74☆ドッキドキ2人占め計画
なんだかんだ言っても甘えさせてしまうのは、俗にいう惚れた弱みというやつなのだろうか……。
詩織ちゃんと会った翌日から、茉莉花はやたらとあたしに甘えるようになってきた。あたしと詩織ちゃんの約束を聞いていた訳ではないだろうし、あたしが話した訳でもない。嫌ではないしむしろ嬉しい。それに詩織ちゃんとの約束を守れるのだから何が問題という訳でもない。
だけど、きっかけがきっかけなだけに複雑な気持ちがゼロな訳でもない。
学校内での獅子倉茉莉花はもちろん、部屋で二人きりの時の恋人モードのにゃんにゃん茉莉花に加え、学校内で出くわすとご主人様にすり寄ってくるしっぽふりふりわんわん茉莉花も新たに加わり、あたしとしてはどの茉莉花にどう対応していいのか分からなくなる時がしばしばある。
確かに弱い。甘えられると弱い。あたしが茉莉花のごろにゃんに弱いのは認める。
だけど無意識にキャラチェンジが出来る茉莉花と違って、あたしはその三パターンの茉莉花に対応しきれていないのが事実。かわいい恋人を甘やかしたい気持ちをケースバイケースで堪え、不器用ながらも冷たくした日は二人きりの時に思いっきり甘やかす等々埋め合わせをするようなるべく心掛けるのも結構大変だったりする。
「しーおんっ。早くおいでよーぉ」
「もー……今日は腕枕いらないって言ってるでしょー? それとも、何? ショーツ一枚のあたしを抱っこして寝たい訳?」
「だからぁ、そうじゃなくてさぁ……」
言いたい事は分かっている。あたしだって一緒に寝たい。だけどあたしはショーツ一枚で布団にくるまって寝る心地よさを、もう四日間も我慢している。茉莉花もいい加減譲歩して半裸のあたしと寝る覚悟を決めて欲しいところなのに……。
隣のベッドに横たわって自分の二の腕をぺしぺしと叩いている茉莉花。あたしが部屋着のボタンに手をかけるとすねたようにごろんと仰向けになった。じたばたとだだっこみたいに足をバタつかせて唸っている。
くっついて寝ていても、お互いの身体に触れられる訳じゃない事を歯痒く思っているのはあたしだけみたいでちょっと切ない。
しょうがないなぁ、とまた甘やかしてしまう自分にもため息をついて茉莉花の待つベッドに腰掛けた。文字通り『待ってましたー』とお目々を輝かせて飛び起きるや否やあたしの膝に顔を埋めてくる。ここ最近の茉莉花はずっとこんな調子でごろにゃん状態。
「くっついて寝るのも好きだけどさ、たまに広いベッドで一緒に寝てみるのも悪くないんじゃないかって思うんだよね」
「そりゃまぁ……確かに広いベッドならくっついていようがいまいが一緒に寝れる訳だし? でもこのベッドを動かせる訳じゃないんだから無理な話よね」
「ふふん、そう言うと思ったよ。実はさ……」
茉莉花は得意げに口端を緩ませながらあたしを見上げた。そしてハテナの浮かぶあたしの眼前に人差し指を立てて淡々と説明をし始めた。
茉莉花のお父さんはアミューズメント施設やテーマパークの経営をしている会社の社長らしい。詳しい事はよく分からないけど、とにかく老若男女問わず楽しめるものを作るのが大好きで、今度はアミューズメントホテルを新築したのでプレオープンに来ないかという誘いの電話があったのだという。
「寮に入って初めてベッドってもんで寝たから、このシングルベッド以上がリアルに存在すると思わなかったわ。実際に見たのはあんたんちのバカデカいキングサイズだけだし。高級ホテルのふかふかのベッドかぁ……落ち着かなくて眠れなそうだなぁ……」
でも、それも悪くない。広くてふかふかのベッドで一緒に寝てみたい。あたしの膝で飼い慣らされた仔猫みたいに寛ぐ茉莉花の少し茶色がかった髪が、中指と人差し指の間からさらさらとこぼれていく。あたしは何度もそれを繰り返しながら、広いベッドで添い寝する姿を想像してみた。
