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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
85/105

85☆ヘタレンジャー

 


「早く謝んなさいよ」

「やだね、絶対謝んない。悪いのはぼくじゃないかんなっ」

「バカね、意地っぱりなんだから……」

 隣でため息をつく汐音。花火大会までは上機嫌だったのに、終わった途端、いつものこれだ……。

 言い合いながら、会場を後にしている。駅に向かう花火見物客が疎らになってきている中、帰路もしっかりレンジャー面を装着しているぼくは、ドラマのエキストラのように一般人に紛れ込んでいる。

「じゃあ鈴芽ちゃんにでも頼むっていうの? 玄関にある靴と、茉莉花の部屋に脱ぎ捨ててあるあたしの服取ってきてって? おかしいじゃない、どう考えてもあんたが取りに帰ってくれるか、龍一さんに謝って取ってきてもらうしかないでしょー?」

「どっちもヤダ。今帰ったら親に捕まるんだってば。かわいいんだから浴衣のまま寮に帰ればいいじゃんか。服なんていくらでも買ってあげるよ」

「お母さんたち寝るの待ってたら寮の門限に間に合わないし、今日帰ったとしても、いつ取りに帰ってくれるのよ。あんただって家に帰りたがらないじゃない。あんたと違ってあたしは物を大事にするの知ってるでしょ! こんな理由で換えを買ってくれなんて言うと思ってるわけ?」

 まぁ、そう言うとは思ったけど……。

「汐音には分かんないだろうよ。龍一兄ちゃんは父さんよりうるさいんだぞ? あんなエリート紳士ぶってるけど、いっつも小姑かってぐらい小言ばっかなんだぞ? 鈴芽ちゃんみたいな子がタイプなんだぞ? 妹の苦労を察してくれよ」

「鈴芽ちゃんみたいに、お人形さんみたいな女の子を強要されるってこと? そりゃまぁ……ご愁傷様。到底無理な話だから、龍一さんも諦めた方がいいのにねぇ」

 2人同時に足が止まった。右に曲がれば我が家の門が口を開けている。

 またぼくを飲み込んで閉じ込めようと待ち構えている。家にいたっておもしろいことなんて何もない。見上げた自室のバルコニーがやたら冷酷に見えた。

 デスティニーランドのシャンデレラ城みたいな、ふざけた我が家……。そういえば映画であったっけ、塔に閉じ込められたお姫様の話が……。

「やっぱりイヤだ。母さんにも龍一兄ちゃんにも会いたくない」

 駅へ踵を返そうとするぼくの手首を、汐音ががっしり掴んだ。お面越しに抗議の目を向けると、あちらもジト目で対抗してきた。

「ヘタレ。へっぴり腰。ダサダサレンジャー」

「……なんと言われようがぼくは行かないぞ。そんなに服が大事なら、そもそも汐音が取ってくればいい話だろ?」

 手首の圧迫が緩んだ。汐音の顔が一瞬、泣き出しそうに見えたのは気のせいだろうか……。雑踏の向こうから、電車の発着音が聞こえた。

「もういい。あんたに頼んだあたしがバカだったわ。鈴芽ちゃんに電話して、あたしから龍一さんにお願いする」

 花火終了後、レオンレオンのスタッフが手際よく後片付けをしている中、龍一兄ちゃんはしれっと鈴芽ちゃんを愛車に乗せていた。家に送っていったのだろう。鈴芽ちゃんちは3つ隣の駅だ。そうこうしている間に戻ってきてしまうはず。

 汐音はぼくに背を向け、浴衣のたもとからスマホを取り出した。ぼくは慌ててそれを取り上げる。こっちだって必死だ。

「やめろって。そんなことしたら、ぼくが余計にどやされるだろ? 『やっぱり入寮させたのが間違いだった。俺がそばにいないと何にもできないんだから』とかなんとか言ってさ。結局兄ちゃんたちはぼくを手元に置いて改造したいだけなくせに!」

 女の子らしい女の子なんて、まっぴらごめんだ……!

 誰のせいでこんな中途半端な人間になってると思ってんだ。誰のせいでこんなコンプレックス抱えてると思ってんだ。

 元はと言えば家族全員のせいなんだぞ?

 それなのに人の気も知らないで……。

「会いたくないんだ。頼むから分かってよ、汐音……」

 思いのほか、情けない声が出てしまった。あちらからすればこっけいだろう。赤レンジャーのお面を被ったまま頼み込んでいるのだから。

 汐音は取り上げたスマホに延ばしていた手を引っ込めた。奥歯を噛みしめているようにも、言葉を選んでいるようにも見えた。

「……分かったわよ。あんたの不利になることはしない。服と靴はいつか持って帰ってきてくれればいい。……帰ろ?」

 暖簾に腕押しのような幕引きに拍子抜けするぼくを残し、カランと下駄を鳴らした汐音は、駅へ向かう人の川に合流した。ぼくは黙って半歩後ろに着いた。

 シャンデレラ城が、右後方へ小さくなっていく。

「ねぇ、あんたって……」

 振り向かず、汐音が尋ねてきた。

「愛されることが、そんなに怖いの?」

「……はい?」

 何を言ってるのかと思った。思わず足が止まりそうになった。

 汐音は怒っている風でもなく、冗談を言っている風でもなく、ただ淡々と言葉を吐き出し続けている。歩みも止めない。

「いつも愛情から逃げてるじゃない。誰からも愛されて、満たされているはずなのに、いつもわざと自分から遠ざかろうとしてる。詩織ちゃんからも、家族からも、自分を壊されるのが怖いから。ファンの子たちにだってそう。強い愛情を向けられるのが怖いから、わざとチャラく振る舞って誰のものにもならないようにしてきた。違う?」

