第19話 ホッとするとはね
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「くははははッ!! 我が同朋よ……悠久の果てに邂逅する時をどれほど待ちわびた事か!」
「う、宇野宮さん!!」
まさか、宇野宮さんで安心くる日が来るとは思わなかった。
この話し方も、ポーズも、何もかも間違っている筈なのに、それが今一番俺にとっては落ち着くものになっていた。
最初のグループトークの失敗が尾を引き、こうして宇野宮さん達最後のグループと会うまで、上手く話せてたとは言えない状態になっていた。
女子達の移動する短い時間に、他の三人が話す内容を聞いて情報を勝手に共有させて貰うのが関の山。俺から発信した事なんて、ほぼほぼ無かった。
「じゃあ最後のテーマは……特にありません! お題は自由です!」
先生がそう告げて、各グループが慣れた雰囲気で話し合いを始めた。
休憩時間を何度か取りながら進んできたこの企画も、いよいよ最後である。
お笑い芸人でも無い一般人同士のフリートークなんて、理髪師との会話くらいどうでも良いものになりそうな予感しかないのだが……逆に、何でも良いからこそチャンスだと思った。
みんなが興味ある事について知っておきたいと常々考えていた俺にとっては、話せなくとも聞いているだけで、とても価値のある時間となる。
だが……自然な流れとでも言うかの様に、俺と、俺の目の前に座る宇野宮さんが一対一となり、横に座っている筈の他のメンバーと少しだけ、隙間ができていた。
話し声は届く距離だからまだしも……他のメンバーから意図的にこの構図を作られている気がした。
どうやらクラスメイト達には、俺と宇野宮さんがカップルに見えているらしい……だから、もしかすると、余計な気を回されているのかもしれない。
「あれは、かつて古の――」
「宇野宮さん、フリートークは叙事詩の発表会じゃないですからね? 各々の好きな事についてとか……」
「くくっ……ならば、我の開発したオリジナル魔法についての講義を」
(それは聞いてみたいけど!! どうにか輪に入らないと……)
「へー、そうなんだ! それは俺も好きなやつだわ」
「アレ良いよね!」
「石井さんは部活とか入るの?」
「うん、バドミントン部にね!」
宇野宮さんの暴走を止めて、どうにか周りに合わせようとしたのだが、もう既に、隣ではフリートークが始まっていた。
やはりと言うか、俺と宇野宮さんだけ、同じグループにあって別のグループみたいにされている。
俺は男子三人にアシストできなかったし、きっと女子グループも、宇野宮さんを持て余していたに違いないし……仕方ないと言えば、そうなのかもしれない。
宇野宮さんが居る……そう考えると、まだ良かったと思う。
『一人』と『二人』には天と地ほどの差があるから……な。
(クラスの女子に関しては、名前と顔は覚えられたと思うから……良いか)
残念ながら仲良くはなれなかったが、最低限のラインは越えられたと思う。
なら……残りの時間を、宇野宮さんの話を聞く事に使っても良いのかもしれない。
みんなの話しに加わる事よりも、宇野宮さんの話を聞く方が楽しいのは間違いないし。
「宇野宮さん。宇野宮さんの話を聞かせてくれない?」
「ふ、ふふんっ! まぁ、良いでしょうとも。でも……そうね。私ばかりじゃつまんないし、せっかくなら近江君の話も聞かせて欲しい……かな?」
「そ、そう? まぁ……宇野宮さんがそう言うのなら。話すのは得意じゃないけど、聞いてくれたら答えるよ」
「大丈夫。私も聞くのは得意なんだから! では――狂乱の宴を始めましょう」
本当にホッとさせてくれる人だな、宇野宮さんは。
横から何やら意味ありげな視線が来ている気がするけど……それに構わず、俺は終わりの時間が来てしまうまで、宇野宮さんとのお喋りに興じる事にした。
「いや、その戦いで最高幹部三人も死んだならもう組織的には終わりじゃない?」
「えぇ、だからこそよ。だからこそ、私は立ち上がらないといけなかったの。彼等の死を無駄にしない為にもね……」
「でも、勇者一行は誰一人欠けてなかったんでしょ?」
「最後の戦い――後の『勇魔決戦』ね。あれはギリギリの戦いだったわ……私一人対勇者一行だったのだから」
宇野宮さんの前世、『魔王』だった頃の話を聞いていた。
ツッコミ所満載の話ではあるが、やはりというか……作り込みはしっかりしている様だった。
宇野宮さんは魔王だったらしいが、俺は森のイカれた賢者に育てられた一匹狼。多様な魔法と剣技で、強敵とも渡り歩いて……いや、いいや。もう、ただの傍観者でいいんだ……俺は。
「勇者はいつの時代もやっぱりイケメン?」
「魔王的な美意識からして……あー、普通だったわね! うん、いや……普通以下だったと思うわ!!」
「そ、そうなの? 盛り上がりに欠けない……それ?」
「近江君ったら、勇者がイケメン聖女は美少女が絶対と思ってるでしょ……ふふ。近江君の脳内はまるでファンタジーね」
(宇野宮さんだけには絶対に言われたく無い台詞キタコレ!?)
