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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第3章 マッド編 〜side Marika〜
84/105

84☆特別な夜

 

 川辺に近付くにつれ、夜店の香りと熱気が濃くなってきた。

 ソースの香り、焦げた醤油の香り、甘ったるい香り、煙たさでさえ、食欲とわくわくを刺激する。

 会場は花火の場所取りをする人と、夜店を堪能している人でごったがえしていた。まるで東京の通勤電車かコミケか……どちらもテレビでしか見たことがないけれど。

 ゆっくりゆっくり、半歩ずつしか進めない。花火大会どころかお祭りにすら行ったことがなかったのか、汐音は隣で人の多さに、ひたすら圧倒されている。

 しかし眼光は鋭く、ぼくがちょっとでも女の子に目を向けようものなら、容赦なく下駄でチョイ踏みしてきた。このままでは花火大会が終わる頃にはスニーカーがボロボロになりそうだ。ぼくは必死で欲望を抑えた。

「こんな人混みで花火なんか見れるの? 茉莉花んちの屋上から見た方がよっぽど……」

「夜店を堪能してこそお祭りじゃんかよ。今日はぼくに任せときなって」

 と、よそ見をしていた子供がぼくに激突してきた。ぶつかってきたのはそっちだけれど、痛いなぁといった表情で見上げてくるので「ごめんね?」と優しく微笑んでみせた。子供が変な顔をした。

「ママぁ、このお兄ちゃんどっかで見たぁ」

「ちょ、ちょっと! 指指しちゃだめでしょっ! す、すみません、獅子倉さんっ!」

 母親はぼくらから逃げるように、人の間をぬって消えていった。汐音がまたぽかんとする。

「知り合いの子?」

「知らない子」

 ぼくは肩をすくめてみせる。知らないのは本当だ。

「ちょっとお面を買ってくるよ。汐音も欲しい?」

「お面なんているわけないでしょ? もしかして、あんた欲しいわけ?」

「わけ。選んで?」

 強引に手を引くと、汐音は「えーっ?」とじたばたしていた。無視してお面屋さんにパスを見せる。仏頂面だったお面屋のおっちゃんはすぐに顔色を変えて「ど、どれでももっていってくださいっ」とへらへらした。

「どうせだったら戦隊ものがいいかな。魔法少女系はガラじゃないし。ねぇ汐音、ライダーとレンジャーだったらどっちが似合うと思う?」

「え、え? ほんとに被るつもり?」

「うん、つもり」

 唖然として決めかねていた汐音にしびれを切らしたのか、お面屋さんのおっちゃんが「やっぱり獅子倉さんといえば赤でしょう! こっちがお似合いですよ!」と、レンジャーを差し出してきた。

「ありがとうございます。じゃ、もらっていきますねー」

 受け取った赤レンジャーをふりふりしながら御礼を言うと、おっちゃんは「毎度ありがとうございやーす!」とへこへこ頭を下げた。

 ぼくはそれをすぐに被る。当たり前だが、子供用なので若干キツい。陽が暮れて日中より気温が下がったとはいえ、この人混みと夜店の熱プラスお面で息苦しさはマックス極まりない。

「よしっ、これで汐音と手ぇ繋げるよ!」

 ウキウキで恋人繋ぎを求めたが、彼女は慎重に尋ねてくる。

「お面ってそういうことっ? あん……茉莉花、どんだけ顔割れてんのよっ。お面被らなきゃ歩けないほど有名人なのっ?」

「有名人なのはぼくじゃないよ。でもこれ被ってれば大丈夫! 前にもこの作戦で遊んでたけどバレなかったから」

「そういう問題じゃ……」

 四の五の言わさずぎゅっと手を握り、ずんずん人をかき分けていく。お祭りに来たことがないのなら夜店も初めてだろう。ぼくは自分の好きな物を片っ端から買ってやった。

 かき氷、フレンチフライ、ラムネ、フランクフルト、綿飴、焼きもろこし……。前半は驚きと戸惑いで躊躇していた汐音だったが、お祭りの雰囲気と空腹に負け、口にしては「おいしい!」を連続していた。

 ちなみにぼくはそれぞれのお店の前でパスをだしながら「ふたつね」と指を2本立てている。何件目かで汐音に、「そのお面でピースしてると、余計にダサさが増すわね」と笑われてショックを受けた。そんなぼくを見て、汐音は腹を抱えてまた笑った。

「勝利のVサインじゃないぞっ」

「はいはい、ぷっ!」

「くっそーっ、バカにしやがってぇ……」

 ぶつぶつ言いながらも、汐音が笑っていてくれればぼくはそれでいい。おいしそうに食べる横顔を見れて嬉しい。全て許せてしまう。

 さすがにレンジャーのままでは食べられないので、お面を上にずらして口だけ出すが、今度は視界が遮られることに気付いたぼくはヒナのように「あーん」で要求してみた。

 しょうがないわね、と食べさせてくれたはいいが、照れているのか怒っているのか表情が見れないのが残念!

