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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第2章 ビビット編
67/105

67☆売り切れシール?

 部屋の照明が逆光で、覆い被さった茉莉花の表情が分からない。身体はこんなに近いのに、何を考えているのか読めない。


 ただ一つだけは分かる、茉莉花はじっとあたしを見つめているという事だけは。


 心臓がドクンドクンと鳴いている。


「じょ、冗談でしょ……? からかわないでよ。こんな話したばっかなのに」


「ダメ、なの?」


 小さく尋ねられて、あたしまで小声になってしまう。


「ダメっていうか……そっちが言い出したんじゃない。精神的な受け入れがなんとかって……」


「だから、ダメなの? 今はしたくないって事?」


「そ、そうじゃなくて……」


 どっちがヘタレよ。いつもならキャンキャン言い返すくせに、いざとなったら何も言い返せないなんて……。欲しくなったら聞くからって、さっき前置きされたばかりじゃない。あたしが答えなきゃ同意を得た事にならない。そしたら茉莉花はこの手を止めてしまうかもしれない。


 ダメなんかじゃない。そうじゃなくて、そうじゃなくて心の準備が、って言いたいだけなのに……。


 こういう時って、まず灯りを消して、えっと、それ以前にこんな床じゃなくてベッドで、まずキスからして、それから……えっと、それから服を脱がせて……。


 お、おかしい、お母さんたちが仕事の日、ドキドキしながらお姉ちゃんと見てたドラマではそんな感じだったと思ったんだけど……。あれは男女だったからそもそもの基準が違うの? い、いやいや、行為の内容はともかく、始まりは同じなんじゃ……。


 以前あたしがからかった時は合意なんかじゃなかったし、元々するつもりじゃなかったからムード作りもなにもしなかったけど……。ご、合意の上でって、こんな床だろうが煌々と点けっぱなしだろうがおかまいなしなの……?


「汐音、嫌なら言ってよ。ぼくはあくまで合意の上でしたいんだ。汐音のかわいいしぐさを見て、ちょっと理性吹っ飛びそうになってるだけだから……強引にしたりはしない」


「い、嫌じゃない……。嫌なんかじゃないんだけど……どうしていいか分かんないの」


「……ぼくも。スイッチ入っちゃったはいいけど、どうしたらいいか分かんないや」


 茉莉花が少しだけ上体を起こす。月食のようで見えなかった茉莉花の苦笑が目に映る。支えていた腕が震えているような気がした。緊張しているのはあたしも同じ……。


「して?」


「え?」


 するりと首元に腕を回す。一瞬驚いた茉莉花の頭を引き寄せると、あちらからキスを落としてくれた。そのまますぐに舌が絡み合う。いつもより荒々しくて、どこか焦っているようにも思えた。それでも、激しく求めてくれる事が嬉しくて快感に変わっていく。


「ねぇ、お願いがあるの……」


 一旦唇を放して真っ直ぐ見つめる。茉莉花は物足りないという顔をしていたけど、あたしの表情を見て少し身を引いた。


「ちゃんと、公表して欲しいの。彼女だって。恋人だって」


「……どうして? 何か不安にさせた?」


「違うの。あたし、茉莉花が例え他の子と遊びに行っても、茉莉花には帰るとこがあるんだと、その子たちに分かっていて欲しいの。茉莉花を信用してないからじゃない、保険を掛けておきたいの。帰ってきてくれるって信じていたいから」


 茉莉花は無表情のまま、じっと黙って聞いていた。何か言いたげに口を開きかけたようにも見えたけど、ただ黙ってあたしを見下ろしていた。


「ごめん。ほんとに、信じてない訳じゃないの。でも確証がないのが怖いの。今ここで身体だけ繋がっても、心が離れない確証がないのが怖いの」


「……」


「好きだから、離れて欲しくない。茉莉花はあたしの事が好きだって、あたしのものだって、誰も手を出せないように保険を掛けさせて欲しいの。心も身体も茉莉花にあげる。だから……」


 じんわりと溢れそうな涙を茉莉花が拭ってくれた。フローリングに横たわるあたしを抱き起して、それから隣にちょこんと座った。黙ったままゆっくり目を閉じている。あたしもなんだかそれ以上は言えなくて、ただ茉莉花の開口を待った。


「汐音は、それでいいの?」


 押し殺した声に胸がぎゅっとなる。怒らせてしまっただろうか。困らせてしまっただろうか。あたしは頷く代わりに、茉莉花の指に自分の指をそっと絡ませた。


「嫌なら無理は言わない。お母さんの事もあるし、どこで耳に入るか分かんないしね。それに、断ったからって身体を拒否する訳じゃないから。これはあくまできっかけ。階段を昇るついで、くらいに思って?」