「ふかふかのベッドより、ぼくはこうやって汐音に膝枕してもらう方が幸せだけど、だからってそのまま爆睡したら汐音が眠れないしな。あーぁ、昼寝でもいいからこのまま寝てみたいー」
確かに、こんな膝枕状態じゃあたしが眠れない。うねうねとだだをこねるように身をよじらせる茉莉花の背をぽんぽんと叩く。かわいいし甘えて欲しいけど、甘やかし過ぎて調子に乗らせたくないからご期待に百パーセントは応えたくない自分もいる。
「プレオープンかぁ……。ご招待って事はお金かからないのよね? 高級ホテルなんてこの先お世話になる事もないだろうし、行ってみたいかも」
「じゃ、決まりだね。金曜の夜から二泊、父さんにさっそく返事しておくよ。友達連れて四人で泊まりに行くよ、ってね」
突全持ちかけてこられたお泊り話。同じ寮、同じ部屋で寝ているのだから、今更お泊りだなんて言われてもピンとこないというか取り立ててわくわくしなかったというか。だけど『広いベッド』というだけで揺らいでしまったせんべい布団育ちのあたし。
二人っきりで行ってもいいけど、やっぱりただの女友達ではないという後ろめたさから、あたしだけ連れて行く訳にはいかないという事で鈴芽ちゃんと千歳も誘う事にしたらしい。龍一さんの彼女である鈴芽ちゃんはお父さんのお気に入りでもあるというので、それを聞いてちょっと心強かったりもする。
「千歳のやつ、即効返信してきたよ」
茉莉花が差し出してきたスマートフォンのディスプレイには、千歳からの『行かない訳ないじゃーんっ! でも鈴ちゃんが一瞬しぶってたのー。ちぃたちとお泊り楽しみじゃないのかなー? しくしく』というメッセージが映っていた。文字だけでも千歳の甲高い早口が頭に響く。
多分、鈴芽ちゃんは龍一さんとのデートが瞑れてしまうから躊躇しただけなのだろう。それで断らない鈴芽ちゃんもまたお人好しというか友達思いというか。彼氏のいる友達を思い続ける千歳も、そんな友達を大切にする鈴芽ちゃんも健気でならない。さすが中学からの付き合いだけに友情が深いなと関心してしまう。
「何着て行こう……。茉莉花が買ってくれたワンピにしようかなぁ。それとも奈也が作ってくれたブラウスにしようかなぁ。ねぇ、どっちがいいと思う?」
「へへっ、汐音がノリノリになってくれて嬉しいな。奈也ちゃんのブラウスも似合うけど、薄手といえど長袖はちょっと暑いかもしれないからその前にもらったキャミにしたら? あれを着た汐音も見てみたい」
「うーん、でもキャミだけじゃ……」
右肩の傷が見えてしまう。半袖ならギリギリ隠れるんだけど……。
あたしがなぜ言葉に詰まったのか気にしてない様子の茉莉花は、そのまま千歳とのやり取りを続けていた。機械音痴のあたしからすれば、隣の部屋なんだから直接話すか、もしくは電話すればいいのにと呆れ半分、使いこなせている羨ましさ半分。楽しそうだからツッコむつもりはないけど。
「ねぇ、汐音。汐音もやっぱりプールとか海とか行ってみたいと思うの?」
スマホから視線を戻した茉莉花がごろんと寝返って見上げてくる。
「うーん……嫌いじゃないけどプールなんて中二以来入ってないなぁ。三年の時はほぼ学校行ってないし。海は小学校の臨海学校で行ったっきりかな。久しぶりに行ってみたいけど……何? あたしの水着姿がそんなに気になる訳?」
「ち、違うって。今度オープンするホテルにはアトラクション付きの屋内プールがいくつかあるらしいから聞いてみただけだよ。夏休みには臨海学校もあるし、泳げんのかなぁとか水着持ってんのかなぁって思っただけだって」
「何を隠そうお姉ちゃんのお下がりスクミズしか持ってないわよ。三こ上だからお姉ちゃんの卒業と入れ替わりであたしが入学だったし。実家に帰ればあるけど、取ってきた方がいいかなぁ?」
