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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第2章 ビビット編
77/105

77☆もう1人の獅子倉茉莉花

「ふぃー、もう動けないぃ……」


 豪勢な和食ビュッフェを堪能したあたしたちは、部屋に戻ってナイトプールへ行く支度をする事にした。


 見た事もない料理とメニューの豊富さに圧倒されたけど、茉莉花が一つ一つ丁寧に説明してくれたのでふむふむと頷きながらビュッフェとやらを満喫出来た。


 見事な盛り付けにどこから箸を入れたらいいのか分からずおろおろしていればバカにしながらも食べ方を手解きしてくれ、殻付きの貝にイライラしていれば笑いながら器用に取り分けて食べさせてくれた。


 これまであたしが目にしていた中で茉莉花が食していたものといえば、コンビニや購買のおにぎり。それと駅前の高級パン。学校の学食や寮の食堂ではこんだて通り。夜食にはどこからともなく買ってきたお弁当やらカップラーメン。それとデートの時に食べたハンバーガー。


 あたしが知る限りではほとんどが平々凡々なものばかりだったし、これでもかというくらい頬張っておきながら立ち歩いたり、咀嚼音すら立てないものの食べながらおしゃべりするのはデフォルトだった。


 だけどあたしは今夜、獅子倉家のご令嬢、一人娘の獅子倉茉莉花様を初めて見た気がした。口調や容姿こそいつものチャラ娘だったけど、上品に食すその姿はとても美しくて、まるで同一人物とは思えないそのふるまいに正直ぽーっと見とれてしまった。


 テーブルマナーもさすがお嬢様育ちといった気品溢れるふるまいだったし、かといってそれを堅苦しさも感じさせずにけろりとやりこなしていた。当の本人にとっては幼い頃から沁み付いている癖というか、当たり前の事なので特別意識せず自然体だったのだろうけど、ダンボール箱入り娘のあたしにとってはこういうところで育ちの違いを感じてしまうのだった。


「しーおんっ、ごろごろしてたらまた行き損ねちゃうぞー。ほら、起きろってばー」


「だってぇ……お腹いっぱいだし疲れちゃったんだもん……。茉莉花には分からない疲労感があるのーっ」


 なんだそりゃ、といったハテナ顔。そうよね、分からないはずよね。お育ちが違うんだもの。こんな事で疲れるだなんて分かるはずがないわよね。


 食事に行っている間に敷きにきてくれたらしき布団に転がるあたしにため息をついて見下ろす。早く遊びに行きたい、その気持ちは同じだけど、前述通りあたしは身動きが取れない。二十畳はあるであろう和室にででんと敷かれた二つの布団。ふかふかのベッドも捨てがたいけど、新しい井草の匂いを嗅ぎながら布団に転がるのも悪くないな、なんて贅沢に悩んでしまう。


「千歳たちなんてとっくにプール行ったって言ってたじゃんか。鈴芽ちゃんなんて千歳に振り回されたみたいでくたくたになってたぞ。あーぁ、汐音がだらだらしてるなら、ぼくも千歳たちと行けばよかったなー……」


 恨めしそうにこちらを見る。後ろめたさにちょっと逆ギレしそうになった。


「なによ。茉莉花なんて、どーせビーチボールみたいな千歳の胸にクラクラして貧血起こすのがオチでしょ。第一、下着姿はダメなくせに水着は平気なんておかしなやつね」


「むぅ、失敬だな。下着は下着、水着は水着だろうが。ぼくだってそう訳隔たりもなくジャージャー鼻血出してる訳じゃないんだからなー」


「へー。その割りにはさっきレンタル水着コーナーで赤面してたじゃない。『ぼくが選んであげるー』なんて意気込んでたのはどこのどちら様だったかしらねぇ」


「あ……あれは……」


 言うとまたも赤くなる茉莉花。薄々分かってはいる、なぜあの時赤面していたのか。真剣に選んでくれたものをあたしが宛がうと、照れたように目を逸らしていた。


 そう。あれはきっと……。


「分かった分かった。行きましょ、プール。茉莉花もあっちで着替えるの嫌ならとっとと着替えなさいよ」


「……まったくもう」


 ため息混じりに背を向ける茉莉花は、先程レンタルしたばかりの水着が入った袋を片手にバスルームへ向かった。


 あたしが茉莉花のチョイスしてくれた三着で悩んでいる間に、茉莉花はいつの間にか姿を消して自分の水着もレンタルしてきた。「ぼくも借りてきた」としぶしぶな様子だったけど、一緒に遊びたいというあたしのお願いを叶えようとしてくれる姿勢がすごく嬉しかった。


「覗くなよ?」


「覗かないわよ」


「……」


「覗かないってば」


「……汐音も着替えとけよ?」


 ものすごい疑いの眼差しを残し、扉を閉める茉莉花。どんな水着をレンタルしたのか、とうとう教えてくれないままフィッティングタイム突入。女の子っぽいものは絶対に借りてはいないだろうけど……。


 き、気になるっ!


