81☆ポニーテールから始まる横恋慕
5年ぶりに戻ってまいりました!
第3章は主に茉莉花視点です。
変わらずお楽しみいただければ嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします♪
芝井流歌
汐音と初めて会ったのは、入学式の夜のことだった。
ぼくがうっかり隣の219号室に入ってしまい、真夜中のドタバタ劇の末……。
『はぁ? あんたに汐音ちゃん呼ばわりされる筋合いない!』
『じゃあ呼び捨てがお望みかな?』
『くたばれ、ボケナス』
『ったく、口が悪いんだなぁ。んまぁ気の強い子は嫌いじゃないけどね』
直後、ぼくからのプレゼントのお返しにビンタをくれたわけだけど……。
思い出してみる。ぼくが汐音を意識し出したのはいつからだったんだろう……?
ぼくにとってポニーテールの似合う子は特別だった。それは無意識に詩織の面影を追っていたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
猫目もポイント高い。それと芯の強いほうがタイプ。自分で言うのもなんだけど、ぼくの言動に流されやすい子はたくさん見てきているので、揺るがない子を特別視してしまうのは仕方ないっしょ?
……って、どれも汐音に言っても喜ばないことばっかじゃん……。
まぁ、見た目もそうだし、気が強いわりにすぐ泣く危ういところにも、ある意味引かれたのかもしれない。なんていうか、守ってあげたいというか、ほっとけないというか、一緒にいてあげたいというか……。
最近気付いた。ぼくは、涙に弱いのだと……。
詩織と別れ、学校にも行かず引きこもっていたあの頃、ぼくは毎日かあさんを泣かせていた。「お願いだから何か食べて?」そうぼくの部屋の前で泣いていたかあさん。泣きたいのはフラれたぼくの方だよ、そう思う反面、心配をかけている罪悪感が自己嫌悪を増幅させた。
あれから、ぼくは女の子の涙に弱い。泣かせたくない、泣いてほしくないと思っているのに、不器用なぼくはいつもいつも汐音を泣かせる。
詩織は強かった。見た目通り芯も心も強い子だった。ぼくなんかよりもずっとずっと強いから、最後まで涙を見せなかった。
さよならとありがとうのキスをしたあの瞬間でさえも、ぼくが背を向けるまでこらえていたほどに……。
詩織に比べ、喜怒哀楽の激しい汐音。いつもぼくを退屈させてくれない。ころころ変わる表情も、見ていて楽しい。ムッとした瞬間でさえかわいいと思ってしまうので、「なにニヤニヤしてんのよっ」と怒られる。
……思い出そうと遡ってみたけれど、やっぱり『どこが』とか『なにが』というところは特に思いつかない……。
ただ、分かっていることは……。
『もしもあたしが留学することになったら、あんたを引きずってでも連れていく。もしもあんたが留学することになったら、あたしは意地でもくっついていく。あんたの……茉莉花のことが好きだから、ずっと一緒にいたいの』
再び閉ざしかけたぼくの心をこじ開けてくれた汐音。ぼくの大事な彼女。かわいげないけど世界一かわいいぼくの彼女。
ぼくはそんな彼女に、ベタ惚れだということ……。
※
「なにこっち見てニヤニヤしてんのよ、気色悪い」
「ひっでーな、かわいいなぁと思って見てただけなのにさ」
褒めたって喜ばないのは承知の上。それでもぼくは率直な言葉が出てしまう。
「あーはいはい。あんたにとっては性別が女性なら誰でもかわいく見えるもんねー」
「んなことないじゃんかよぉ。ぼくはいつだって汐音のことだけ……」
横目でギロリと睨まれる。どの口が? そう返されると構えたが、汐音は再びデスクに向いた。
219号室。夏休みの間にこっそり入れ替わり、ぼくは汐音のルームメイトになった。もちろん公式ではない。共犯の鈴芽ちゃんと千歳以外は誰も知らない……はず。
ぼくは汐音のベッドに転がり、懸命に宿題を解いている背中を見つめていた。さっきよりも筆圧の音が強くなっている。ガリガリどころかゴリゴリいってる。イラついてるのが音だけで伝わってくる。
あくびを噛み殺した。机上の時計を見たら23時を過ぎていた。そりゃあくびも出るわけだ。噛み殺さないと、バレたらぼくが噛み殺されるかもしれない……。
