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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
97/105

97☆敗北宣言

 帰り道、ぼくはずっとぼんやりしていた。

 病院の自動ドアを出たところで、駅前経由のバスがちょうど来た。数十分に1本の電車も待ち時間なく乗れた。「田舎は乗り継ぎの待ち時間は当たり前なんだけどねー」と言われてもツッコみづらい。

 バスの中でも電車の中でも、汐音はいつになくご機嫌だった。地元で何をしてきたわけでもなく、ただ実家に20分、お見舞いに1時間半いただけなのに、それでも彼女はいつになくご機嫌だった。

 ほとんど地元の話をしない汐音だが、やはり家族と接すると落ち着くのだろう。角が丸くなったような喋り方に感じる。柔らかくはにかむ笑顔を向けられると、やっぱりお姉さんに似てるなぁと思った。

 家族に会っただけでこんなにも心安らげるのなら、彼女にもっと気楽に帰れる場所であってほしい……。

「ねぇ、聞いてる?」

 彼女とお姉さんの会話を思い出していた。隣から声をかけられてハッとする。気付けば学園前駅まであと3つだった。行きはとても長く感じていたのに、帰りはあっという間だ。

「あー、聞いてるよ? お姉さんがなんだって?」

「お姉ちゃんじゃないー、帰りにコンビニで新商品スイーツ見に行こうって話しー。まったくもう、寝ぼけてる?」

 けたけた笑っているので「そうかも」とぼくも笑うふりをした。マスクをしていると作り笑顔がバレにくくて助かる。

『守ってあげて? あぁ見えて弱いの。だからあの子が壊れないように、どんな関係でもいいからそばにいてあげてくれない?』

 差し出された小指を包み込んだ両手を開く。思い出して熱が蘇ってきた。

 あれからずっと、喉の奥に何かが引っかかっている。飲み込みきれない何かが、腹の手前で渋滞しているような……。

 学校生活の話、入院生活の話、仕事の話、家族の話……。話題の尽きない姉妹の会話を聞きながら、ぼくはずっとぼんやりしていた。汐音には「まだ緊張してるの? あんたらしくないわねー」と笑われていたが、ぼくは一言二言返すのが精一杯だった。お姉さんはただ、そんなぼくらのやり取りを微笑ましく見守っているだけだった。

 あの時……なぜお姉さんは首を振ったのだろう……。

「降りるわよ?」

 手首を引かれ、いつの間にか学園前駅に到着していたのだと気付く。慌てて立ち上がるぼくを周りの人が不思議そうに見ていた。

「そういえば買い物は? ショッピング行きたいって言ってなかった?」

 改札を出る直前、思い出したように汐音が足を止めた。ぼくはICケースを取り出しながら振り返った。

「あー……大丈夫だよ。マスク買うついでに何か買おっかなーって思ってただけだから コンビニ寄って帰ろ」

「うん。でも直帰はしたくない気分……。ねぇ、コンビニスイーツは今度でいいから、ファミレスでも行かない? ファミレスなら茉莉花が楽に食べれそうなものもあるかもだし」

 そういえばお昼をまだ食べていなかった。ケガをしてから柔らかいものばかり食べていたので食が細くなったからか、お昼をとっくに過ぎていたことに今更気付いた。

「あー、ごめん。汐音はお腹空いたよな。いいよ、ファミレス行こう」

「茉莉花は空いてないの?」

「うーん、メニュー見たら食べたくなるかもなぁ」

 曖昧な返事をして改札を抜ける。土曜日とあって駅構内はそれなりに人が多い。柱に取り付けてある大きな時計を見上げれば、13時25分と表示されていた。

 ファミレスまでは10分ちょい。途中すれ違った幾人かの星花生となるべく目を合わさないように歩いた。別にデートを目撃されるのは構わないのだが、ファンの子に見つかるとめんどくさいのでイヤだと彼女が言うからだ。

