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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
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8☆若草色から挑戦状?

「よーし、お騒がせ一年共、そろそろ出てきていいぞー」


 音楽室から声を掛けてきたのは部長だった。時計を見上げると、準備室に放り込まれてから二十分前後程経っていた。「嫌いだから」、そう告げてからは沈黙の時間ばかりが過ぎていたので、あたしとしてはもう少し経っていたかと思ったんだけど。


 沈黙といっても厳密に言えば、長い沈黙の後「あのさぁ」と一言だけ尋ねてきた。


 もちろんあたしはシカトした。嫌いだから関わるなと先刻したばかりだから少しは察せるかと思ったけど、やっぱりチャラチャラした奴は人の気持ちを察する能力が乏しいらしい。わざとらしく「はー……」とため息をついてみたり、壁にもたれ掛かったまま曲に合わせてコツコツリズムを取ったりふんふん鼻歌を歌ったり、目障りだし耳障りだし、気持ちを察してもらえない自分に同情すら覚えた。


「準備室に閉じ込めるなんてキツかったッスよ、部長ー。ぼくまだ一曲しか歌わしてもらってないんスけどもう終わりスか?」


「ちっとは反省したか? 二年の後輩に一人問題児がいてな、うちが部長を引退するまでは厳しくする事にしたんだ。獅子倉、お前歌は好きか?」


「もちろんッスよ。ロックとかパンクとかかっこよくていいッスよね。中学ん時はよくカラオケ行ってましたし」


「……ロックがお好みならなんで軽音部行かないんだ? まぁいい。相葉もこっち来い」


 部長にはあたしがどう映ってたのだろう。あいつには見せなかった笑顔で手招きをしている。涙の痕でもついていたかなと目尻を親指でなぞった。


 再び音楽室に入ると、元の和やかな空気に戻っていた。状況からするに部長のご機嫌が直ったからだろうか、ともう一度部長を見上げると、ピアノの上に乗っていたクリアファイルの中をぺらぺらと捲りながら鼻歌を歌っている。普段は面倒見のいいお姉さんなんだろうな、と直感した。


「相葉は歌、好きか?」


 あたしの視線に気付いたからだろうか、部長はパンダのイラストが描かれている若草色のファイルから楽譜を一枚取り出しながら振り返った。


「あたしは……あたしも好きですけど……」


「そうかそうか、二人共そんなに歌が好きなら一曲歌わしてやろう」


「え、いえ、あたしは別に……」


「よぉーっし」


 部長はあたしの言葉を遮るように大きな声で、そしてにんまりと笑って肩を掴んだ。厳しいような優しいような、それでいてさばさばしていて気持ちのいい人だなと少し見惚れる。


 だけど……。


「相葉はピアノの右、獅子倉は左側に行け。栗橋と如月はそれぞれソプラノとアルトでサポート入ってやれ」


「右?」


 右、と言われてそちらに視線を移すと、栗橋先輩が両手で手招きをしていた。そして逆側には由佳里先輩が軽く咳払いをしながら立っている。


 これってもしかして?


「相葉と栗橋がソプラノ、獅子倉と如月がアルト。四人でこの曲を綺麗にハモれたら帰してやってもいい。だが……」


「へ? ちょっと待ってくださいよ部長。汐音は帰りたいって言いましたけど、ぼくは帰りたいとは言ってないッスよ? むしろ歌いたいって……」


「おー、そうだったな。じゃあ相葉の為に綺麗にハモってやればいい。アルトパートっつーのは主に主旋律を支えてなんぼだ。人一人支えられない奴と協調性のない奴は合唱には向かんからな。……分かるか?」


「……はぁ。でも……」


 奴の視線を感じる。あたしの反応を窺っているのだろう。もちろんあたしは……。


「嫌です。あたしに何のメリットがあるんですか? 確かに歌は好きだって言いましたけど、ハモれなかったら帰してくれないなんて、ハッキリ言って下級生いびりです」


「いびり? うちは単純に相葉の歌が聴いてみたいと思っただけだ。この合唱部にはいない音域だからな」


「音域って……あたしまだ歌ってもいませんけど。こんなの横暴です」


「おーおー、気が強いなぁ。カンだよ、声フェチのカン。そのキンキンした声が気に入ったから歌で聴いてみたいだけさ。これは合唱部部長としてだけではなく、先輩であるうちの個人的な命令でもある。そんじゃぁ……ほい、が・く・ふ」


「そんな……っ!」


 部長はあたしたちにほいほいと楽譜を配り、さっさと背中を向けてポロロンっと鍵盤を弾いた。また先輩権限? ちょっと先に生まれたからって勝手過ぎない? あたしの記憶の『先輩』という傲慢な生き物が蘇ってくる。


 でも……なんだか悪い気はしない。


 こんな髪色の事に触れもせず、ただあたしの声を気に入ってくれただなんて……今までだったら有り得ない事だもん。いつだって、あたしの印象といえばいつだって見かけで……。


「汐音ちゃん、よろしくね! 私ハモるの苦手だから任せた!」


「え、ちょっ、栗橋先輩? 得意だから選ばれたんじゃないんですか?」


「え? うん、多分そうだと思うけど……まぁ大丈夫! 由佳里ちゃんはアルトの中では部長の次に歌姫だからさ。どうにか調整してくれるって」


 歌姫かぁ……裏庭の木陰で歌ってたあの墨子先輩を思い出す。あんな風に澄んだ声で歌えたら気持ちいいだろうなって憧れた。確かに、確かにあんな風に上手くなりたいと思ったけど……。


 あたしも上手くなりたい。教えてもらいたい。綺麗に歌いたい。


 だけどここには……。


「分かりました。ハモれれば帰してもらえるんですよね? 先輩方も、し……獅子倉さんも、本気で歌ってくれるんですよね? 特に獅子倉さん!」


 ビシッと指差すと、奴は少し間を置いて「当たり前っしょ?」とアゴを上げた。もちろんあたしは百パーセント信じた訳じゃない。


 でも、今のあいつはにたにた笑うどころか……。


 まるで汚物を見るような冷やかな目で、あたしを見下ろしていた。


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