「茉莉花?」
今度は消しゴムだろうか、肘を立ててガシガシしている。呼んでおきながら汐音は振り向かない。ぼくが「うん?」と応えると、ガシガシを止めてからこちらを向いた。
「眠い?」
「大丈夫だよ。汐音が宿題終わるまで待ってる」
「……」
「何? いつものことじゃん」
汐音は物言いたげに見下ろしている。口は尖らせているものの、眉尻が申し訳なさそうに垂れている。
「おいで」
ぼくが手前のスペースをぽんぽん叩くと、汐音は黙ったまま隣に転がった。そのままころんとぼくの胸に顔を埋めてくる。
「だから英語くらい教えてあげるって言ったのに」
軽く頭を抱き寄せると、汐音はぼくの背に手を回し、肩甲骨の間にげんこつを食らわしてきた。うるさい、ということだ。
彼女はすねている。自業自得なのだがすねている。
もうすぐ夏休みが終わる。
どちらかというと無計画な分類のぼくだが、汐音が寝付くまで宿題やら製作課題をぼちぼちやっていたので、何日か前に全て終わらせられた。同じく無計画な分類の汐音は、ぼくより先に寝なければならないので終わっていないという状況。
それをずるいと言われても……。
「あんたなんてあたしより2点上だっただけじゃない。よくそんな点数で教えてあげるなんて言えるわね」
「そんな点数のぼくより2点下なのに、そんな点数なんて言っていいのかな?」
「……犯すわよ?」
ドスを効かせて囁くので、思わず鳥肌が立った。ぼくが慌ててもがくと、「嘘よ、ばーか」とキツく抱きしめられた。
初めて結ばれたあの晩から、ぼくらは何度か肌を重ねている。
未だ女体コンプレックスを克服できずにいるぼくなので、汐音はあまり強引には求めてこない。我慢させているのかな、と思う時もあるけれど、深く言及したことはない。
そういうムードになるのは、決まって週末。混雑した浴場に入れないぼくを気遣ってくれているのもある。外出や外泊の多い週末なら、シャワーの時間もあまり気にせず使用できるのだ。
それともう1つ。こそこそデートの日は、危険なゲームをしているようで盛り上がってしまう……。
汐音はぼくの胸に顔を埋めたまま、無言で足をバタバタし出した。何を訴えたいのか? それとも自分にイラついているのか……?
「ねぇ、汐音。夏休み終わるまでに宿題全部終わったらさ、秋物の服でも買いに行こうよ」
「いい。終わんないもん。お金ないもん」
「ったく、どんだけ手付かずだったんだよ。あーぁ、期間限定のソフトかき氷パルフェ、食べてみたかったなー」
汐音がぴくっと反応した。先月SNSで見かけた記事を思い出したようだ。空の宮中央駅ビルの特設会場にて、この夏限定のスペシャルパフェ屋さんが出店しているという記事を。ぼくのスマホを覗き込んで「おいしそー!」と目を輝かせていた。絶対食べに行こうねって約束したわけだけど……。
「しょうがないわね……あんたがそこまで食べたいんなら、頑張って終わらせるわよ……」
ちょっぴり頬を赤らめた汐音が起き上がった。ほんとは自分が1番食べたいくせに……そう思いながら、ぼくもゆっくり上半身を起こした。ベッドがギシッと音を立てた。
「その代わり約束して? もしもあたしが終わらなくて行かれなかったとしても、他の子と行かないで?」
「分かってるよ。ぼくは汐音と食べたいんだから。汐音はおいしい物を食べてる時が一番かわいいから、ぼくはそれを見れるだけで幸せなんだ」
汐音の桃色の頬に手を添えると、彼女はその手をギュッと握った。ちょっと痛い。いや、結構痛い。
「いててててっ、なんで怒るんだよ。他の子となんて行かないって言ってんじゃんか」
「あんたがクサい言動をする時は信用できないのよ! あたし以外の女の子にも言ってんじゃないかってね!」
「ちぇーっ、本心なのにぃ」
「自業自得でしょ? 日頃の行いを悔やみなさい」
吐き捨てて、ついでにぼくの手もポイッと捨てた。苦笑いを浮かべるぼくをベッドに残し、汐音はまたデスクのライトを点した。
後頭部で両腕を組み、再びごろんと寝転がる。まどろみが襲ってくる。汐音はいつもこんな風に、ぼくの存在を感じながら寝入るのか、なんて思った。
背は向けていても、見守られて寝付くのは、結構幸せなんだな……。




