第15話 海の見える岬付近の宿舎にて
お待たせしました!
よろしくお願いします!٩(๑'﹏')و
「うっ……吐きそう」
「……お菓子食べてはしゃぐからですよ?」
学校を出発してから二時間近く経って、ついに宇野宮さんがダウンしていた。
もうそろそろ到着すると坂本先生が言っていたが、宇野宮さんの限界もそろそろ来そうだった。
学校を出たばかりの頃は、やれ「お菓子美味しいわ!」やれ「太陽が煩わしわ!」やれ「正義は我が手に」とか宣っていたのに……いや、元気過ぎたから今こうしてグロッキーなのだろうな。
「あぁ……アレもやっておかないと……うぷっ」
「アレって何ですか……とにかく静かにしておいてくださいよ、もう着きますからね」
「お、近江くぅん……」
「な……ど、どうして睨むんですか?」
「違う! う、上目遣い……うぷぷ……」
顔色を悪くして、ちょっと低い位置から見上げてくる宇野宮さんのその顔は、上目遣いとも言えないし、お世辞にも可愛いとは言えない。
そもそも、このタイミングで上目遣いをする意味もよく分からないのたが、気分が悪すぎておかしくなってしまったのかもしれない。
「もうすぐ着きますよ~、着いたら宿舎の方からお話があるので、失礼の無い様にね」
宇野宮さんが日差しを嫌い、カーテンを閉めていた為に反対側の窓からしか外の景色を楽しんでいなかった。
だが、もうすぐ着くという事で俺はカーテンを開け、自分側から窓の外を観る。
「綺麗な海だ」
シンプルな感想しか出なかった。
行き先は岬付近の宿舎。海があるのは分かっていたけど、それでもその雄大な景色に圧倒されていた。
「宇野宮さん! 宇野宮さん! 海ですよ」
「ゆ、揺らさないで……出ちゃう、出ちゃうからぁ……」
可哀想に、買ってきていた冷たいお茶のペットボトルを額に当てて肩で息をしている。
乗り物酔いをするなら、前の席に居た方が安全だったのに……そんなにお菓子が欲しかったのかな。
意外と食い意地が張っているみたいだな、宇野宮さん。
――あと、五分以内にバスが停まらなければ吐いていた。
そう告げた宇野宮さんは、バスを降りてもヘロヘロだった。
ただ、車内での嘔吐に至らなかっただけマシなのかもしれない。
もしかすると、人が吐いたのを見て、貰い嘔吐をする人が続出するという――一種のテロ行為に発展していた可能性もある。
というか、間違いなく俺が最初の巻き込まれていただろう。
「大丈夫? 宇野宮さん」
「ふっ……これくらいの精神攻撃……っぷ。へ、平気よ」
「無理するなよ?」
「あ、ありがとう。近江君、この後の予定は?」
「えっと……この後は、部屋に荷物を置いて多目的ホールに集合ってなってるみたい。そこで挨拶とかあるんじゃない?」
すぐに休ませてあげたいが、普通の学校とすれば授業中の時間である。
予定表にもお昼休みまで休憩は記載されていなかった。
今日の予定はそこまでも、そこから先も、クラス毎のロングホームルームみたいな時間割りとなっている。
宿泊学習のメインである勉強は、明日の午前中からになっている。
そして、明日の午後はオリエンテーション。早く同級生が仲良くなれるような時間となっていた。
お昼や夕食もクラスメイト達と一緒、時間や人数は減るが風呂や寝る場所も同じ。
これはもう、完全に仲良くなれる仕組みになっている。
(後は、予想外な事態に気を付けないと……)
既に朝から寝坊と、宇野宮さんのバス酔いが起きている以上、気を抜けない。
二度あることは三度ある。むしろ、三度で済めばありがたい。
存在自体が異端児とも言える宇野宮さん。申し訳ないが、一緒に行動するのはここまでにしといた方が無難かもしれないな。
「はい、三組! 行きますよ」
