58☆番外編〈寄稿作品6〉斉藤なめたけ様より
星花女子学園はそれなりに大所帯だから、きっと誰の誕生日でもない日のほうが珍しいのかもしれない。実際、星花女子学園の寮では食堂や多目的室で仲間内どうしによるお誕生会で賑わう声が頻繁に聞こえてくる。
あたしこと相葉汐音も本日をもって、めでたくそのうちの一人になれたようである。夕飯の際、食堂のテーブルでルームメイトの鈴芽ちゃんがあたしの一六歳を祝福して、プレゼントとしておしゃれなスノードームまで贈ってくれた。ガラスの球に冬景色のオブジェが入っており、雪を模した白い粒がきらきらと揺らめいている。食堂のおばさんが用意してくれたフルーツケーキも平らげた後、鈴芽ちゃんとは寮部屋で分かれ、あたしはあたりを気にしながら、そっと隣の寮部屋の扉を開ける。鍵は開いていた。
「なんだよ、汐音。その怪しい入り方は。泥棒かよ」
「うっさいマリバッカ。こっちはバレてないか必死だったんだから。……千歳は?」
「さあ……『うんとねー。せっかくだから、ちぃは友達とわいわいしてくるねぇ♪』って出てったきりだけど」
……これは絶対、あたしたちに気を遣った流れよね。なんか「ね、ね、昨日は何かあっただのぉ?」という声が脳にちらつきそうで、素直にありがとうと言いづらい気分になっていると、寮部屋で一人机に座っていたマリバッカ……獅子倉茉莉花は椅子に座ったまま、あたしのほうに視線を投げかけてきた。
「千歳に用事ならテキトーに取り次いでおくけど?」
「ほんっとーに底意地の悪いやつよね。『お誕生会が終わったら部屋においで』と誘ってきたのはどこの誰よ? そもそもあんた、ほとんど星花にいなかったじゃない」
この日の茉莉花は朝から出かけており、お昼くらいには一度戻ってきたようだが、再び星花を発ち、次に帰ってきたのは消灯ぎりぎりというありさま。プレゼントを選ぶためにここまで迷ってくれたのかと思うと心に染みいるものがあるが、その主人公がナンパ好きの茉莉花だと道中に何匹の同性の「子猫ちゃん」を引っかけたか知れたものじゃない。
「とにかく約束通り来てやったんだから、さっさとプレゼントを寄越しなさいよねッ」
「ひどいなあ。誕生日の主役だからってもっとしおらしくてもいいじゃんか。これじゃ泥棒どころか立派な追いはぎだ」
ぼやきながらも、茉莉花は机の下からプレゼントの入った包みを二つ取り出した。もう一つは、千歳から押しつけられたもののようである。ありがたく受け取ったあたしはその場に座り込んで開封し、その中身に心底呆れ果てた。
「ちょっと何よこれチャイナドレス!? こんなものいつ着ろっていうのよ! 信じられない、マリバッカって本物の馬鹿なの?」
「……いや、どう見ても千歳の見立てじゃないか……」
呆れつつも茉莉花も驚きを隠せないでいるようす。千歳から中身を聞いてなかったのね……。しかし、あのロリータ系の千歳はこのようなものまで仕入れてくるとは、なんて恐ろしい。千歳には悪いけど(正直、そこまで悪いとも思ってないけど)着る機会も意欲も訪れることはあまりないかな……。
あまりの衝撃に、茉莉花のプレゼントを放置したままになっていたが、渡した当人にせかされて「はいはい空けますよ」と言わんばかりに包装紙を破り捨てる。出てきたものを、あたしは最初、つつ状の電気スタンドかと思った。
「なに、これ? 暗いところで付ければ心が和むっての?」
「それもあるけど、いちおう、これアロマディフューザーって言うんだ」
「……わかんない」
「おいおい、さすがにアロマはわかるだろ」
「そ、それはさすがに……。いい匂いのことでしょ」
「アロマディフューザーはその匂いを広げてくれる道具のこと。アロマの瓶もついてるから、やろうと思えばすぐにできるはず。ああ、今ここでするのはやめてくれよ? 汐音の手にかかると桜花寮全体がアロマの匂いで覆われちまう」
むか。
「汐音は機械がダメだから、初めて使うときは鈴芽ちゃんのサポートがあったほうが安心かもね。付属のアロマは心を和らげる効果があるから、ささくれがちで寝たがりの汐音にはぴったりだと思ったんだ」
むか。むか。むっかーーーっ!!
なによなによなによ! このプレゼントはあたしに対するあてつけってわけな!? 最初からあたしの手に負えないとわかってたら、こんなもの寄越すんじゃないわよ! それに寝たがりのささぐれがちってなによ! 寝たがりはともかく、心がささくれ立ってるのは、たいていあんたのせいでしょうがーーっ!