あたしが覗き込むと茉莉花は慌てた様子でガバッと起き上がり、引き攣り笑いを浮かべながらプルプルと首を横に振った。
「いやいやいやいや。ホテルにはレンタル水着ってもんがあってだな、飽きのこない定番のオシャレ水着とか、今シーズンの流行り水着なんかもたくさんあるんだ。スクミズなんて着てるダサい人はいな……」
ダサい? お下がりを大事に取ってある貧乏人のあたしを全否定された気分。ぎろりと睨むと自分の失言に気付いたのか、先程よりも激しくぶんぶんと首を振った。
「ち、違う違うっ。ぼくはただ、汐音にかわいい水着を着て欲しいんだよ。きっと汐音なら似合うやつがいっぱいあるとは思うんだけど、汐音さえよければぼくが選んであげたいなー、なんて……」
「……」
「も、もちろん汐音の希望だって聞くよ。ぼくが何枚かチョイスして、その中から汐音が選ぶってのはどう?」
「……」
「しーおーんーっ。愛しの恋人にはいつもかわいくいて欲しいんだよー。ほんとにそれだけだってばーっ」
疑いの眼差しを向けると明らかに動揺して目を泳がせた。かわいくいて欲しい? かわいくなくて悪かったわね、と口から飛び出しそうなのをグッと飲み込んだ。ここであたしがヘソを曲げたら、せっかくのプレオープン招待がおじゃんになってしまう。
「分かったわよ。どうせあたしのセンスだけじゃ不安だし、ここはあんたのセンスに任せるとするわ。それで、あんたももちろん一緒に泳ぐ訳よね?」
「えっ? い、いや、ぼくが女の子もんの水着なんか着れる訳ないだろっ? あ、いや、男もんはもっと無理だけど……って、そうじゃなくって、ぼくはいいんだよ。汐音が喜んでくれればそれで」
「あたしがよければったって、一人で遊んでこいっつーの? そんなのつまんないに決まってるでしょーが。せっかくのアトラクションなんだから、あたしは茉莉花と思い出作りたいなー……」
上目使いで猫撫で声を出す。この手を使ったのは三度目。茉莉花もわざとだと分かってはいるだろうけど少しずつ頬が緩んでいく。こめかみをかきながらもじもじしている茉莉花。
「しょ、しょーがないなー……。考えておくよ。ぼくだって汐音と楽しみたいしね」
ふふっ、ちょろーいっ。
「さーて、寝よ寝よっ。茉莉花が一緒に遊んでくれるってお願いきいてくれたから、今日はあたしがお願いきいて一緒に寝てあげるね。もちろん、半裸は我慢してあげる」
「へへっ、やったねっ」
嬉しそうにベッドに転がる茉莉花。かわいい。『よしっ』と言われた仔犬みたい。こんな風に純真な笑顔を見せられると、その整った顔立ちはそこら辺のガーリッシュな女の子よりも数倍かわいいのに、と毎度毎度比べてしまう。ボーイッシュなんて卒業して、いっその事ぶりぶりの甘々ロリータにでも目覚めてくれやしないだろうか。
そしたらマリッカファンもキャーキャーしないかもしれないし、自分がかわいい生き物だと自覚して女体コンプレックスも治るかもしれないのに。
そしたら、そしたら……。
「ねぇ、茉莉花。ホテルって部屋にお風呂付いてるのよね?」
「そりゃもちろん。プレオープンなんだからぴっかぴかのおっきなお風呂に一番乗りだよ。部屋風呂とはいえ、父さんの事だからきっと寮の浴槽くらいおっきくて何かしらの遊び心が仕掛けられてる風呂だと思う」
寝そべる茉莉花に上半身を預けて覗き込む。あたしの前でも決して解かない曝の感触。その下には、未だ見ぬ封印されし女の子の象徴……。
「すごーいっ。じゃあ、おっきいお風呂を独占出来るって事よね?」
「うんうん。独り占めだから泳いだって怒られないぞ?」
独り占め? バカね、二人占めの間違いよ。
寮で進展しないなら、開拓地で進展させてみせる。
茉莉花の女体コンプレックスを打破させるには絶好のチャンスだもの。




