第10話 メールだとギリギリ伝わる
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文芸部の部室を後にした俺は、宇野宮さんと一緒に駅まで向かっていた。
「近江君、さっきの文芸部だけど……何か怪しくなかったかしら。私の読み通りだと、あの桜井先輩は何か嘘をついているわね」
(ブロッサム先輩……)
夕陽に照らされた宇野宮さんが、遠くの空を見つめながら言っている。
どんな読みをしたらそうなるのか聞いてみたいが、話が長くなる事になるだろう。
だから――。
「そうだな」
ただ、肯定してみた。
宇野宮さんの中で、桜井先輩がどんな嘘を吐いているかは知らないけど、どうせ宇野宮さんの当てずっぽうだろうから。
「ふふっ……流石に近江君も気付いたのね。あの光の魔力を。バレー部の保利先輩に始まり、この学校には私達と敵対する組織に属している者が多いわ。近江君……それでも、文芸部に入ると言うの?」
「宇野宮さん、リスクを背負わずに世界は取れない。だろ?」
「――ッッ!! そうね! 私とした事が少し弱気になっていたみたい。私達二人なら世界だって取れるわ!」
話に乗ると長くなり、乗らなくても乗らないで、宇野宮さんは勝手に話を続ける。
飽きないというか、話題が尽きないのは良い……のかもしれない、どうしても反応に困ってしまう。
それでも相づちを打ちながら、駅までは話しを続けていった。
主に宇野宮さんしか話して、俺が相槌を打つという状況だったが……大宇宙の闇の組織の話になった所で、終わりの時間がやって来てた。
「じゃあ、俺こっちだから。また明日」
「私はこっち! じゃあ、また夜にね!」
(そうだ、夜にメールを送らないといけなかったんだ……)
すっかり忘れていたが、今日から宇野宮さんにメールを送る予定になっていた。
こんなに濃い話をして、夜にもメールで話をする……そう考えると一日の大半が宇野宮さんに奪われている気がしてくる。
それにしても……普通の高校生はこんなに会話していったいどうするのだろうか?
機会があったら誰かに聞いてみたいけど「普通だろ」とか返されても怖いし、聞けないかもしれない。
電車に揺られて家に帰り、普通に家に入る。詠唱してから玄関を開ける事もなく、母さんを巻き込んで寸劇をする訳でもなく。
「ふぅ……。なんか俺だけ学校生活がハードモードな気がするな」
自分の部屋に着いて、ようやく一息ついた。
晩御飯にはまだ時間があるし、勉強する気にならない。
ただ……「何もしないのもなんだかなぁ……」という気持ちで、帰宅して早々ではあるが、宇野宮さんへメールを送ってみる事にした。
「うん……何を送ればいいんだろ?」
メールの本文を打ち込む画面までは開いたのに、そこで手が止まる。
聞きたい事は無いことも無いが、そこが踏み込んで良い領域かは微妙である。
当たり障り無い事を送って、それで良いのか疑問になる。
(そういえば……宇野宮さんってメールだとどうなんだ?)
ふと思い浮かんだ疑問。
普段の言動は少し痛い宇野宮さんではあるが、もしかすると文面だと普通なのではないか? という淡い期待。
もし、そうなら個人的にはかなり助かる。
俺の普通への更正プログラムが、宇野宮さんだけで事足りてしまうかもしれない。
『もっと沢山の人と関わらないといけない。でもそれは、少しハードルが高いな』と、思っていた所だ。
それなのに、宇野宮さんか普通のメールだった場合――学校では、反面教師として習い、メールでは普通の教師として見倣えば良いという訳だ。
「『さっそくメールしてみました』……っと、これでいいかな?」
宇野宮さんの反応を見るためにメールを送る。
そう考えたら、俺からは何を送っても問題ないと、開き直れた。
このスタンスで居れば考え過ぎなくて良い上に、継続も出来そうだ。
送ってから三〇秒も経ってないと思う。宇野宮さんからの返信が届いた。
なんか……嬉しいと思ってしまうのは仕方ない事だ。
女子とのメールなんてほぼ無かった訳だし。
『この時を待ち詫びていたわ。まぁ、アポカリプスの導きによって、この報せが来るのは分かりきっていたのだけど』
「駄目かぁ。やっぱり宇野宮さんは宇野宮さんって事ね……」
残念に思いつつも、なんだか少し……ホッとした。
俺の中で宇野宮さんは『やっぱり、こうじゃないと!』というのが形成されつつある。
きっと、宇野宮さんを普通という枠内に収めるなんてのは無理だ。
『宇野宮さんって、いつも何時くらいに寝るの?』
『そうね。闇を感じて、力を蓄えたら……かしらね』
(なるほど……分からん!)
