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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第2章 ビビット編
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69☆めくるめくめくれまくれた化けの皮

 放課後も、あたしたち三人は昼休みと同じ場所に集まった。ほんとは部活の日だけど、茉莉花とあたしは奈也の為に躊躇なくサボった。汐音の歌が聴いてみたい、そう言ってくれた奈也とカラオケに行く約束もした。もちろん茉莉花もすかさず「ぼくもっ」と言った。


 夕方だというのに昼休みより明るく感じて窓の外を見る。薄日が差していた。もう少しで雲が消えそうだった。


 今の、あたしたちみたいに。


「でね、獅子倉さんと栗橋先輩は声がデカ過ぎてね、上手いっちゃ上手いんだけど決して合唱とは言えないライブハウス状態だったのよー。顧問の先生にいっつも二人共同じ注意されてて、学習能力ないのかと疑っちゃうわー」


「へぇー。アタシは同じクラスだから音楽の授業で歌声聴いた事あるけど、その栗橋先輩って人もマリッカと同じなんだぁ? でも楽しそうだね、合唱部。アタシは音痴だから合唱には向いてないや。あんまり音楽も聴かないし、カラオケに行ってもほとんど歌えないよ」


「大丈夫大丈夫、その分獅子倉さんがマイク握っててくれるから。ねー、獅子倉さーん」


 振り返ると茉莉花はむすっとした顔のまま頷いた。ディスられた事より、奈也とあたしが二人だけで盛り上がっているのがおもしろくないご様子。でも、奈也には逆に映っているのだろう。真面目で純粋な奈也からしてみれば、あたしのからかい文句でさえ茉莉花を傷付けているんじゃないかとハラハラしているに違いない。


「ま、マイク放さない程レパートリーがあるってすごいじゃない? アタシからしたら羨ましいけどなぁ……」


「やっぱ? 汐音ちゃんなんてぼくがマイク渡さないみたいに言ってくれちゃって酷いよね。ちゃんと交互に歌ったのにさぁ」


「え……? 二人で行った事あるの?」


 バカッ、と睨んだあたしを見て気がついたらしい茉莉花。慌ただしく身振り手振りを交えて訂正を始めた。


「いやいやいやいや。ほらっ、ぼくこんなに嫌われてたんだよ? 汐音ちゃんが二人で行ってくれる訳ないじゃーんっ。あは、あはは……」


「そうよ。こんなチャラいやつと個室に入ったら穢れが移りそうだもん。行く訳ないでしょ?」


「ほ、ほら。汐音ちゃんはこの通りガードが堅いからねぇ」


 こいつ、ほんっとに嘘もごまかすのも下手くそなんだから……。こんなヘタレに騙されてくれた奈也の純粋さが時に憐れにすら感じるわ。


 奈也はしばらく何も言えない様子で、茉莉花とあたしを見比べていた。それからウーンと首を捻ってにっこり笑った。


「汐音とマリッカって、結構息ピッタリね。なんていうか……似てるっていうか……」


「へっ? や、やめてよぉ。こんなやつのどこがあたしに似てるって言うのー?」


「うーん……。上手く言えないけど……お似合いっていうか、意外と仲良くなったら楽しそうなんじゃないかって……」


「ば、バカ言わないでよっ。あたしはほら、こういうチャラチャラしたやつよりも、奈也みたいに真面目な子と話してる方がよっぽど楽しいのよ? 奈也と話してると飽きないし、いい友達だって思ってるもん」


 我ながら切り返しの上手さに関心する。でも、嘘は言っていない。奈也と話していて楽しい事は本音だもの。やっぱり、仲直りしてよかったと思ってる。思わせぶりな態度はいけないけど、事実を伝えてるだけだもの。


 にっこり微笑むと奈也も嬉しそうに笑ってくれた。だけど気恥ずかしそうに毛先をもじもじといじっている。愛情とやらに餓えているのだとしたら、この子を褒める事が自意識の確立に繋がり、そこから自己愛と自信が生まれるんじゃないかとあたしは考えている。


「ぼくはそろそろ帰るけど、二人は?」


 まだふて腐れてるのであろう茉莉花がバッグを背負いながら立ち上がった。自分が言い出した計画なのに、つまらないからって逃げるの? と冷ややかな視線を送る。ちらりとこちらを見た茉莉花はすぐに目を逸らした。