ゾロゾロと坂本先生について行き、広い宿舎へと入っていく。
宿泊棟の他にも建物は幾つかある。多目的ホールなんかも別の建物の中にあるみたいだ。
「一部屋に十人ずつね。うちのクラスは男女共に、前半十人と後半九人に別れて貰うから。一組二組は一階で、三組からは二階なので部屋を間違えないようにね」
(女子の部屋に行こうとする勇者が居たりするのかね)
先生の見張りもあるだろうし、男子と女子の部屋は少なくとも一部屋以上は離されるだろうから、間違って入るなんて起きないだろう。
だから、女子の部屋に向かう奴が居るとすれば……間違いなく勇者だ。
仮に女子の部屋まで行けたとしても、歓迎されるとは限らない。むしろ、リスクが伴う為、嫌われる可能性の方が高いだろう。
女子の部屋に行こう……と、話題として盛り上がるくらいなら良いかもしれないが、実際に行けば晒し者になる。
クラスどころか、学年全体に晒されるだろうな。
そもそもの話。
彼女が居る人からすれば、ギリギリまでその彼女と会っていれば良いだけだ。
そんなリスクを背負う奴は『彼女が居ないです』と宣言している様なものである。
まぁ……まだ入学して間もないのに、高校に入ってから付き合ったカップルが居るとは思えないが。
「山野、俺達は二〇二号室だとよ。二〇一が前半分の男子で、隣は四組男子みたいだな」
「そうなんだ。このまま、今日は終わりになれば良いんだけどね」
「それな! まぁ、それはともかく……いつまで宇野宮はついて来る気なんだ?」
「き、気軽に我が名前を呼ぶとは……くくく。滅びを教えて……」
三宅君の指摘通り、いったい宇野宮さんはいつまでついて来る気なのか。男子の部屋はもう目の前にあって、女子が居るとただ目立つ。
気分が優れないからか、宇野宮さんは勝手に支えとして俺の肩に手を置いていた。
別に良いか……と放置していたけど、ここまでで終わりにしなければならない。
他の男子には迷惑を掛けられないし、俺の評判的に。
というか、早く宇野宮さんにも自分の部屋に行かせないと、先生に注意をされてしまう。
宇野宮さんだけならまだしも、たぶん俺まで何か言われるに違いない。
「ほら、置いていかれてるよ。宇野宮さん達女子は向こうの部屋だから……」
「頭に鳴り響くは亡者達の叫び……(頭が痛いんだけど……)」
「なら、先生に行って休ませて貰いなって」
「同朋よ、闇の賢者を召喚するのだ!(先生の所まで連れて行って!)」
「……なるほど、分からん」
三宅君の呆れる声に半ば同意して、のっそりと歩く宇野宮さんのペースに合わせながら俺も歩いた。
一階から階段で上がってすぐの場所は、ちょっとした広間になっている。
そこから左の通路に行けば男子の部屋、右の通路に行けば女子の部屋だ。
つまり彼女は、来る必要の無い男子の部屋の前まで来てるという事になる。
先生は二階に上がって、部屋の番号を教えてくれたらすぐに、教員用の部屋に戻って行った。
……もしかすると、それが原因かもしれない。
ヘトヘトな宇野宮さんは、話をちゃんと聞いておらず、ただ俺の行く方向に来てしまった……みたいな。
「貴重品は自分で持っておくとしても、他の荷物は部屋に置きません?」
「うむ……苦しゅうない」
「いや、苦しそうにそんな事を言われても……。早く体調戻してくださいね」
「ごめんね、近江君」
「……別に、気にしなくて良いですよ」
……と言ってはみたが、左の通路の手前で俺は立ち止まった。
流石にここから先へと踏み込む勇気は無いし、宇野宮さんが居るとはいえ、入っちゃいけない雰囲気があった。
誰かが出てくるのを待った方が早いか、それともいっそのこと先生の所に行く方が早いかを迷った。
――だが、そこに一筋の光明が照らされた。
