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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第2章 ビビット編
72/105

72☆2年越しのさよなら

「へー? 茉莉花ってば未だに色んな子にちょっかい出してるのねー。中学ん時と何も変わってないじゃなーい」


「学習能力がないってやつ? でも茉莉花は意外と小心者で、生徒会長直々に注意された時はしょんぼり自粛してたのよ? ねー、マリバッカさんっ」


「ウケるー! マリバッカだってーっ。あははははっ」


 詩織ちゃんとあたしはとても気が合った。見た目も名前も雰囲気も、どこか他人ではない気がする程に。


 あたしたち三人は、勢いでお茶をしに喫茶店に入った。駅前のお手軽なフランチャイズコーヒーショップやこじゃれたカフェでもなく、最寄駅から少し離れた路地にある古ぼけた個人経営の喫茶店を選んだ。それは茉莉花のチョイス。中学の時の黒歴史や聞かれたくない話をあたしたち以外に耳にされたら困る、そういう理由だと思われる。


 店内は今時禁煙でも分煙でもなかった。カウンターで独りおじいさんが煙を吐き出しながらこちらを向いた。無理もない。女子高生が三人で入るような店でないのは看板の渋さからして明白だし。暇そうに新聞を読んでいるマスターは珍しい客層だからかたまに新聞越しにこちらを覗いていた。


 詩織ちゃんとあたしがキャッキャと盛り上がっている中、茉莉花は注文したクリームソーダのアイスをちびちびほじくって食べていた。話しに割り込んでくるのかと思いきや、たまに相槌を打ったり時計をチラ見するだけでほとんど黙ったままだった。


「汐音ちゃんてほんっとおもしろいねー。まるで茉莉花の飼い主みたい。言動を熟知してるし、しつけも厳しいし」


「あはっ、そう? 詩織ちゃんこそ、さすが元カノって感じ。こいつの言動一つ一つ分かってらっしゃるじゃない」


「あー、うん。そりゃ付き合ってはいたけど、私の場合は片思いの時期が長かったからねー。一年半くらいはずっと見てただけだもん。付き合ってた三ヵ月より見てた年月の方が長いから、逆に言動は観察してたというか何というか」


 けろりと切ない事を言い放つところがさばさばしていてかっこいい。完全に吹っ切れている過去だからこそ、いい思い出話として口にしてくれているのだろう。にこにこと首を傾げて「ねっ」と茉莉花に同意を求めている。茉莉花はそれが照れくさいのかバツが悪いのか、あいまいな相槌をしてクリームソーダを吸い上げた。


「んでんで、茉莉花は汐音ちゃんに何て告白したの? 『ぼくはもう恋人は作らない』なーんておセンチな事言ってたくせにねー。しっかりかわいこちゃん捕獲してんじゃないのよ」


「いいだろ、別に。普通に『付き合ってください』って言っただけだよ。捕獲なんつったら汐音にあとでぶっ飛ばされるからやめろ」


「ははーん。さては主導権握られて尻に敷かれてるんだなー? まったく、茉莉花は優しいんだからぁ」


「……ぼくは元々優しいだろーが」


 ふてぶてしく言ってるつもりなのだろうけど、表情からはそれを悟れなくて。あたしは初めて飲むミルクセーキのストローを齧りながらじっと横顔を眺めていた。あたしの目の前に座る詩織ちゃんもまた、涼しげな表情で茉莉花を見つめていた。


 竹を割ったような性格の詩織ちゃんは、別れた恋人の彼女であるあたしの事をどう思っているのだろうか。飲みかけのレモネードをストローでかき混ぜる度にカランカランという安っぽいガラスの音が響いている。束ねられた黒髪が白色灯でつやつやと輝いていて綺麗。


 同い年のはずなのに大人びて見えるのは、すらっとした高身長のせいかぴしっと伸びた背筋のせいか。はたまた毅然とした振る舞いのせいか 。あるいは伝説の中の人物だったせいか。似ているところがあるが故に、あたしが持っていないものを余計に羨ましく感じてしまう。


 ちんちくりんのあたしは心までちんちくりんに見えているのだろうか……。


「詩織ちゃんは、茉莉花のどこが好きだったの? 一年半以上もこいつのチャラさを見続けてきて、どこに惚れたの? こんな優しいだけでヘタレなやつに」


「へ?」


 一瞬、詩織ちゃんは目を丸くした。茉莉花も吸い上げたクリームソーダにむせている。おかしな質問だっただろうかと恥ずかしくなり、あたしは顔と手をぶんぶん振りながら訂正した。


