを付けるのなら、一位、キーマカレー。二位、バターチキンカレー。三位、シーフードカレーだ。
カレーに似た料理でも良いのなら、ぶっちぎりでハヤシライスが一位となるのだが……まぁ、つまりカレーはどれも美味しいという事だ。
「全員が集まってから……」
「ん?」
隣に座っていた大輝が何故か離れた席へと移動して行った。
原因は振り返って、すぐに分かった。
「宇野宮さん?」
「ようこそ近江君……漆黒の空が支配せし私の世界へと(今晩は!)」
ただ、分からないのはあの大輝の焦った様な表情。
声も出さずに逃げ去った大輝に、やや違和感を覚えるが……まぁ、それは後で聞けば良いだろう。
大輝が座っていた席に座った宇野宮さん。
隣に居る宇野宮さんどころか、辺り全体を見渡して、不思議な感覚になっていく。
照れくさい様な、楽しい様な、緊張する様な……。
外は暗く、いつもなら家で過ごしている時間帯というのが、俺にそう思わせているのかもしれない。
「ククッ……今夜の生け贄の用意はまだのようね?」
朝も夜も……むしろ夜の方が調子が良さそうな宇野宮さん。部屋で浮いていないか、少しだけ心配になってくる。
でも、宇野宮さんに少しだけ聞きたい事があったし、他の女子と同席した方が良いと思うのだが、それでも来てくれた事については都合が良かった。
「全員が集まってかららしいですよ? それよりも宇野宮さん。月見川さんについて教えて欲しいんですけど……」
「……ど、どうして?」
「いえ、ちょっと……(どういう人物か)気になってですね」
「き、気になるッ!?」
ガタッと勢いよく立ち上がった宇野宮さん。
そんな彼女に周囲の視線は集まるが、半数くらいはすぐに散っていった。
宇野宮さん当人も注目を浴びていると、周囲の反応から気付いたらしく静かに着席はしたのだが……俺を見る彼女の目には、怒気の念が込められている様な気がした。
「……その、月見川さんと宇野宮さんって幼馴染みだったんだよね? 昔からあんなに真面目な感じだったの?」
「……むむ。まぁ、多少泣き虫なとこもあったと思うけど……だいたいあんな感じね。男子が苦手なのは、いつからなのか知らないけど」
「ふむふむ……」
宇野宮さんの事で責めても効果は見込めない。かと言って、苦手なモノを押し付けるのは前回でもう懲りている。
基本的に優等生である彼女と正攻法で戦おうとすれば、素手対長物ぐらい相性が悪い。
彼女の嫉妬心を引き出して羨ましく思わせる手段しか、今のところ仕返しの方法が思い付かない。
ただ、これには『宇野宮さんとペア』という認識が周囲により広がるというリスクがあるのだが。
「お、近江君。どうして色魔『月の碧眼』の話なんか……もしかして?」
「ですから、気になってですよ。敵を知らねば……作戦も練れないでしょ?」
「……敵?」
首を傾げ、どういう意味か尋ねて来る宇野宮さんに、話せる範囲で如何に幻滅したかを伝えてみる。
俺が月見川さんと敵対したのが嬉しいのか、宇野宮さんのテンションも徐々に上がっていた。
俺と月見川さんの関係の中心には宇野宮さんが居るのだが……月見川さんの気持ちを考えると、それだけは伝えられずにいた。
「別に嫌いじゃ無いけど、誤解が解けるまでは敵対の予定だ」
誤解とはつまり、俺が宇野宮さんに近寄っているという件。逆だと分かって貰えれば、俺的にはそれで良いと思っている。
月見川さんは過程が変わっただけで、結果は変わっていない事に納得しないだろうが、そこは俺の預かり知れぬ部分だからどうでも良い。
「甘い考えは危険よ近江君。アイツは胸と容姿、それに言葉を使って相手を誑かすの……近付かない方が良いわ」
たしかに、見た目に関しても優秀な月見川さん。探せば在るのだろうが、今のところ、宇野宮さんへの欲以外に欠点らしき所は見えてこない。
近付かない方が良いのはそうかもしれないけど……ここは一度、逆転の発想をしてみるのもアリだろう。
・俺一人で近付けば、裏の月見川さんが出てくる。
・俺が見付からない様に行動すれば、宇野宮さんの件で月見川さんの方から問い詰めてくる可能性が高くなる。
……となると。俺一人で居る事が、そもそもの問題というのが浮き彫りになってくる。
つまりは誰かと一緒に居て、尚且つ、月見川さんの言動を抑制させる人物と居るのが一番の対抗策になると言えるだろう。
「んー……そうか。つまり……(月見川さんを大人しくさせるには)宇野宮さんがずっと俺の隣に居てくれれば、良いんじゃない?」
「…………ほぇ?」
小さく、自分の思考を確認する為に口にした言葉は、隣に座る宇野宮さんの耳に、バッチリ届いていたみたいだ。