「……」


「ごめん。あたしの好き、重い……?」


 真顔だった茉莉花がぷいっと顔を叛けた。小さなため息が聴こえる。やっぱり重いのだろうか。でも、あたしは言えてすっきりしている。なぜだか心が軽くて、伝えた後悔などなかった。


「汐音、ごめん。それは出来ない」


「……うん、いいよ。あたしのワガママで言ってみただけだから。でも、いつか堂々と言ってみたいな、とは思ってる」


「ご、ごめん。その……ぷっ」


「え?」


 顔を叛けていた茉莉花が急に吹き出した。何がおかしかったのだろうか。自分の言葉をぐるぐると(さかのぼ)る。だけど一つも思い浮かばない。


「な、何? あたし、何か変な事言った?」


「ぷっ、ぷははははっ。ち、違うよ。変な事なんて言ってない。たださ……」


 振り返った茉莉花がぎゅっと抱きついてくる。まだドキドキが治まり切れてないというのに。何がなんだか分からなかったけど、抱きしめられた腕の強さがそれを物語っていた。怒ってなんかないよ、と。


「いざ言ってくれたら嬉しすぎて照れくさくなっちゃっただけだよ。ありがとね、汐音。ぼくも好きだよ」


「……バカ。あたしの方が恥ずかしいっつーの」


「うん。だけどちゃんと言って欲しいし、ぼくも言いたかったんだ。大事なことはちゃんと伝えないとね」


 そう言って、茉莉花は腕を強めた。苦しいよ、そうアピールしたくてぽんぽんと背中を叩いてみる。茉莉花が力を緩めてくれたのは、今日二度目のとろけるようなキスをくれた時だった。


「背中、痛くなかった? さっき乱暴に押し倒しちゃったかなって……」


「ううん。茉莉花だから許してあげる」


「へへっ、ありがと。今度はちゃんとベッド行こうね」


 離れるのが惜しくてあたしからも身体を寄せる。心臓はいつの間にか通常運転に戻っていた。心が落ち着いたからだろうか。大好きな香りを求めて首元に鼻を埋めた。


「さっきの話だけどさ、もうちょっと待って欲しいんだ。母さんの事だけじゃない。騙しちゃった奈也ちゃんの為にも、もうちょっと我慢してもらえないかな」


「奈也の?」


「うん。ちゃんと順を追って、と思ってる。汐音への執着が解けてからじゃないと、刺激するだけになっちゃうしね。ぼくと付き合ってるのを暴露するのはそのあとで。あの子は暴走の発動条件さえなければ、冷静に考えられる頭のいい子だからさ。見せ付けるだけじゃなくて、救いたいじゃん? 友達だから」


 まったく、どこまでお人好しのお節介さんなのだろう、うちの恋人は。まぁ、そこも惚れた一つなのだけど……。時にその優しさが裏目に出ると分かってるんだか分かってないんだか。


 だけど、裏目に出たとしても決して人のせいにはしない。後悔もしない。真っ直ぐで強い。この人はそういう人。


「分かった。あんたのそういう優しいとこも好きよ」


「……や、やっぱサラッと言わないでくんない? 何度言われても嬉しいは嬉しいんだけどさ、その……照れるっつーか……」


「あらあら。照れちゃうとこもかわいくて好きよ?」


「乱用すんなってーのっ。もう……」


 きっと、顔が見えていたらお互いにもっと恥ずかしがっっていただろう。でも、見えないから素直に言える。


「もう一つ。公表する前に確認しておくけど、ぼくと付き合ってるのをバラす事で、汐音が嫌な目にあうかもしれない。ぼくも聞きたくない事を耳にするかもしれない。それは分かってくれてるよね?」


 そう。お母さんの事だけじゃない。マリッカファンの子に何を言われるか分からない。逆に茉莉花自身が逆恨みされて何かされるかもしれない。考えすぎなだけで何もないかもしれない。


 だけど、そのリスクを追ってでも手に入れたいものがある。


 中学時代に付き合っていた例の元カノさんとは、女同士が付き合っているという汚点を付けさせたくなかったから隠していた、と言っていた。もし、茉莉花が今でもそう思っているなら、あたしと付き合っている事も隠し通したいはず。


 不安は消えない。この恋が終わらない限り、不安は尽きない。だけど、不安を回避しようとしても別の不安を生むだけ。隠し続けても不安、公表しても不安。どちらにしても、決して塞ぎ切る事は出来ない。いずれ訪れるかもしれない別れのその時まで、好きでいる限り不安は消えやしないのだから。