 意味が分からない。これはぼくのことを言っているのか? ぼくの話をしているのか? 照らし合わせてみようとするけれど、思考が言葉に追いつかなかった。

「あたしからも、いつかそうやって逃げ出すの?」

 下駄の音が止んだ。汐音が首だけで振り返る。立ち止まったぼくの右肩に、追い越していく人の肩がぶつかった。

 思考のパズルがやっとはまり出す。けれどそれは穴ぼこだらけで、汐音が求める答えの全容には、到底ピースが足りそうもない。

「今更何言ってんだよ。ぼくが汐音から逃げ出すかって? 自分の告白の言葉、忘れたわけじゃないだろうな? 逃げたかったらあの時点でとっくに逃げ出してるだろーが」

「……」

「ぼくが愛情を持て余してるような言い方してるけど、ぼくが寂しがり屋なのは汐音が1番知ってるだろ?」

 なんだか内心、無性に腹立たしかった。でも、汐音の真顔の奥に何か隠れている気がして、わざとおどけてみせた。

「変な妄想しちゃってバッカだなぁ。今夜は浴衣姿のままの汐音を『アーレー!』ごっこして、そのまま押し倒そうと思ってたのにさっ。つまんない推理してたら萌え萌えできないぞ?」

 いきなりお面を引っ張られた。ゴムが伸びきったところで一度パチンと離される。思わず「んぎゃっ」と悲鳴が漏れた。そんなことはおかまいなしに、汐音はそのままお面を剥ぎ取った。

「バカはあんたよ。人が真剣な話ししてるっていうのに、そういうところがあたしの心配の種になるっつーの!」

 ベコッとレンジャーチョップが頭に刺さった。汐音の手に持たせると何でも凶器になる。レンジャーは縦に真っ二つになった。

 頭頂部を摩りながら思う。うちの彼女は本当に凶暴だ。正義のヒーローをも真っ二つにするラスボスだ。ぼくとは違う意味で、言葉より先に手が出てしまうのだから。

 悲惨な死を迎えたレンジャーをぼくの胸に押しつけ、汐音はまた歩き出した。ぼくはもはやゴミと化してしまったそれをバッグに突っ込み後を追う。みんな改札に吸い込まれていく。お面のない今、電車に乗るまで気配を殺さないとだ。

 車内はまだそこそこ混み合っていた。ほとんどが男女のカップルだ。無駄に顔が近い。さすがのぼくも、彼氏持ちの女の子には興味が沸かないので、本能と戦わずに済みそうだ。

 地元の人は電車で帰らないので、ぼくはようやくホッと一息つけた。8月も下旬とはいえ、風がある分、まだ外の方がさわやかだ。熱気でじめじめしていて気持ちが悪い。

 扉から夜景を眺めている汐音。窓ガラスに映る表情はどこかうつろにも見える。揺れた拍子に他人がぶつかってこないように腕でガードしたけれど、汐音はもぞもぞと身をよじって俯いてしまった。ガラス越しには、奇麗にむかれたゆでたまごのようなおでこしか映らなかった。

 汐音は心配症だ。すぐに不安に駆られてもだえてしまう。どうしてぼくの言葉を信じてくれないのだろう? 何を考えているのか全く分からない時がある。

 まぁ、9割方ぼくが悪いのだろうけど……。

 学園前駅に着くまで、ぼくらは黙って電車に揺られていた。降車するとホームに見覚えのある星花の学生が以外といて肝を冷やした。

 沈黙が続くまま、並んで改札を抜ける。たまにそのかわいい横顔をチラ見するけれど、汐音は真っ直ぐ前だけ見ていた。

 ぼくらは寮に帰る背中をいくつも見送り、最後に構内を後にした。付き合っていることはバレている。だけど、汐音の足が柱の陰で止まったのはそういうことだろう。

 公認か非公認か、ぼくらの前を行く2人組は、それぞれ手を繋いでいる。小指だけを絡ませているペア、恋人繋ぎのペア、腕を絡ませているペア。それぞれの関係と個性とムードがそうさせているのだろう。

 背後にはもう人はいない。ぼくもそっと彼女の手に触れてみた。彼女はギュッと握りしめてくれた。痛いほどに。『あたしは離さないからね』と言わんばかりに。

 ぼくの不安は汐音が消してくれる。でも、汐音の不安はぼくが植え付けてしまう……。

 219号室、ぼくらの密室に帰るまで、ぼくはもんもんと悩み続けていた。



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