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百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第2章 ビビット編
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65☆クラクラ等価交換

 千歳と鈴芽ちゃんには取り急ぎ『仲直りした』と報告し、いつものように部屋を交換して寝る支度を始めた。相変わらずお人よしでカンの鋭い千歳は何やらにやにやしていたけど……。ツッコんだり否定するとまたややこしいしめんどくさいので無視する事にした。


「じゃーね、おやすみぃ。ケンカもほどほどにね、しーちゃん、茉莉花」


「はいはい。おやすみぃ」


 大好きな鈴芽ちゃんと今夜も寝られると知ってルンルンな千歳が扉を閉める。あたしたちのケンカに左右されて鈴芽ちゃんと寝れなくなるかもしれないと思うと、つくづく千歳が不憫でならない。まぁ、それもこれもあたしたちのせいだけど。そして、千歳もそれを承知の上でルームメイト交換を提案しているはず。


「あたし、歯磨き行ってくるね。……って、あんたこんな時間に何食べてんのよ」


 デスクに向かって悠長に箸を動かしている茉莉花が振り返る。目が合うと同時に時計に視線を移した。太りやすい体質のあたしと違って、運動しなくても全く太らない体質だから羨まし過ぎる。


 だからって……。


「何って、見ての通りお寿司だけど? まだ十時なんだからいいじゃんか」


「まだ? 『もう』十時よ? いくら太らないからって、こんな時間に食べたら……」


「そんな事言ったって、汐音が寝付き悪い日はぼくが何時まで起きてるか知ってるか? 寝付いたの確認して、それからベッドに入るんだぞ? 夜中にお腹空く事だってあるんだからな。そこまで言うなら手伝ってよ。ぼくイカ嫌いだからあげる」


 お箸で掴んだイカを上下させながら「ほらほら」と口を開けるよう要求してくる。おいしそう。ごくりと喉がなる。ううん、ダメダメ。あたしはこいつと違って太りやすいんだから。


 茉莉花の手元にあったのは、よく見掛ける駅前のテイクアウト専門のお寿司屋さんの割り箸袋ではなかった。あの店よりも明らかに質のいい箸、食べかけのお寿司の隙間から覗く上品な容器。どこで買ってきたのか知らないけど、お嬢様は舌が肥えているので高級寿司店の物なのだろう。


 こんな贅沢な物を夜食にだなんて、もったいない……。


「いらない。あたしお寿司嫌いだもん。サラダ巻きだったらもらってあげたけど」


「サラダ巻き? 何それ、かっぱ巻きの事? 汐音はああいうのしか食べれないのかぁ、お子ちゃまだなぁ。まっ、そういうとこもかわいいんだけどさ。じゃあアナゴは? アナゴなら甘くておいしいから食べれるっしょ?」


 ……そんなもん、貧乏人のあたしが食べた事あると思ってんの?


「いらない。お寿司、嫌いなんだってば。いらないのがあるなら千歳が歯磨き行く前にあげればよかったじゃない」


「うーん、さすがにこの時間にお寿司もらってくれる子はいないだろうしなぁ」


 ぶつぶつ言いながら残りのネタを平らげ、嫌いだと言っていたイカを残したまま容器を閉じようとしている。まさか捨てるつもり? そう思って急いで茉莉花の手を止めた。


「す、捨てんの? これ、捨てるつもりなの?」


「え? うん。だって、汐音も嫌いだって言ったじゃん。いらないなら捨てようと思って……。食べんの?」


 すかさず首を横に振る。だってこんな時間。嫌いなお寿司。何よりそんな高級そうな物、あたしの口にあう訳が……。


「た、食べるっ」


「首振ってるからいらないんだと思ったら……なんだ、食べるんじゃん。はい、アーン」


 満面の笑みであたしの口にイカを放り込む。お、おかしい。いらないと首を振ったつもりだったのに、口では食べると言ってしまった……。ダンボール箱入り娘のプライドはどこへやらで恥ずかしい……。


「おいしい?」


 今度は頷く。おいしい。イカってこんなにおいしかったっけ? 最後に食べたのは、中学校の給食であんかけ焼きそばに入っていた欠片だっただろうか。


 それよりなにより、お寿司ってこんなにおいしいものなの……? あたしが食べて嫌いだと思っていたのは安いお寿司だったから? ちゃんとしたお寿司って、こんなにおいしいものなのね……。


「ほんとにかわいいな、汐音は。もっとあげたくなっちゃう。おいしそうに食べてくれる顔を見てると幸せな気持ちになるよ。はい、お茶」


「だ、だから、餌付けみたいに言わないでよね」


 ごくんと飲み込んでペットボトルを受け取る。お茶を飲んでる最中もにたにた顔で観察されて照れくさくなった。恥ずかしい事をさらっと言える神経には敬服するけど、見習いたくはない。


 ご満悦でウーンと伸びをした茉莉花は、アップテンポな鼻歌を口ずさみながらテキパキと片付けをし出した。その後ろ姿を見ながら、あたしは歯磨きセットを手に洗面所へ向かった。


 今夜は同じベッドで寝れる、そう考えるとつい口元が弛んでしまう。洗面所の鏡には、腑抜けた顔で歯ブラシを咥える相葉汐音が映っている。茉莉花がご機嫌なのも、きっと同じ理由に違いない。