「望むところよ。逃げてばかりじゃ幸せは掴めないもの。交際宣言した暁には、あんたの背中にシール貼っとくんだから」


 前途多難なのは、あなたを好きになった時点で覚悟していたんだもの。こんなバカなあたしを受け入れてくれたあの日から。自分の気持ちに気付いたあの日から。お母さんに誓ったあの日から。


「シール? 何の?」


「決まってるじゃない、『売り切れ』シールよ。もっとも、ちょっかい出すのはあんたの方からでしょうから、バッテンマスクもしてもらおうかしら」


「そ、それを言うなら予約済みシールじゃないのか?」


「え? だってもう手にいれてるんだもん。予約ってツバ付けただけみたいじゃない。一点物だけど完売、って事で」


「はぁ……。そんなに束縛する程信用ないのかぁ……。ぼくは前にも言った通り、汐音は束縛しなくてもぼくの側を離れないって自信あるんだけどなぁ」


 きっとそうだと思う。あたしもそう思う。天邪鬼なあたしは、もし束縛されたらするりと逃げたくなっちゃう気がするもん。


 だけど、茉莉花は根拠のない自信で言ってる訳じゃない。あたしのそういう性格を把握した上での自信なんだ。この鈍感娘に弱みを握られてるみたいで少しおもしろくないけど、惚れた時点ですでに手中に収められていたのかもしれない。


「どうかしらね。でも、もしあたしが浮気したら、たまにはあんたがぶっ飛ばしてくれてもいいのよ? 今のとこ、一度も手をあげられてないけど」


「当たり前だろー。ぼくは優しいんだ、汐音みたいに凶暴じゃないんだぞ? それに、もしぼくが一発でも手をあげようもんなら何百倍にして返されるか……」


「はぁ? 誰が凶暴よ、誰が。ぶっ飛ばされたいの?」


「ほ、ほらぁっ」


 大丈夫、冗談だって分かってるから。嫉妬も束縛も好きじゃないから、だから、ちゃんとあたしだけを見ててね?


 立ち上がりついでに時計を見ると、いつの間にか針は十一時を回っていた。そんなに長い事いちゃついていただろうか、と自分のバカップルさを少し反省する。あたしよりも細長くて尖った三日月みたいな茉莉花の指をそっと掬って引き寄せた。


「ねぇ、茉莉花」


「うん?」


「する? 続き」


 座ったままの茉莉花の顔を覗き込むと、あたしの赤毛が肩を滑って茉莉花の頬をかすめた。恥ずかしさを隠しながらにっこり微笑みかける。あたしの言葉になのか、表情になのか、驚いた様子の茉莉花が目を丸くした。


「えっ、えっ? い、今?」


「言ったじゃない、公表を断られたとしても身体を拒否る訳じゃないから、って」


「そ、そういう話じゃなくてさ、な、なんつーか……さっきは勢いでいけそうだったからなんとかなると思ってたんだけど……」


「何よ、勢いだのノリだのは嫌だって言ってたのはそっちじゃない。は、恥ずかしい事言わせたんだから、ここまできてヘタれないでよねっ」


「だ、だからぁ、ぼくはその……勢いってのは雰囲気とかムードがあってこそのだな……。だーっ、もうっ、分かったよ。そういう雰囲気にすればいいんだろー?」


 何かが吹っ切れたように唇を重ねてくる。こんなの、それこそ無理矢理させてるみたいで嬉しくないのに……。


 それでも、あたしを求める舌にとろけそうになってしまう。快楽に負けて許せてしまう。もっと求めて欲しいと思ってしまう。


「ベッド、行こっか」


「うん。電気も消してきて?」


「おーけー」


 ……だけど、やっぱりヘタレはヘタレ。


「何よ、ここまでしといてギブとか有り得ないんですけどぉ。パジャマすら脱がせられないのぉ?」


 ベッドで散々濃厚なキスを味わわせておいて……。


 耳たぶも首筋もデコルテも、散々味わっておいて……。


 胸を触った途端……。


「が、頑張ったんだぞっ。これでも頑張ったつもりなんだぞっ。だ、だから今日はもう勘弁して? こ、これ以上やったら鼻血出ちゃうから……。次はもっと頑張るっ、ね、ね?」


 真っ暗にしても、パジャマの上から触っただけで素に戻るとか……。


「鼻血なら今すぐ出させてあげるわよっ、この拳でねっ」


「わわっ、落ち着け、落ち着けってっ。顔はやめてーぇっ」


 バーカっ!

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