月見川さんは、好きなモノと弱点が一緒というタイプだ。なら、やはり俺が宇野宮さんと居る事が、一番楽で手っ取り早い手段になる。
つまり……普段と変わらずにしていれば良いという事か。深く考える必要は無かったな。
宇野宮さんが居なくて月見川さんと遭遇した場合……それはもう猛獣に出会った時と同じと考えて、諦めよう。
テキトーに宇野宮さんへの思いを発散してあげれば、満足して帰って行くだろうし。
「宇野宮さん、ありがとう。隣に居てくれるだけで良いから……よろしくね?」
「あっ、は……はぃぃ」
(あれ……何だか宇野宮さんがしおらしい? まぁ、コロコロと表情が変わる宇野宮さんだし、気にしなくて良いか)
気付けば学校の生徒も先生も集まり終えていた。そろそろ夕食が始まりそうだ。
◇◇
「地獄の業火が我を煮え滾らさん……(汗が出てくる!)」
「辛いのは苦手?」
「う、うん……ちょっとだけ」
ゴロゴロ野菜の普通カレー。味は美味しく、辛さも普通くらいだと思っていたけど、宇野宮さんには少々キツい辛さだったらしい。
かと言って、味をマイルドにする調味料は無いし、我慢して食べるしか無いのだが……残しそうな場合は仕方ない。
「無理なら食べてあげますから、ギブの時は教えてくださいね」
「うむ……大丈夫。カレー自体は好きだから」
(視線を感じる……)
先程、何気なく振り返ったのが失敗だった。
一組は二組を挟んで奥の席。そこに座っている月見川さんと、目が合ったのだ。
すぐに視線を外して体勢を戻したのだが、その瞬間から背中にチクチクと感じるものがある。
気のせいと思いたいが、仮にもう一度振り返って、月見川さんと目が合おうものなら……今後、日々背後を気にして過ごす事になりかねない。
知らない方が、気付かない方が幸せって事も世の中にはあるのだ……。
(こえぇ……月見川さんマジこえぇ……。宇野宮さんガチ勢と称しておこう)
「はい、皆さん! この後ですが、部屋に戻る前に今日の事に関する感想文を書くプリントを取ってから部屋に戻ってください。トイレに行くのは自由ですが、建物から出るのは禁止です。一応、先生達で交代の見張りをしますが……反省文で明日を潰さなくて良いように、各自で責任を持った行動を心掛けてください」
早くも食べ終わっていた人達は、部屋に戻る許可が出てすぐに移動を始めていた。
俺もあと少しで食べ終わるのだが、宇野宮さんを置いて帰るのは、何となく躊躇ってしまった。
「ふーふー……」
「もう熱くは無いと思いますけど?」
「ね、猫舌じゃない人には分かんないの!」
「待ってますから、焦らなくても大丈夫ですよ」
移動をするという事は、部屋へ戻る為だけでは無い。
誰かが動いたのに乗じて、他の席へ移動してみたり、仲の良い者で集まってお喋りしてみたり。
そして一人……確実に来ると思っていた人物が、予想通りにやって来た。「お戻りになられては?」そう言おうかとも思ったが、周囲にはまだクラスメイトも残っている。
あまり口汚い言葉を使う奴と思われたく無い、そんな俺の心理を利用しているのだとしたら、やはり優秀と評価せざるを得ない。イヤらしい作戦を考える、厄介な人とも言えるけど……。
「麻央、近江、ずいぶんゆっくり食べているのね」
「「…………」」
奇しくも、俺と宇野宮さんの反応は同じだった。
対応が難しい相手は、コミュニケーション能力の低さを盾にして、無視するという高等テクニック『ごっめーん。どう返したら良いか分からなくてぇ~』だ。
あっ……ピキピキって音が聞こえて来そうだし、止めた方が良さそう。やっぱり、無視は良くなかったか。無視は。
「一組の人、みんな戻ってるみたいだけど……?」
「大丈夫よ」
「何しに来たのよ? 食べたなら早く戻って感想でも書いてなさいよね」
「大丈夫よ、そんなのすぐに終わるし」
よいしょ……そう言って宇野宮さんの正面に座った月見川さん。
その瞳からは「近江、逃がさないぞ!」という可愛さの欠片も無い意思を感じて、宇野宮さんを犠牲に逃げようかと考えていたが、椅子から動けなくなっていた。
(この圧力……中学の頃にやった三者面談で、俺から『支配者』という進路を聞いた担任と同様のものを感じる……逃げられないなぁ)
とりあえず早めに解放して貰う手段をあれこれ考えながら、月見川さんが話すのが先か、宇野宮さんが食べ終わる方が先か……その瞬間を待つことにした。
たった今、スプーンで綺麗に掬って口に入れた、最後のカレーを味わいながら……。
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