表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合色横恋慕  作者: 芝井流歌
第2章 ビビット編
59/105

59☆(茉莉花×2)+1+2=5つの顔

話は戻って本編です!

「おはよ、いのりちゃん。今日も髪綺麗だね」


「おはよう。マリッカは相変わらず褒めるのが上手いね。でもお世辞でも嬉しいな、ありがとう」


「えー? ほんとの事じゃん。ぼくはいつだって正直者だよ?」


 下駄箱で見かけたクラスメイトのいのりちゃんに軽い挨拶をする。バッグを担ぎ直して教室へ向かう途中、突き刺すような鋭い声の、聞いた事のある台詞が耳に響いた。


「やめてよっ! 触んないでっ!」


 声のする方に目をやると、数人の生徒の頭越しに四組の前で怒鳴っている赤毛のポニーテール娘の横顔が見えた。口に手を当てている。自分でも怒鳴るつもりはなかった、というところだろうか。まぁ、汐音のビンタも蹴りも突発的な事が多いから、ぼくとしては別に取り立ててびっくりする事ではないけど。


 ただ、付き合い出してからは部活以外で絡む事もなくなったから、汐音が学校で声を張り上げる事が珍しいとさえ思ってしまう。ぼく以外の子には牙を見せた事すらなかったのに。手をあげる事はおろか、もめたという話すら聞いた事なかったくらいだし……。


 胸騒ぎがする……。


「ちょっとごめんね」


 立ち止まっている生徒をかき分け、汐音の表情が見える位置までそっと近付く。何をそんなに荒ぶっているのだろう、そう不思議に思って後ずさりした相手に目を向けた。


 あーらら……なるほどねぇ……。


「あーぁ、かわいい仔猫ちゃんたちにケンカは似合わないよ? それともぼくの取り合いでもめちゃってるのかな?」


 振り向いた汐音は、ぼくと目が合うや否やあからさまに敵意剥き出しな表情をした。無理もない、ぼくは何も知らないフリをしているのだから。なるべく恋人の前では見せたくない、営業用の笑顔を作っているのだから。


 きっと分かっているはず。明らかにトラブルの匂いがするこの状況で、なぜあえてぼくが首を突っ込もうとしているのかを。あえて危険を冒して汐音に声を掛けているのかを。


 分かって……るよね?


「か、関係ないでしょ? それに、別にケンカしてた訳じゃ……」


 学校での相葉汐音は、相変わらずぼくに冷たい。語気も強ければ目つきだって鋭い。話しかけんなオーラ満載。まぁ、しょうがない。ぼくだって所詮、学校での獅子倉茉莉花なんだから。あのビンタ事件以来、ぼくらが部活以外で絡む事はほぼほぼなかったんだから。


 ここはやっぱり、矛先をぼくに向けさせないと、だな。元々汐音にとって校内でのぼくはうざったらしいキャラなんだし、今更ぼくの発言で株が下がったとしても痛くはない。あ、やっぱり痛いけど。痛いけどしょうがない。また汐音を悪者にさせる訳にはいかないから。凶暴娘のレッテルを貼られる訳にはいかないから。


 ここを宥められるのはぼくだけ……。


 ぼくは視線を集める為に、あえて声を大にしてわざとらしく周囲に言い放った。


「だってさ。ケンカじゃないみたいだから安心していいよ。……とはいえ、こちらの汐音ちゃんって女の子はぼくの事を引っ叩いた前科があるからね。クラスメイトとして奈也ちゃんを守るのがぼくの務め、かな?」


 それを聞いたギャラリーはヒソヒソと話しながら教室へ入っていったり、あるいは安堵のため息をつきながらすれ違っていった。


 とりあえず汐音をこれ以上曝す訳にはいかなかったし、ぼくの発言で散ってくれた事にこちらも安堵のため息が出た。もちろん心の中でだけど。


「好きにしたら? とりあえず場を静めてくれた事だけは御礼を言っておくけど」


 おやおや。御礼を言うような顔じゃないぞ、汐音くん。むしろ今にも牙をむき出しそうですけど?


 それでも、ぼくの芝居の意味を理解してくれようとしてるのだろう。以前までの汐音なら、完全にスイッチが入って食って掛かってきてるとこだろうけど、唇を噛みしめてるあたりどうにか冷静さを取り戻そうとしてるみたいだし。


「いいや? 凶暴なポメラニアンちゃんにクラスメイトが噛みつかれたら大変だと思って出しゃばっちゃっただけだよ。でも、あまり仔猫ちゃんをいじめるのは関心しないな」


 『だ、誰がポメラニアンよっ。どいつが仔猫ちゃんよっ。その子があたしに何をしたか、あんただけが知ってるっていうのに……。このっ、二十面相チワワめっ!』って声が聞こえてきそう……。怖い怖い。