階段を誰かが上がってくる音。
もし、その人が女子または女性ならば問題は解決である。
仮に男子でも、何かしら頼む事が可能だ。
ゆっくりと上がってくるその人物を待った。
頭が見え、少し青みがかった瞳が見え、顔全体が見え……そして、その姿の全貌が明らかとなった。
「月見川……さん」
「貴方は昨日の……」
幻痛に違いないのに、ビンタされた頬に痛みが走った。
斜め上の人物の登場に、俺は軽く俯いてしまっていた。
(たしか、月見川さんは男子が苦手なはず……そしてとてつもなく気まずい)
かなり嫌われる事をした自覚があるだけに、接触は避けようと思っていた。
しかし、今は宇野宮さんを優先させないといけない気持ちもある。
女子が来てくれたと割り切って、お願いすべきなんだろうが……月見川さんは宇野宮さんに当たりが強いらしいし、頼んでも却下されるかもしれない。
「ごめんなさいっ!!」
「えっ、あ……どうして月見川さんが謝るんですか!? むしろ、謝らないといけないのは俺の方……」
「それでも、流石にビンタはやり過ぎたかと思って……それに、キミは麻央の友達なんだよね?」
「同朋」
「あっ、宇野宮さんちょっと黙っててね」
俺と月見川さん。お互いに謝る事で、昨日の事は水に流れていった。というか、流してくれた。
月見川さん曰く、男子は嫌いではなく苦手らしい。
昨日の事に関しては、完全に俺と宇野宮さんが悪いのだが、自分も手を出してしまったので……と謝ってくれた。
完全に和解とはいかないかもしれないが、とりあえず俺から彼女に苦手意識を持つ事は無くなった。
苦手と言うのであれば、あまり関わらなければ問題は無いだろう。
それに、成績優秀で品行方正……その姿は俺が目指す優等生の模範そのものである。
「月見川さん、悪いんですけどちょっとお願いが……」
「麻央の友達なら、秋羽で良いよ。私も近江君か近江って呼ばせて貰うから」
「秋羽……さん。何か照れるのでしばらくは月見川さんで大丈夫そうです」
女子を名前で呼ぶって、案外難しいのだと気付く高校一年の春。
よく考えれば、中学時代はまともに人の名前を呼んでいなかった気がする……『汝』『貴様』などなど。
人を苗字ではなく下の名前で呼ぶのにも慣れが必要かもしれない。
「ズルい……じゃなく! 気を付けて近江君……アイツは色魔よ」
「麻~央~!」
「ひぃっ!? 図星だから怒るのね! 近江君、危険よ!」
「月見川さん、宇野宮さんの体調が優れないみたいなので、お願いしても良いですか?」
「あ、うん! もちろん。任せておいて」
「ちょっと近江君!? 裏切るの!?」
いや、俺もそろそろ部屋に戻りたい訳で。女子のゾーンに入れもしない訳で……。
月見川さんにお願いできる今、宇野宮さんの体調を考えると俺の方が邪魔になるだろう。
例え、宇野宮さんが月見川さんにベタベタとされようが、それはまた別の話というやつだ。
「さっさと体調を治してくださいね?」
「私が心配で仕方ないみたい……ね。でも心配いらないわ、この疼く魔力さえ静めれ――」
「麻央! 変な事を言ってないで行くよ。近江、また後で」
なんか……普通の女子に普通に名前を呼ばれるってとても良いものだな。
しかも呼び捨て……不思議な感覚が残っている。
気のせいかもしれないが、月見川さんと普通に話せたのは伊達メガネの効果かもしれない。
真面目に見えるってだけで、かなりの好印象を与えたのかもしれない。
(……この調子なら、友達作りも案外大丈夫かもしれないな)
宇野宮さんと月見川さんが大丈夫そうなのを確認して、俺も自分の部屋に戻って行った。
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