 二重扉を開けるとファミレス独特の香りが漂ってきた。嗅覚が刺激され、今まで眠っていた食欲が蘇る。「カウンターでよろしければ」と案内されるままに店内へ足を勧めた。

 窓際のカウンター席に並んで座った。店舗が2階なので通りが見渡せる。さすがにこちらを見上げる人はいないだろう。ぼくは数時間ぶりにマスクを外した。ドデカいガーゼがこんにちはした。

「久しぶりだなー、ファミレスなんて。茉莉花はどうせ、子猫ちゃんたちとしょっちゅう来てるんでしょ?」

 これは嫌味なのだろうか、と思いつつラミネートされた季節のおすすめメニューを真ん中に置いた。汐音はそれをチラ見し、すぐに通常メニューを開いた。

「しょっちゅうでもないよ。月2くらいじゃん?」

「それはしょっちゅうじゃない? わぁ、悩むなぁ……」

 キラキラお目々をあっちこっちさせながらメニューを眺めている彼女。ファミレスでこんなに喜んでくれるのなら、たまには連れてきてあげないとだな、と右手で頬杖をついた。

 汐音はチーズインハンバーグを、ぼくはカニ雑炊を、それぞれドリンクバーセットで注文した。丸顔疑惑を気にしているのか、「あたし行ってくる」と、ジンジャーエールを持ってきてくれた。ストローを忘れずに付けてくれたのが有り難い。

 昼食が運ばれてくる間も、彼女はご機嫌に喋り続けていた。ぼくはそれを窓の外を見下ろしながらぼんやり聞いている。ガラスにうっすら映っているガーゼがまだ見慣れない。

 同時に運ばれてきた昼食を前に2人並んでいただきますをした。ティースプーンでちびちび食べているぼくを気遣いしつつ、自分は大口でハンバーグをパクついている。おいしそうに食べている時が1番かわいいと言って怒られたことを思い出した。今日は口にはしないが現在進行系でかわいい。

「ねぇ、茉莉花」

 店員さんが食器を片付けてくれてすぐ、2杯目にアイスティーを持ってきた汐音が、ぼくのグラスにストローを差しつつ問いかけてきた。

「ん? ガムシロなら1つでいいよ」

「分かってるから入れてきた。そうじゃなくてさ……」

 なかなか言い出さないので、彼女のほうを向いた。しばらくして、彼女はちらりと横目をよこしてきた。眉尻が垂れている。申し訳なさそうな表情にも見えた。

「やめてよね、お姉ちゃんに一目惚れしたとか」

「……はい?」

「お姉ちゃん相手なら、あたしはかないっこないから。他の女の子なら、絶対あたしのとこ戻ってきてくれるって信じれるけど……茉莉花がお姉ちゃんを好きになっちゃったら、戻ってきてもらえる自信……ないもん……。お姉ちゃんには勝てる気がしないもん……」

 言葉と表情が裏腹だ。涙声のくせに、精一杯笑顔を作ろうとしている。平然を装ってする話しじゃないだろ、と半ば呆れた。

「何言い出すのかと思ったら……。バカだなぁ、そんな心配いらないよ。仲良くなりたい子にはすぐ連絡先聞くぼくが、今日は聞かなかったの気付かなかったのか?」

 半笑いしているつもりなのだが、汐音はそっぽを向いてしまった。無駄にアイスティーをかき混ぜると、氷がカラコロと心地よい音を立てた。

「あんたがぼーっとしてる時は、大体葛藤してる時なのよ。あたしが気付いてないとでも思ってるの? この間、公園に行った時と同じ顔だもん。自分の気持ち確かめてるような、バカみたいな顔。無理だから。あたし、お姉ちゃん相手に横恋慕とか無理だから……」

 声が震えていた。一気に捲し立てた彼女はグラスを握りしめて俯いてしまった。

 一度窓に目を向けると、ガーゼを貼り付けた情けない顔の獅子倉茉莉花と目が合った。

 ぼくは長いため息をついた。喉の奥のもやがどんどん広がっていく。

「じゃ、別れる?」

 ぼくはアイスティーを一口含み、冷ややかに問いかけた。彼女がゆっくりこちらを向いたのが視野の端に映った。彼女は答えない。ぼくは目を合わせなかった。


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