第2話 楽しそうだね、宇野宮さん
よろしくお願いします~
宇野宮さんが帰った後に、俺も学校から真っ直ぐ帰宅した。
電車で二駅と自転車で十分程度の移動距離。これから週五で電車に乗っての登校に、少しだけワクワクしている。
寄り道もしなかったのは、やる事があったからだ。
ドアを通って玄関に到着すると、いつもなら「……気配を感じる」という台詞の一つや二つは言うのだが、今日からは普通に「ただいま」の一言に変更だ。
こういう些細な所から変えていかなければ、何も変えられないだろうからな。
「ほぅ……私の存在を察知すると……あれ? 近江ちゃんどうしちゃったの!? か、風邪!?」
「あっ。母う……その、母さん? ごめん、その……今まで付き合って貰ってたけど、もう大丈夫だから……」
俺の母親は至って普通の母親だ。少し子離れが出来ていない普通の専業主婦。
たまに話題となった漫画を俺が貸すと読む程度で、決して中二病を患っている訳じゃない。
息子のノリに合わせていただけ……もとい、やらせていただけなのだけど、それも今日までだ。卒業したから。
「何て言うか……中二病より思春期が勝った……みたいな? 客観的に自分を見る機会があったというか……ね?」
「そう……そうなのね。今日は近江ちゃんの好きな物を晩御飯に出すわ! 入学のお祝いも兼ねてね!」
「じゃ、じゃあ……ちょっと部屋の片付けをするから」
玄関で母親と別れて自分の部屋へと向かった。
やる事とはそう……掃除である。中学生の時に集めた物を整理するのだ。
その第一歩として、とりあえず扉に貼ってある魔方陣のポスターを部屋に入ると同時に剥がす。
部屋に入る度に呪文を口ずさんでいたのが昨日の様に思える……というか、今朝まではやっていた。
部屋の惨状を改めて確認して、一日か二日は時間が掛かるだろうと、溜め息が漏れた。
だが、始めない事には終わらない。そう意気込んで、鞄を机に置いて作業を開始する。
――いざ、部屋の大掃除タイムだ。
◇◇
「このポスターは……くっ、外すか……この謎の置物も押し入れに……」
思ったよりも小物が多くて苦戦していた。
仕分けしようとする度に、買った時の事を思い出してしまい、時間が掛かる。
だが、頑張った。呪文ノートを見る誘惑にも、別に趣味じゃない髑髏の安物指輪を嵌める誘惑にも、俺は打ち勝った。
捨てる物と残しておく物の全てを段ボールに詰めていった。
そこでふと、なんとなく。本当になんとなく、今日会ったばかりの彼女、宇野宮麻央の部屋が気になった。
俺と同じくイタいグッズで溢れているのか、それともちゃんとしているのか。そもそもの話、家でもあのテンションなのか、とか。
俺の場合、家族や他人が居る場所では中二病の状態で、自分の部屋に入ったら少し落ち着くタイプだった。
つまり、見栄とは違うかもしれないが、人とは違うっていうのを自分以外に見せたかったのだ。
「彼女にも理解させた方が良いのだろうかね? いや……少なくとも俺は辞めろなんて言える立場じゃないか」
独りになってしまったが、中二病の時がつまらなかったかと聞かれれば、答えは否だ。
それを他の人よりも知っている俺が、彼女に「普通じゃない、辞めたら?」なんて言えるはずが無い。
せめて、出来るだけ関わらない方針を取りたい所だが……それもどうなるかは、今日の帰り際で分からない感じになっていた。
『ただいま~』
『あら、未来ちゃんお帰り。早かったのね?』
『今日は入学式だったからね、部活も無かったし』
部屋の外から小さく話し声が聞こえて来た。どうやら妹様のお帰りの様子だ。
中学三年生の妹様は、俺に似てる部分もあるが、どちらかと言えば部活に友達も多いリアルを充実させてるタイプだ。
似ている部分が両親譲りの顔の良さと勉強ができる所、つまり俺よりも総合力で優秀な妹様だ。
中学二年を過ぎた頃からあまり話さなくはなったが、無視をされる訳では無い。……よくアイスのお使いとか頼まれているしな。
「おーい! お母さんがお前の部屋に行ってみろって言ったけど何かあったのかー? エロ本でもバレたのかー?」
(ふっ……。我が妹様ながら遠慮の無い言い方だ。思春期め)
ドアを挟んだ部屋の外から乱暴に問い掛けてくる。だが……俺は知っているのだ。学校での未来は、どうやら清楚系として活動しているらしい事を。
未来が家の外で、清楚系の大人しい女の子を演じているのを知ったのは偶々だ。学校帰り、友達と歩いているのを偶々見掛け、そこで偶々会話を聞こえてきた時に……。
家での普段の姿は、怠惰でだらしない。話し方も粗暴なのに、外では「そうですよね、ふふっ」なんて口にしていたの聞いた時には心底驚いた。
だが妹様は――俺がそれを知っているのを、知らない。
二面性がある……似ている箇所がもうひとつあったみたいだな。
「いや、何でも無いから……問題ないから!」
「入るぞー……ん? んん? ど、どうした!? 風邪でも引いたか!? ……こ、これは!?」
「ちょ、勝手に部屋に入ってくんなよっ!」
母親と同じ反応をしながら、部屋のドアを開けて入ってくる。
驚いた表情をさせながら部屋を見渡した後に、俺を指差しながら固まってしまった。そんなに驚かれると、少し照れ臭いな。
「お、お前……ついに卒業したの……か?」
「あぁ……高校デビューってやつかな? 卒業したよ」
未だに信じられない顔をしている妹様ではある。
証拠じゃないけど、部屋の片付けをして綺麗になりつつある状態が、俺の発言の裏付けとなっているだろう。
それから部屋を見渡した我が妹は、「これで一人っ子と嘘を吐かなくて良いわね」と、爆弾を落としてから部屋を出て行った。今まで嘘吐かせてしまう様なお兄ちゃんで、ごめんなさいね。
その日は晩御飯が少しだけ豪華になり、入学のお祝いよりも中二病卒業パーティーと化したが、久し振りに普通の楽しさだった。
その後も掃除を続けて、明日の準備をしてから眠りについた。
◇◇◇
翌朝、入学から二日目の浮わついたテンションのまま目が覚めて、早めに家を出発した。
電車は二駅分しか乗らないのに、朝から社会人のラッシュで大変だった。それを越えて学校へ……学校へ着いたのだが。
「黙示録に記されて……(おはよう、近江君!)」
――あ、キツいっす。
登校時間よりも早めに学校に着いたのに、クラスメイト達はそこそこ来ていた。二日目だし、まだ分かる。宇野宮さんが居るのも……まぁ、分かる。
だが、席に着いてすぐに背後でこの挨拶は如何なものだろうか?
