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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
93/105

93☆勇者様

 

 準備室に2人。宝城結衣と名乗る先輩は無表情のままだ。

 耳を疑った。しかし嘘とも事実とも読み取れないので聞くしかない……。

「つまり……ぼくの従姉妹ってこと……?」

 母さんからも婆ちゃんからも、従姉妹の存在なんて聞いたことがなかった。正月に父さんの実家に遊びに行ったことがあったので、父方の親戚は大体会ったことはあるけれど。母方については何も聞かされていないし、兄弟がいるなんて疑いもしなかった。

 てっきり一人っ子かと思っていた……。

「知らないでしょうねぇ、富も美貌も持ち合わせて光の中で生きている君たちは。輝かしい女優人生を歩んでおきながら、妊娠をきっかけにあっさり引退した君のお母様には、できそこないの兄がいるのよ?」

「それがあんたの父親ってわけ? ……言い方からすると、どうせ自分は俳優になれなかったとか、売れなくて別の仕事してたとかっしょ?」

「まぁそんなとこ。才能も美も何もなかった父は妹が羨ましくて仕方なかったのよ。妬んで妬んでどうしようもない父は、君の両親の結婚式の直前から親戚とは音信不通にしてるってわけ。私も最近になって聞かされたの。笑えるでしょ? ちっちゃい男よねぇ」

「そういうあんたこそ、性格わる子ちゃんのままでいると、見た目もブス子ちゃんになっちゃうぞ? ぼくや母さんのような整った顔が欲しいなら、もうちょっと性格直したほうがいいんじゃね?」

 初めて結衣の表情に変化があった。少し煽りすぎたか痛いとこを突かれたか、結衣はさながら鬼のような形相でピンキングハサミをぼくのこめかみに振り下ろした。

「うるさいっ! なんの苦労も知らずにのうのうと王子様ごっこしてるお嬢様になにが分かる!」

 一瞬、視界に火花が散った。汐音と出会った夜、目覚まし時計が飛んできたことを思い出す。いや、距離が近い分、今のほうが二倍は痛いかも。こりゃたんこぶ確定だ。

 だがここで怯むわけにはいかない。この理不尽な取り引きを片付けて汐音の無事を確認するまでは……。

「なんの苦労も知らないのはそっちだろ? ぼくはぼくで、結構苦労してんだ。あんたみたいな根暗従姉妹に因縁付けられたりとかね」

「私だって知りたくなかった! 叔母の存在もお前の存在も! でも父は見かけてしまったんだ、校門をくぐるお前の姿を。自分の欲しいものをさらりと手に入れてしまう憎たらしい妹にそっくりだからすぐに気付いたと言っていた。私たちは私たちで平和に暮らしていたのに、お前に遭遇してしまったことで、父は変わってしまった。私たちの生活はお前がここにいることでぐちゃくちゃにされたんだ!」

「……とんだとばっちりだねぇ。かわいいかわいい菫ちゃんを思い出して気が狂ったってか?」

「想像できるか? それ以来、『お前は俺に似てブサイクな出来損ないだ』だの、『菫に似ていたら、お前も今頃幸せだっただろうな』だのと罵られて……。17年間、一人っ子で大事に育てられてきたのに、お前と出くわした途端に罵倒され続けている私の気持ちが分かるかっ?」

 完全に逆上している。こうなると頭を下げようが抵抗しようが、結衣の怒りは済みそうにもない。うちの彼女のお怒りなんて、子犬の甘噛み程度だったんだな、なんて今更実感した。

「ふんっ、口ではかっこつけてるくせに顔色悪いじゃないの。私が怖いの? 私も父が怖い。会社から帰ってくると、毎日毎日怒鳴られるんだもの。幸せは顔で決まるわけじゃないと思っていたけど、毎日毎日毎日毎日お前と比べられてブスとののしられてくると、やっぱり自分は不幸なんだって思ってきてさぁ。お前さえ不幸になれば、父だって穏やかな父に戻ってくれるんだよ! 目障りだから消えてほしいんだよ!」

「自分が不幸だからぼくも不幸に貶めたいってわけね。ぼくが言うのもなんだけど、幸せなんて顔じゃないと思うけど?」

「へぇ? どの口が言うのかしらねぇ。じゃあ試してみる? その美形が崩れても、幸せで言えるかどうかさぁ」

 ピンキングハサミが口を開ける。ギザギザの刃がワニの歯のようだ。冷たい先端が頬に当たる。もう逃げ場はない。ぼくは奥歯をぐっと噛みしめた。

『人がせっかく心配してやってんのにさ。この整った顔に傷が付いても知らなねーからな』

 あぁ、凉ちゃんごめん。せっかく凉ちゃんが心配してくれてたのに……やっぱぼくが甘かったみたいだ……。

「選ばなかったお前が悪いんだからね? 周りでくそうるさいメスネコどもにも赤毛の女にもブサイクとののしられればいい。それはそれで見てみたいねぇ。動画を撮って父に見せたいよ! 不幸になればいいよ、獅子倉茉莉花さん!」

