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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
98/105

98☆自分なりの幸せ

 

 沈黙は肯定、ということだろうか……。

 騒々しい店内に似つかわしくない会話だが、静かすぎたらきっとどちらも慎重になれないだろうからちょうどいいかもしれない。

 雑音に紛れ、ぼくは再び低く問いかけた。

「ぼくが汐音のお姉さんのこと好きになったら別れるんだ?」

「……それで2人が幸せになるんなら……」

「ふーん、あっそー」

 今にも泣き出しそうなくせに、何言ってんだか……と苦笑が漏れる。ぼくは両手を頭の後ろ手組み、背もたれにぐっと寄りかかった。

『私は汐音が大事だから、大事な妹には自分なりの幸せを見つけてほしいなぁって思ってる』

 さっき言われたばっかなのに、もう忘れたのかよ……バカ汐音……。

「汐音はさ、ぼくといれば幸せなわけ?」

「……」

「こんだけ心配が尽きなくても? いっつも不安に駆られてても? それでもぼくが汐音のことが大好きだったら幸せなわけ?」

 ちょっと卑怯な質問だっただろうか。彼女の返答が肯定でありますように、と片耳に集中した。

 だが、入ってくるのは食器のガチャガチャと客の話し声の雑音ばかり。汐音にとっての『自分なりの幸せ』は、そんなにも探しにくいものなのか、とちょっとへこむ。

「あのさぁ」

 何十分にも思えた沈黙の我慢比べに負けたのはぼくです。

「確かにお姉さんは魅力的な人だよ。汐音と違って穏やかだし優しいし大人だし。踏んだり蹴ったりもしないだろうし、きっとぼくを雑に扱ったりしないだろうしさ」

「……そうね」

 やっと、一言だけ返ってきた。ぼくは上半身ごと汐音に向き直り、すっかり肩を落としてしまった彼女の顔を覗き込んだ。

「でもさ、いっつもぼくが不安にさせてばっかりなのに、不安になるくらい好きでいてくれる汐音が1番だよ? 2番から9番はいなくて、お姉さんは10番くらいかな?」

「……そういうのいいから」

「あー、もうっ。ぼくってばほんとに信用ないんだなー……」

 自業自得なのは重々承知なのでこれに関しては何も言い返せない。

 ほんとにお姉さんのこと好きだったらどうするんだよ……。汐音の『自分なりの幸せ』って、ぼくを手放したらなれるもんなのかっつーの!

「考えすぎだよ。お姉さんが気になってるとかそんなんじゃないから」

 彼女の目が泳いでいる。この言葉を信じていいのか悩んでいるのだろうか。「ね?」と返事を急かすと、チラリとこちらを向いた。ちなみに汐音のひとつ隣の席のおじさんもこちらを向いた。おじさんには聞いてません。

「そんなにぼくのこと好き? ねーねー、悩みすぎてハゲちゃうくらい好き?」

「……そういう自信過剰なとこは嫌い」

「うっそだぁ、『茉莉花がお姉ちゃんのこと好きだったらどーしよー! 茉莉花を取られたらどーしよー!』とかとか、いっぱい考えてたんだろー? ハゲるぞ、マジで」

 にやにやしているぼくに、照れ隠したっぷりのボディブローが飛んできた。そう来ると思っていたので片手で受け止めた。まともに喰らったらシャレにならない。カニさんたちの逆襲にあってしまう。

「ほんとに違う?」

 ちょっぴり頬を赤くしているので、かわいいなぁとニヤつきが止まらないぼくは二度頷いた。唇が尖っているので疑いがゼロになったわけではないのだろうが、ボディブローをよこしてきた右手を引っ込めようとしていたので、そのまま包むように恋人繋ぎをした。

「違うよ。こんなにぼくを愛してくれてる汐音を、ぼくが手放すわけないだろ?」

「ば、バカっ! 恥ずかしいからこんなとこでやめてよね。そっちこそあたしのこと大好きなくせに」

「へへーんっ、さっきまで泣きそうだったくせにぃ」

 顔を近付けると、彼女はますます真っ赤になって「うるさいっ」と手を引っ込めついでに身体ごと反対側を向いてしまった。が、隣のおじさんと目が合ったらしく、こほんと咳払いをしながらカウンターに向き直った。ちょっとおもしろい。