「あらあら、獅子倉さんってば何をいじけてるのー? 混ざりたいなら混ざりたいって正直に言えばいいじゃなーい。あたしが奈也を独り占めしてるからってすねないでよねー」


「……違うよ。それと、その獅子倉さんってのやめてくんないかな。よそよそしくて嫌いなんだ」


「嫌よ。獅子倉さんは獅子倉さんだもん。よそよそしいと言われようが、マリッカなんて呼び方のほうが逆に慣れ慣れしくて歯が浮くわ」


「あっそ。ならいいよ。どうせそのうち呼びたくなってくるからさ」


 取り繕った爽やかスマイルもどこかぎこちない。その滑稽さに若干の罪悪感を覚えた。ちょっとやり過ぎたかな、と反省。


「じゃあうちらも帰ろっか、奈也。それとももう少し話てく?」


「う、うーん……。あ、アタシは……」


「悩むならもうちょっと話してから帰ろっか。……そういう事だから獅子倉さん、先に帰っていいわよ?」


 申し訳なさそうに俯く奈也の隙をぬって茉莉花が目配せしてくる、『ちょっとこっち来て』と。しぶしぶ立ち上がり、階段の方へ向かう茉莉花に耳打ちした。


「もうちょっと付き合ってくれてもいいじゃない。どうせ部活行かないんだし。あんたの方が愛着障害とやらに詳しいんだから協力しなさいよね」


「汐音こそなんだよ。あれじゃぼくの入る隙間なんて微塵もないじゃんか。協力しろったって汐音が邪魔してるようなもんだぞ?」


「はぁ? 無責任な事言わないでよねっ。誰が邪魔してるって言うのよ。あんたがそんなヘタレなのがいけないんでしょ? あたしのせいにしないでよっ」


 こそこそと言い合っているうちに奈也が顔を上げた。すかさず取り繕った笑顔で奈也のところへ戻ろうとすると、背を向けたあたしの手首を茉莉花が掴んだ。


「やっぱり今日はお開きにしようよ。また明日も話せるんだからさ」


「帰りたきゃあんただけ帰りなさいよ、獅子倉さん。残りたいなら残ればいいし、それはあんたの勝手よ?」


「そうじゃなくてさ……」


「痛いっ、放してっ!」


 歯切れの悪い言葉にイラついて、思わず手を解こうとした。だけど抵抗しようとすると茉莉花もムキになって強く掴んでくる。


 それなら力づくで、と大きく振り払った瞬間……。


「うわっ!」


「あ……っ!」


 勢いよく振り払ってしまい、よろけた茉莉花の身体が階段の下へ吸い込まれていく。スローモーションに見えるその光景が何十秒にも思えた。


 あたしが……あたしが茉莉花を……っ。


「おっと……危なかったな。怪我はないか?」


 その時、踊り場に見えた青い繋ぎを着た用務員さんが、間一髪茉莉花の身体を受け止めた。勢いで尻もちをついた二人はしばらく動かなかった。用務員さんが担いでいたのであろう、とっさに放した脚立がガシャンと音を立てて倒れていった。


「茉莉花っ!」


 叫んで階段を駆け降りる。何が起こったのか分からず呆然としている茉莉花を、用務員さんがそっと抱き起した。


「茉莉花! 茉莉花っ! 怪我はっ? どこか痛むっ?」


「いてててて……。いや、大丈夫……」


「大丈夫じゃないじゃないっ! どこが痛むのっ? ごめん、ごめんね。あたしのせいで茉莉花が……っ」


「……大丈夫だよ、汐音。落ち着けってば……」


 用務員の倉田先生が受け止めてくれていなかったら、きっと茉莉花は全身怪我だらけだった。それだけじゃ済まなかったかもしれない。頭だって打っていたかもしれない。想像すると血の気が引いて鳥肌が立った。


「立てるか? 保健室までおぶってってやろうか?」


「いや、大丈夫ッス、先生。ありがとうございました……」


「……そうか。打ち身はあとから痛み出す事もあるからな。少しでも痛みが増したら保健室行くんだぞ」


 そう言って倉田先生は脚立を担ぎ直した。あたしも慌てて頭を下げると、先生は小さく頷いて階段を下りていった。


「茉莉花、ねぇ、ほんとに大丈夫? 保健室行って冷やす物もらってこようか?」


「大丈夫だってば。ちょっと足痛いけど、多分大した事はないよ」


「ヤダヤダっ! 大した事なくても、怪我させたのはあたしだもんっ。痛いならちゃんと手当てしてもらいに行こ? ごめんね、ごめんね、茉莉花ぁ……」


 痛いのはあたしじゃないのに涙がこぼれていく。大変な事をしでかしてしまった罪悪感と、大事に至らなくて済んだ安堵感で心臓が張り裂けそう。踊り場でぺたりと座り込んだままの茉莉花をぎゅっと強く抱きしめて、何度も何度も「ごめんね、ごめんね」と繰り返した。


「マリッカ……。だ、大丈夫……?」


 ハッと我に返る。慌てて茉莉花から離れて涙を拭うも、唖然としながら階段を下りてくる奈也があたしたちを見下ろしていた。


 そして、小さく呟いた。


「汐音は、マリッカの事が……好き、なの……?」 

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