 とりあえずギャラリーは散ったし汐音もこれ以上騒ぐ様子もないし、あとは二人を引き剥がすだけ。何があったのかを今すぐ聞きたい気持ちはぐっと(こら)えなければ。昨日フードコートで接触拒絶を起こしたのは計算外だったけど、原因である奈也ちゃんを前にこれだけまともでいられるのだから、きっと部屋でゆっくり聞くまで平常心でいられるはず。


「行こうか、奈也ちゃん。教室戻ったら先週の課題で出たデザイン画、ちょっと見てもらっていい? 結構頑張ったから褒めて欲しいな」


「え、う、うん……。じゃ、じゃあ汐音、これだけでも受け取って……? 話はまた改めるから……」


 話? 改める? 何の話をしてたんだ?


 奈也ちゃんが差し出している紙袋には見覚えがある。布や裁縫道具で有名な専門店のロゴだ。服飾の課題で何度か生地を買いに行った事がある。服飾科である六組の生徒なら、誰もが知っているご用達の『ヨザワヤ』というお店の紙袋だった。


 という事は、またもや手作りの何かだろうか。いやいや、早とちりはよくない。袋だけヨザワヤって事だってあり得るし。だけど、もしこれが新たなる手作りプレゼントなのだとしたら、この間のお詫びの品のつもりだろうか。


 いくら鈍いぼくでも、物で許されない事件だったってのは汐音の言動で一目瞭然だっていうのに。


 汐音は差し出された紙袋にたじろいでいる。多分同じ事を考えてるに違いない。一瞬ちらりとこちらを見上げる。ぼくの表情を窺っているのか、あるいは決断を求めているのか。


 だけど、もしこれが後者なんだとしたら、ここは後々ぼくに任せてもらうとして受け取らせるのが妥当だろう。今はこれ以上二人を近付けられないし、受け取ってもらえばきっと奈也ちゃんも満足するはず。


 ぼくが笑顔でこくんと小さく一つ頷くと、汐音はおずおずとそれを受け取った。


「分かった。ありがとね、奈也」


「う、ううん。こちらこそ、貰ってくれてありがとう。話は……お昼休み、シュシュをあげたところで待ってるから……」


「……うん。分かった」


 二人のやり取りを聞き流すふりをして窓の外を見上げる。雨雲に覆われた空を。泣き出しそうな灰色の空を。今のぼくには口出し出来ない。ただ黙って空を見上げていた。


 奈也ちゃんの背に手を当てて六組へとエスコートする。ブラウス越しにしっとりと湿っているのが伝わってきた。むんとしたこの湿気のせいだけじゃない。熱も帯びている。呼吸の度に僅かに震えている気もする。きっとかなり緊張していたんだ。


 それでも、最後に見た汐音の不安そうな顔が頭から離れない。ぼくが奈也ちゃんにどんな態度で接するのか見当つかなくて心配なんだろう。無理もない、校内でのぼくは汐音の信頼が皆無に等しいのだから。大丈夫、そう伝えてあげられない歯痒さに胸がもやつく。


 さて、この純真無垢の塊のような君の裏の顔……いや、素の顔、と言うべきか。逆に表の顔なのかもしれないけど……。


 その二つ目の顔、ぼくにも見せてもらうよ?


「奈也ちゃんって汐音ちゃんと仲いいんだね。ぼく、クラスは奈也ちゃんと一緒だし、部活は汐音ちゃんと一緒だけど、二人が仲いいとは知らなかったよ」


 窓側の奈也ちゃんの席まで送って座らせる。覗き込むぼくを髪いじりしながらおどおど見上げる彼女が、あの負けん気の強い汐音を突き飛ばしたり暴力を振るった子だとは到底思えない。思えないけど、あのトラウマ全開を目の当たりにして、汐音が嘘をついてるとも思っていない。


 二組と三組に見分けがつかない程そっくりな双子がいるけど、まさか『実は凶暴な姉妹がいましてね』ってオチでもないだろうし。ぼくにしか手をあげないとはいえ、むしろ凶暴なのは汐音の方だし。……あ、いやいや、汐音だって理由もなしにビンタしてくる訳じゃない。もし奈也ちゃんにそういうスイッチがあるのだとしたら……?


「えっ、あ、うん……。仲いいっていうか……一度出掛けただけだけど……」


「へぇ、出掛ける程仲いいんだ? いいなぁ、今度ぼくも混ぜてよ」


 顔を近付けると赤縁メガネを上げ下げしながら俯いた。もしかしてアレか? メガネを取ると人格変わるんです、的な。まさかね、アニメでもあるまいし。


「え、えっと、それは……」


「ダメ? じゃあさ……」


 そっと、耳元で囁く。


「放課後、ぼくと二人っきりでデートしてよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