第13話 千恵流レッスン
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人生で初めて同級生の女子にビンタされたのだが、その痛みは心にまでダメージを与えていた。妹様に叩かれるのとは訳が違う。
俺は風呂で可能な限り心を癒した後に、部屋で明日からのオリエンテーションに行く準備をしていた。
……とは言っても、替えの下着や体操服を準備してお菓子を最後に入れて終わりだ。
ちょっとしたイメージアップの為、中学生の頃になんとなく買ってみた伊達メガネも用意してみた。
自分ではそこそこ似合うと思うのだが……明日のクラスメイト達の反応次第で、今後も着け続けるかは決めようと思っている。
イマイチな反応しかなければ、封印してしまう予定だ。
あっという間に終わらせた準備。宿題も特に無い今日の夜は、アニメでも……と、思った矢先にスマホが鳴った。
「宇野宮さん……か。無事に帰れたのだろうか?」
届いたメールを開いて――。
『ちょっと! 近江君のせい……』
という所まで読んで、スマホから目を離した。
確かに俺のせいと言われても仕方ない部分はあるが、元々……元々は宇野宮さんに用があって月見川さんはやって来たのだ。
元凶は、宇野宮さんにあると言っても過言じゃ無い。
いくら宇野宮さんからの変なメールとはいえ無視は失礼になる。とりあえずは読んで返信しなければ……。
『ちょっと! 近江君のせいで、説教されたんだけど! 近江君が帰ったから二人しか居ないの教室で……って、思い出したくも無いわ! アイツ……不思議な事に、男子を除いては私にだけ当たりが強いのよ。変な幼馴染を持ったと自分でも思うわ。近江君もそう思うわよね?』
なるほど、ね。
月見川さんってもしかして……何て想像を膨らませる事は簡単だけど、ほぼ初対面の人に対してアレなフィルターを掛けて見るのはちょっと失礼かもしれない。
でも……男子にツンケンして、女子には優しい。そして宇野宮さんだけには特に当たりが強い……となるとね。
『今回は俺達の悪ノリが原因だから、素直に怒られておこう』
『キーッ! 近江君はどっちの味方なの!? 成績優秀で清楚な見た目の私か! 胸が少し大きいだけのネチネチ女か!』
宇野宮さんが謎のヒステリックを起こしている。
だが、それをネタだと分かりやすくしてくれる点は、コミュ力のあまり高くない俺への優しさだろうか。
まさか……ね。さすがに考え過ぎか。
でも、せっかくのネタにはネタで返して楽しませないと、エンターテイナーとしての名が廃れちゃうな。
男である以上はいつだって誰かを助けるエンターテイナーであらなければ。
(――考えろ、俺。宇野宮さんが喜びそうな言葉をっ……!! 近江、お前ならイケるはずだ!)
俺は自分の中で気持ちを高めて、宇野宮さんへ送るメールの内容を打ち込んでいく。
『俺が誰かに与するとでも? ……と、昔なら言っていただろう。だが今は、我が真名を思い出せば分かるだろ?』
(イタい……イタいイタいイタいイタいイタいイタいイタいイタい!! わ……わぁ~っ! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! 特に最後の『分かるだろ?』が最高にイタい!)