――気付けばもう、いつの間にか太陽が傾いて、空がオレンジ色に染まっていた。
◇◇◇
「よし、みんな居るな」
「隣は隣で盛り上がってるみたいだぜ?」
午後の時間を使った仲良くなる為の時間も終わり、今は各部屋で待機になっていた。
次は風呂、そして夜ご飯となっている。
大浴場を使うらしく、一組から風呂の時間になっている。
ただでさえ、他の客の迷惑にならない様に区切っている利用時間を、更にクラス単位でさらに細かく決めている。
つまり、ゆっくりと湯船で疲れを癒す時間は無いという事だ。
個人的にはあまり長湯はしないし、シャワーだけでも良いと思っているのだが……風呂を楽しみにしていた者。特に女子からは、不満の声も上がりそうだな。
「よし。さて、みんな。お泊まり会と言~え~ば~?」
そんな風呂の待機時間に何が行われているかと言えば――当然、思春期真っ只中の男子は、女子について語らうのだ。
みんな女子との会話をしただろうし、可愛いと思った子の一人や二人は居るだろう。
好き嫌いは別としても、とりあえずそれを発表しようじゃないか……という流れで、この会話が始まったのである。
(そう、三人が話してたんだよなぁ……)
宿泊部屋には、俺達四人グループの他にも二グループ分の計十人が居る。
これだけ居れば、意見もいろいろ出て楽しいだろうと計画を立てていた。俺抜きで。
「恋バナか?」
「そゆこと! でもあれな、もっと軽い感じっつーか……好き嫌いの判断はまだ難しいだろ?」
「なるほどね。他のクラスの子もアリか?」
「あぁ。他クラスで可愛い子を知ってるなら、情報の共有って事で。……誰から言う?」
「そこは、やはり言い出しっぺからっしょ」
俺は自分の寝るベットに腰掛けながら、話に加わっている感というのを出していた。
みんなから誰の名前が挙がるのか、正直に言うと、めちゃくちゃ楽しみである。
昼間の失敗なんて忘れてしまえるくらい、今のこの普通の空間に居れる事が嬉しくなっていた。
以前の様に中二病を患わせたままだったら、さっさと部屋から出ていき、一人で無為の時間を過ごしていただろうから。
「俺はやっぱり吉田さんかな! 見た目は少し地味っぽいけど……そこも逆に良いみたいなね」
次々に名前が挙がる。
一人で複数人の名前を出す奴も居るから、ランキングに残す事は難しそうだ。
今のところ、自分達のクラスに居る女子の名前がよく挙がっているが、ちょくちょく「隣のクラスに……」とか「さっきすれ違ったんだが……」という曖昧な表現だが、他のクラスに居る女子の事も話題に挙がっていた。
「んで、山野は?」
「いや、山野は……分かりきってるだろ?」
俺に問い掛けてくれたのは大輝だが、その後の発言は優希でも聖二でもない、別のクラスメイトからだった。
(やはり、もうそういう事なのね……)
宇野宮さんとニコイチ扱いされている事に関しては、割りとどうでもよくなっていている。
別に腹が立つでも恥ずかしくて照れる訳でもない。
だが、やはり……決め付けられると反骨精神が揺さぶられる。
どうにか意外な答えを出してやりたいと、そう思ってしまう。
――そこで、一人の女の子を思い出した。
勝手に名前を出すのは迷惑かもしれないが、どうせここは男子だけの場。口外するのはマナー違反だし……それは暗黙の了解とされている。
「一組に、可愛い子が居る」
「なん……だと……」
「嘘だろ! 近江から宇野宮以外の名前が出るだと!?」
(そこまで驚かれると……なんか、変な感じだな……)
少しざわざわとしたが、俺から出る名前を聞こうと、すぐに静かになる。
それはそれで言いづらいのだが、俺はみんなに届く声量でその名前を告げた。
「月見川秋羽。目立つ子だから、みんなも見た事があるかもしれない」
「お……おぉ。誰か知ってるか?」
「山野、特徴はー?」
名前をちゃんと覚えてない人からの質問に対し、言える範囲の特徴を説明しておいた。
主に外見だけだが、それでも何人かは記憶の中に居たらしく、ピンときているみたいだ。
「その月見川って人とは、友達なの?」
「……うーん。会話はした、ってぐらいかな? 下手に友達とか言って、違うって言われたら立ち直れないからなぁ……」
「あー、分かるはその気持ち」
「友達だよな? って、確認するのもちょっとアレだしな」
思ったより発言に対する評価が良かったのか、会話が転がっていく。
男子を相手にするなら、幾分かはマシな、普通の山野近江をお届けできるのかもしれない。
会話を転がしてくれてるのは回りだからあまり調子には乗れないけど、それでも、みんなと心理的距離が縮まった感触はある。
(よしよし、『意外性』は使えるな)
またひとつ、新しい会話の技術を手に入れた事に内心で歓喜していた。男子相手だと遠慮や無駄な気遣いが少なくて済むから、とても楽だ。
発言をした割合的には、たぶん……一割に満たなかったかもしれない。それでも俺にとっては、たしかな手応えだった。
二組の人が風呂の順番を呼びに来てくれるまで、俺達はずっと、下世話な会話を楽しんでいた。
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