怒り狂ったチワワの表情をとりながら、瓶の中身をなまいきナンパ娘の頭にでもぶちまけてやろうと思ったそのとき、茉莉花の机の下から何かがちらりと覗いているのが見えた。
「ねえ、まだプレゼントあるの? なんか見えたけど……」
「あっ」
指摘されてぽかんと口開けるぐらいなら隠さなきゃいいのに……と思いつつも、馬鹿にしてくれた腹いせとして、あたしはバカマリの制止も聞かずに喜んでその三つ目を奪い取ることにした。袋を空けたときには茉莉花も追撃は断念したみたいで、あたしが中身を見るさまを見届けている。
やましい感じで隠してるんだから、さぞお笑いのネタになるようなものが……。
「……えっ」
中身を取り出したあたしは驚くというより、どういう反応をすればいいのかわからない感じになっていた。なんか鈴芽ちゃんのくれたスノードームと似ている気がするけど、入っている粒が白ではなくピンクだ。そしてガラス球に入っていた光景は草の土台に一本の桜の木、そして女の子ふたりが一緒に立っていて……。
どういうことかと目で問い詰めると、マリッカはやれやれという感じで白状した。
「わかったよ。そんな目でこっちを見るなよな。ほんとは、これだけを汐音にプレゼントするつもりだったんだよ」
「そうなの? それならどうして……」
「桜花に帰って鈴芽ちゃんにこっそり何贈るつもりか確認したんだ。そうしたらものの見事に贈るものが被っちゃってさ。さすがに鈴芽ちゃんに変えてとは言えないだろ? だからぼくがもう一回街に繰り出すことになったわけ」
「ふーん、鈴芽ちゃんにはそんなふうに気を遣ってあげられるんだー」
「相変わらず口が減らないなあ汐音は。実際のところ、被ったところで汐音は軽口たたきながらも喜んで受け取ってくれると思うけどさ、他の子と一緒だなんてぼくが勘弁だったんだよ。だから、鈴芽ちゃんのためだけってわけじゃない」
「茉莉花……」
「思えば、ぼくたちは深さはともかく、長さからしたらそれほど時期は経ってないんだよね。だから、汐音の好みもわからなくて選ぶのに時間をかけちまった。ぼくをこんなに歩かせたんだ。ぼくが誕生日を迎えたあかつきにはさらにいいものを期待させてもらおうかな。ぼくも、、来年こそは汐音を素直に喜ばせられるようなものを贈るからさ」
ばか。ばかばか。ばかじゃないの。
この先どうなるか誰にもわからないのに、堂々とこんなこと言っちゃうなんて。どうせ、他の子猫ちゃんにもそう言ってるんでしょ? ねえ、茉莉花。やめて。いやだよ。その気にさせるようなこと、もう他の女の子に言わないでよ。ここまで茉莉花のことを愛してるのは、あたしだけなんだから……。
こらえきれなかった。溢れ出る涙が、光景をすべてゆがめてしまう。茉莉花の困る声が聞こえた。
「なんだよ。泣くほどイヤなら返してくれてもいいんだけど」
「ぐすっ……なによぉ、そんなだからマリバッカって言われんじゃない……! あんたが何て言おうと、あたしはこれを大事にする! 手放したりなんか、絶対してやるもんですかっ」
プレゼントをまるごと抱え込みながら泣き崩れていると、茉莉花の気配がすぐ近くまであるのに気づく。そして、ゆっくりと顔を近づけると、ひくついていたあたしのまぶたに暖かく柔らかい唇の感触を当てた。
「ありがとう。汐音がこんなに喜んでくれるなんてとっても嬉しいよ……。来年も、再来年も、卒業後も、こうして言い合って、笑い合って、泣き合って、幸せな思い出をどんどん作っていけるといいね」
「このマリバカッ……っ!」
せっかく涙が引っ込みそうだったのに何てこと言うのよ……! あたしは茉莉花の肩を掴み、そのままうなだれながら涙をぽろぽろこぼしてしまっている。
慰めていた茉莉花もさすがにあたしの態度に辟易してしまったようである。
「おい、そこまでバカバカ言われるおぼえはないぞ。さすがにすねちゃうよ、ぼくだって」
「じゃあ、あんぽんまりかっ。なあにが幸せな思い出を作ろう、よ。そんなの、こっちこそ望むところなんだからあっ! 逃げ出したりなんかしたら、あんたのことを一生あんぽんマリバッカって呼ぶことにするから。絶対よ!」
もはや怒ってるのか泣いてるのか笑ってるのかわからないあたしの態度を、茉莉花は優しく受け入れてくれた。
「あはは、これは何としても離れるわけにはいかないな。…………ねえ、汐音」
「なによ?」
尋ねると、茉莉花はなぜだか急に全身をそわそわさせはじめた。
「ぼく、もっと汐音にプレゼントあげたい……」
純情と欲情がせめぎ合ってるような潤んだ声に、あたしの目頭は一気に冷めて即座に「あーはいはい」という気分になった。涙をこすりながら得意げに笑ってみせる。
「むしろ、あんたがあたしというプレゼントほしいだけでしょ? 今日はあたしの誕生日だってのに、生意気よ」
「むぅ……ずいぶん強く出るじゃんか。じゃあ『ぼくがプレゼントだよ』とでも言えば、汐音は少しは素直になってくれるのかな?」
「えっらそーに。でも、まあいいわ。せっかくの記念日だし、特別に受け取ってあげる」
素直になれないあたしたち。でも、この強がりの膜をなくしたら、たぶん、あたしたちはあたしたちじゃいられないと思う。だから許してね、あたしだけの茉莉花……。
茉莉花が柔らかくあたしを抱きしめると、迫り来る感触に心がトクンとはねる。どうしよう。このままだととろけちゃって、茉莉花に何でもさせられちゃいそう。
心だけがどうしようなく悶えているあたしの耳元に、その茉莉花がささやいてきた。
「お誕生おめでとう、汐音」
……ホント、どうにかなっちゃいそう。
星花女子プロジェクトで一緒に活躍中の斎藤なめたけ様より、汐音の誕生日記念作品として頂きました。
斎藤なめたけ様はプロジェクト内で唯一の三人称で書かれている作家様で、描写の言葉のチョイスがとてもユーモアなのでいつも勉強させて頂いてます。
こちらもなめたけ様らしい文体で描いてくださって嬉しい限りです!
かっこヘタレな茉莉花とツンデレ全開の汐音をありがとうございました♪