 打ち上げ開始時間が近づいているので、夜店に群がる人混みがだいぶ空いてきた。ぼくとしては射撃と金魚すくいでいいところを見せたかったのだけど、汐音が首を縦に振らなかったのでおあずけになった。

 もう入らないというギブ宣言を聞こえないふりし、ぼくは締めにたこ焼きを1皿だけ買った。6個入りだ。3つずつなら攻略できるだろう。片手に汐音、片手にたこ焼きを持ち、目指すは特等席。

 夜店が途切れ、『関係者以外立ち入り禁止』の黄色いテープが立ちはだかる。なんなくくぐろうとして、両サイドの警備員に止められた。繋いだ手を離し「ごくろうさまでーす」とお面を外すと、警備員たちは慌てて「失礼いたしました!」と腰を折った。

「……結局あんたも有名人なんじゃない」

「んー、だから有名人ってわけじゃないよ。顔がそっくりだからすぐバレるってだけ。おかげで得もするし損もたくさんするよ」

「知らなかったぁ。やっぱとんでもないお城に住んでるお嬢様は、地元じゃ有名人なのねぇ……」

 えっとぉ……聞いてます?

 まぁいいや、とお面をバッグにしまう。ここから先は警告通り、関係者しかいない。自然な距離を保ちつつ、並んで歩いた。汐音も理解してくれたのだろう、繋ぎ直してはこなかった。

 芝生の柔らかい感触が足に心地よい。雑踏が遠くなっていく。川と土と草の匂いに蚊取り線香の煙たさが混じってきた。

「茉莉花」

 夜店を堪能しているうちに陽は沈んでいた。薄暗いその先に大きなテントが見える。中から呼んでいるのは龍一兄ちゃんだ。隣のちっちゃいのは鈴芽ちゃんだろう。

「遅かったな。あと5分だぞ? せっかく鈴ちゃんに早めに着付けをお願いしたのに。まったく、お前ときたら高校生になっても心配がつきないな」

「間に合ったんだからいいだろー? 久しぶりに会った妹にいきなり小言かよ」

 ぶつぶつ言う龍一兄ちゃんにぶつぶつ返すが、すでに視線は隣の汐音に向いていた。汐音が深々頭を下げている。珍しい。まるで鈴芽ちゃんみたいだ。

「久しぶりですね、相葉さん。妹が振り回して申し訳ない」

「お久しぶりです。お招きありがとうございます。おかげさまでたくさん堪能させてもらえました」

 汐音はにこにこ。龍一兄ちゃんも鈴芽ちゃんもにこにこ。小言を言われたぼくだけが唇を尖らせている。

 兄ちゃんたちも両親も、ぼくを甘やかしすぎだ。かわいがってくれるのも心配してくれるのも、度が過ぎるから窮屈でたまらない。少しは信用してほっといてくれてもいいものを……。

 お色直しをした鈴芽ちゃんは、どこからどう見ても小学生だった。淡い桃色と白のグラデーション地に、真っ赤な金魚が泳いでいる。かろうじて兵児帯へこおびでないので完璧ではないが、実年齢を知らない人が見れば、おませな小学生以外のなにものでもない。

 一応、レオンレオンを任されている社長なので、龍一兄ちゃんの方はピシッとスーツだ。9歳も年下の彼女を連れてるロリコン社長め……。

「汐音、もうちょっとあっちで見よう!」

 ぼくはたこ焼きを鈴芽ちゃんに「あげるよ」と押しつけ、テントの中から、4つ並んでいたサマーベッドを1台引きずり出した。結構重い。無理矢理両手で2台目も引きずり出す。まるでグラウンド整備をしている野球部のごとく前のめりで引きずる。

「ちょっと、茉莉花ぁ。せっかく並べてくれてたのに……」

「いいのっ。龍一兄ちゃんとの約束、ナシだかんな!」

 振り返ってあっかんべーをする。汐音はオロオロしながらも着いてきた。その向こうに見えた龍一兄ちゃんはやれやれといった表情で肩をすくめた。

「ねぇ、お兄さんとの約束ってなんなの? 持ってきちゃって大丈夫だったの?」

「いいんだよ、ロリコン兄ちゃんなんか。4人でいれば鈴芽ちゃんが自分の彼女じゃなくて妹の友達かなんかだと思ってもらえるだろ? ロリコンと思われたら、社長の威厳が台無しだかんな。上手く使われたもんさ」

「そりゃそうかもしれないけど、あたしたちのことだって黙っててくれてるんだし、あんま敵に回さない方がいいんじゃないの?」

「いーのいーの。はーあっ」

 ぼくはサマーベッドにどかっと寝転がった。疲れた。せいぜい50メートルってとこだろうが、重すぎてこれが限界だった。汐音は申し訳なさそうに隣に腰かけた。

 サマーベッドの縁にぶらさがっている蚊取り線香が、ふりこのように暴れていた。落ちて引火したら大変なので静まるまで見届けた。去年はこの匂いを嗅いでいない。独り家のバルコニーからボーッと眺めていたっけ……。

「ねぇ……お母さんは?」

 汐音がおずおず尋ねてきた。ぼくは寝転がったまま「あっちじゃん?」と向こう岸を指す。

 大きな天窓付きの大きなロッジ。エアコンの付いている場所で、寝転がって花火を堪能する、そのためだけに建てられた両親の贅沢小屋だ。

「うちの親は、遊ぶことには贅沢に金使うからね。あのロッジはドアと天窓しかないんだ。向こうからは見えないから安心していいよ」

「そっか……」

 何をそんなに不安がっているのだろう? 開始を告げるカウントダウンが響く。汐音も遠慮がちに寝転がった。

 花火大会は2時間程度だ。ぼくはその間、花火を間抜け顔で見上げている汐音の横顔を眺め放題だった。たまに「奇麗だね!」と振り向いてくるので、笑顔で頷き返した。

 いつもだったら「なにニヤニヤ見てんのよ」とぷんぷんする彼女も、夏の終わりの特別な夜は無邪気な少女のままだった。




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