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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
9/105

9☆目に映る肌色?

「それで先週入部届けを書かされたのですか? 災難でしたね、汐音さん」


 あれから一週間、早々とお風呂を済ませていた鈴芽ちゃんを捕まえて、あたしはこの一週間の出来事を一つの取りこぼしもなく語り尽くした。


 鈴芽ちゃんは日本人形のようなおかっぱをタオルでパンパンと叩きながら、「はい」「えぇ」の相槌を交互に繰り返していた。決して嫌々という雰囲気ではなく、むしろ聞き上手で感謝したいくらい。


 自分で言うのも何だけど、息つく間もないマシンガントークだったと思う。鈴芽ちゃんは句読点を掻い摘んで相槌を打って、そして一通り話し終えた事を察した上での質問だった。


 この一週間の濃厚な、そして最悪な展開をベッドに腰掛けて話しているうちに、そういえばこのベッドで間違いを犯した事から始まったんだった……と我に返って勉強机まで移動した。この寮で何人もの寮生が使ってきたと思われる椅子に座り直すとギィッときしんだ音がした。


 あたしの心もきしんでるよ、色んな重圧で。


 重圧、それは先週の「ハモれたら帰してやる」という部長の一言から始まった。歌うのは好き、だけど褒められた事も貶された事もないあたし。今思えば声を気に入られたってだけで少し舞い上がっていたのかもしれない。いや、そうとでも思わないとなぜあの賭けに応じてしまったのか後悔しか残らない。


 あれは酷かった……実に酷かった。部員でも入部希望でもないあたしがまともに思えたくらい……カオスだった。あの地獄の不協和音、ううん、ロックバンドのライブですかって騒音。途中ピアノの音がかき消されて聴こえなかったくらいの大合唱。


 唯一、アルトの歌姫と呼ばれるだけあって、由佳里先輩はさすが上手かった。素人表現でしか言葉に出来ないけど、あのカオスなメンバーにも負けず、ただひたすらハモろうとしてくれてた。


 問題はあの二人、莉亜先輩とあいつ。決して下手じゃない、音痴でもない、むしろ歌声だけを取れば一般人よりも上。


 あの時あたしは初めて知った、歌が上手いだけじゃ合唱とは言えない事を。あれは、あの二人は合唱には向いていないと素人のあたしでも分かる。独唱、そう、独唱ならきっと飛び抜けて上手いのよ。


 結果、もうダメだと思ったあたしは二番の頭で歌うのを止めた。もう絶対ハモれる気がしなかったから。どうあがいてもこの四人じゃ収集つかないと思ったからリタイアした。しょうがないじゃない、最後まで歌うだけ無駄だったんだもん。


 だけどあたしは感じたんだ、あいつは手を抜かずに歌っていた事を。やけくそでも意地悪でもなく、真剣に歌っていた事を。莉亜先輩もあいつも、歌っている時はすごく楽しそうで嬉しそうで、本当に歌が大好きでここにいるんだと痛感させられた。


 だから……あたしの負けでいいやって思った……。


 それに、手を抜くなとあたしが忠告した時の、あいつの冷やかな目……あれは今思えば「バカにすんじゃねーよ」って顔だったのかもしれない。不正を働くんじゃないかと疑われた事が気に障ったのかもしれない。それだけ歌に対してプライドを、自信を持っていたのかもしれない。そう思うと……。


 ……ううん、どうでもいいけど! 嫌いな奴に気分を害されようがどうでもいいけど! むしろ嫌われた方が今後つきまとわれない可能性上がるしね!


「しかもさぁ、『じゃあ仮入部で』って間を取ろうと妥協したんだよ? それでも『一週間待っても来なかったら部長権限でこれを提出するからな』とか脅されて……鬼どころか吸血鬼だよ。あたしの生気を吸い取って活き活きしてたもん。はー……」


「合唱部の黒宮部長といえば、私たちが中等部の頃から人気ありましたよ。ご自身も相当美声で『アルトの女王』と名高かったですし。あと、汐音さんのおっしゃる通り、声フェチでも有名でしたねぇ。綺麗な声の子を見つけては合唱部へ強引な勧誘をし続けるとも聞いた事ありました」


「マジか……それを早く聞きたかったわぁ」


先に知っていたところでまさかあたしが該当するとは予想も出来なかったけど。


「では結局のところ、入部届けは受理されたのですか?」


「うーん、分かんない。明日でちょうど一週間だったから行ったのに、今日は合唱部自体がなかったとかいうオチだったんだよねー。酷くない? 先に言えっつーの」


「汐音さんのお怒りもごもっともですが、入部を渋っているのは獅子倉さんの事以外にもあるのですか? 以前、汐音さんは歌う事がお好きだと窺いましたが。それに、獅子倉さんをそんなに毛嫌いしなくても……いい方ですよ? 六組だけでなく他のクラスからもかっこいいと評判ありますし……」


 以外って……あいつがいなければ渋らないっつーの。まぁ、あたしの男嫌いを知らない鈴芽ちゃんには不思議でたまらないんでしょうね。あの『添い寝事件』だけで嫌ってると思われてるし、そりゃしょうがないか……。


