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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
89/105

89☆嬉し恥ずかし半分こ

 

「へっ……くしょんっ!」

「なんでコンビニで傘買って帰らなかったのよ。バカなの?」

「いやぁ、すぐ上がるかなーと思ったし、荷物なんのヤじゃん? 電車があんなエアコンがんがんだと思わなかったしさぁ……へっくしょん!」

「濡れてなければ涼しいくらいだけど、さっきみたいなずぶ濡れ状態じゃ寒いに決まってるでしょうよ……。ほらっ」

 猫っ毛をくしゃくしゃし、汐音がドライヤーをかけてくれた。温かくて気持ちがいい。瞼を閉じて一時の幸せを噛みしめる。

 買い物を済ませ、寮に戻ってきた頃には小雨になっていた。開口一番「ずぶ濡れじゃない!」と驚く汐音にテヘペロだけしシャワーへGoした。

 夏休みの宿題をフィニッシュした汐音は、いつもよりちょっぴり優しかった。ぼくがシャワーへ行っている間に気付いたのだろう。見慣れないバッグが靴の形に膨らんでいることに。

「ありがとね、茉莉花……」

 ドライヤーの音でかき消されるのを分かっているくせに、汐音のやつはぼそっとつぶやくだけだった。ぼくも負けじと意地悪してやる。

「えー? なんてー?」

「なんでもなーい」

「えー? 愛してるー? ……あつっ!」

 温風ピンポイント攻撃を食らい、ドライヤーすらも敵の手に渡れば武器になってしまうと学習したぼくだった。

 猫っ毛をふわふわに仕上げると、汐音はドヤ顔でスマホをぼくに突きつけてきた。『ソフトかき氷パルフェ、8月31日まで!』の記事だ。視線を上げるとにこにこの彼女と目が合った。

「約束」

「分かってるよ。明日にでも行こうか」

「えー、今からじゃないのぉ?」

「はいー? 今からぁ?」

 シャワー浴びてきたばっかなんスけど……。

「今日はあたしがおごるから」

 いや、そういう問題じゃ……と口を開きかけたところで、「服、取ってきてくれた御礼!」と先回りされた。

「しゃーないなぁ……。でも行こうってのはぼくが言い出しっぺだからぼくがおごるよ」

 彼女には、金銭的負担はかけたくない。一瞬、びしょ濡れの母さんの姿が脳裏を過ぎた。裕福とはいえ親が稼いで与えてくれた小遣いだ。逃げ出してきたも同然なぼくは、今更心がちくっと痛んだ。

 仕方なしにジャージのファスナーに手をかけると、汐音もウキウキで支度をしだした。鼻歌まで交えている。宿題終了とパルフェにテンションマックスらしい。

 夏休みも残すところ3日だ。花火もだが、夏休みらしい、いい思い出になるだろう。かったるい授業が始まる前に遊び貯めだ!

 *

 空の宮中央駅。複数の路線が行き交うターミナルとあって、駅構内も駅ビルも、プチお祭り程度にはごったがえしていた。

 向かうは駅ビル7階の特設会場。エレベーターもそれなりに込んでいたのでまさかまさかと思いきや、案の定、女子! 女子! 女子……! 熱気で溢れんばかりのキャッキャウフフにぼくの本能がそわそわし始める。

「2名様ですか? こちらにお名前書いてお待ちくださぁい」

「おっけー! お姉さん、アルバイト? もしかしてJD?」

 大混雑だからか、店員のお姉さんはいそいそ店内へ消えてしまった。バッチリメイクだったが、結構レベル高かったのに残念、なんて思いながら『マリッカ』と記名。

「茉莉花ぁ? 今、店員さん口説いてなかったぁ?」

 グァバもいいなぁ、と店頭のメニューに目を輝かせていた汐音の目つきが鋭くなる。ぼくは慌てて「んなわけないじゃーん」と笑ってみせた。だって、女子大生かどうか聞いただけだしぃ……? それでも汐音のいぶかしげな表情は変わらなかった。

「あれ、アリハラって……」

 あと何組目だろうと数えていたぼくの視線が8壇ほど上で止まる。同じ学年、同じ桜花寮の子に有原はじめというかわい子ちゃんがいるのだ。獅子倉ほどではないがあまりメジャーではない名字なのでピンときた。

「あぁ、2組のソフトボール部の子?」

 汐音もご存じらしい。覗き込んで「かもね」と付け足した。

 うちのソフト部には目立つ子がいる。有原はじめちゃんはぼくよりも背が高いし小麦色。誰から見てもスポーツ少女って感じの健康的でかわいい子である。

 いや、目立っているのは有原はじめちゃんよりも……。

「よぉっし! 次はパインにすっかなー!」

「ちょっとぉ、まだ食べるつもりぃ? いくら紀香ちゃんと言えど、さすがにお腹冷えるよ?」

「まだ? まだ3杯目だぞ? せっかく期間限定なんだからさぁ……あっ、店員さーん!」

 ……それは、1番手前のテーブルから聞こえる声の主である。

 学食を利用する生徒なら知らない人はいない有名人、下村紀香ちゃんと一緒にいるので、はじめちゃんも否が応でも目立つというわけだ。

 彼女もソフト部だ。『紀香スペシャル』と呼ばれる、超ウルトラメガ盛りとんこつラーメンをペロリとたいらげる元気娘。運動部ならではなのだろうが、声もデカいので店の外まで存在感の出血大サービスだ。