 こういう幸せって、人を好きにならないと味わえなかったんだ、としみじみ思い知らされる。ううん、好きな人がいるだけじゃダメなんだ。お互いに求めてなければ。あたしと茉莉花は奇妙な始まりだったけど、今はお互いを必要としているのだから結果往来なのだろう。


 じゃあ、片思いの……あたしに本気じゃなかった奈也はどうしたら幸せになれるのだろうか。愛着障害とやらの打開策が愛情を注ぐ事なのだとしたら……。


 やっぱり、幸せと愛情ってイコールなのだろうか……。


「ただいま」


 扉を開けると、茉莉花は綺麗に片付けられたデスクをウェットティッシュで拭いていた。「おかえり」と言ってにっこり笑う。物に対 しても意外と几帳面だし、他人に対してもマメに心配りが出来る器用さは褒めてあげたいところ。


 あたしは手にしていた歯磨きセットをころんとベッドに転がして茉莉花に問い掛けた。


「ねぇ、あんたが幸せを感じる瞬間ってどんな時?」


「何だよ、急に。……んー、そうだなぁ、さっきみたいにおいしい物を食べさせた時、とか? 急に振られても思いつかないよ」


「ふーん。あんたの事だから、てっきり『仔猫ちゃんたちと遊んでる時だよー』なんてアホっぽい回答してくると思ったけど」


「アホって何だよっ。じゃあ、汐音と一緒に寝てる時っ」


 じゃあって何よ、じゃあって……。これから一緒に寝るっていうのについでみたいな言い方しちゃって……。


 でも、ここで怒り出したらいつもの展開。せっかくさっき仲直りしたばかりなのだから、我慢、我慢……。


「まぁいいわ。あたしも幸せって何なのか分かんなくなってきた」


「へ? 汐音もぼくと寝る時が幸せなんじゃないの?寂しいなぁ。つれないなぁ。ぼくはこんなに汐音を愛してるのに」


 すっと伸ばされた人差し指が、あたしの唇をなぞる。こんな些細な動作でキュンとしてしまう自分の安っぽさが情けない。


 茉莉花はきっと分かってやってる訳じゃない。考えるより先に手が出てしまうだけなんだ。日頃から他の子にも馴れ馴れしく触れているのだから、あたしを喜ばせようと思ってそうしている訳じゃない。


 だとしたら、茉莉花はどんな事をすればあたしにトキメいてくれるのだろうか……。


「ねぇ、茉莉花。あたしね、さっき茉莉花の首筋から香ってくる香水の匂いを嗅いだ時、落ち着くし幸せだなぁって思ってたの。幸せに気付く時とか感じ方って人それぞれだと思うけど、そういう時にふと思い知らされるものなんじゃないかな」


 真面目モードなあたしの顔を見て、茉莉花は一瞬驚いた顔をした。あたしが放り投げた歯磨きセットを拾い上げ、そのままコトリとデスクに乗せた。


「じゃあさ、ぼくにも幸せの瞬間を体感させてよ。ぼくが汐音にされて幸せだなーって思う瞬間を味わいたい」


「何よ、人の膝枕で幸せそうな顔してたくせに。それでも他に要求するなんて贅沢なやつね。それとも、ドエムな茉莉花ちゃんは押し倒された方が幸せを感じられるのかしらぁ?」


「ち、違うっ。そういうつもりで言ったんじゃないっ。そ、それにそういう事はだな、される側の覚悟とか心構えとかだな、その……つまり、だな……」


「ふぅん、合意の上ならいいのね? じゃあ、今から幸せを味わわせる為に押し倒すけど、いいわよね?」


「うっ……。だ、ダメっ。こ、こういうのはもっとムードが大事なんだよっ。勢いとかじゃなくて、その……」


 肩を掴んだだけなのに大げさに首を竦める。冗談だというのに、本気と捕えられるとからかう気も失せてしまう。


「冗談よ。そういえばあんた、初めてべろちゅーした時もムードがなんとかって言ってたっけ。外では誰それ構わず場所問わずチュッチュしてるくせに、いざ自分が襲われる立場になると急に乙女みたいな事言うのね。あははっ」


「わ、笑うなよっ。ぼくは純粋なんだって言ってるだろー? 大事な事はノリとか勢いでしちゃダメだって言ってんだよっ。汐音こそ、ちょっとは自重しろぉ」


「あ、あたしだってノリとか勢いでやってる訳じゃないもん」


 そんな事も分からないの? バーカ……。


「そうそう、思いついた。汐音が滅多に言ってくれない事を言ってくれれば幸せに浸れる気がする」


「何なに?」


「好き、って言ってくれたらもうメロメロで汐音しか見れなくなっちゃいそうだなぁ。も、もちろん今だって汐音しか見てないけど……。言ってくれたら何でもお願いきいてあげるよ。これ以上の幸せはないだろうしね」


 キラキラさせたお目々が眩しい……。ほんとにこいつってば、その一言に過剰反応するんだから……。


「じゃ、じゃあ、その(さらし)の下を見せてくれたら何度でも言ってあげるわ。付き合ってもう一か月以上経つのに、未だに横乳くらいしか見た事ないのよ? あたしの事を本気で思ってくれてるのなら、恋人として全てを曝け出したっていいでしょ?」


「よ、横ち……」


 茉莉花がくらくらしながら赤面していく。恥を忍んで賭けに出たあたしだって顔が熱い。


 だけど、あたしの『好き』はあんたの裸と同等かそれ以上に安売り出来ない貴重さだという事よ。


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