俺は電話をすると自分から切れないタイプだ。
だから、メールでも宇野宮さんから終わって貰おうとだいたいの寝る時間を知っておこうと思ったが……これはいつ寝ると言っているのか。そもそも、言っているのか分からない。
宿題するから、風呂に入るから、寝るから。
この辺りが会話を切り上げる為の必殺ワードだと思うのだが……果たして宇野宮さんに通用するのだろうか。
例えば、宿題するから――『私もするわ! 近江君と我が知識を合わせれば、謎はこの世から消える。さぁ、解き明かしましょう?』
例えば、風呂に入るから――『血に汚れた手は洗い流しても取れないわ……でも、覚悟は出来てるんでしょ? 私は、ここで待つわ』
例えば、寝るから――『あ、深夜アニメ始まるわよ? やっぱりリアルタイムで観てこそでしょ? 観ながら話しましょ!』
そんな事を言うのかは分からないが、ざっくりとした予想は可能だ。
だが、何となく、本当に言ってきそうで怖くなる。
となると、別の方法を考えないといけない。
宇野宮さんをどうするか、考えて、考えて、考えて……出た答えは実にシンプルだった。
(うん! なんだか宇野宮さん相手なら、普通に無視しても構わない気がしてきたな。眠くなったら普通に切り上げますか!)
宇野宮さんが言うには、毎日メールするのが普通らしい。
だが、本当にそんなに続くものなのだろうか?
今でさえ……宇野宮さんと話す話題が無いに等しい。
(まぁ、続かなくなったらその時はその時。宇野宮さんだってそんなに暇じゃないだろう……一応は女子高生な訳だし)
宇野宮さんからの更なる返信に返信した所で、一階に居る母さんからお呼びが掛かった。
母さんと二人で食べる晩御飯。食べながらの会話で、妹様は学校から塾に直接向かったらしく、帰りは遅くなると聞いた。
「近江ちゃん、学校はどう? もう慣れた?」
「あ、うん。今の所は……プラスかな?」
「そうなのね、良かったわ。後は女の子でも連れて来てくれると安心できるんだけどなぁ……」
一瞬、宇野宮さんが頭に思い浮かんだが、すぐに消し去る。
せっかく脱中二病をしたと思われているのに、宇野宮さんを連れて来てしまったら問題になってしまう。
ただ、そうなると……しばらくは母さんを安心させてあげる事は出来ないかもしれない。
何か返事しようにも何も言い返せず、ついつい乾いた笑い声が出るだけだった。
◇◇◇
夕食を終え、テレビを観ながら宇野宮さんに返信して時間を潰し、寝る前に宿題と風呂を済ませたら、ようやく一日が終わった。
明日は普通の授業だが、放課後は金曜日からの宿泊学習の為に準備をしなければならない。
とは言っても、お菓子を買うくらいしか特別な事はしない。
プリントにはお菓子の持ち込みは禁止と書かれてあったが、バスでの移動中とか食べたくなる。気分は遠足そのものだ。
この宿泊学習の目的は『一年生同士、クラスメイト同士で仲良くなりましょう』という事なんだと思う。
思うに、お菓子はその架け橋になるに違いない。
これを期に他のクラスの人達と少しでも話せる間柄になれれば……と、密かに計画している身としては、必須となるアイテムだ。
『――という訳で、更なる努力が活路を照らし出すのよ』
もうそろそろ寝る時間だが、宇野宮さんとのメールはまだ続いていた。
この文面だけを見れば、良いことを言っている感じはする。
だがこれは、どうやってミステリアスな雰囲気を出すのかを考えているだけである。主に宇野宮さんが。
『だからと言って、奇抜な髪型は浮くだけだと思うよ?』
『駄目……かしら? 星の形とかを髪で演出できたら神秘的じゃない? 闇のオーラを髪で具現化するのも良いわね』
そんな事を思い付く宇野宮さんの頭の中が、既に摩訶不思議だ。
あまりにも言葉が難し過ぎて、とうとうどうにか意味の伝わる言葉で会話をお願いしていた。
直接の会話なら、まだニュアンスと言うか雰囲気で伝わる事もある。だが、文面にすると途端に難易度が爆上がりになった。
でもとりあえず、この調子なら大丈夫だろう。今後もメールでなら普通に話せるかもしれない。
普段は雰囲気で話す宇野宮さんも、文字に起こす際は伝わる言葉を優先してくれているみたいだから。
『大丈夫だって、宇野宮さんはもうミステリアスだから』
『本当に!? やっぱり……闇に属する者としての力が溢れているせいかしら? それが民衆には触れてはならない禁忌に思えるのかもしれないわね。抑えているつもりではあるんだけど……どうしても少しは、ね?』
このパターンの宇野宮さんからのメールが、返信の内容を考えるのに一番時間が掛かる。
どこから会話を拾って広げれば良いのか分からないし、そもそも下手に突っ込むとまた長くなる。
このメールこそが、触れてはならないものだ。
俺は中二病を辞めようと思っているが、中二的な言動が格好良いと思っているのは今でも少しはある。そこは否定しない。
でも、今では自分がやっていた事を恥ずかしいとも認識している。
だから……俺だけは。
俺だけは、みんなが宇野宮さんを恥ずかしいと思ってもそう思わないでいてあげようと思っている。
表面だけだった俺とは、また少し違うからな。
「じゃあ、そろそろ寝ても大丈夫?」
それから数回やりとりをした後に、俺から寝ると伝えてみた。
宇野宮さんの事だ、もっと延びるかと思ったのだが……意外にも「我も睡魔を解き放とう」と返信が届いて、すんなりと終わった。
拍子抜けな感じを味わいながらも、ちょっと安堵した。
その日は夜中になる前に、眠りに就くことができた。
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