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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
90/105

90☆ミニチュア

 

 宝城ほうじょうすみれ。それがぼくの母さんの旧姓だ。

 ぼくは3人の兄さんたちに似ている。それよりなにより、母さんにそっくりだ。物心ついた頃からずっと、コピーだの生き写しだのミニチュアだの言われ続けてきた。

 小学校中学年くらいまでは、美人な母さんを誇らしく思っていた。みんなが振り返る、みんなが羨む、自慢の母さんだった。

 そして、母さんに似ている自分も誇らしく思っていた……。

 女優を続けながら大学に通い、そこで父さんと出会った。母さんは龍一兄ちゃんを授かると共に、宝城菫であり続けることよりも、獅子倉菫になることを、母になることを選んだ。

 獅子倉菫になっても、容姿はずっと『宝城菫』のままだった。母になり、4人目を産んでも美しいままだった。

 20代ですでに起業家として成功していた父さんは、銀婚式を過ぎた今でも相変わらず愛妻家だ。兄ちゃんたちやぼくが呆れる程に仲がいい。母さんの美しさを保っているのは、父さんの愛情も大きいのだと周りは言う。

 4人目にして初めての娘を授かった両親は、それはそれは喜んだと聞く。兄ちゃんたちもだ。15年間生きてきた中で、何度聞かされた話やらだし、そんなことは聞かされなくとも重いくらいの愛情で感じている。

 15年間……そうだ、今日から『16年間』になるのか……。

 *

 2学期が始まった。座学の授業はあくびの連発だけど、服飾理論や服飾実技の授業は大好きだ。お目々がぱっちりになる。

「マリッカぁ、誕生日おめでとー! バースディクッキー焼いてきたのぉ。よかったら食べてぇ?」

「ハッピーバースディ、マリッカぁ! このタオルハンカチ、私だと思って、毎日使ってぇ?」

「誕生日おめでとー! マリッカのためにラブソング作ってきたから聞いてぇ?」

 9月6日、今日はぼくの誕生日だ。登校直後からおはよう&おめでとうのラッシュに、星花女子学園に入ってよかったなとしみじみ思った。

 休み時間の度にも、子猫ちゃんたちが代わる代わるお祝いに来てくれた。ぼくは1人1人丁寧に御礼を言う。ほっぺにチューの挨拶付きで。

「ありがとう。君の誕生日には何をお望みなのかな?」

 耳元で低く囁くと、子猫ちゃんたちは真っ赤な顔でそれぞれリクエストをしてきた。

 決して2人きりでは出かけないぼくと2人きりでデートしてほしいだとか、手作りのチョーカーがほしいだとか、中には手形が欲しいなんて子もいて……ぼくはおすもうさんじゃないぞ? なんて笑い飛ばしてみた。

 汐音と付き合いだして、もうすぐ3ヶ月になる。周知してからファンの子がちょっと減った気もするが、ぼくに恋人ができたくらいで離れてしまうくらいの思いならば仕方ないと割り切っている。

 子猫ちゃんたちと複数で出かけることはあっても、決して2人では遊ばない。汐音との約束でもあるし、付き合う前からそれは徹底していた。『抜けがけはなし』という暗黙の掟もあるとかないとか。

 奈也ちゃんとの一件があり、あれから奈也ちゃんはぼくと協定を組んでくれている。ぼくの目に届かないところまで奈也ちゃんが目を光らせてくれている。

 汐音への嫌がらせや暴言がゼロではないからだ。それでも、カミングアウト直後に比べれば、週に1件あるかないか程度まで減った。

 ファンの子たちは、押しに嫌われるのが1番怖いらしい。『いつもにこにこのマリッカも、恋人を傷つけたらブチ切れるらしいよ?』。そういう先手を千歳と奈也ちゃんが流してくれているので、結構効果を感じている。

 このまま落ち着いてくれればなー……なんて願っているのだが……。

 汐音は汐音で、普段わりと強いくせに危ういところがあるので、結局ぼくの心配は尽きない……。

 もうひとつ、心配なのが……。

 放課後、ぼくはファンの子たちが誕生日パーティーを開いてくれるとのことで部活をサボってカラオケに行った。

 もちろん汐音にはメッセしてある。『黒宮部長にも自分で連絡いれなさいよ? 怒られても知らないんだから』と返ってきた。黒宮部長よりも怖い存在はとりあえず怒ってないようなので、遠慮無く祝ってもらうことにした。

 たくさんのプレゼントや花束を抱え、ほくほくで部屋に帰ったのは午後7時。さすがにちょっと機嫌悪いかなー……とお土産のチョコクロワッサンを差し出した。

「ただいまー。これ、好きだろ? 帰りに買ってきたよ」

「おかえり。……なにその荷物!」

「なにって……」

 お互いの動きが止まる。

 そう。ぼくの心配は、汐音はぼくの誕生日をすっかり忘れてくれてるんじゃないだろうな……ということ……。

「誕生日プレゼント、だけど?」

 ぼくはわざと不機嫌そうに言った。ひとつひとつ自分のデスクに並べていく。乗り切らないので、「花束はどうすっかなー」なんて首を傾げてみた。

「そ、そうよね……。誕生日プレゼントよね、どう見ても誕生日プレゼントよね……。あ、あはははは」

 引きつり笑いをし出した汐音。確信したくはなかったが、案の定忘れられていたようだ……。

「マジかよぉ……。酷いなぁ、言わなくても覚えててくれてるもんだと思ってたよ。どうりで今朝もいつもどぉーりなわけだ? ぼくはてっきり、サプライズは夜なのかな? とかわくわくしてたのにさー……」