 言うつもりもないけど。


「はー……かっこいいだかなんだか知らんけどさ、人は見た目じゃないと思うのよねー。廊下で見かけりゃ毎回違う女の子にベタベタしてて気色悪いったらありゃしない。相手の子も相手の子よ、デレデレしちゃって……あーゆーのがチャラ娘を調子に乗らせるのに」


「そうですか? お互いに楽しそうに見えるので、私は微笑ましいと思っていました。確かにお顔が近いわぁとドキドキする時もありますが、ベタベタといっても少しスキンシップが多いだけかと」


「えぇー、そお? あたしが見かける時は廊下で堂々と壁ドン状態でなでなでしてた事もあったのよ? 周りの子もキャーキャー言っちゃってさ……バッカじゃないの! そういやあいつ、マリッカとか呼ばれてるらしいけど、『マリバッカ』なんてどお?」


 あたしがケタケタと笑い出すと、鈴芽ちゃんは少し硬直してから「楽しそうですね」とにっこり笑った。入学してからずっと一緒の部屋で生活してる訳だけど、この子が悪口を叩いた事は今のところ一度もない。鈴芽ちゃんの笑顔を見たら、自分の口の悪さに改めて気付かされた。


 そうよね、女の子はこんな風に純心でないと。おかっぱ黒髪人形みたいな鈴芽ちゃんみたいに、いつもにこにこしてて、いつも人の為にあれこれ考えて、悪口も陰口も言わない。あたしみたいな口の悪い女の子なんて……。


「鈴芽ちゃん、あたしもお風呂行って来る。ごめんね、髪乾かしてなかったのに話に付き合わせて」


「いいえ、お気になさらず。浴場、混んでないといいですね」


「そだねー」


 精一杯のにっこりを向けてみると、鈴芽ちゃんは首を傾げながらベッドに腰掛けた。そして「いってらっしゃい」と、あたしを見上げてまたにっこり笑った。


 ……うー、あたしには柄じゃない事が分かったわよ。おしとやかな言動も、作り笑顔も……。


 一つため息をついてクローゼットを開く。下着とパジャマと、シャンプーにコンディショナー、ボディソープと……バスタオル。お風呂グッズを一通りエコバッグに詰めて「いってきまーす」と部屋を後にした。


 寮の大浴場は一階。夕食の匂いが残る階段を一人トボトボと下りる。時刻は八時を過ぎたところ、ほんのり湿気を帯びた石鹸の匂いも香っている。混んでるかな……と大浴場の前で足を止めた。


 扉に手を掛けて耳を澄ますと、数人の微かな話し声とザァーッという水音が聴こえた。この様子だとさほど混んではいないはず。ガラガラと引き戸を開けて中へ入った。


「……何これ?」


 脱衣所に上がってまず目に飛び込んできたのは、今時誰がこんな物付けるの? という真っ黒な蝶ネクタイ。七五三の男の子じゃあるまいし……そもそも女子寮に男物が落ちてる事自体に疑問しか湧かない。


「んなバカな……ねぇ」


 いる訳がないのに、あたしってば過敏過ぎる。きっと誰かの衣装かなんかよ。演劇部の小道具かなんかよ。コスプレとかで……あぁ、そういえば六組の服飾科にコスプレが趣味で男装してる子がいたっけ?


 拾おうか迷ったけど、拾ったところで落し物コーナーに入れていいものなのか分からず、とりあえず見て見ぬふりをする。……が、どうにも気になって視線を上げると、上段のロッカーから無数の毛束がこんにちはしていて声をあげそうになった。


「だ、だよね……。あは、あはは……」


 よく見ればそれは黒髪のウィッグで。生首でも置いてあるのかとゾッとしてしまった自分に笑いが込み上げてきた。やっぱりこの蝶ネクタイもコスプレ衣装の一部よね、とふるふる頭を振ってちらつく男の影を払う。うん、と一つ頷いてロッカーにお風呂セットを突っ込んだ。


 空いているからか換気扇が効きすぎているからか、今日の脱衣所はやけに寒く感じる。鳥肌の立つ肩をぶるっとさせながらポニーテールを解いた。


 入寮したての時は銭湯みたいな浴場で脱ぐ事が恥ずかしくて仕方なかったなぁ、と思い出す。スポーツをやっていた訳でもないしナイスバディとまではいかないものの、特別コンプレックスを感じてる訳ではないのでもう慣れっこだけど。さっさと脱いでしまうあたしを見て鈴芽ちゃんに「汐音さんたら意外と大胆ですね……」と顔を赤らめさせてしまった事もあったっけ。


 ぽいぽいとロッカーに制服と下着を放り込むと、冷えた髪が素肌を滑っていく。鳥肌の立ったままの右肩をもう一度摩った指に触れたのは……。


 消えないままの、あの日の傷痕……。


「よっこらせっと」


 こんな共有の風呂場では隠しきれないんだから、もうこそこそ隠すのはやめたんだ。かろうじて半袖で隠れる程度だけど、さすがに裸の付き合いの場でこそこそしていれば、それこそ周りが気になってしまうものなんだから。堂々としていれば、逆に誰も気にならないものなんだから。


 だけど、だから……。


「わ、わぁ! し、汐音……!」


 脱衣所の隅っこでこそこそと晒を解く、獅子倉茉莉花の姿に目がいってしまった。


 やっぱ女の子なんだ、と……。



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