 刃先の冷たさが、一瞬で熱に変わった。頬から流れるそれが、顎を伝ってぽたりぽたりと手に落ちていく。遅れて鋭い痛みが襲ってきた。

「……気ぃ済んだ? まぁこんな傷だけじゃぼくの魅力は欠けないけどね」

 にたっと笑ってみせた。結衣の眉間が一瞬、不愉快そうにピクリと狭まる。しかしすぐにあちらも口角を上げた。

 本当はめちゃめちゃ痛い。心臓が頬に移動したかのようにドクンドクンしている。だが痛さより、くつくつ笑っている結衣への腹立たしさが大きすぎて、流れる赤いものもそのままにジッと睨み続けた。

「ウケる! お前ほんとにウザいわね。 自信過剰もここまでお目出度いと病的だわ。かわいそうに」

「かわいそついでにそろそろ汐音の居場所教えてくんない?」

「さぁね。本当はお前を誘き出すために縛っとこうと思ったんだけど、おとなしく餌になってくれなかった。ここに来る前に私がちょっと入れ知恵したら、血相変えてどっか行ったわよ」

「入れ知恵? 何を吹き込んだんだよ」

 てっきり監禁でもされたんだと思っていた……。無事ならばそれでいい。この場にいないなら汐音に手を出される心配がないので少しホッとした。

 口を開け閉めする度、傷口がズキズキと痛む。血液が滴っていく。ぼくはようやくそれを手の甲で拭った。袖に隠れている、母さんの爪痕を思い出した。いくら凶暴でも、うちの彼女にはまだ傷を作られたことはない……はず。多分たんこぶ程度……のはず。

「こんなとこにいたのね? バカ茉莉花っ!」

 怒声が響いた。結衣とぼくは同時に振り向く。準備室の扉の前に、仁王立ちの赤毛の少女の姿があった。

「し、汐音!」

「なによ、その情けない顔。……この女にやられたの?」

 猫目がギロリと能面を捉えた。

 ぼくが王子様なら、彼女はさながら頼もしい勇者様か……。「近付くんじゃないよ!」と、またもぼくの頬にハサミを当てる結衣の制止も聞かず……。

「はぁ? そっちが近付くんじゃないわよ! うちのペットに勝手に傷付けないでくんない?」

 言ってずかずか入ってくる。そのまま結衣に詰め寄り、ハイキックでハサミを蹴り飛ばした。膝蹴り程度は受けたことがあるが、目線の高さまで足が上がるとは……。鼻先をかすめる風圧もすさまじかった。

 つくづく敵に回したくないと改めて思う……。ちなみにスカートの中身は桜色だった。

「お、おいこらっ、ぼくの顔に当たったらどうするんだ! しかもぼくはペットじゃないぞっ」

「なによ、助けてあげたんだから文句言わないでよね!」

 むんずと手首を掴まれ、傷口にハンカチを押しつけられた。あっけにとられている結衣をよそに、グリグリと圧迫止血してくる。

「いててててっ! もうちょっと優しくしてくれよー! ぼくは汐音のためにだなぁ……」

「あんたが勝手にドジ踏んだだけでしょーが。こんな目立つとこに傷作ったら、真っ先にあたしが疑われるじゃない! 問題起こすのも体外にしてよねっ」

 ……ふ、踏んだり蹴ったりとはこのことだ……。

「怒りの矛先が違うだろー? ぼくは逆恨みされてこんなことになってるんだっ。怒りになら結衣に……」

「はぁ? 結衣ーぃ?」

 呼ばれて結衣がビクッと構えた。さっきのハイキックで相当面食らったらしい。吹っ飛んだピンキングハサミを慌てて拾おうとして汐音に手を踏まれた。

「ぎゃっ! なにするんだ、この凶暴女!」

「凶暴はどっちよ? うちの茉莉花に何したか分かって言ってんでしょうねぇ?」

 汐音はぼくに「自分で当ててなさい」とハンカチを押しつけ背を向けた。結衣の手に少しずつ体重をかけているようだ。「やめろ! 痛い、痛い!」と結衣が懇願している。

 ……つくづく、敵に回したくない番犬だ……。

「先輩だろうが何だろうが容赦しないわよ? 約束しなさい、もう二度とうちらに関わらないって。茉莉花に手ぇ出さないって」

「足をどけろっ! い、痛いっ!」

「どけないわよー? あんたが約束するまでねー」

 踏みつけの刑を免除されたところで、タコ殴りの刑でも執行されそうな勢いなんですけど……。

 背を向けてはいるが、汐音の形相はさぞかし恐ろしいことだろうというのは結衣の悶絶からして想像がつく……。

 いや、もしかしたらちょっとくらいニヤついているのかもしれない。汐音は楽しんでいるのかもしれない。

 ドエスが牙を剥き出しにして、快感を味わっているのかもしれない……。

 う、うちの彼女、恐るべし……っ!




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