「ち、違うのっ。あたしはただ、詩織ちゃん程素敵な子が何でこんなやつにって思って……」


「ぷははっ。汐音ちゃんてほんっとおもしろいねー。こんなやつこんなやつって言うけど、じゃあ汐音ちゃんは茉莉花のどこが好きで付き合ってるの? 入学して一か月そこそこで付き合うくらいだから、よっぽど即落ちだったんでしょ? ズキューンときちゃったんじゃないの?」


「そ、そんな訳ないじゃないっ。最初は嫌いで嫌いで……」


「いくら寮で一緒だからって、一か月ってほぼ一目惚れに近いじゃない。こっちこそ汐音ちゃんが茉莉花のどこが好きなのか知りたいくらいだよ?」


 突っ込まれて顔が火照っていく。墓穴を掘ったあたしを詩織ちゃんが目を輝かせて見ている。茉莉花もまた、わざとらしい咳払いをしながら横目でこちらを見ていた。


「し、知らないっ。茉莉花だってあたしのどこが好きなのか言ってくれないし……」


「そうなの? 気持ちはちゃんと伝えるべきだよ、お二人さん。私はね、ずっと黙ったまま留学行こうと思ってたのよ。でも、日本を離れたら毎日当たり前のようだった光景が当たり前じゃなくなっちゃうんだー、って思ったら急に思い立っちゃって……。毎日ボーッと眺めてた横顔を見れなくなるのが怖くて、最後に茉莉花との思い出が欲しかったから告ったんだよ」


「……」


「壊れてしまうのは形あるものだけじゃない、人も変わっていくし関係だっていつ壊れるか分からないでしょ? だからさ、自分の気持ちはちゃんとその場で伝えないと後悔するよ、熱々のお二人さん?」


 詩織ちゃんの切なげな笑顔にギュッと胸が締め付けられる思いだった。真っ直ぐに生きている事を物語っているリンとした目が弛んだ瞬間だった。


「もういいじゃんか、昔の話は。それより、ぼくは汐音がぼくのどこを好きなのか聞きたい。この際だからここでハッキリしなよ」


「まぁまぁ。茉莉花だって汐音ちゃんのどこが好きなのか伝えてあげてないんでしょ? でも、私には分かるよ。二人がお互いのどこを好きなのか、がね」


「……これだから詩織は。いっつもそうやってぼくを見透かしたような事言ってくれちゃってさぁ……。トイレ行ってくる。ぼくのいない間に変な話すんじゃないぞ、二人とも」


「はいはーい。行ってらっしゃーい」


 茉莉花は訝しげに振り返ったあと、小さなため息を吐きながら店の奥へ消えていった。すっかり見送ったあたしたちは同時に目を合わせた。


「茉莉花は私の事、未だに許してくれてないみたいだね。当然の酬いだけど……。捨てられようとして捨てちゃったのはこっちなんだもん、仕方ないか」


「あいつは……詩織ちゃんの事が心から好きだったって言ってた。大切で、この人なしじゃ生きていけない存在だったって……。きっと、あたしなんかじゃ到底足元にも及ばないんだろうなって思ったよ」


「……そっか。そんな嬉しい事、今の大切な人に言ったらヤキモチ妬かれちゃうのにね。別れを切り出して怒鳴られた時に言われたんだ、『ぼくは詩織を一生許さない』ってね。だから、私の悪口ばっか言ってるんだと思ってた……」


 この人は……茉莉花の前だけリンとしていられるのだろうか……。今にも零れ落ちそうな涙をおしぼりでごしごしと拭いている。強がっているだけ、そうも一瞬考えたけど、弱い一面を自然と出せたのはそれが同じ穴のムジナなあたしだからだったのかもしれない。


「そんな訳ないじゃない。茉莉花がバカの付く程優しいやつだってのは詩織ちゃんも知ってる事でしょ? バカ正直で嘘つくのもど下手だもん。詩織ちゃんの悪口があったら隠さず言ってると思う」


「えへへ、ありがと。汐音ちゃんってほんとにいい子ね。茉莉花が幸せそうでよかった。先に付き合ってたってだけで偉そうに言うのを許して欲しいんだけど……」


 詩織ちゃんは長い前髪をかき上げながらこちらに顔を寄せてきた。あたしもつられて身を乗り出す。そして耳元で囁くように三つのお願いを提示してきた。


 一つ目は、自分が傷付けた分、あたしに癒してあげて欲しいという事。二つ目は、出来るだけ甘えさせてあげて欲しいという事。


 そして三つ目は、出来るだけずっと一緒にいてあげて欲しいという事。


「高校でもどうでもいい子にだけちょっかい出しまくってチュッチュしてるんでしょ? でもね、茉莉花はああ見えて純粋なの。人と向き合うのが苦手で、無意識のうちにいつも人の顔色ばかり窺ってる。嫌われるのが怖くて自分に素直になれないんじゃないかな。独りになるのが寂しくて寂しくて、好かれていたい、愛されていたい、っていつもチャラいふりをして周りに人を置いてるのよ」