 まったく、喜怒哀楽が忙しい彼女だこと……。

「じゃあなんだったのよ」

 ストローの先端をがじがじしながら、彼女がぼそっと尋ねてきた。

「うん? なにが?」

「なにがじゃないわよ。ずっと心ここにあらずだったじゃない。あたしとお姉ちゃんがしゃべってる時からずーっと」

 我ながら嘘も隠すのも下手くそだなと思った。ぼくの変化を察していることを隠していた彼女の爪を今夜は切らせていただこう。煎じて飲んだりはしないけど。

「あー……うん、ぼくもお姉ちゃんほしかったなーって思っててさ。ぼくにお姉ちゃんいたらどうなってたかなーって色々考ちゃってて」

 半分事実、半分嘘なので、これはさすがに真っ赤な嘘と判定されなかったようだ。彼女は「あー、確かにねぇ」と妙に素直に納得した。それはそれで心苦しい。

「あ、限定のかぼちゃのブリュレあんじゃん! うわぁ、安納芋モンブランもめっちゃ捨てがたいなぁ。ねーねー汐音、半分こしようよ」

 季節限定メニューを差し出す。彼女はお目々をきらんと輝かせた。しかし、やはりあの言葉が気になるのか、「い、いいけどぉ……」とごにょごにょ言いながら頬に両手を添えている。

「半分こだから罪悪感もぼくと半分こだろ? よっし、次はホットティーでいこうかな。甘いの食べるから、お砂糖なしでお願いー」

 強引に話を進めてみた。彼女はまんざらでもない顔で「はいはい」と席を立った。ぼくはその背中に懺悔する。

 違うんだよ、汐音……。口に出してしまったら、君までつぶれてしまいそうで言えなかったんだ……。

 結婚して子供を授かるだけが幸せじゃないとぼくらに言っていたけれど、あれはきっとお姉さん自身が自分に言い聞かせていたんだと思う。

 男嫌いな汐音は気付かなかったんだ。卵巣の病気で、将来子供ができないかもしれないと宣告された19歳の葛藤を……。

 あれだけ妹思いのお姉さんだ。家族がいるから幸せと言っていたお姉さんだ。

 あの人ならきっと、温かい家庭を築けるのに……。

 神様はいじわるだ……。

 病名を明かされた時、汐音は汐音なりに励ましていたし、お姉さんも「妹たちが娘みたいなものだからねぇ」と冗談を言って笑っていた。

 だけど、ぼくには強がりにしか聞こえなかった……。

 残酷な事実に、ぼくは動揺を隠せなかった。ショックが大きすぎて……。

 汐音の笑顔を見る度、絶望を隠し続けたお姉さんと重なってしまう。独りになった途端泣いているんじゃないかと、余計な想像までが膨らんでしまう……。

「たまにはあんたもハゲなさいよね」

 ソーサーごとティーカップをことりと置いた汐音がどんでもないことを口走った。

「はいー? たまにハゲるってどういう現象だよ。そしてその言い方だと、汐音がたまにハゲてるって意味になるぞ?」

「ハゲてないわよっ、バカ。そのふわふわ猫っ毛、むしり取ってあげましょうかぁ?」

「や、やめろっ。汐音が言い出したんだぞっ?」

「あんたが言い出したんじゃない、ハゲって」

「違うだろー、汐音が先にハ……」

 彼女越しに睨んでくるおじさんと目が合った。不機嫌そうに伝票を手に取り席を立つその後頭部には、まん丸お月様が……。

 ご、ごめんなさい、おじさんっ!

「かぼちゃのブリュレ、多めにくれたら許してあげてもいいわよ?」

「許すってなんだよ。じゃあモンブランはぼくが多めでいいんだな?」

「なんでよ、ダメに決まってんでしょ?」

「おいー、なんでだよー」

 ツッコみもスルーでピンポンを押す彼女の横顔は、やっぱりちょっと丸くなったかもしれない。ぼくが言ったらどうせ痛い目をみるので言わないけど。

 窓から入る陽を浴びてブロンドに光る彼女のトレードマークを眺めながら、ぼくの幸せはこういうわちゃわちゃしてる瞬間なのかなー……としみじみ思う。

 彼女にも同じ答えを期待するけれど、今は聞かないでおくことにする。

 おいしいものを頬張っている時以外に聞かないと、ね。

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