「あっ、えっと……花瓶借りてこようか! 茶道部の子ならきっと……あ、華道部か! あ、でも、華道部って花瓶なんか使わないんだっけ? えっと……とりあえず聞いてくるねー!」

 ジト目を向けると、汐音はこめかみをぽりぽりしながら「えっと、華道部華道部……誰がいたっけなぁ?」と目を逸らした。

「言っとくけど、『プレゼントはあたしよ』ってのはナシだかんな? 分かってるだろうけど、ぼくは気持ちとかムードを大事にしてるんだ。忘れてたからって取って付けたようなプレゼントならいらない」

 ぷいっと顔を逸らしてやった。背後で立ち尽くしているのが分かる。忘れていたことに対する謝罪すらないことに気付いて、いよいよ腹立たしくなってきた。

 覚えててくれてるもんだとばかり思っていた……。

 産まれた時から望まれて、愛されて、求めなくとも与えられてきた16年。周りで祝ってくれなかった人なんていなかった。だから、もうすぐ誕生日だなんて言う必要もなかった。バタンと扉の閉まる音がした。華道部の同級生を思い出して花瓶でも借りに行ったのだろう。

 ぼくはため息と共にデスクチェアにドサッと腰かけた。背もたれに強く身を委ねる。ギイッと軋んだ。ぼくの心も軋んでいる。

「マジかよ……」

 両手で髪をくしゃくしゃする。カラオケルームのエアコンの、少しほこりっぽいようなニオイがした。

 生まれて初めての、恋人と過ごす誕生日。どんなわくわくな1日になるのだろうと胸を躍らせていた自分がアホらしい……。

 汐音と付き合いだしてつくづく思い知らされる、人は自分の思い通りにはならないのだ、と……。

 花束をひとつ、手に取ってみた。小さくて黄色い花がたくさん付いている。ジャスミンだ。ぼくの名前になぞってくれたのだろう。鼻を近付けてみた。香りはしなかった。よく見たらこれは造花だ。プリザーブドフラワーってやつだった。

 作られた『美』か……。美しい母さんとうり二つなのに不良品なぼく。ぼくも母さんも周りから愛されてはいるけれど、決定的に違うものがある。

 社会的に認められる容姿の母さんに比べ、ぼくのような中途半端な人間は閉鎖的な界隈でしか生きていけない。一般的には認められないからだ。

 この星花女子学園にいる限りはちやほやされるが、いざ社会にほっぽり出された時の自分は想像できない。母さんや大人たちが言う『普通』を目指さなければいけないのだと思うとぞっとする。

 ぼくにも、自分を作らねばならない時がくるのだろうか……。

 ジャスミンの花束をベッドに放り、ぼくはもう一度髪をくしゃくしゃする。頭が痛くなってきた。冷たいジュースでも買って来ようかと立ち上がったところで扉が開いた。

「ごめん、やっぱ花瓶持ってる子いなかったから、代わりにこれ借りてきたけど……これじゃお花がかわいそうだよね……?」

 言いながら、汐音は手鍋をおずおず差し出してきた。思わず吹き出しそうになったが、誕生日を忘れていた謝罪よりも花瓶を調達できなかった詫びが先かよと思うと急に覚めていった。

 だが、花たちに飛ばっ散りを食らわすわけにもいかず、しぶしぶ受け取った。

 プリザーブドフラワーを除けば、大きな花束が3つだ。ちょっと窮屈だが今日のところは我慢してもらうとして、覆われたアルミを剥がし茎の先端を手鍋に浸した。頭でっかちな花束たちが倒れないように、ゴミ箱でガードしつつベッドの縁に立てかけた。

 ぼくが黙々と花束たちに構っている間、汐音もずっと黙っていた。黙って立ち尽くしていた。今更かける言葉が見つからないのだろう。作業を終えて振り返ると、汐音はびくっと肩を振るわせた。

「『子猫ちゃんたちにお祝いしてもらったんだから充分でしょ?』……とか言わないんだ?」

 わざとへらりと笑ってみせた。だが汐音はしょんぼり俯いてしまった。渾身の嫌味が突き刺さったらしい。

 汐音は俯いたまま、肩をすくめて震えだした。涙を堪えているのか。いつものパターンになってしまうのだろう。涙に弱いぼくが折れてしまうパターンに……。

「泣きたいのはぼくのほうだ。悪いけど、今日は鈴芽ちゃんに交代してもらうよ。明日……もしぼくの機嫌が直ってたら戻ってくる」

 反論がないので長いため息が漏れた。プレゼントたちの開封も諦め、ぼくは歯みがきセットと明朝用のシャワーセットを乱暴にかき集める。強情な汐音が悪いのか、ぼくがワガママなだけなのか、なんだか分からなくなってきた。