「あいつが……? そうは思えないけど……」


「私はいつも蔭からあの子を見てた。女の子たちとイチャついてた時も独りの時も。だからあの子の陰と陽の顔を知ってる。友達と別れて独りになった途端、急にスイッチが切れたような目になるの。ほんとはすごく寂しがり屋で甘えたい子なのよ。だけど、私は陰の茉莉花も陽の茉莉花も好きだった。すごく好きだったの。全てを包んであげたいと思ってた程にね……」


 それが、あの告白だった訳か……。


「詩織ちゃん、あたし……」


「おいこら、汐音も詩織も顔が近いぞっ。どうせこそこそぼくの悪口でも言ってたんだろー?」


 言いかけたところで茉莉花の呆れ声がする。詩織ちゃんとあたしが同時に振り返るとやれやれと苦笑しながら隣へ腰掛けた。息を合わせて首を振ったあたしたちを見比べて、疑いの眼差しを向けながらクリームソーダを飲み干した。


「私、そろそろ行くね。駅まで迎えに来てくれてるはずだから。今日はありがと、汐音ちゃん。茉莉花も。すごく楽しかったよ」


「もう行っちゃうの? まだ六時半なのに……。あたしも楽しかった。こちらこそありがとうね、詩織ちゃん。茉莉花、駅まで送ってあげよ?」


 茉莉花は黙ってこくんと頷いた。無表情なままちらりとあたしを見る。機嫌が悪いのか寂しくなってしまったのか、あたしにはその表情から判別する事が出来なかった。


 店を出てから駅へ向かう間も、詩織ちゃんとあたしは話題が尽きずキャッキャと話し続けていた。茉莉花はそんなあたしたちの様子をじっと見ていた。たまに振る会話に相槌を打ちながら時折スマホを覗いている。


 恋人と、恋人の元恋人に挟まれて三人並んで歩く。あたしたちの関係を何も知らない人たちには、単なる仲良し女子高生三人組だと思われるだろう。奇妙だと思っているのはあたしたちだけ。それもまた楽しかったりする。


「あっ」


 詩織ちゃんが手を振った先には、透き通るような白い肌に黄金色の髪をした長身の外国人さんがいた。あちらも詩織ちゃんの声に応えて大きく手を上げている。彼氏って外国人さんだったのか、となんだか納得してしまう。彼氏さんにハグされた詩織ちゃんはとても幸せそうだった。


「紹介するね。私の恋人でエドワードよ。留学コンシェルジュをやってるの。エド、こっちはシオンでこっちがマリカ」


 あたしたちがペコリと頭を下げると、「初めまして」と流暢な日本語で挨拶をしてきた。英語は赤点ギリギリだったあたしはホッと胸を撫で下ろす。


「じゃあね。汐音ちゃん、茉莉花。またお話しましょ」


「うん。気を付けてね、詩織ちゃん。……ほら、茉莉花も何か言いなさいよ」


 あたしが肘でつつくと、茉莉花は一瞬ちらりとこちらを見てからツカツカと詩織ちゃんのもとへ行き握手を求めた。詩織ちゃんはにっこり笑って「またね」と茉莉花の手を握った。


「詩織」


 小さく呟いた茉莉花の唇が詩織ちゃんの薄い唇に重なった。それはほんの一瞬の出来事で、見間違いなのかと思ったあたしは二度浅い瞬きをした。だけど、驚いて目を見開いた詩織ちゃんの姿を見て、幻なんかじゃないのだと実感してしまった。


「行くよ、汐音」


「ちょっ、まり……」


 あたしの手をギュッと掴んで引きずるように茉莉花が歩き出す。バランスを崩しながらも振り返ったあたしが見たものは……。


 泣き崩れる、詩織ちゃんの姿だった。


 大切過ぎてキスすら出来なかった最愛の彼女への、茉莉花なりの終わりを告げる挨拶だったのだろう。


 『さようなら。だけど、ありがとう。大好きだったぼくの詩織』、そう全てを伝えたキスだったに違いない。


 半歩後ろを歩きながら見上げる茉莉花の横顔。真っ直ぐ前を見据えて黙々と歩くその目には、もう迷いは感じられなかった。


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