少し前までならドヤ顔で言えていた言葉が、何故か顔から火が出るほど恥ずかしい。
これは宇野宮さん宛のネタ返信のはずなのに、作成した俺の精神力が削られていった。
「そ、送信……くぁ~」
送信ボタンを押して、一人ベッドの上で悶えていた。
「ネタとは言えこんなんじゃ……駄目だな。中二病も完全に卒業しないとな」
スマホの画面を見て宇野宮さんからの返信を待つ。待つ……待つ。
その日、幾ら待っても返信が来ることはなく、ただ恥ずかしい文面を送っただけで、終わりとなった。
◇◇◇
『我が真名を思い出せば分かるだろ?』
そのフレーズが頭の中でリフレインしていた。
何回も何回も、時には背景のイメージを戦場にしたり、他にはピンチの主人公が仲間に鼓舞されるシーンだったり。
兎に角、ただ格好良いその台詞で、頭をいっぱいにしていた。
「ん~~っ! やっぱり、近江君は凄いわね! 凄くて凄くて凄い! 何でこんな格好良い台詞をサラッと言えるのかしら? 魂? やっぱり魂なの?」
「麻央~、明日の準備は出来た~? 入るわよ~?」
今回はちゃんとノックをしてくれた千恵さん。
だけど、こっちから許可を出してはいない……そう言ってもあまり意味は無いから、千恵さんに関しては少し諦めている。
「くっくっく……愚問ね」
「そう、なら良いけど。あ、今日も叔母様達は遅くなるみたいよ?」
「お父さんもお母さんも忙しい時期なのかな? 仕事だから仕方ないわね……」
「おやおやぁ~? 少し前まで寂しがっていたのに。例の近江君って子との連絡で、寂しくは無くなったのかなぁ?」
また、千恵さんのイジワルが始まろうとしている。私には分かる。
だけど、前回は咄嗟の事で近江君の名を出してしまったのが、より千恵さんを楽しませる原因となった。
私は学習する大魔王。今回は早々に部屋からお引き取り願うわ。
「そんなんじゃ無いわよ! 明日に備えてもう寝るから、もう出ていって!」
「ねぇ、どんな子かくらい教えてくれてもいいんじゃない? 写真とか無いの?」
「無いわよ! 持ってたとしても、どうせからかうんでしょ!? 分かっているんだから」
「私は、従姉妹として心配してるのよ? 麻央も華の女子高生なのに、色恋の『い』の字も見えてこないから。彼氏の一人や二人は家に連れて来て貰わないと……」
余計なお世話と口から出そうになったが、寸のところで堪えることができた。
このままだと、また千恵さんにペースを奪われてしまう。
彼氏なんて、『終末を呼ぶ理』の私には必要無い……そう、出来ないんじゃなくて、必要無いの。
面倒だけど、千恵さんにもそこだけはしっかりと伝えないといけないといけない。
「私には……」
「というか、近江君って子は彼女は居るの? 聞いてなかったけど、そこをハッキリして貰わないと、私だけ盛り上がってもねぇ?」
「……え?」
近江君に……彼女?
いや、でも……同志である私にそんな情報は入ってない。
それに、そんな雰囲気も無かったはず。だけど、もしかすると中学時代から付き合ってる人が居たり……?
あれだけ格好良い台詞を言えるんだから……可能性は否定しきれない。
居るのだとしたら……これは、困るな。だって……。
――共に『学校に存在する光属性を成敗しよう計画』が白紙になっちゃう!
計画自体は今日、月見川に説教された時に思い付いたものだけど、この計画には近江君の存在が必須。
あの月見川はやけに女の子には優しい。
きっとその見返りに、女子達を男を近付けさせない為の盾にするつもりなのは明白だ。
説教中、やたらむやみに手を握ったり、肩とかに触ってきたのだって、きっと何かの罠だったに違いない。
「もしかして、知らないの?」
「うん……困った。私の計画が……千恵さん、どうしたら良いの?」
「ふっふっふ、任せない麻央! 私が男の奪い方ってのを教えてあげるわ!」
……ん? 何かよく分からないけど、微妙に何かが違う気がした。
でも、千恵さんのアドバイスで近江君が計画に協力してくれるようになるのなら問題無いわね。
「まずは、ドキッとさせる仕草や表情からね」
いつもはそろそろ寝る時間であるのだけど、千恵さんから仕草や表情のレッスンが始まった。
でも……これって本当に意味があるのかしら?
千恵さんが言うには、男は単純らしいけど……あの近江君がこんな簡単な事で絆されるとは思えないけど。
「もっと角度を意識して、上目遣いは武器になるのよ!」
「ち……千恵さん、これで本当に近江君は手伝ってくれるのかしら?」
「大丈夫! 手伝うどころか、麻央にメロメロよ! 何だってしてくれるはず」
「メ……メロメロ!? 近江君が……私に。フ、フフッ……我が魅力の虜となるのは仕方のない事ね……」
千恵さんの特訓は零時近くまで掛かって、ようやく終わりを告げた。
明日は早めに家を出ないといけない事と、明日からの準備も忘れてて、慌てて用意してから眠りに就いた。
近江君からのメールの返信をしてない事に気付いたのは翌朝。
ただ……やはり少しだけ予定より遅く起きた私は、返事をする間も無く家を出る事になってしまった。
「後で……直接あの言葉の格好良さを伝えれば大丈夫かな?」
学校へ行くのが楽しいなんて……思う日が来るとは思っていなかった。
いや、正しくは学校じゃないかもしれない。
私は……近江君に会うのが――。
◇◇◇
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