「やっぱね。向かいのって藤田さんだっけ?」

 汐音が尋ねてきたのは聞こえていた。だが、その問いかけに答えるより先に、ぼくの身体が動いてしまっていた。

「ねーねー! はじめちゃんと紀香ちゃん、2人ぃ? ぼくも混ぜてほしいなぁ」

 パルフェ用の長いスプーンを手にしたまま、2人が振り返った。きょとん顔の紀香ちゃんが「誰?」とはじめちゃんに聞いている。ちょっと傷ついた。

「ぼくだってそれなりに有名人だと思うんだけどなー。お邪魔しまーす」

 2人は4人がけテーブルを使っていたので、はじめちゃんの隣にすとんと腰かけた。「あたし知らんけど」とさらりと呟いた紀香ちゃんの言葉が更に心をえぐりにくる。

「い、いいけど……。マリッカさん、ひとり?」

 良かった! はじめちゃんはぼくのニックネームまでご存じだった! さん付けだったのが距離感を感じるが、えぐられた心がちょっと回復した。

 言われて入り口に向く。むくれ顔の汐音がトートバッグを担ぎ直していた。「帰るわよ?」という仕草だ。ぼくはあわてて迎えにいった。

「どういうつもり? あたし、あの2人と口もきいたことないのよ? それともあんただけお邪魔するつもり?」

「ち、違うよ。もちろん汐音も一緒! ぼくだって話したことないけどさ、他のクラスの子とも交流を広げるのも大事だと思わない?」

「……」

「お、思うだろ? 並んでたらまだまだ呼ばれそうもないし、はじめちゃんはいいって言ってくれたしさ!」

 汐音が猫なら、今にも逆毛を立てそうだ。しばらくぼくを睨んでいたが、「速く食べ終わったら、その分長くデートできるだろ?」との説得にようやく折れてくれた。

「お姉さーん、ぼくたちはデラックスソフトかき氷パルフェのライチ1つとグァバ1つね!」

 店員さんを捕まえていた紀香ちゃんの隣に汐音を座らせ、ぼくもウキウキで注文した。もう一度「誰?」とスプーンを咥える紀香ちゃんに、「4組の相葉さんだよね?」とはじめちゃんがフォローしてくれた。

 人見知りしないぼくと紀香ちゃんはすぐに打ち解けたが、テンション下降気味の汐音はおとなしい。気を利かせてくれたはじめちゃんが汐音にも話を振ってくれたのでようやくしゃべりだしたが、笑顔はぎこちないままだった。

 しばらくして、ふわふわ微細かき氷の上になめらかソフトクリームが乗った、どんぶりのような巨大な器が運ばれてきた。その透明な容器の中には、更にたくさんのフルーツやミルクプリン、シリアルなどが埋まっているのが見て取れた。写真よりもボリュームも迫力も満点だ。

 これにはさすがの汐音もきらっきらの満面の笑み。

「すごっ! 汐音、これ速く食べないと溶けちゃうよ!」

「う、うん。がんばる」

 お決まりのごとく、まずスマホでパシャリ。そしてスプーンを入れると、滑らかな舌触りのソフトクリームが口の中で溶けていった。ライチのさわやかな甘みも絶妙。

 お手つきで下のかき氷をほじくった。こちらは不思議と冷たさを感じさせない。SNSで読んだ時は半信半疑だったが、これならいくら食べても頭キーンにはならなそうだ。

「はじめちゃんと紀香ちゃんは何味を食べたの?」

「私はオレンジ。紀香ちゃんはマンゴーと……何だっけ?」

 問いかけるはじめちゃんに「ん?」とスプーンを咥えたまま返事する紀香ちゃん。同時に来たはずのパインは、すでに3分の2がなくなっていた。

「何だっけか? あーそうそう、マスカットだ! うん、パインもなかなか旨い! 次はグァバにしてみっかなー。それ、旨い?」

「うん! 食べる?」

 超絶ご機嫌の汐音が器を隣にスライドさせた。あっ……と止める暇もなく「マジで?」と紀香ちゃんが自分の前までたぐり寄せた。

「うまっ! んー、グァバなんてシャレこいたもん食べたことなかったけど、マジで旨いな、これ!」

 あーぁ、と苦笑が漏れた。紀香ちゃんはぱくぱく止まらない。汐音の器がどんどん透き通っていく。

 慌ててストップをかけるはじめちゃんの制止を聞いた頃には、汐音の器には最下層のシリアルしか残っていなかった。「マジごめん! 新しいの頼むから!」と平謝りする紀香ちゃんだったが、汐音は赤毛のポニーをふりふり断った。

「いいよいいよ、あたしは茉莉花の半分貰うから。ねっ、茉莉花」

 残念がる素振りもなく、むしろ嬉しそうに言われ、ぼくもつられて速答する。

「うん、もちろん」

「マジでごめん! グァバはあたしが払うから」

 確かに2・3口しか食べてなかったので、さすがにそれは遠慮無く甘えた。ぼくがライチを滑らせると、汐音は真ん中に置きスプーンを差し入れる。

 周りから見ればバカップルかもしれないが、汐音が満足げなので結果オーライだ。

 あっという間にパインも平らげた紀香ちゃんたちは、「んじゃ、お先ぃ」と体育会系のノリで席を立った。

「汐音、ほんとによかったの?」

「うん。だって、たまにはバカップルみたいなことしてみたかったし」

 意外な答えをけろりと言われ、ぼくの方がちょっぴり照れてしまった。口に運ぶたびに「んー!」とおいしさを噛みしめる彼女が愛おしくて、ぼくはそっとスプーンを置く。

 夏が終わる……。

 また来年も、こうして1つのパルフェを2人でつつきたいな……なんて思いながら頬杖をついた。



藤田大腸様作「Get One Chance」より

下村紀香さんと、しっちぃ様考案の有原はじめさんをお借りしました!

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