 覗いちゃう? ううん、ダメダメ。どうせあとで一緒に泳ぐんだから、お楽しみって事で我慢我慢。……うーん、でも気になる。いやいや、ダメダメ。覗かないって約束したじゃない……。


 うーん、やっぱり気になるーっ。


「し・お・ん?」


 バスルームの扉に手を掛けようとした瞬間、ドスの効いた声で冷やかなお目々を向ける茉莉花が扉を開いた。目が合ってあたしがへらへらと作り笑いをすると、茉莉花は深いため息をついてうな垂れた。


「汐音……。どうして君は……」


「あはっ、あははっ。冗談よ、冗談。も、もう着替えたの? ずいぶん早いのねー」


「なにが冗談だよ。覗くなっつってんのにさ……。考えたら上から服を着ていかれない水着だったから、やっぱりプールの更衣室で着替えようと思ってね……」


「あ、あぁ、そうなの? じゃ、じゃああたしもそうしよっかなー」


 いそいそと背を向ける。後ろで茉莉花がもう一度深いため息をついたのが聴こえた。知らんぷりしてレンタル水着とタオル、替えの下着やらヘアゴムやらをかき集める。そうしているうちに、茉莉花もがさがさと支度を始めているようだった。


「よっし、準備オッケー。茉莉花は?」


「……いいよ」


「もー。いつまで怒ってんのよっ。これから遊びに行くんだから機嫌直しなさいよねー」


「……」


 茉莉花は黙ったままだった。そんなに怒る事? と、機嫌の悪い茉莉花の顔を覗き込む。だけどすぐにぷいっと逸らされてしまった。そのまま部屋を出て行こうとする茉莉花の背を追いかけて、あたしもばたばたと急いで部屋を後にした。


 せっかくの……初プールなのに……。


 更衣室はすっきりとした塩素の匂いで包まれていた。プールの全貌が見れないので規模は分からないけど、音の響きからして相当広い空間なのだろうと想像出来た。人の声よりも、アトラクションのであろうザーザーという水音が大きくこだましている。


 茉莉花はロッカーにバスタオルと着替えを乱暴に突っ込むと、水着を片手にシャワーブースへと消えていった。シャワーカーテンを閉める間際に交わした視線はやっぱり冷やかで、なによなによとこちらまですねたい気分になった。


 プレオープンという事で、人はまばらにしかいなかった。数百台はあるだろうロッカーもほとんど空いている。だけどなんとなく贅沢に使えなくて、あたしは茉莉花の隣のロッカーを選んだ。


 いつものようにさっさと服を脱いで、すっぽんぽんになったところで水着に足を通す。


 茉莉花が選んでくれた深紅のツーピース。あたしがワンピースがいいと言えば茉莉花がダサいと首を振り、茉莉花がビキニがいいと言えばあたしが恥ずかしいと首を振る。譲らない二人の間を取ったのがこの水着だった。ウエストの横に上下を繋ぐリングが宛がわれており、左胸にはキラキラとラインストーンの蝶々が羽ばたいている。ちょっと派手な気もしたけど、悩んだ中でも一番似合うと褒めてくれたのがこの水着だった。


「まーりかっ、着れたー?」


 ブースから少し距離を取ったところで問いかける。近付き過ぎてまた誤解をされては、今度こそぶち切れられそうなので。返事を待ちながら髪をくるんと巻き上げて結ぶ。遠くの鏡に映ったピッグテールのあたしはちょっぴり大人びて見えた。


「しおーん、かわいいじゃーん」


 シャッというカーテンを開く音と共に茉莉花のアルトボイスが耳に入った。振り返ると茉莉花はにっこり笑ってくれた。あたしは褒めてもらえた嬉しさと、機嫌を直してくれた安堵に頬が緩んでしまった。


「……茉莉花、ずるいー。それ、水着じゃないじゃなーいっ」


「ふふんっ、れっきとした水着だぞ? ビキニじゃなくて残念だったな」


 皮肉を言う茉莉花はフード付きの白いラッシュガードに、下には二分丈のベージュの短パンのようなものを穿いていた。その恰好は泳ぐ側というより監視員さん。得意げな表情に謎の敗北感を覚えてしまった。


 何を残念がっているのだろう、あたしは……。

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