55☆番外編〈寄稿作品3〉月庭一花様より
あいつからデートしようだなんて、珍しい。明日は、雨でも降るんだろうか。
あたしはそっと、窓の外を見た。6月の空は、梅雨の湿った匂いのする、灰色だ。首を振るとオレンジがかった赤い髪が、さらりと揺れた。あたしをずっと悩ませてきたこの髪を、あいつは綺麗だと、言う。そういったあいつの顔を思い出して、あたしはちょっとにやけた笑みを浮かべながら、カーテンを閉めた。
翌日は朝からしとしとと、雨が降っていた。静かな、全てを優しく包む、恵みのような雨だった。雨は嫌いじゃない。でも、昨日遅くまでかかってスズメちゃんとコーディネートした服を見ても、あいつはふうん、と言っただけだった。それに関しては、ちょっとムカつく。
改めてあいつの姿を見つめる。男物の傘をさして、銀のバングルと黒いデニムで揃えた装いは、少し悪ぶった王子様に、見える。あいつ……マリカはわたしに向かって傘を傾け、
「濡れないようにエスコートしてあげるよ。子猫ちゃん」
と言った。
「誰が子猫ちゃんよ。その気障ったらしい台詞、どうにかなんないの」
あたしが腰に回ってきた手を払いのけながら言うと、マリカはシオンはつれないな、と、ニヒルに笑ってみせるのだった。
「……それで、どこに行くつもりなの? あたし、行き先を聞いてないんだけど」
「海の近くに水族館があるのを知っているかい」
「そりゃ、もちろん」
「今日は、そこに行こうと思ってね」
「どうして?」
「いや」
……口ごもるのが、なんか怪しい。
「なによ」
「リア先輩にね、聞いたんだ」
「なにを?」
マリカは答えない。聞かれたくないことなんだ、と思いながら、あたしはため息を飲み込む。せっかくのデートを、嫌な気分で始めたくない。
「まあ、いいわ。行きましょう」
あたしからそっと腕を組むと、マリカはまんざらでもない顔をした。
水族館についてからも、マリカはいつもの通り、かわいい女の子を見かけては、節操なく声をかけている。あたしがトイレに行った隙に売り子のお姉さんを口説いていたので、さすがにカチンときて、耳元でマリカ、と、ドスの効いた低い声で、呟いてやった。
「は、早かったじゃない。トイレ、混んでいると思ったのに」
「おあいにく様。なによ、デレデレしちゃって、バカみたい」
あたしがそっぽを向きながら歩き出すと、マリカは慌ててついてきた。ふん。犬じゃあるまいし。そんなあからさまに尻尾を振らないでよね。
青白い水槽をいくつも眺めながら歩いていると、これからイルカのショーが始まります、とアナウンスが流れた。そして、不意にマリカがあたしの手を取った。
「これ、これが見たかったんだ。行こう、シオン」
「ちょ、ちょっと待って、引っ張らないでよ」
今度はあたしの方が散歩を嫌がる犬みたいに、マリカに引きずられていく。休日のイルカのスタジアムは、水族館の館内よりも、もっとずっと混んでいた。前の方の席の、水がもろにかかると思われる席に、マリカは嬉々として座った。あたしが濡れるからやめようよ、と言うのも聞かずに。
「リア先輩が、デートでイルカを見たんだって言っていてさ。それがヒジリ先輩とのデートだっていうんで、僕も追体験してみたくなっちゃったんだよね。せっかくだからシオンともデートしてみたかったし。一石二鳥だよね」
……は? なによそれ。
あたしは開いた口が塞がらなくて、まじまじとマリカを見つめた。
せっかくだから?
シオンとも?
そんな理由でデートに誘われたの?
そう思うと、途端に悔しさが胸の奥から湧いてきて、あたしは泣きそうになるのを我慢しながら立ち上がり、マリカを見下ろした。
マリカが不思議そうに、あたしを見ている。きっとこいつは、何にもわかっていないんだ。悔しい。すごく、悔しかった。
「……帰る」
「え? な、ちょっと、待てってば」
駆け出したあたしを、マリカが追ってくる気配がした。あたしは立ち止まらずに、青い水槽から目を背けながら、足を急がせた。
「どうしたんだよ、急に」
クラゲの水槽の奥で、あたしはとうとうマリカに捕まってしまった。子供ずれの家族が、ちらりとあたしたちに目を向けた。
「あんたが、……あんたがあたしとのデートをついでみたいに言うからじゃない。そんな風に誘われて、嬉しいとでも思っているの?」
「ち、違うよ。そうじゃなくて、……羨ましいと思ったんだよ。あの二人、仲がいいだろ。僕も、そんなデートがしてみたいって、思っただけだったんだ。ごめん。シオンのことをないがしろにしたわけじゃないんだ。許してよ」
あたしは涙目でマリカを見つめた。
「じゃあ……」
そっと、耳元に、唇を寄せる。
「イルカよりもシオンの方がかわいいよ、って言ってくれたら。許してあげる」
月庭一花様より、二作目の作品として頂きました。
汐音と茉莉花のしぐさや容姿まで繊細に描かれていて、当方としては茉莉花に振り回される汐音がかわいくて嬉しい限りです♪
53話で述べた通り聖の提供者様でもあるので莉亜と聖の名前も出してくださってありがとうございます!