俺は何となく振り向けないでいるが、すぐ後ろに背中を感じる。と……すると。背中合わせでの挨拶になっているのだな。
宇野宮さん……朝から完全にキマッちゃってる訳だ。何となく理解できる俺も俺だけど。
「おはようございます、えっと……宇野宮さんですよね? クラスメイトとしてよろしくお願いしますね」
「ふっ……なるほど、ね。でも、貴方には特別に私の真名を伝えておくわ――『終末を呼ぶ理』……それが私よ!」
何を納得されたのかも分からないし、真名を伝えられた理由はもっと分からない。
でも悔しい事に……ちょっと格好いいと思ってしまった。
俺が、机に両肘を立てて指を合わせ軽く俯いてるポーズが……背後に居る宇野宮さんと合わさって、謎の雰囲気をより強くしていた。
だからだろうか? 確認してはいないが、クラスメイトの視線をチラチラと感じる。
このままだと、いつもの二人組の烙印を押されかねない。
「よ、よし……ちょっとトイレにでも行くので失礼しますね」
「サンクチュアリ!(いざ、参らん!)」
ここでようやく席を離れて、クラスの様子と宇野宮さんを確認した。
クラスの反応は予想通り……女子からは珍しい物を見るかの視線。男子はほぼ宇野宮さんへの視線であった。
そして、宇野宮さんはと言うと……眼帯で顔の一部が隠れているとはいえ、パッと見るだけでも楽しそうだと分かる顔をしていた。
無邪気な子供の様に、目がキラキラとしていた。
何となくの気持ちが解る故に、俺はそんな宇野宮さんに対して、何とも言えなかった。
だからそんな彼女に、皮肉混じりな作り笑顔しか返せなかった。
「えっ……ついて来るパターン? えっ?」
「なるほど。私には影に徹しろと言うのね……フッ」
(いや、フッ……じゃなくない? 男女で連れションとか無いよね? たぶん……)
まさかのついて来るパターンにやや驚きつつも、それが普通にある事なのか、そうじゃないのか判断が出来なかった。
他者とのコミュニケーション能力というか、今までズレていた反動とでもいうか……普通という基準が分からない。
「いや、そんな距離を詰められても落ち着かないんですけど……」
「こんなに気配を消しているのに!? 流石、ね」
ただ離れようと思っただけで、本当にトイレに行きたかった訳じゃない。
だから、宇野宮さんが女子トイレに入った瞬間を狙って、俺は教室へと引き返していた。
純粋な瞳というか、反応を見せる彼女を置いてきぼりにするのは、何故か少しだけ罪悪感が残ってしまう。
自分の席で机に伏していると、後ろから「ヴァルハラへ急ぎ往く……(先に戻らないでよ!)」なんて聞こえたが、ここは動かないでやり過ごすと決めた。
幸いにして、クラスの半数以上はまだ来ていないのだ。まだ大丈夫。まだ大丈夫……と思う様にして。
俺の反応が無い事で諦めたのか、背後から気配が消え去った。 きっと自分の席にでも戻ったのだろう。
それで良い……いくら、話が通じるとはいえ、俺とばかり話していても仕方がないのだから。
俺だって宇野宮さんに構ってばかりいられないし、うかうかはしていられない。
自己紹介でマイナスからのスタートをしている分、他の人よりも頑張らなければいけないのだから。
気合いだけはあるのだが……人と話す時の内容選びがとても難しいのだと、普通を目指す事にした今になって、ようやく理解していた。
普通の会話というものを、記憶の何処へ片付けてしまったのか、全然思い出せないでいる。
だが奥の手として、何処かで聞いた話ではあるけど――『困ったら天気の話か下世話な話をしておけ』というのだけは思い出していた。
でも、あれだ。とりあえず……朝から下世話な話も変だし、天気の話をしても広がりが無いだろう。俺は自然な流れで机に伏していた
(……クラスメイト達が集まるまでは寝たフリでもしておきますかね)
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