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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第1章 パステル編
7/105

7☆灰色のパスト

 

 あたしだって好きで赤毛に生まれてきた訳じゃない。両親もお姉ちゃんも妹も綺麗な黒髪なのに、なんであたしだけこんな十円玉みたいな髪に生まれてきてしまったのか。


 幼稚園に入るまでは「大きくなったらママたちみたいな黒になるよ。まだ小さいから色素が薄いだけだよ」と言い聞かせられて、お母さんのその言葉を信じていた。


 でも幼稚園に入るとあたしだけ浮いていた。黒髪の中にぽつんと赤毛のあたしが目立っていた。「どうして赤いの?」友達に言われる度に「分かんない」、そう答えるしか出来なかった。


 小学校に上がっても同じだった。幼稚園では入れ違いだった三つ年上のお姉ちゃんと比べられたし、顔こそ似てるものの『海で拾われた子』とからかわれた事もあった。


 よく聞く『川で拾われた子』と違ったのは、あたしが外国人の子なんじゃないかといういらん捻りも混ざってたからだ。子供というのはほんとに残酷で、見たままの身体的特徴をそのままからかう。


 上級生であるお姉ちゃんがいる時はかばってくれたけど、あたしが四年生に上がるとお姉ちゃんは中学生、頼れる存在がいなくなったあたしは強くなるしかなかった。


 五年生になっても六年生になっても、あたしの髪色は黒くなりやしなかった。むしろずっと何も変わりやしない。


 お母さんにキツく当たった事もあった、「嘘つき」と。その度にお母さんは「ごめんね、汐音」と言って優しく髪を梳いてくれた。「お母さんは汐音の髪が大好きよ」と言って抱きしめてくれた。あたしも優しくて柔らかくて暖かいお母さんが大好きだった。お母さんは悪くない、抱きしめられる度にそう思っていた。


 一番悲惨だったのは中学に上がった時だ。みんなと同じ制服、同じジャージを着なくてはならないので余計に赤毛が目立ったからだ。地毛証明の『赤毛届』という書類と写真を提出していた為、先生たちからの理解こそあったものの、いくら地毛だと言い続けても違う小学校から入学してきた同級生や先輩たちの見る目は何も変わらなかった。


 生意気・ヤンキー・ギャル、背後から聞こえてくるのはそんな言葉ばかり。いくら否定しようが説明しようが何も変わらないのだから、もう気にしない気にしない、無視しようと心に誓った。強く生きていかなければあたしは瞑れそうだったから……。


「あんたが相葉汐音だよね? ちょっとこっち来なよ」


 先輩に呼び出されてもあたしは毅然とした態度を取った。……いや、取っていたつもりだけだったのかもしれない……。


「うっさいな、地毛だって言ってんでしょーが!」


 今思えば先輩たちへの態度は悪かった。言葉使いも悪かった。だけどそうでもしないとあたしは押し潰されてしまいそうだった。強くならなければならないと思っていたばかりに、『強くなる』と『強がる』を勘違いしてたのだ。


 あたしは、ちっとも強くなんかなれなかった……。


「あそこの中学の汐音って子だろ? 誰でもやらしてくれるって聞いたんだけど。俺にもやらしてよ」


「ずるいぞ、お前だけ。次は俺にもやらせてな? 汐音ちゃーん」


「やっ、やめてよっ! 放して……っ」


 見慣れた制服だった。近所の男子校の三人組だった。うちの中学を卒業した先輩に噂を聞いたんだろう。尾ひれはひれがついて「やりまんのギャル」だと影で噂になっていたのは知っていた。中学に入ってからもう三年、もう特別驚く事ではなかったので無視していたのに……。


 そして中学三年のあの夏、あたしは乱暴された事を誰にも言えず……学校にも行かなくなった。


「汐音、お母さんが心配してるよ? ご飯くらい食べなきゃ。勉強はお姉ちゃんが教えてあげる、だから無理に学校行かなくていいよ」


「お姉ちゃんだって大学受験じゃない。あたしの事はほっといて」


「ううん、お姉ちゃんは大丈夫。一緒に勉強しよ? お姉ちゃんね、汐音にぴったりの高校見つけてきたんだよ。友達がね……」


 お姉ちゃんが提案してくれたのが、この星花女子学園だった。女の子しかいない、寮もある、生徒も落ち着いている……。なんて魅力的な学校なのだろうと思った。


 友達が通っていたというその学校は、お姉ちゃんの言う通り、恰好の隠れ場だった。逃げ場だった。こんな地元、早く離れたかったんだ。


 あたしは薄々気づいていた、お姉ちゃんはあたしがレイプされたのを知っている事を。でも何も言い出さないあたしの心情を察して、お姉ちゃんもまた何も言わなかった事も。だから何も言わずに女子寮のある学校を探してきてくれた事も。


 お姉ちゃんの計らいを無駄にしないよう、あたしは必死に勉強した。夜遅くまで教えてもらい、昼は自室で復習した。心から賛成してくれていなかった両親にも、お姉ちゃんが上手く説得してくれた。秋が終わる頃には両親も、あたしが星花女子学園に受かったら入寮してもいいと応援してくれた。寂しがっていた妹も、「わたしも来年、星花受けようかな」と期待してくれた。


 だからあたしはここにいる。地元を捨てて逃げてきたには違いないけど、新たなこの場所で、今度はちゃんと強くなるのだと誓って。強くなって過去を断ち切るのだと誓って。


 男なんか、男なんかいないこの学校で……。


「あんた、獅子倉茉莉花とか言ったっけ。あたしチャラい奴も男も大嫌いなの。だからもうあたしに関わらないで」


「……はい?」


 そうよ、大嫌い。チャラい奴も男も、男みたいな女だって。


 音楽室と壁一枚で隔たれた準備室では、滑らかなピアノの旋律と整った心地よい三部合唱が、まるで遠くで流れてるかのように聴こえていた。


 



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