「待って、茉莉花」

 すれ違う直前、汐音にがしっと腕を掴まれた。

「何? 今日はもうあんまり話したくない。それとも何? ちっちゃいことで怒ってんじゃねーよとでも言いたいわけ?」

「ぷっ! そんなんじゃないわよ!」

「……はぁ?」

 掴んでいた腕を放し、お腹を抱えてゲラゲラ笑い出した汐音……。怒りを通り越し呆れを覚えたぼくは、こりゃ明日も機嫌直せないな、と黙って回れ右した。

「待ってってばあ。ごめんごめん!」

 背中から腕を回される。ふわっと彼女の香りがした。愛おしいその香りでさえ、今のぼくには起爆剤だというのに……。

「聞こえなかった? ぼくは今、君とは話したくない」

「へーぇ? これでも?」

 意味深な含み笑いと共に、ぼくの眼前に何かをチラつかせてきた。近すぎて見えない。腕から逃れようにもキツく抱きしめられていて動けなかった。とうとう暴言でも吐きそうな口を開こうとした瞬間、彼女がぼくの唇にそれをちょんっと当ててきた。布のような感触だった。

「あたしがあんたの誕生日忘れるわけないじゃない、バカ茉莉花ね!」

「いや、完全に忘れてただろ。今更遅いよ。とりあえず離れてくんない?」

「茉莉花でもそんなに怒ることもあるんだ? じゃあ来年は用意してたプレゼント、ちゃんと忘れずに渡さなきゃね」

 話しながらも、ぼくの唇には布製のなにかがちょんちょんと当てられ続けている。もしかして……? と微かな期待を抑えながら視線を下げると、こちらを見上げる汐音と目が合った。

 正確には汐音ではなくて……。

「かわいいでしょ? 結構似てると思うんだけど。玲ちゃんに作ってもらったの。時間かかるかなーって思って夏休み前にお願いしてたんだけど、玲ちゃんってばぬいぐるみは作り慣れてるからすぐ出来上がっちゃってさ。すごいよね!」

 ぼくの眼前で、きちんと制服を着た手の平サイズの小さな汐音が左右に揺れている。

「……君ってば、ほんとに……」

「なぁに? あたしからのプレゼントに文句でもあんの?」

 ミニ汐音が鼻にキックを入れてくる。反射的に「いてっ」と口にしたが、上履き色の布で覆われた綿の感触だけなので、実際は痛くもかゆくもない。

「は・や・く・い・え・よーぉ!」

「ごめんごめん。朝1番で渡そうと思ってたのにすっかり忘れてただけよ。ずいぶん前に受け取ってたから、それがいけなかったのかなー?」

 やっと身体が解放される。まだもやもやの鎮火しきらないぼくがむすっとしながら振り返ると、汐音はまたケラケラ笑いだした。

「ごめんってばぁ」

「……」

「行っちゃうのぉ?」

 ミニ汐音が「うるうる」と言いながら近付いてくる。言わせてる本人は今にも吹き出しそうな笑顔ですけど?

「行かないよ! バカ汐音め」

「はーぁ? バカですってぇ? 謝ってんのになんでバカとか言われなきゃならないのよ!」

 ふっと肩の力が抜けた。ぼくはシャワーセットたちを床に置き、ミニ汐音ごと彼女を抱きしめる。

「遅くなってごめんね、バカ茉莉花……」

 ゆっくり、彼女の腕が背に回される。

「ほんとだよ。アホ汐音」

「むっ、今度はアホですって?」

 だけど、同じタイミングで吹き出してしまう。やっぱりこれが1番ぼくたちらしい。

「大事にしてよね?」

「ありがと。いつもバッグに入れて持ち歩くよ」

「そ、それはちょっと恥ずかしいから飾っといてよ!」

「やーだね! こっちの汐音はおとなしくてぼくの言うことなんでも聞いてくれそうだしなー」

「はぁ? なんですってぇ?」

 やっぱり、自然体でいられるここが1番落ち着く。

 これからも少しずつ、飾らない、作らない自分でいられる場所を見つけていこう。

 彼女と一緒に……。



2人のわちゃわちゃ誕生日編は以下もございます♪


★「まりりんちゃんのすてきなおたんじょうび」 https://youtu.be/NGovI_pk4jA

茉莉花と汐音をアニマル化した短編。


★第2章 ビビッと編 58話

汐音16歳番外編 斉藤なめたけ様よりいただいた寄稿作品。


★「バースデーは百合色シャンパンで」 https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n0084ig/

汐音20歳短編。ちょっとファンタジックなお話?


★「5月27日、雨のち星」 https://ncode.syosetu.com/n7214hq/

汐音25歳短編。社会人になった2人をどうぞ♪


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